「とはいえ、何を話すかだよなぁ」
翌日。早朝に帰ってきた麻奈を家まで送り届けた後、朝食ついでに寄った駅前の喫茶店でいつものノートを片手に頭を悩ませていた。
内容は昨日麻奈と話した琴乃をスカウトする件だ。
麻奈には任せてくれと強気な発言をしたが、俺自身どうスカウトするべきかまだ決まっていない。渚の時みたいに話していくうちに取っ掛かりができてくるかもしれないが、運だけに身を任せたくない。そのため、ある程度の話の流れを決めるために琴乃のことについて再度まとめなおしていた。
「琴乃のことは知っているつもりだけど、この世界の琴乃じゃないんだよなぁ……」
ノートをめくり、琴乃について書かれたページを開く。
長瀬琴乃は亡くなった長瀬麻奈の遺志を継ぎ、NEXTVENUSグランプリの決勝で"song for you"を歌うためにアイドルになった。
でも、星見プロのオーディションを受けに来た琴乃はアイドルのことが好きではなかった。それはお姉ちゃんを奪ったものだという意識がずっとあったからだろう。麻奈が亡くなる原因になったのもアイドルだったから、底知れぬ思いがあったと思える。
それでも、琴乃はアイドルに前向きに、真剣に取り組んでくれて、少しずつアイドルへの敵対心も薄れていった。みんなとも打ち解けていったのもこのタイミングだったな。そして月ストのリーダーとしてみんなを引っ張って行けるようになった。
その後も色々とあったが、俺の知っている琴乃はこうだ。この世界の琴乃も大きくは変わっていないが、まず前提としてあった麻奈の死が無くなっている。そのため、琴乃がアイドルを目指すきっかけがなくなってしまっている。同時に、以前の世界でもあった、麻奈が有名になったことによる周りからのやっかみや好奇の視線が強くなってしまい、それが琴乃の精神を追いつめてしまって、通う学校まで変わってしまった。
だとするなら、琴乃をスカウトするに必要なことは、まずそのやっかみや好奇からの脱却かもしれない。長瀬麻奈の妹ではなく、長瀬琴乃として見ること。アイドルになれば、それも叶うということを伝えてみてもいいかもしれないな。
……うん、方針はなんとなく纏まってきた。後はこの調子で、スカウトまで……ん?
「ちょ、ちょっとこころ! 何か考え込んでいる様子だし今は……」
「大丈夫だよ愛。優しい人だって言ってたし。……あのーすみませーん。星見プロの人ですよね? 麻奈さんのマネージャーの」
そんな声に思わず顔が上がる。視線の先にいたのは二人の少女だった。
ピンクの長髪に、頭には髪をまとめて角のようにしたものが二本。赤い瞳は何かを企んでいるように細められ、口元には笑みが浮かんでいる。
もう一人は、緑色のロングヘアにピンクのメッシュ。表情はこころとは対照的で、おどおどした様子で水色の瞳を震わせていた。
間違いない。こころと愛だ。
「そうだけど」
「やっぱり! 私、赤崎こころって言いまーす! こっちは小宮山愛ちゃんです!」
「よ、よろしくお願いします!」
こころも愛もこの時期はまだバンプロの養成所にいて、アイドルとしてデビューさえしていないはずだ。こうやって元気な姿が見られるのは嬉しいけど、なんでここにいるんだろう?
