流る星に一つの願いを   作:ねむれすねむれす

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素直に、真っすぐ

 

「いよいよか……」

 

 スーツの襟をきちっと整え、ネクタイを締め直す。そっと息を吐き、目の前の情景を改めて目に入れる。

 

 住宅街の中にある傾斜の高いコンクリートの道。坂道の途中には石壁が斜面を支えるように立っていて、その上には緑が垂れるように茂っていた。

 

 ここからは見えない。だけど、きっと彼女はそこにいるだろうという確信があった。

 

「行こう」

 

 ポケットに入れていたスマートフォンから小さく頑張ってと声が溢れ出す。

 

 もう歩みを止めるわけにはいかない。自分の素直な気持ちをぶつけてこよう。

 

 

 

 

『芽衣のスカウトですか』

 

 数刻前。行動を移す前に連絡してほしいとは沙季たちに言われていた。俺としても相談に乗ってくれるならありがたい限りだし、何より心強い。そう思って電話を掛けていたのだが、寮では今でも追いかけっこが起きているらしく、電話に出たのはすずだけだった。

 

 電話越しからは僅かに風の音が聞こえる。どうやら寮ではなく外にいるらしい。

 

「あぁ。……というか、そっちは大丈夫なのか? みんなに追われていると聞いたけど……」

 

『そうなんですのよ! 特に芽衣がしつこく追いかけてきて、じゃあ捕まえたら教えてって追いかけっこにしたのも芽衣なのですわ!』

 

「そうだったのか。そっちは夜なんだろう? あまりはしゃぎすぎないようにな」

 

『わかってますわ。……それで芽衣の話でしたわね。あれ、今も芽衣の話していましたわね。ややこしいですわ』

 

「それは慣れてくれ」

 

『わかりましたわ。では、改めて』

 

 すずの咳払いが響く。気持ちを入れるようにすずは真面目なトーンで話し始めた。

 

『牧野が芽衣をスカウトをしたことは私も聞いてます。そのときに芽衣は何を考えて了承したか、ご存じですの?』

 

「……いや、知らないな。即答してくれたことは覚えているけど」

 

『本来ならば芽衣自身から聞いてほしいのですけど、今は事情が事情ですので私から言いますわ。芽衣はあの時、"この人について行ったら、とっても楽しいことが起こりそうな気がする"と思ったそうですわ』

 

「楽しいことが起きる……」

 

 芽衣らしいと言えばらしい。芽衣が今までも直感で感じたことを大切にしているのは知っている。だからアイドルの誘いをしたときもきっと直感で感じた何かがあって……。

 

『芽衣らしいですわよね。牧野も知っての通り、芽衣は直感で動くタイプですわ。ですがそれだけではありませんの。いつも周りを見ていて、誰かを思いやって動くことができる。そんな優しさがありますの。牧野はちゃんとそれを理解しておりまして?』

 

「理解していたはず……だけど」

 

 スカウトに失敗した身からすると、すぐにうんとは返事ができなかった。

 

『全く。私たちのマネージャーとあろうものが聞いて呆れますわよ。そこは自信を持って頷いてくれませんと、こっちまで不安になりますわ』

 

「ごめん……」

 

『……まぁ、そのために私たちがいるんですもの。ちゃんと聞いてあげますわ。牧野は前回どうやってスカウトしたんですの?』

 

「芽衣が壁の上に居て、そこから飛び込んできたのを俺が支えて、その会話の流れでだな」

 

『……ツッコミどころ満載ですけど、今はいいですわ。牧野はそのときにどう考えてスカウトしたんですの?』

 

「どうってそりゃ……」

 

 "できるだけあの時と同じように振舞う"。芽衣と初めて会って、スカウトしたときと同じように……。

 

「あっ」

 

 自分の振る舞いと、すずに先ほど言われた言葉が脳裏を過る。もしかすると、以前の世界で芽衣が思った事はもっと単純なものだったのかもしれない。

 

『どうかしましたの?』

 

「あぁすまない。スカウトに失敗した理由、わかったかもしれない」

 

『ほんとですの!? それはどのような……』

 

「その前にすず、もう一つだけ聞かせてほしい。芽衣は俺と出会った時に他に何か言ってなかったか?」

 

『他……。あ、きょとーんってした牧野が可愛かった、みたいなこと言ってましたわよ』

 

「そっか。やっぱりそうだったのか」

 

『一人で納得してないで私にも……わっ、め……』

 

 そこまで聞こえて通話が途切れる。切れ方から察するに、おそらくまた誰か来たのだろう。

 

 だけど、やっと理解できた。芽衣がなんで怖いと言ったのか、スカウトに靡いてくれなかったのか。

 

 そこさえ理解できれば、後はやるべきことは簡単だ。

 

「俺の正直な気持ちをぶつける」

 

 

 

 念のため電話を掛け直すと、今度は怜に繋がった。怜自身のスカウトはもう終えたことを告げ、今から芽衣のスカウトに行くことを伝えると、怜は頑張ってと応援してくれた。

 

