「え……?」
突然ツーツーと音を鳴らし始めたスマートフォンに驚き、焦った。もしかしてもう繋がらなくなったんじゃないかと思い、慌てて電話を掛ける。
『おかけになった電話番号は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため――』
「嘘だろ……」
沙季のスマートフォンのバッテリー切れという可能性もあるにはあるが、几帳面な沙季がそんな初歩的なミスをするだろうか。嫌な予感がぐるぐると脳裏を伝い、冷汗が出てくる。
もしかすると相手からの着信はできるかもしれない。そう思いスマートフォンを置き待っていると、数分後にもう一度沙季から電話が掛かってきた。俺は急いで応答のボタンを押した。
「もしもし! 沙季か!?」
『はい、沙季です。すみません、なぜかいきなり電話が切れまして』
「よかった……。もう繋がらないのかと思ったよ」
『電波が悪いのでしょうか?』
「……どうなんだろう。そもそも過去と未来の通話なんて電波云々の話じゃないような気もするけど」
『確かにその通りですね』
時空を超えて電話しているんだ。まだ解明されていない何か、それこそ未知の力が働いているのだろう。俺たちでは考えても仕方ないことだ。
「……そういや沙季、誰かを呼びに行ったんじゃなかったのか?」
『あ、そうでした。琴乃ちゃんを呼んできていたのですが、電話が通じなかったので一度戻ってもらいました。もう一度呼んできますね』
「あぁ、頼む」
再び沙季が席を外す。……琴乃、か。琴乃の"変わったこと"は明確だ。麻奈が生きて、以前より有名になってしまったからこそ、琴乃は――
「え?」
そこまで考えて、再び電話が切れた。そんなに電波が悪いのかこれは。会話すらできないじゃないか。
しばらくすると、再び沙季から電話が掛かってきたのでそれに出る。
「もしもし?」
『すみません。また電話が切れてしまって……。一応確認しますが、牧野さんが切っているなんてことはありませんよね?』
「切ってないよ」
『そうですよね。だとすると、この電話は電波が悪いのではなく、条件があるのかもしれません』
「条件?」
『はい、今から何度かテストしてみます。何度か電話がつながらなくなるかもしれませんが、その時はこちらからおかけしますね』
「わかった」
よくわからないが、今は沙季に従おう。待機していると再び電話が切れる。少しして三度電話が掛かってきたのでそれを取る。
「もしもし?」
『先ほどは渚ちゃんを呼んできていました。今度はすずちゃんを呼んできますね』
「わかった」
……もしかして沙季以外の誰かがいると電話が通じなくなるのか? 一度目と二度目は琴乃がいて、三度目は渚がいた。だから電話が切れた。そう考えると辻褄は合う。
『沙季は何をしているんですの? 琴乃も渚も不思議がっていましたわよ』
『ごめんなさい、ちゃんと後で説明しますから……。もしもし。牧野さん、聞こえていますか?』
「あぁ聞こえているけど……あれ?」
今の声はすずの声だ。電話も切れてない。沙季だけに電話できるというわけでもないのか?
『すずちゃんは大丈夫みたいですね。ちなみにすずちゃんの声は聞こえますか?』
『牧野と電話していますの? 私に何か用ですの?』
「聞こえているな……」
『なるほど……。ありがとうございます。次はさくらちゃんを呼んできます。すずちゃん手伝ってくれてありがとう』
『結局何だったんですの? ちょっと沙季!』
連れ去られていくすずが目に浮かぶ。少しすると再び電話が切れ、また電話が掛かってきた。
「もしもし? 切れたよ」
『そのようですね。……わかりました。今度は千紗を呼んできますね』
『えっと、お姉ちゃん? 部屋に来るだけでいいの?』
『うん、ごめんね、千紗。今はちょっとだけ付き合ってね』
「聞こえているな」
『わかりました。次は……』
それから寮にいた月のテンペストとサニーピース全員を一人ずつ呼んできてもらって、電話がつながるかどうか確認した。電話がつながったメンバーは沙季含め五人。沙季、千紗、雫、すず、怜だった。
『なるほど……。そういうことでしたか』
「話がわからないんだが、どういうことだ?」
『電話が通じた相手を思い出してください。全員、以前の世界で集まっていたメンバーですよね?』
「あ! 確かに!」
間違いない。沙季、千紗、雫、すず、怜、前回の世界で俺が集めたメンバーだ。でもどうしてこの五人なんだ?
