太陽が燦燦と光射す。僅かに吹く春風が温かな気持ちを呼び起こす。本来なら徐々に暖かくなってきたことを喜ぶ季節だけど、俺としてはじめじめとした季節が近づいてきた矢先にまた涼しくなってきたため、体感が狂ってきている。いや、じめじめとしているよりかはずっと良いんだけど。
そんなことを考えつつ歩いていると、ようやく目的の場所が見えた。
星見市立大学付属病院。星見市の一番大きな病院で、さくらが入院してリハビリしている場所でもある。
木々に囲まれた門の前に来て立ち止まる。病院の大きな白い外壁を眺めつつ、俺はポケットからスマートフォンを取り出し、電話を掛けた。
「もしもし、今病院に着いたよ」
『……頭で理解していてもこの時間のずれは不可思議ですね』
沙季の言葉に苦笑いが浮かび上がる。そればかりは俺にはどうしようもない話だ。
「申し訳ないが、どうにか慣れてくれ。……それで沙季、改めて確認なんだが、俺はどうすればいい?」
この病院を訪れたのは沙季からの提案だった。さくらの件を早めに解決したほうがいいというのは俺も思っていたことだ。たださくらに関しては、手術後のリハビリが遅れており、その影響でデビューライブまでに間に合わないのが問題なのだ。それをどう解決すればいいのかはずっと頭を悩ませていた。
『まず、牧野さんはさくらちゃんの問題を解決しに行くのではなく、さくらちゃんと顔を合わせることが目標です』
「あぁそうだったな」
事前に沙季から伝えられていたことだ。解決方法を見出した訳ではないが、どう転がるにせよ会えない状態になっているのが良くない、と。なので最初の一歩として顔を合わせて話せる状態にしておこうということだった。
『ただ、面会をするには受付で面会許可証を貰う必要があります。ご家族やご友人で無ければ貰うのは難しいでしょうね』
「実際そうだったよ」
『なのでまずはこの問題をどうにか解決する必要があります。その解決方法ですが、そこは牧野さんに何か手があるのですよね?』
「あぁ、この日のために色々と考えてきた。沙季、任せてくれ」
『わかりました。健闘を祈ります』
沙季から祈りの言葉を受け取り、門をくぐり病院へと向かう。春の陽気さに連れられたのか晴れやかな気分だ。負ける気はしなかった。
「どうかお願いします!!! さくらさんに会わせてください!!!」
「関係者以外の面会は禁じられておりますので」
「そこをどうか、お願いできませんか!!!」
受付の板に頭をぶつける勢いで頭を下げる。勢い余ってデコが直撃したがこんな痛みどうってことない。……ごめん、嘘だ。やっぱ痛い。
『作戦ってもしやこれのことだったんですか……?』
ポケットに通話状態のままのスマートフォンから沙季の呆れたような声が響く。しかし沙季考えてほしい。直接会いにはいけない、受付でも門前払いされる。他にどんな手があると言うんだ。
「あの……」
「川咲さくらさんに会わせてください! お願いします!!!」
そんな沙季への思いも込めて頭を下げる。しばらく頭を下げていると、受付の声が途切れているのに気がついた。もしかすると思いが通じたのかもしれない。そっと顔だけ上げてみる。
「お客様」
「はい」
「他の患者様に迷惑です。ご退出願います」
「すみませんでした」
『作戦というくらいですのでもっと革新的な解決策があるのかと思っていました』
「営業術の一つだ。泣き落とし」
『止めたほうがよろしいかと』
「三枝さん直伝だぞ」
『三枝さんは普段そんなことしているんですか……』
さすがに冗談だ。俺も三枝さんもそんなことはしたことがない。
「そういや沙季は三枝さんと話したことあったか?」
『オーディションのときに少しだけ。ですが、それ以降はほぼないですね。社長なんですよね? 普段何しているんでしょうか?』
「さぁ? 実は俺もよくわかってない」
顔は広いし、思いもよらない仕事を取ってきたりするから各地で営業しているんだろうけど、具体的なところまでは把握できてない。俺が高校生だったときは一緒に仕事することも多かったが、最近では色違いポケモンくらいの出現率だ。
