流る星に一つの願いを   作:ねむれすねむれす

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未来からの

 

 それから少しして、前回と同様に麻奈は海外へ行くことになった。引き留めることを考えなかったわけではないが、麻奈の"自分を待っている人のために歌いたい"という願いを裏切ってまで、彼女を止めることはできなかった。

 

 その代わりに、麻奈とはいくつか約束をしてもらった。

 

 一つ目は、琴乃の事。琴乃をアイドルとしてスカウトしたい、というのを麻奈にちゃんと伝え、琴乃がそれを望むならと麻奈から承諾をもらった。同時に前回同様に琴乃と話す機会も麻奈から取り合ってもらえることになった。

 

 二つ目は、帰ってくる日の事。海外での正確なスケジュールはまだわからないらしいが、未来の麻奈が帰ってきた日は覚えている。今回もそれくらいに帰ってこれないか、と伝えた。スケジュールがわからないからちゃんと返事はしてくれなかったが、覚えておくとのことだった。麻奈のことだ、きっと帰ってきてくれるだろう。

 

 三つ目は、俺というより麻奈から言われた事だが、定期的に電話をする事。どうやら麻奈は俺が何かをしようとしていることを察したらしく、事態の進捗を一つ一つ説明するように、とのことだった。要は定期連絡だ。それくらいなら問題ない。麻奈と話せることは俺も嬉しいし。

 

 約束を交わした後、麻奈は以前のように三枝さんとともに海外へと出発した。

 

 別れ際に"楽しみにしているからね"と伝えられた。その言葉に応えるためにも、全力でやり遂げようと改めて誓った。

 

 

 ……までは、よかったのだが、現実問題としてみんなを集めるにはどうすればいいかが全く決まっていない。

 

 未来の知識もフル動員して色々とアイデアを振り絞ってみたが、どれもこれもぱっとしないものばかりだ。

 

「んー……」

 

 完全に行き詰まってしまった。昼休憩も終わりそうだったので、ひとまず仕事を再開しようとパソコンに目をやる。その時だった。

 

 プルルル、っと機械音が鳴り響き、ポケットの中が振動する。電話が来たとはすぐに理解できたが、同時に違和感にも気づいた。

 

「……このスマートフォンって未来のものじゃなかったか?」

 

 この世界で使っているスマートフォンと、未来のスマートフォンは機種もカバーも同じものだ。

 

 未来のスマートフォンには見られて困るデータが入っていることもあって肌身は出さず持っていたが、今のスマートフォンと間違えてポケットに入れてしまっていたかもしれない。

 

 そんなことを思いつつ、仕事先かもしれないと気を張り詰め、着信元を見る。

 

「…………え?」

 

 思わず声が出た。その着信元は、その名前はここにあってはならないはずのものだったから。

 

「白石沙季……!?」

 

 これが未来の世界だったり、前回の世界だったらその名前があってもおかしいことではない。ただ、今の世界においては沙季と連絡先を交換するどころか、俺は会ってさえいない状況だ。

 

「思い違い……とかでもないか。沙季と会ったのはオーディションが初のはずだ」

 

 考えれば考えるほど理解が追いつかない。その間にもそのスマートフォンは音を鳴らし続ける。

 

「出る……しかないよな」

 

 見知った名前のはずなのに、ここまで不安な気持ちになるのは初めてだ。心臓の音を耳にしつつ、俺は応答のボタンへと手を触れた。

 

「……もしもし?」

 

『お疲れ様です、牧野さん。夜遅くにすみません』

 

 スピーカーから漏れ出したのは落ち着いた上品な声。何度も耳にしているからすぐにわかった。

 

「……沙季か?」

 

『はい。白石沙季ですが……』

 

 間違いようがない。スピーカー越しとはいえ、この声は沙季のものだ。だけどなぜ? なぜ沙季が俺の連絡先を知っているんだ?

 

『すみません。まだお仕事中でしたか? お邪魔でしたらすぐに切りますが……』

 

「待ってくれ。丁度昼休憩中だったから大丈夫だ」

 

『昼休憩?』

 

 切られそうだったので慌てて止める。理解が追いつかないが、ここで沙季に聞いておかないともっとわからないことになりそうだったから。

 

「それで用件というのは?」

 

『あ、はい。今日の打ち上げについてですが、やっぱりみんなも牧野さんに来てほしかったそうで……。お忙しいのはわかってます。だけど、顔を出すだけでも来れませんか?』

 

「……えっと、ごめん。何の話だ?」

 

 今日の打ち上げと言われても、今日俺は自宅から事務所に来ただけだし、仕事もデスクワークしかしていない。何の話かさっぱりわからなかった。

 

『あれ、ライブが終わった後、お話ししましたよね?』

 

「ライブが終わった後?」

 

