寮で倒れた俺は、いつもの改装した物置小屋で目を覚ました。俺が倒れた後、無事だったメンバーが俺をここまで運んでくれたらしい。あの後、無事にくさやは沙季の元に転送され、事態もひと段落ついたようだ。すずが人一倍張り切って沙季を叱っていたから、溜まっていた鬱憤も晴らされたのかもしれない。
その後、芽衣と遙子さんの荷物も無事届き、二人の引っ越しも完了した。芽衣に関しては荷ほどきが終わってなくて、まだ段ボールが積まれている段階のようだけど、そのうち遙子さんあたりが手伝ってくれるんじゃないかなって思ってる。
そんなことを思っていたのが丁度二日前だ。少しずつメンバーが揃ってきたが、まだ足りない。タイムリミットもあるし、そろそろ渚と琴乃のスカウトに集中しないといけない。特に渚に関しては現状接点が一切ないから、出会うきっかけを作る必要がある。
仕事の合間に、どうしようかあれこれ悩んでいると、執務室に芽衣がやって来た。どうやらレッスンを見てほしいとのことだった。
考えもかなり煮詰まってきたので、芽衣を追ってレッスン室に向かうと、そこには渚がいた。なぜだ。
「……どういうことだ?」
「芽衣が連れて来たんだよー!」
「突然来ちゃってすみません。お邪魔でしたら、すぐに出ていきますので」
渚は不満げに芽衣をちらちら見ながら、こちらに向けて頭を下げた。その仕草でなんとなくわかった。芽衣が無理やり連れてきたのか。芽衣の行動には困ったものだけど、今回ばかりはすごく助かる。
「いや、大丈夫だ。せっかくだし、一緒にレッスン受けても構わないよ」
「ありがとうございます。でも、私……」
「渚ちゃんよかったね! 今日は一緒に歌って踊りまくろう!」
「あの……」
助けを求めるような視線が飛んでくる。でも、渚には申し訳ないが、俺も芽衣側なんだ。今日は付き合ってやってくれと思いを込め視線を返す。
「……わかりました。歌もダンスも下手だとは思いますが、それでもよければ」
「構わないよ。みんなもそれでいいか?」
「いいよー!」
そう尋ねると、芽衣の返事と一緒に元気のいい返事が返ってきた。というか、芽衣が連れてきたのに真っ先に芽衣が返事してどうするんだ。
「お疲れ様」
仕事の連絡が入ったため一度席を外し、しばらくしてもう一度レッスン室に顔を出すと、疲れた表情をした渚の姿があった。みんなはフォーメーションの練習していて、一時的に外れているって感じだろう。
「お疲れ様です。えっと……」
「あ、自己紹介がまだだったな。星見プロダクションのマネージャーをしている牧野航平だ」
「伊吹渚って言います。……麻奈さんが言っていた人ってやっぱりこの人だったんだ」
「何か言ったか?」
「いえいえ何も。それよりも、みんなすごいですね。あれだけ歌って踊ってもまだ余裕があるって感じで」
「最近、刺激になることがあったからな。それで本気になっているんだろう」
実際のところ、結構ギリギリついていっているような感じなのだが、それを指摘するほど野暮じゃない。それよりも、だ。
「渚はどうだった? レッスン楽しかったか?」
「はい! 楽しかったです! レベルを合わせてくれたというのもあるんですけど、歌もダンス本気でやってみると気持ちよくってびっくりしました」
「そっか。それはよかった」
「でも」
そう言葉を続け、渚は表情を晦ませ、芽衣たちの方を見る。彼女たちはレッスンに真剣に向き合いながらも、眩しい笑顔を浮かべていた。
「私には難しいかもって改めて思いました」
「……どうしてだ?」
「みんなみたいに私はキラキラしてないので」
なんだが遙子さんみたいな発言だった。もしかして渚も今日のレッスンを通して、劣等感を抱えてしまったのだろうか。
「そんなことないと思うよ。渚は十分キラキラしている。目が離せなくなるくらいにな」
「ふふ、褒め言葉が上手なんですね。ありがとうございます。嬉しいです。でも」
渚は芽衣たちよりもっと遠くを、窓の向こうにある空を見上げた。日も暮れて、暗くなった夜空を。
「私には、もう何も残ってないんです」
「……」
失恋して諦めたかような声だった。その声に思わず顔を見つめていると、渚はぽつりと言葉を続けた。
「だからアイドルとして輝くなんて、夢のまた夢なんです。……芽衣ちゃんには悪いかもですけど」
そんなことない、と言えたらよかった。でも、それを口に出すには俺は今の渚をよく知らない。渚の"変わったこと"を理解できていなかった。