『推測にはなってしまうのですが、私含めこの五人は未来が確定しているから、ではないでしょうか?』
「未来が確定している?」
『はい。前回の世界での牧野さんは元の世界と同じようにオーディションをして、スカウトをしました。その結果、私たちが集まることになった。今の牧野さんの世界ではこれからの話でしょうが、同じことをしようとしていますよね?』
「あぁ、それは間違いない」
『つまり、その世界でも私たちは集まるということです。集まれば、私たちがここにいるという未来は確定する。未来から電話しているという話に矛盾が無くなります』
「なるほど……?」
『少し難しく話すと、タイムパラドックスの回避という話ですね。私が未来から電話しているという事象に矛盾が発生してはならない、ということです』
SFもので見たことがある。時間は過去から未来へと一方通行である故に、後の時間に起きることは前の時間に起きていたことを土台とする。しかし、過去にタイムリープしてしまった影響で、後の時間に起きることに影響を与える事を起こしてしまうと、行為そのものに矛盾が起きてしまう。その矛盾をタイムパラドックスと呼ぶんだと見た記憶がある。
『とはいえ、今回のタイムパラドックスの回避は特殊なものみたいです。タイムパラドックスが発生しないように現実そのものが拒否していますので』
「確かにそうだな。俺たちで回避したわけじゃない」
電話を切ったのは俺の手でも沙季の手でもない。勝手に切れるのだ。俺たち以外の何かの力が働いているのだろう。
「だけど、そうなると麻奈のことはどうなるんだ? ……もしかして沙季の世界では生きているのか?」
『いえ、残念ながら、こちらの世界でも麻奈さんは亡くなっています。ですがそれはこの電話と関係しないからだと思います。麻奈さんが寮に住むことはないのでしょう』
「そっか。それなら矛盾しないか」
電話の謎はこれくらいだろうか。何か大きなものを見落としている気もするが……。
「ともかく、この電話の条件はわかった。未来が確定しているメンバー以外からの電話はできず、声も聞こえない。そういうことだな」
『はい、その通りです。後は、電話の時間についても確認しましょうか』
「時間?」
『一度、電話を切ってみます。丁度一分後に電話をかけなおしますので、そちらでも計ってくれますか?』
「わかった」
沙季が電話を切ると同時、腕時計の針を見る。十三時二十九分十二秒。再度、電話が掛かってきたのは十三時三十分十二秒。時間きっかり丁度一分だ。
『どうでしたか?』
「丁度一分後に掛かってきたよ」
『なるほど。じゃあ今度はそちらから一分後に掛けてください』
「わかった」
電話を切り、丁度一分を狙って再度電話を掛ける。こちらから繋がるかは心配だったけども、杞憂だったようで電話はちゃんとつながった。
『……一分計りましたか?』
「計ったけど、ごめん、ずれていたか?」
『電話を切ってすぐに掛かってきました』
「え?」
『なるほど、やはり時間の流れもずれているみたいですね』
「……つまり、沙季から電話したときは通常通りの時間で、俺から電話したときのみ時間が進んでいないということか」
『はい、その通りみたいです』
「それは、どういうことなんだろう?」
『……似たような現象は見たことがないのですが、この電話自体が未来の時間軸を元にしているからだと思います。未来からしてみれば、過去の時間の流れはあってないようなものです。だから経過時間は意識していないのではないでしょうか?』
「わかるようなわからないような……」
『ともかく、この電話は過去と未来が繋がっている。未来が確定しているメンバーとしか話すことはできない。牧野さんからの電話はいつでも通じる。これさえわかっていただければ大丈夫です』
「あ、そっか。未来で電話間の時間が流れないってそういうことか」
『はい、なので私たちの事はお気になさらず、いつでも頼ってください』
「ありがとう、沙季。これから色々と頼ってしまうと思うけど、お願いできるか?」
電話越しに息を吞むような音が響く。ただ、それも一瞬、沙季は直ぐに言葉を返した。
「はい! 任せてください!」
喜色が滲んだ明るい声だった。