それから毎日お昼過ぎにさくらの元を尋ねるようにした。初日は不審者を見るような目付きだった受付の人も、さくらが話を通してくれたみたいで、病室まで問題なく訪ねられるようになった。
トリエルみたいにエールを届けられているかはわからないけど、少しずつさくらにも笑顔が増えてきたように思える。さくらがいつ退院できるかは未だ不透明だけど、今はとにかく元気になってほしいなって心から思っている。
ただ問題はさくらだけじゃない。俺の目的は、月のテンペストとサニーピース、十人全員を集めることだ。そして今集まっているメンバーはなんとゼロ人。オーディションをまだやってないから当然なのだが、やるべきことがたくさんある。
今作業しているチラシ作りだって、全力でやらないといけない。もしこのチラシがダサくてオーディションに来るはずだったメンバーが来なくなる、なんてことがあってはならないからだ。
それは頭でも十分にわかっているが……。
「もう三回目だぞこれ作るの……」
マウスを動かしていた手が止まる。作り方も、どう仕上げればいいかもすでにわかっている。ただ同じものを三回作るとなると、さすがに愚痴の一つも言いたくなる。こうなるのならばデータをスマートフォンに移しておけばよかった。
『お忙しそう、ですね』
電話口からウィスパーボイスのような細く柔らかい声が響く。そういや、電話は付けたままだった。
「千紗か。まぁそれなりには忙しいかな。オーディションの準備中だよ」
トリエルと会話した後、沙季は電話ができる全員を集めて情報を共有し、作戦会議を始めた。ただここでも問題があって、俺が電話している間しか時間が経過しないため、極力電話を繋げたままにしておくようにしている。一応向こうからの電話は通常の時間なのだが、俺からの電話が直ぐのため、把握している時間がずれないための対処みたいだ。
ただ時折他の誰かが訪ねてきているようで、ぷつりと電話が途切れることもある。芽衣やさくら辺りが訪ねてきているんじゃないかなぁって勝手に思っている。
『オーディション……。私たちが受けたものですよね?』
「そうだよ。"星見プロダクション主催アイドルオーディション"。俺の世界での千紗もやって来ると思う」
『なんだか不思議ですね。ご本の中の世界みたいです』
「そうだよな。俺も不思議に思ってるよ。でも今はこれが現実なんだ」
『はい。私にできることがあれば何でも言ってくださいね』
「ありがとう」
『……そういえば、ですけど、牧野さんの世界の私と今の私ってお話することはできるのでしょうか?』
「それは……」
以前、沙季から聞いた話だとタイムパラドックスの回避は俺たち以外の何かの力によって為されているという話だったはずだ。その力が電話できる相手以外にも働くのなら。
「千紗は未来の自分と話したことあるのか?」
『いえ、ないですけど』
「なら、できないんだと思う」
何かの力は徹底的にタイムパラドックスの回避を行っている。未来の千紗が自分自身と話したことがないということは、会話すること事態がタイムパラドックスだ。これを見逃してはくれないだろう。
……未来?
ふと何かに引っ掛かった。何かを勘違いしているような気がする。
『そうですか。もし過去の自分に会ったら、一言言いたいことがあったので……』
「良かったら俺が伝えておこうか?」
『良いんですか? それこそタイムパラドックス? みたいな話になるかなって思っていたんですけど』
「俺が伝える分には問題がないんだ。だって俺が存在すること自体は矛盾じゃないから」
『……よくわかりませんが、わかりました。じゃあ一言だけ。大丈夫、って伝えてあげてくれますか?』
「大丈夫?」
『はい。オーディションのときも、デビュー前もデビュー後もですけど、ずっと不安ばかりしていたので……。その不安を少しでも和らげてあげたいと思って』
「そっか。わかった。ちゃんと伝えるよ」
『ありがとうございます。……あれ、そういえば私も牧野さんから大丈夫って伝えられたことあるような……』
「ごめん、何か言ったか?」
『いえ、何でもないです。よろしくお願いしますね』
「あぁ任せてくれ」
そう声を返し、スマートフォンを置く。電話越しから沙季たちが話し合っている音が響く。
「愚痴を言ってる暇はないな」
千紗に大丈夫だと伝えるためにも、仕事頑張ろう。