『なるほど。こんな感じにみんなを落としているんですね』
「人聞きが悪いな」
病院から離れた後、ポケットに入れっぱなしだったスマートフォンを耳に当てる。通話状態のままだったから先ほどの会話も聞かれてしまったらしい。
『ですが、いい励ましだったと思いますよ』
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
『対策にもなりますしね』
「何の対策なんだよ」
沙季にツッコミを入れつつ、丁度近くにあったベンチに座る。今の時間人通りも少ない。見られる心配はないだろう。
『何か書いているのですか?』
「あぁ。行ったことを逐一書くようにしているんだ。何がどう影響しているかわからないからな」
『いい心掛けだと思います!』
「ありがとう。ちなみに沙季はさっきのさくらを見てどう思った」
ノートにまとめてはいるが、自分が書いている以上、自分だけの主観になってしまう。価値観の問題で間違った回答にたどり着くのは避けたい。
『声だけしか聞こえていませんが、やっぱり疲れているように思えました。いつもの明るさがありませんでしたね』
「そうだよな」
『後は自信のなさが気になりました。さくらちゃんは例え疲れていても前を向こうとする意思の強さがあったはずです』
「なるほど、自信のなさか」
言われてみれば確かに自信がないような発言があった。もしかしてこれも"変わったこと"なんだろうか。
ノートにメモを追加し、線を引いておく。ただそれを理解するだけではまだ足りない。
「どうしたらいいと思う?」
『……そうですね。おそらくさくらちゃんの疲れた様子も自信のなさも病気由来だと思います。きっと頑張りすぎて心が摩耗してしまったのかと』
「俺も同意見だ」
『だとすると、さくらちゃんに必要なのは頑張りすぎた心を休める機会なのですが……』
「今はリハビリ中。丁度今が頑張り時だよな」
『はい。なのでどう行動すればいいかは……』
「頑張っている相手を励ます方法か」
「そんなん一つやで」
「ん?」
突然、柔らかくおおらかな声が耳に届く。沙季の声とは全く違う。聞き間違いかと思い、周囲を見渡す。
「え……。え?」
思わず声が漏れ出す。そこにいたのは三人の少女だった。
「ちょっと優、電話中じゃない。邪魔しちゃ悪いわよ」
銀色の髪に赤い瞳。人形のような端正な顔立ちとモデルのような丁寧な佇まいもあって高嶺のイメージが一番につく。彼女は眉をほんの少しだけ寄せ、隣にいる人物に注意していた。
「ごめんな、瑠依ちゃん。でもなんかほっとけなかったんよ」
そう言葉を返したのはおっとりとした雰囲気を持つ少女だ。茶髪のハーフツインテールに締まるところは締まって出るところは出た容姿。黄色のたれ目は申し訳なさそうに、目じりを下げている。
「それは……わかるけど」
「あの、お電話を遮ってしまってすみません! 戻ってもらって大丈夫ですよ!」
最後の一人は二人と比べて少し背が低かった。深緑色のおさげに、明るく青い瞳。彼女は俺を心配させないようにか、元気よくそう言ってくれた。
……というか、まず見間違えようがなかった。天動瑠依、鈴村優、奥山すみれ。TRINITYAiLEの三人だ。
「いや、電話は大丈夫だ。それよりも、どうしてトリエルがここに?」
空気を読んでくれたようで電話越しの沙季は黙ってくれている。俺もノートを閉じ、スマートフォンをそっと傍に置いた。
「あ、やっぱりバレちゃいますか……」
「変装もしてへんからなぁ。バレバレやね」
「優が人通りの少ないここなら変装しなくても大丈夫って言ったのに……。私たち近くで仕事があってこの町に来ていたんです。すみませんが、私たちがここにいることは内緒でお願いします」
「そうだったのか。わかった」
偶然にしてはできすぎている気もするが、それでも彼女たちに再び会えてこうして会話ができるのは率直に嬉しい。身長は少しだけ違うような気もするけど、性格も変わってないようだ。
「それよりも! お兄さん、悩み事があったんじゃないんです? 頑張っている相手を励ます方法、なんて言葉が聞こえたんやけどなぁ」
「……そうだな。そのことで悩んでいたよ」
彼女たちを巻き込んでしまうのを心配したけど、相談するだけなら自由だ。それにトリエルなら何か俺の知らない回答が出てくるかもしれない。
「さっきも言いましたけど、答えなんて一つしかないです」
「……それは?」
「エールを送り続けることです」
「エールを?」
「はい、お兄さんは病院でリハビリを頑張っている子を応援したい。でもその子は頑張りすぎて疲れてきてはる。ならやれることは一つしかないです。その子の傍にいて、エールを送り続けるんです」
エールを送り続ける。つまり傍で応援し続けるということだろうか。そんなことでいいのだろうか?
