流る星に一つの願いを   作:ねむれすねむれす

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佐伯遙子というアイドル

 

「り、リズノワール!? ど、どうしてここに……」

「三枝さんに用があったのよ。不在だったけど」

「そ、そうだったんですね」

 

 莉央さんから鋭い視線を俺に向けられる。事情を説明してないの、と言いたいのだろう。

 

「みんな、急な話ですまない。今日の午前中、リズノワにはみんなのレッスンに付き合ってもらうことになった」

「えぇ!?」

 

 みんなから一斉に驚きの声が上がる。雫に関しては見たことがないくらい目を見開いていて倒れそうになっている。

 

 だけどそれ以上に驚いて……いや、動揺しているのは遙子さんだった。

 

「む、無理よ。みんなまだ入ったばかりでしょ? トップアイドルでもあるリズノワのレッスンなんて……」

「って言ってるけど?」

「確かに完璧についていくは今のままじゃできないでしょうね。でもトップアイドルのレッスンを知るいい機会になる。そう思いませんか?」

「それは……そうだけど」

 

 遙子さんが躊躇う気持ちはわかる。きっとみんなが自信を失わないか心配しているのだろう。自分自身がそうだったように。

 

「みんなはどうしたい? 無理強いはしない。参加するもしないも自由だ」

 

 五人がそれぞれ目を合わせる。やがて決意が決まったようで、いの一番に雫の声が上がった。

 

「やりたい、です。参加させてください」

「わ、私も……。たぶん、ううん、絶対今のままじゃついていけないけど、このままじゃダメだから」

「私も参加いたしますわ! 麻奈様に今の姿を見せられないですもの!」

「考えるまでもないわね。私も参加するわ」

 

 雫の言葉を引き金に、それぞれ思い思いに参加の意思を見せてくれる。やがて、そんなみんなの姿を見て、沙季が代表して口を開いた。

 

「牧野さん、私たちは全員参加を希望します」

「わかった」

 

 覚悟の決まった真っ直ぐな目だ。さすが沙季たちだ。

 

「遙子さんは」

「わ、私は…………」

 

 沙季たちとは対照的に、遙子さんは目に見えて躊躇していた。遙子さんの中で大きくなった劣等感がこれ以上自分を傷つけないように足踏みさせているのだろう。そして遙子さんが多少活躍しても現状から進めていないのもこれが原因だ。

 

『だからこそ、荒療治が必要なんです』

 

 未来の怜との会話が脳裏に過ぎる。

 

『きっと今の遙子さんは夢を目指して歩んでいるわけじゃない。失うことを恐れて、そこに居続けているだけです』

 

 その言葉が今となってはよくわかる。リズノワとのレッスンに即答できないのがその証拠だ。

 

「あなたはどうするの?」

「私は……そのー、遠慮しておこ」

「遙子さんも参加でお願いします」

「えぇ!? どうしてよ!? 参加は自由って言ったじゃない!」

「俺は新人アイドルの五人に言っただけですよ。遙子さんは強制参加です」

「うぅ……ひどいよ牧野君」

 

 泣きそうになっている遙子さんを見ると心が痛む。だけどこれも遙子さんのためだ。心を鬼にしよう。

 

 それに、俺の見立てだとおそらく遙子さんは……。

 

「じゃあ、この六人でいいのね?」

 

 莉央さんの言葉に考えを遮られた。まぁ今考えることでもない。すぐにわかるだろうから。

 

「はい、大丈夫です」

「そう、じゃあすぐに始めるから早くレッスン着に着替えてきて頂戴」

「い、今からですか?」

「当たり前よ。時間ないんだから」

 

 遙子さんは慌てた様子でレッスン室を出て、すぐに着替えて戻ってきた。

 

「も、戻りましたぁ……」

「おかえり。それじゃ始めるわよ。まずは……」

「待った、莉央」

 

 早速レッスンに移ろうとしていた莉央さんを葵が止める。莉央さんは怪訝な目で葵を見ていた。

 

