「あの、牧野君」
リズノワとの合同レッスンから少しして、デスクで仕事と向き合っていると、遙子さんがひっそりとした様子で声を掛けてきた。
「どうしました?」
「ちょっと前にリズノワと合同レッスンがあったじゃない? あの時から沙季ちゃんたちとよく話すようになったんだけど」
「えぇ知ってます。レッスンも見てくれているみたいで。ありがとうございます」
「それは良いのよ。私が勝手にやっていることだし。……それでね、牧野君。私思ったの」
もじもじとしていた遙子さんだったが、やがて観念したように俺を見つめた。
「私、あの子たちと一緒に踊りたい」
真剣な、覚悟の籠もった言葉だった。同時に俺が一番聞きたかった言葉でもあった。でも今はそれをおくびに出さないように気をつけつつ、口を開く。
「理由を聞いてもいいですか?」
「うん。……私も色々と考えてみたの。このまま一人でやっていて本当に自分のやりたいアイドルができるのかなって。確かに一人の私を応援してくれるってファンもいて、その人たちに応えたいとも思っている。でもね、私が夢見たアイドルはもっともっと先にいて、私一人だとその背中を追うことすらできないのなら、私はきっと変わらないといけないんだって」
遙子さんはここにはいない誰かを見るように遠くを見つめた後、俺に視線向ける。懐かしい気分になった。だって、そこにあったのは俺の知っている遙子さんの目だったから。
「だから、私はみんなと同じグループとして歩んでいきたい。もっと前に、先の景色を見るために。そして麻奈ちゃんの隣に自信を持って立つためにも!」
そう言いのけた遙子さんにはもう迷いはなかった。……やっぱり強いな遙子さんは。立派なアイドルだ。
「わかりました。……遙子さん、こちらこそよろしくお願いします。沙季たちのことサポートしてあげてください」
「っ! うん! 任せて!」
遙子さんの顔に笑顔が浮かぶ。そんな表情を見ていると、思わず俺も笑みが溢れてしまう。
「ありがとうございます」
俺は遙子さんに聞こえないよう、小さく呟いた。
『遙子さん、ゲットだぜ』
未来の沙季たちにも伝えておこうと、電話を掛けると今度は雫に繋がった。それから遙子さんのスカウトが成功したことを伝えると雫はそんな言葉を返してくれた。
「ゲットというのは確かに間違ってはいないんだけど……」
『冗談。でも、遙子さんが無事サニピに入ってくれて嬉しいのは本当。ありがとう、牧野さん』
「まだサニピは出来上がってないけどな」
『そうだった』
サニピにとって、一番大事なリーダーがまだ揃っていない。あれから毎日会いには行っているが、スカウトはまだ様子を見ている。焦る気持ちはあるけど、それよりもさくらが元気になってもらう方が大事だ。慎重にやっていこう。
「そういえば雫は今大丈夫だったのか? 何やら東京寮で追いかけっこが起きているらしいが」
『ん、今はお風呂で電話してる』
「お風呂!? か、掛け直したほうがいいか?」
『あ、違う。お風呂に入っているわけじゃない。浴槽にいるだけ』
「そ、そうだったのか。よかった」
『……想像した?』
「してない」
『残念』
「返答に困るよ。……それでどうなんだ?」
『追いかけっこなら収束した。すずちゃんは芽衣ちゃんに捕まって、怜ちゃんも遙子さんに見つかった。沙季ちゃんは琴乃ちゃんとさくらちゃんに捕まっているから、後は私と千紗ちゃんだけ。かくれんぼしてる』
「それは収束しているのか……?」
『細かいことは……っ!』
「雫?」
『待って』
雫の言葉と共に、電話越しに足音が聞こえる。どうやら誰かが近くを通っているみたいだ。そう思った矢先、雫とは違う声が電話越しに響いた。
『雫ちゃーん、千紗ちゃーん、どこー?』
溌溂とした伸び伸びとした声。というよりこの声は。
「芽衣、か?」
『むむ、今何か声が聞こえたような……。ここかーー!』
『うわっ』
『雫ちゃんみーつけた!』
『見つかった』