「色違いポケモンの話はともかく、今はさくらのことだな」
『? そうですね。作戦はもう終わりなのでしょうか?』
「いや、まだある」
『なんだか嫌な予感がしますが……』
酷い言われようだ。ただ今度の作戦は少しだけ自信がある。
『牧野さん、大丈夫ですか? 先ほどから何やらガサゴソ音が聞こえますけど』
「大丈夫だ。全く問題ないよ」
右手で枝をしっかり握りしめながら、左足を上げ、出っ張っている幹に乗せる。枝が体重で揺れ、葉がガサゴソとなるが、折れる心配はなさそうだ。このまま右足で次の枝に行こう。
『全然大丈夫な音じゃないですよ!? 牧野さんもしかして木に登っていませんか!? 何しているんですか!?』
「木に登っているよ」
『わかってます! なんで登っているかを聞いているんです!』
「沙季、男は木に登りたくなる生き物だ」
『絶対違いますよね!?』
目的地までもう少しだ。沙季には申し訳ないが、少しだけ集中させてもらおう。
沙季の声をBGMに一つずつ慎重に枝を進んでいく。そこそこの高さだから、下を見ると結構怖かったりする。
「ここまでくれば大丈夫か?」
実はさっき受付でさくらの病室番号を目にしていた。それさえわかれば、どの辺りに病室があるかは見当はつく。
『怪我だけはしないようにしてくださいね』
注意は諦めたようで、沙季はそれだけ口にした。心配掛けて申し訳ないが、俺ももうなりふり構ってはいられないんだ。
「あ、いた!」
番号を元に窓から病室を覗いていると、見覚えのあるオレンジの髪が視界に映り込む。遠目だが間違いない、さくらだ。
『見つけたのですか?』
「あぁ! おーい、さくらー!!!」
片手を上げ、手を振ってみる。何やらノートを見ていたさくらだったが、俺の声に気がついたようでキョロキョロと辺りを見渡していた。
『えっと牧野さん? 今のさくらちゃんは牧野さんのことを知らないのでは?』
「あ、そうだったな……。川咲さくらさん! こっちです! 外です!」
どうにか目立つように両手を振って叫んでみる。それが功を奏したようでさくらはようやく俺を向いてくれた。
それに安堵し、言葉を続けようとして。
「あ」
バランスを崩し、地面に落ちた。受け身は取れたが、地面に直接叩きつけられて体が痛む。両手を離したのが良くなかった。
『ま、牧野さん! 大丈夫ですか?』
「だいじょ――」
「だ、大丈夫ですか!?」
返事を返そうとしていた矢先、頭上から声が響いた。見上げると窓から頭を出したさくらが心配そうにこちらを覗いていた。
「すぐお医者さん呼びます! 待っててください!」
「待ったさくら! 今呼ばれると困る!」
慌てたようにその場を後にしたさくらに俺の言葉は届かなかったようで、ドタバタと部屋を飛び出す音が響く。
「ど、どうしようか」
『大人しく怒られましょう。正直に話せば分かってもらえるはずです。それと後で私からもお話があります』
「……はい」
いつもよりトーンの低い沙季の声に頷く。なりふり構ってはいられなかったけど、さすがにやり過ぎた自覚はある。
……そういえば、しばらく安静に、じゃなかったのか?
そんなことをふと思った。
『いいですか、牧野さん。確かに少し強引にやらないといけなかった場面かもしれません。ですが、そうするのならば一言相談してください』
「すみませんでした」
『それと危ないことは絶対しないでください。動けなくなったらどうするんですか?』
「おっしゃる通りです」
やってきた看護師に厳しく怒られ、終わったと思いきや沙季からの説教も始まった。コンクリートの上に直接正座しているから、そろそろ膝が痛くなってきた。
『そもそも牧野さんは……』
「あの……。大丈夫ですか?」
スマートフォンを前に頭を下げていると、背後からそんな声が聞こえてきた。慌ててスマートフォンを隠し、振り向く。
「……さくら」
「はい、川咲さくらです」
オレンジ色の髪を揺らし、けれどもいつものような明るさは身を潜め、さくらは言葉を返した。