「エールの力ってすごいんよ。うちもライブステージで弱気になったことあるんやけど、ファンのみんなに応援してもらえて勇気を貰えたことありますから」
その話は聞いたことがある。ファンの応援というのは何よりもアイドルの力となるらしい。俺もそれは疑ったことはないが……。
「信じられへんって顔やなぁ。ほな見せてあげましょ」
「見せるって何を?」
「エールの力をや。瑠依ちゃん、すみれちゃん。あの曲、ここでやりましょ」
「ここで? 構わないけど、私たち私服のままよ? 音源だって持ってきてないし」
「私たちの体さえあって、歌って踊れれば十分です。すみれちゃんも構わへんよね?」
「うん! 私は大丈夫だよ!」
「すみれちゃんもそう言ってはるけど?」
「……優のそのやり方、卑怯だわ。でも私も構わないわよ。頑張っている人に、歩み続ける人に私たちはエールを届けたいから」
「それでこそ瑠依ちゃんや! ほな行きましょか」
「「「"Aile to Yell"」」」
三人の声と同時にピアノの緩やかなアタックを幻聴する。それと同時に三人は歌い始めた。
『この想いを羽ばたかせ まっすぐに届けるよ
いつだって 君を照らす 星になるから
Aile to Yell』
まるで光が差すような明るい歌いだし、それに力強く透明感のある歌声が混ざっていく。強引な強さじゃない。隣にいる天使がずっと視界の先で応援してくれているような、そんな神秘的で勇気を貰える楽曲だ。
『トキメキ伝えたくて
笑顔を集めたくて
気付けば走り出していたんだ』
視線を伸ばせば、三人の瞳と目が合う。笑顔で自信に溢れ、それでいて胸の内の想いを届けたいと言わんばかりの明るい顔。見ているだけで不思議と楽しい気分になれるそんな表情。
『小さなこの背中
包んでそっと押した
光をずっと覚えてるから』
三人の声が心に包んでくれる。不思議と自分の歌われているようで胸が熱くなってくる。
『もっと もっと ボリュームを上げて
いつも 歌声は ステージは
誰かの勇気になれる』
気が付くと俺はその姿に虜になって、思わず声を上げてしまっていた。
「アンドゥトロワ!」
ペンライトを掲げようとして、手元にないことに気づく。仕方ないので代わりに腕を掲げた。周りの目とか恥とか関係ない。ただこの一瞬が楽しくて仕方なかった。
『この想いを羽ばたかせ
まっすぐに届けるよ
この空を 埋め尽くす
未来だけ響かせて
この翼でどこへでも
君へのエール送るよ
いつだって 君を照らす 星になるから
Aile to Yell』
いつの間にか三人の歌声は終わりを迎えていた。三人はその額に汗を流しながら、俺を見て一斉に頭を下げた。
そんな彼女たちに俺は拍手を送る。音源も衣装もないが、良いライブだった。
「ふふ、うちらの曲知ってたんやね。レスポンスしてくれはって嬉しかったわ」
「リズムもばっちりでしたよ。もしかしてライブ来てくれたことありましたか?」
「うん、何度もな」
「ファンの方だったんですね! うれしっちゃー!」
歓喜余ってといった様子ですみれの口から方言が飛び出す。すみれ自身も気づいて無さそうだ。
「それでお兄さん。エールの力わかってもらえました?」
「あぁもちろん」
素直に真っすぐに応援してもらえるのは、すごく勇気が出る。心から頑張ろう、って思えてくる。これがエールなんだな。
「……ところで優。なんでこの人が病院で頑張っている子を応援したいってことをわかっていたの?」
「あ、えっと、それは……。ほら、女の子には内緒にしたいことの一つや二つ」
「誤魔化さないで」
「……ノート開きっぱなしやったから、な?」
……確かに開いたままだったな。見られて困るページではなかったけど、軽率だったかもしれない。
「優ちゃんダメだよ覗きは」
「覗きって言わんといて! やましいことしているみたいやん!」
「やましいことはしているでしょ」
「瑠依ちゃんまでうちをいじめんといてよ。お兄さん! お兄さんはうちに味方してくれはるよね?」
上目遣いで媚びるような優の視線。だけど、悪いな。優のその視線はもう何度も見てきたんだ。
「覗きはダメだぞ」
「いけずーーー!!!」
優の叫びが響く。懐かしいやり取りに俺も笑みが浮かび上がる。
でも、エールか。さっきのトリエルみたいにエールを届けられたら、さくらも元気になるだろうか。
ノートを開き、忘れないうちに書き足しておく。ついでに彼女たちに教えてもらったことを示すように、三人の似顔絵も描いておく。
三人の笑顔が、とても眩しく思えた。