 益々話がわからなくなってきた。ライブなんて今日は行ってない。それどころか最近見たライブは沙季たちに連れられた高台でのライブで……。

 

 その時の様子を思い浮かべ、一つだけ思い当たる節があった。いや、もしかしたら荒唐無稽な話かもしれないけど。

 

「……沙季、これからいくつか質問がしたい。覚えている限りでいいから答えてほしい。質問の訳がわからなかったらそう言ってくれ」

 

『えっと、はい、わかりました』

 

 声に疑問符を滲ませながら沙季は返事を返してくれる。その言葉を耳に、俺は言葉を選びながら口を開く。

 

「沙季はオーディションで初めて俺と出会った。そうだよな?」

 

『はい、牧野さんとはオーディションのときが初めてでした』

 

「……そうだよな。ありがとう。じゃあ次だ。寮で俺と会ったとき、沙季は俺を何と勘違いした?」

 

『何と? えっと私の記憶だとマネージャーとは挨拶を交わしてそのまま寮の見学をしただけだったと思います。……すみません、何か失礼なことしていましたか?』

 

「いや、心当たりがないならいいんだ。最後の質問だ。沙季たちが開催したライブ、スペシャルライブステージで、最後にみんなが歌った歌は覚えているか?」

 

『スペシャルライブステージ? いえ、そもそもそのような名前のライブを行った記憶がないです』

 

「そっか。…………そっか」

 

 やっと理解ができた。と言っても、自分でも奇天烈な回答だとは思うが、これしか今の現象を説明できるものがない。

 

『あの、牧野さん? どうしたのでしょうか? 先ほどから様子がおかしいようですが』

 

 様子がおかしい。その通りだ。でもよく考えれば俺の身に起きていることさえ、おかしな事ではあるんだ。だとすれば、おかしな事が一つ増えてもおかしい事ではない。

 

 それに一つ増えたこのおかしな事は、俺にとっては嬉しい事でもあった。

 

「沙季、落ち着いて聞いてくれ。俺は今、過去の世界にいるんだ」

 

『…………』

 

 沙季がオーディションですでに俺と会っていること、俺と初めて会った時の沙季の反応、そしてスペシャルライブステージのライブを知らないこと。

 

 それらはこの世界の沙季、前回の沙季ではあり得ないことだ。そして沙季が話したライブと打ち上げの話。あれは俺が元居た世界、未来の世界での話だ。つまり今俺が電話している沙季は未来の沙季ということになる。

 

 電話越しに沈黙が響く。まぁこんな話急に聞かされても未来の沙季からしてみれば驚くだけだろう。どうにか分かってもらう方法を探さないと……。

 

『わかりました。……私に何かできることはありますか?』

 

「まぁそうだよな。こんな事急に言われても信用できないよな……って、え? 信用してくれるのか?」

 

『はい、牧野さんは私たちにそんな嘘つかない人だって理解してますから』

 

「沙季……」

 

 思わず目がじんわりと来た。ここで泣くわけにはいかないと、必死に抑え込む。

 

「そうだな……まずは」

 

 それから俺は自分が過去の世界に戻ってから、ここに至るまで、やってきたことについて全て話した。

 

 麻奈を救ったこと、それによって月のテンペストとサニーピースが生み出されなくなったこと。でも諦めきれなくて、もう一度過去に戻ってやり直していること。

 

 不思議と話さないという選択肢は頭に浮かばなかった。気がつけば、俺は話しきっていた。

 

『……なるほど、把握しました』

 

 時折ペンを走らせる音が響いていた。最後に円を走らせるような音が聞こえた後、沙季は言葉を返した。

 

『つまり牧野さんは、私たち月のテンペストと、サニーピースをもう一度スカウトしたい。だけど麻奈さんを救ってしまった影響で、みんな"変わったこと"がある。それを把握するために私に手を貸してほしい、ということですか』

 

「その通りだな。纏めてくれて助かるよ」

 

『でしたら、私より当人に直接聞いた方がいいかもしれません。アイドルになろうとしたきっかけは私も把握していますが、細かいところまでは把握できていませんので』

 

「わかった。じゃあ俺から電話掛けて……って、今思ったんだが、これ今電話切っても大丈夫なのか? もう繋がらなくなるとかないよな?」

 

『それは……どうなのでしょう。私もこのような現象は見たことがなく……。でも、そうですね。可能性を考えるならば電話はそのままの方がいいかもしれません。私がみんなを呼んできますね』

 

「悪いな。頼んだ」

 

『はい、任せてください』

 

 スピーカーから響いていた沙季の声が離れ、代わりに扉を開く音が響く。誰かを呼びにいったのだろう。

 

 それから少しして、もう一度扉が開く音が響き、そしてぷつりと電話が切れた。

 

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