「何?」

「まずは僕たちのことを知ってもらう方が先じゃない?」

「自己紹介ってこと?」

「違うよ。僕たちのことを知ってもらうには名前だけじゃ不十分だ」

「……あぁなるほどね」

 

 莉央さんは納得した様子を見せると、俺の元に歩いてくると耳元で小さく囁く。

 

「音響借りていいかしら? 流したい曲があるの」

「構いませんけど……。何の曲ですか?」

 

 俺の言葉を受け、莉央さんは小さく、けれども獰猛に笑みを浮かべた。

 

「"GIRI-GIRI borderless world"よ」

 

 

 二人が準備している間、沙季たちがリズノワの曲について話をしているのを見ていると、遙子さんはそっと隣についた。

 

 むっとした表情で明らかに怒ってますといった感じだ。

 

「牧野君」

「なんでしょう?」

「なんでしょう、じゃないんですけど」

 

 ツンツンと指先で突いてきた遙子さんの姿に笑みが溢れる。とはいえ、さすがに意地悪しすぎか。

 

「遙子さんにはもっと先の景色を見てもらいたいんです」

「先の景色?」

「はい、遙子さんがここまで頑張ってきてくれたことは知っています。でも、今のままじゃダメなんです」

「……」

 

 遙子さん自身それを自覚してないわけではないんだろう。ただ、それ以上に失うことに対する恐れの気持ちが強いだけで。

 

 でも、それが原因で先に進めなくなっているのなら、マネージャーとして俺がやることは一つだ。

 

「遙子さん、リズノワのライブ見ていてください。それと、もう一つライブ中に見てほしいものがあります」

「見てほしいもの?」

「はい。沙季たちの、新人アイドルたちの姿です」

 

 遙子さんの視線が五人の元へと向かう。遙子さんならきっと気づけるはずだ。

 

「それってどういう……」

「始まるみたいですよ」

 

 視線の先で準備を終えたリズノワが所定の位置につく。レッスンのために使っていたバミリも彼女たちには必要ないらしい。

 

 いつの間にか空気が静まり返っていた。誰かが息を呑む音が響く。

 

 一瞬の静寂の後、その空気を切り裂くように、その音は繰り出される。

 

 シンセ主体の鋭いリフと重厚なバンドサウンド。テンションの高いビートが否が応でも心を捉えてくる。

 

 そんなロックな曲を演出するのは、二人のアイドルだった。

 

 

『迷ってなんかいられない

 弱い自分見つけた時

 どこに向かうかで決まるね

 欲望は純度高く高く』

 

 

「あぁ……」

 

 隣から悲しげで、思わず零れてしまったような声が響く。無理もない。この時からリズノワのパフォーマンスの基礎は完成している。否が応にでも比べてしまうのだろう。そして自分には辿り着けないなんて考えてしまう。

 

 

『選びなよ 戦うんだよ

 熱いキモチぶつけたいんだろ?

 やり場のない想いがあったんだ

 今も苦しいよ 苦しいよ胸は』

 

 

「遙子さん、あっちです」

「あぁうん」

 

 遙子さんの気持ちはよくわかる。だからこそ、俺は遙子さんの肩を叩き、沙季たちを指さす。

 

 思い出したように俺が指差した方向を覗いた遙子さんは、のっさりとした動きでみんなの方を見て、

 

「え?」

 

 思わずといった様子で声を上げ、固まった。

 

 沙季たちが奇抜なことをしているわけじゃない。ただ、単純なことだ。カッコいいアイドルたちを目にしたときに、どう思うか。

 

 沙季たちは、目を輝かせてただリズノワのパフォーマンスに夢中になっていた。雫に関してはぽかんと口を開けているのが目に入る。

 

 

『I'll get the star for me

 夢見るより

 You'll get the star for you

 夢になるよ

 We'll get the star for you

 踊ることが そう生きる証』

 

 