 その声援に感謝を伝えつつ、俺は高い坂道を上がる。やがて、ざらついた石壁が目の前に現れ、その上の情景まで鮮明に視界に映りこむ。

 

 長い茶髪をハーフアップで結んだ姿。しゃがんでいるから今は体型は見えないが、スタイルは良くピンと張った背筋が彼女自身の明るさを表現していた。

 

 そんな彼女を見つめていると、向こうもこちらに気づいたようでぱっとこちらを振り向く。

 

 丸く赤い瞳と目が合った。

 

「芽衣に何か用かなー?」

 

 無邪気で伸びやかな声。言葉も変わらない。なんだか懐かしくて、笑みが零れだす。

 

「うん、ちょっとだけ話いいかな?」

「わかった! 今からそっち行くから受け止めてねー!」

 

 芽衣はすぐさま立ち上がると、いっくよー!と言葉を続け、勢いよく駆け出す。これも三回目だ。受け止める準備はすぐに出来た。

 

「そぉーれっ!」

 

 高く跳んだ彼女の体を、落下に合わせて両腕で受け止める。視線を下げると彼女の無邪気な笑顔が目の前にあった。

 

「えへへ、ナイスキャッチ!」

「慣れてたからな」

「そうなの? さすがだねー」

 

 芽衣はにやにやしながら俺の腕を降り、言葉を続けた。

 

「それで芽衣に何の用事?」

 

 心臓が跳ねた。どう動くべきかはわかっている。何がダメなのかもわかっている。だけど、やっぱり前回のスカウト失敗の記憶が心に重しをのせる。そのあまりの重さについ足が竦んでしまう。

 

『まーきーのー!!! 負けるんじゃありませんわーーーーー!!!』

 

 そんな時だった。ポケットから声があふれ出した。すずの声だ。

 

『あなたはわたくしたちのマネージャーですのよーーー!!! 自信を持ってくださいましーーーー!!!』

 

 ……そうだ。その通りだ。

 

 俺は彼女たちのマネージャーだ。自分が作り上げたとまでは思わないが、マネージャーとしてずっと支えて、一緒にここまでやってきたんだ。沙季たちだって言ってたじゃないか。みんなが信じている俺が、俺自身を信用できずにどうする。

 

 なんだか吹っ切れた。心が一気に軽くなった。それを実感したからか、言おうと思っていた言葉はすんなりと口から出てきた。

 

「早坂芽衣さん。俺は星見プロダクションという芸能事務所所属の牧野航平と言います。単刀直入に言います。あなたをアイドルとしてスカウトしに来ました」

「そうなんだ」

「事情は話せませんが、俺はあなたの事を知っています。ドーナツが好きなことも、猫が好きなことも、勉強が苦手だったり、実は幽霊が見えることも知っています」

 

 "この人について行ったら、とっても楽しいことが起こりそうな気がする"。結局のところ芽衣はこの言葉が全てだった。以前の世界の俺は自分を演じ本心を隠して芽衣に接していた。だからこそ芽衣は俺の事を直感的に恐れたのだろう。それが怖いという言葉を生み出した。

 

 ならば俺がどう接するべきかは単純だ。素直に、真っすぐ接する事。それだけでよかったんだ。

 

「あなたは素敵なアイドルだったんです。俺にとっても目が離せない、そこにいるだけでみんなを笑顔にしていく。そんなアイドルだったんです。だから、芽衣」

 

 ……きっと芽衣は変わってなかった。ただ、俺自身に"変わったこと"ができてしまっていたのだろう。それはきっと"みんなへの向き合い方"なんだと思う。タイムリープしたからこそ、一回目の時に合った必死さ、ひたむきさが失われ、それが芽衣へのスカウトの失敗を生んでしまっていた。

 

 ならばもうやるべきことは簡単だ。

 

 俺は芽衣の赤い瞳と目を合わせる。俺の気持ちが伝わるように、その目を真っすぐに見つめる。

 

「アイドルに、なりませんか」

「いいよー」

「…………え?」

 

 あまりの軽い返事に耳を疑った。聞き間違えただろうか。

 

「話は全然わからなかったんだけど、それだけ芽衣をスカウトしたかったってことだよね? 芽衣も楽しそうだと思ったし、いいよ」

「ほ、ほんとにか? ほんとにいいのか!?」

「もう、本当だよー。あ、でも芽衣、歌とかあんまり上手く歌えるかわかんないや」

「そこは大丈夫だ。他のみんなも初心者だし、一緒に頑張っていこう」

「他のみんな? グループってこと!? わー楽しみー!」

 

 満面の笑みで、心底楽しそうにしている芽衣の姿になんだか涙が零れそうになる。だけど、まだ言ってない言葉があることを思い出して、なんとか我慢して口を開く。

 

「芽衣、これからよろしく」

「うん! よろしくね!」

 

 伸ばした手に芽衣の手が重ねられる。芽衣の体温がそっと肌に伝わる。

 

 胸の奥に残り続けていた重しが、溶けるように消えていったような気がした。

 

 

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