確保ーと芽衣の勝ち誇ったような声が聞こえてくる。笑みを浮かべながらそれを聞いていると、ふと疑問に思った。
「あれ、なんで芽衣と電話が繋がって……」
『牧野さんの声? ごめん、雫ちゃん電話中だった?』
『うん。あれ? でも電話切れてない。……あ、そっか』
雫も同じ疑問に当たったようだが、すぐに思い当たったように声を上げた。
『未来が、確定したんだ』
『えっと、何の話?』
『ちょっと待ってて。……牧野さん、芽衣ちゃんにも説明したい。いい?』
「構わないが……あ、そうか」
なぜ芽衣と電話が繋がるのか考えて、思い当たる節があった。そもそも電話の条件が、星見プロダクションに来る未来が確定している子たちしかつながらない、だったはずだ。だとすれば、スカウトに成功して、無事契約を交わすことができた芽衣と電話できていてもおかしいことではない。
「雫、俺から説明するよ」
『わかった』
それから芽衣に今俺の身に何が起きているのか、そしてなぜ芽衣含めたメンバーにそれを伝えることができなかったを伝えた。芽衣は驚いた様子は見せたものの、真剣に真面目な様子で聞いてくれた。
『じゃあ雫ちゃんたちが芽衣たちから逃げたのも、タイムパラドックスの回避? ってこと?』
「あぁそうだな。芽衣たちの声が入ると電話が切れるんだ。……みんなを責めないであげてほしい」
『そうだったんだ。……あのね、琴乃ちゃんもさくらちゃんも仲間外れにされたみたいで悲しそうな顔してたの。でもちゃんと理由があってよかった!』
『……もしかして、芽衣ちゃんが、私たちとの追いかけっこの形にした理由って』
『最近忙しくてみんなで遊べてないよね? だからみんなで仲良く遊びたいなぁって』
『……わかった。そういうことに、しておく』
未来の東京寮側も色んな事が起きているらしい。自分が原因の中心となっているのは申し訳なくなるな。
『それで牧野さん、芽衣何したらいい?』
「そうだな。……現状としてまだ星見プロに入ってないのは琴乃、渚、さくらの三人だ。さくらに関してはもう少し時間を置きたい。だから琴乃と渚の二人をどうスカウトするかなんだが……」
俺の声の後にうーんという悩んでいるような声が響く。難しい話だよな。俺も星見プロでプロデュースやマネジメントに関することは学んできたがスカウトに関してはからっきしだ。
『ねぇ、琴乃ちゃん、渚ちゃん、さくらちゃん以外は寮にいるんだよね? そっちは大丈夫なの?』
「大丈夫……とは断言できないな。前の世界でも色々とトラブルがあったしちゃんと見ないといけない。過去の芽衣も遙子さんもこれから寮に来るしな」
『あれ、過去の芽衣はまだ来てないの?』
「うん、まだ来てないぞ」
『そっか。……琴乃ちゃんたちのスカウトも大事だけど、芽衣としては一度そっちを見てほしいな』
『あ、そうだった。私も芽衣ちゃんに賛成。一度寮を見てあげてほしい』
「……もしかして俺の知らないところで何かあってたのか?」
『えっと、牧野さんも知っていると思うよ? だってあの場に居たんだし』
「え?」
『え?』
『芽衣ちゃん、待った。ちょっとこっち来て』
雫と芽衣が電話口から離れ、ぼそぼそと会話しているのが聞こえてくる。内容まではわからない。
そういえばずっと気にはなっていたんだが、未来の雫たちはずっと俺に何かを隠しているような気がする。年頃の女の子だし隠し事の一つや二つあっても大丈夫なんだが、最近やけに多いから気になっている。問題ごとじゃないといいんだけど。
『ともかく、牧野さんは一旦寮を見て上げてほしい。スカウトは大丈夫。ちゃんと目処はつく』
「信じていいんだな?」
『うん、芽衣に任せて!』
「なんで芽衣に任せるのかわからないけど……わかった」
ひとまず目先の方針が決まったところで、スマートフォンを置く。雫たちはこれから遙子さんにも同じ説明をしに行くそうだ。
「俺も行かないとな」
この世界の芽衣と遙子さんが星見寮に来るのは明日だ。だけど準備は早いに越したことはない。手早く今日の仕事を終わらせると、足取り早く寮へと帰った。