「牧野航平です。……えっと、二人は何しにここに?」
「カッコいい業界の先輩がいたので挨拶をしに来ただけです! ね、愛ちゃん」
「え? こころそんなこと一言も……あたっ!」
こころが愛の腕をつねっている。何か企んでいるんだろうなぁ。
「そっか。それはありがとう。でも大丈夫だよ。二人はオフなんだろう? 気にしなくていいよ」
「おぉ! さすが星見プロダクションのマネージャー! 器が大きいですね! よっ、敏腕マネージャー!」
「ありがとう。でも、俺はそんなことないよ」
「いえいえ、その手練手管はお見それしますよ。……それで、その凄腕のマネージャーさんにアドバイスを頂きたいんですけども」
あぁなるほど。これが狙いだったか。そんなことしなくても答えるんだけど。
「構わないよ」
「ありがとうございます! では、ずばり! 私たちがリズノワールに入るにはどうすればいいのか、です!」
「……いや、俺がわかるわけないじゃないか」
二人がリズノワに入った経緯は確かバンプロ社による決定だったはずだ。朝倉社長含めバンプロがどういった基準で選んだかわからないから、俺にアドバイスのしようもない。
「そこをなんとか!」
「うーん……」
NEXTVENUSグランプリで月ストに負けたリズノワのテコ入れとしてこころと愛を加入させたというのはわかる。二人とも今のリズノワにはない性格だし、新しい風を吹かせるのには十分だ。それに莉央さんと葵の性格を見ても、後輩っぽい二人の性格は組み合わせとして悪くはない。それはファン視点から見ても同様だろう。
でもそれはリズノワが負けたという前提があっての話だ。今の世界ではそれは未来の出来事。なんて答えようか悩む。
そんな俺の姿を見て、本当にわからないと勘違いしたのか、こころはあからさまにため息を零した。
「なんだ。麻奈さんのマネージャーというくらいだからすごい人かと思っていたけど、そうでもないんですね」
「こ、こころ! 失礼だよ!」
「いいんだよ愛。だってこの人、敵だもん」
まぁバンプロの二人からしてみればそうかもな。この世界のリズノワとだって、何度も戦ったし。
「確かに麻奈は俺が育てたというより、勝手に育ったものだから間違いではないよ。俺は大したことない」
「ほらー。本人もそう言ってるじゃん」
「きっと謙遜しているだけだよ!」
時間の無駄でしたね、とやれやれといった様子でこころが声を漏らす。……まぁアドバイスになるかはわからないが、言えることはあるか。
「莉央さんも葵もひたむきに頑張っている子は好きみたいだぞ」
「……!」
「お二人とお話したことがあるんですか!?」
「うん」
「そ、その話を詳しく教えてください!」
立ち去ろうとしていたこころが一番に食らいつく。話といっても未来の話だから、あまり詳しくは話せないけど……。まぁ少しくらいなら大丈夫か。
「莉央さんも葵も目標を持って頑張っている子に冷たく当たるような人たちじゃない。それに、実は面倒見も結構いいんだよ。めちゃくちゃ厳しいし、表面上は冷たく見えたりするけどな」
「な、なるほど……」
「だから、二人がリズノワに入りたいというなら、ちゃんとレッスンを頑張ることだ。……まぁ、俺が言うまでもなく頑張っているみたいだけどな」
「わかるんですか?」
「体付きとか見れば多少は、だけど」
こころは目を丸くして驚き、愛は恐縮です、と頭を下げた。もっと詳しく話してもよかったけど、さすがにバンプロの方針と違うことを言うのは憚れる。
「今は直接関わることはないけど、俺はこころも愛もずっと応援してるよ」
「ありがとうございます!」
「……むぅ」
「こころ? ちょっとどこに行くの!? お礼は!?」
なんだか拗ねたような面持ちで、こころはこちらに背を向けた。愛はそんなこころを見て慌てた様子を見せた後、俺に向けて頭を下げた。
「すみません! こころはちょっと天邪鬼なところがあって……拗ねているんだと思います。根はいい子なんです! 悪く思わないでください!」
「大丈夫だよ愛。ちゃんとわかっている」
「そ、そうなんですか?」
東京に進出してからではあるが、こころも愛も同じ事務所で活動してきたんだ。一緒に仕事をしてきて二人の性格も十分に知っている。
「あぁ。だから愛も安心してくれ。俺もそれくらいで怒らないから」
「……やっぱり、星見プロのマネージャーさんってすごいんですね!」
「そんなことないよ」
「いいえ、すごいです! だって初対面なのにこんな風に話せたことなかったので!」
「そっか。ありがとう愛。……ほら、こころが恨めしそうに待っているぞ。行ってあげたらどうだ?」
「あわわわわ! ごめんなさい! じゃあまたお会いしましょう!」
慌てて愛はこころの元に戻っていく。一瞬目が合ったこころにはべーと舌を出された。
こころと愛も変わってないな。変わりなく元気な様子で本当によかった。
こころが席に戻り、お高めのプリンを大量に注文しようとして、愛に慌てて止められている姿を見て、思わず笑みが零れた。