「遙子さん、みんなは折れないですよ。だって、みんなアイドルに憧れて、トップアイドルを夢見てますから」

「夢……」

「はい。遙子さんはどうですか? トップアイドルの夢なんて見れないですか?」

「そんなことない……けど」

「遙子さん、俺は」

 

 後一押し。そう思って口を開こうとしていると、莉央さんの鋭い視線が飛ばされた。べちゃくちゃ喋るな、今は私を見ろ、と言わんばかりだ。……いや莉央さんの事だし実際思っているんだろうな。

 

 この言葉の続きは後ででいい。今はリズノワのライブを楽しもう。

 

 

『確かな明日なんてさ 無いってことだね

 それこそが挑戦の意味と

 I know, I know 感じているよ

 GIRI-GIRI borderless world

 みんないつかは きっとどこかで決着をつけるのさ

 心にウソがあったら 転げ落ちそうだから

 Judge now 自分に聞いてみるんだ

 ホントの願いを叶えるんだ』

 

 

 曲が終わり、莉央さんと葵は小さく息をつく。息が全然乱れてないし、まだまだ踊れると言わんばかりに動きも軽い。さすがだな。

 

「すごい、さすがリズノワ」

「麻奈様のライバルなだけありますわ。圧巻でしたわね」

 

 各々の感想が飛び交う、それにありがとうと言葉を返した後、莉央さんは俺たちの方を向いた。

 

「自己紹介は終わりよ。これからはあなたたちの番。特にそこの二人。随分と元気そうだったから、どんなものを見せてくれるのか楽しみね」

「えぇ!?」

 

 莉央さんの挑発するような視線に遙子さんは驚き、恨めしげに俺を見る。申し訳ない気持ちもあるが、遙子さんなら大丈夫だ。グッ、とサインを送っておく。

 

「私は二人、と言ったのだけど?」

「お、俺もですか!? マネージャーですよ!?」

「見ればわかるわよ。強制参加よ」

「な、なんで俺まで……」

「ふふ、莉央も面白いことするね? いいんじゃない。その方が楽しいよ」

 

 葵も面白そうに笑みを浮かべるばかりで止めてくれそうにない。助けてくれそうなのは……。

 

「は、遙子さん」

「なーに?」

「あのー、俺はマネージャーで」

「麻奈ちゃんも言ってたわ。アイドルとマネージャーは一蓮托生だって」

「たぶんそういう意味じゃ」

「みんなも牧野君が踊っている姿見たいわよね?」

「「「「「はい!」」」」」

 

 こんなときにみんなの結束力を見せないで欲しい。

 

 

 

「酷い目にあった……」

 

 結局途中からついていけなくなった俺は、莉央さんに戦力外通告を受ける形で追い出された。

 

 タオルで汗を拭い、息を整えてから、沙季たちの様子を見つめる。

 

 みんな、息も絶え絶えで、なんとか食らいついている。知ってはいたが、やはりリズノワのレッスンは厳しい。それでも一人も脱落していないのはアイドルとして意地故だろうか。

 

 やっぱりどの世界でもみんなは頼もしい。一つ頷いた後に、俺は遙子さんの様子も見つめる。

 

「……さすがですよ、遙子さん」

 

 沙季たちが死に物狂いで食らいついている中、遙子さんだけはリズノワに対して確実についていけていた。先ほどまで見せていた不安げな表情も身を潜め、真剣に向き合っている。

 

 遙子さんはずっと、ずっと頑張ってきた。どれだけ劣等感を抱えても不屈の意志でアイドルとしてあり続けてきたんだ。それは並大抵の意志じゃない。誰よりも強い遙子さんだからこそできたことだ。

 

 でも、できることがあれば、またできないこともある。単純な向き不向きの話だ。優しい遙子さんにとってVENUSプログラムという誰かと競い合う制度は難しすぎた。だから遙子さんは前に進めなくなっている。でもそれが終わりじゃないというのは俺が一番知っているから。

 

「後は、自分で見つけてください。信じてます」

 

 小休憩で、沙季たちに囲まれている遙子さんを見て、俺は小さく呟いた。

 

 

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