「……こんなこと言われても困るだけですよね。ごめんなさい」
そう言った渚は、寂しそうな表情のまま、頭を下げた。
「今日はレッスンに参加させてくれてありがとうございました。アイドルになったみたいで本当に楽しかったです」
みんなのレッスンはまだ続いていたが、もう夜も遅いため、渚だけ先に抜けることになった。事務所の前まで同行すると、街灯の灯りが俺たちを照らしていた。
「本当に送らなくて大丈夫か? 夜も遅いし、あまり一人で出歩くのは……」
「もう、何度も言ったじゃないですか。大丈夫です。人通りの多いところを通って帰りますよ」
「……」
そうは言われても心配になる。渚に何かあってからじゃ遅いんだ。
「……じゃあ代わりに芽衣ちゃんたちの事を見守ってあげてください。みんな疲れているでしょうし、居てくれた方がきっと心強いですよ」
「……わかった」
俺が渋々そう返すと、渚は満足げに頷いた。
「では、失礼しますね」
「あぁ。またな」
「はい、縁があればまた」
渚と手を振って別れを告げる。その背が離れていく。無事、渚と会うことはできた。だけど、これでいいんだろうか、って思ってしまう。不安な気持ちが湧きだしてくる。
「……電話してみようか」
未来の沙季たちに頼りきりって状況は思うところはあるが、俺の変な意地でみんながいなくなるなんてことはあってはならない話だ。
少しのコール音の後に、はい、という小さな声が聞こえてくる。よかった、繋がったみたいだ。でもこの声は。
「あれ、千紗か? 雫に電話を掛けていたんだけど」
『雫ちゃんは、芽衣ちゃんや怜ちゃんたちと渚ちゃんを捕まえに行っているから、代わりに私が出ました。……ダメ、でしたか?』
「いや、全然大丈夫なんだが……寮では何があっているんだ? 千紗たちは追われる立場じゃなかったのか?」
『そうだったんですけど、芽衣ちゃんも遙子さんも電話に出ても大丈夫になったから、逆に電話に出れない相手を一か所に集めておこう、って話になって』
「追う立場と追われる立場が逆転したのか」
『うん、今度はこっちが追う番ですわ! ってすずちゃんが生き生きしてました』
「言ってる姿が思い浮かぶな」
『それよりもどうしました? 何かありましたか?』
「あぁそれなんだが……」
俺は芽衣がレッスンに渚を連れてきてくれたこと、一緒にレッスンを受けたこと、でもどこか寂しそうにしていたこと、そして今さっき別れを告げたことを話した。
「どうするべき、だと思う?」
『……牧野さん。牧野さんの中でこうしたいというのはもう出ているんじゃないですか?』
千紗の言う通りだ。俺がどうしたいかなんて、考えなくても理解できている。
「……でも、なんて声を掛ければいいのか」
弱音を零すと、千紗は電話越しで少しだけ間を置き、語り始めた。
『……今の渚ちゃんは、きっと寂しいんだと思います。大好きな琴乃ちゃんと別れて、会えない時間が増えて、寂しくて自分を見失っているのだと思います』
「自分を見失っている……」
『私もお姉ちゃんと別々のグループになって、落ち込んでしまったときがありました。私はお姉ちゃんがいないと何もできないんだって、塞ぎ込んで……でも、そんなときに雫ちゃんが、一緒に頑張ろう、って手を引いてくれて、とっても嬉しかったんです。だからきっと今の渚ちゃんにも手を引いてあげる人が必要だと思うんです』
「手を引く……」
『言葉は後ででもいいんです。想いを伝えようとすればきっと言葉はついてきます。だから、牧野さん、渚ちゃんを追ってあげてください』
「……わかった。ありがとう、千紗」
『いえ……私にはこれくらいしかできませんから』
「十分だよ。ありがとう」
『それなら、よかったです』
千紗の言葉に一歩踏み出す。気が付くと、俺は走り出していた。
千紗の言う通りだ。俺は迷う暇なんてもう残っていないんだ。俺に出来ることはただ愚直にこの想いを伝えることだけ。
渚の家の方角は知っていた。記憶にある道を辿っていくと、すぐに渚の背が目に入る。久しぶりに走ったから、この距離でも息が絶え耐えだ。でも、渚を引き留めることは俺にとって大事なことだから。俺は全力で渚の背に手を伸ばす。
「な、なぎ、さ、待って」
「え? きゃーーーー!!!!!」
「あがっ!!!」
突然背後から手を伸ばされた姿に驚いた渚は、咄嗟にバッグを振り回し、背後にいた牧野を吹き飛ばした。