「あっ! 牧野くん!」
お昼過ぎ、昼食を終えた後くらいに麻奈が事務所にやって来た。琴乃はこれからやってくるみたいだから、先に麻奈だけ来た形だ。
「おかえり、麻奈。……といっても二回目か」
空港まで迎えに行ったときに一度おかえりとは挨拶した。そのときは笑顔で挨拶を返してくれたっけ。
「ただいま! こういうのは何度やってもいいんだよ。……それよりも事務所は相変わらず変わってないねぇ。相変わらず段ボールも積みっぱなしだ」
「文句なら三枝さんに言ってくれよ。軽く整理はしたけど、俺もよくわからないものを勝手に触りたくないんだ」
「あのおじさんにはもう何度も文句言っちゃったから牧野くんから言っておいてよ」
「なんで俺が……」
麻奈は変わらずだ。嬉しくはあるがいい加減ちょっとは自制してくれないかなぁとは思う。
ちなみに三枝さんは今回も帰ってきていない。麻奈曰く無茶振りばかりさせられたから置いてきた、だそうだ。三枝さんも苦労してそうだ。
「それよりも。牧野くん、琴乃の件、ちゃんと考えた?」
「ある程度は。後は琴乃と話してみて考えるよ」
「おーさすがだね。私の方は全然だよ」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「だって、琴乃、全然話してくれないんだもん。やっと話してくれたーって思ったらすぐに部屋に戻っちゃうし」
「でもそれを改善したいんだろ?」
「そうだけどさぁ……。琴乃が改善したいって思っているかどうかわからないじゃん」
そうか。麻奈からしてみればそこからなのか。完全に盲点だった。
「それは大丈夫だよ。俺も琴乃と話したけど麻奈のことは変わらず好きそうだった。きっと改善したいって思っているんじゃないかな」
「……むー、牧野くんの口から琴乃の名前が出るとなんだか嫉妬しちゃう」
「なんでだよ」
「私の妹だからです」
「別に取らないよ」
「琴乃に興味ないってこと?」
「どう反応したらいいんだ……」
俺が頭を抱えていると、冗談だよ、と麻奈は言葉を続ける。
「でも、そうだね。本当に改善したいと思ってくれていたら嬉しいな」
「……きっと大丈夫だよ」
「うん、ありがとう。私もまた琴乃と遊園地行きたいし、頑張るよ」
「失礼します……」
それからまた少しして琴乃が事務所にやってきた。どこか緊張した面持ちで案内したソファーに座る。その対面に俺と麻奈も着いた。
「今日は来てくれてありがとうございます。以前も挨拶しましたが星見プロダクションの牧野航平です」
「同じく長瀬麻奈です! なんだか琴乃に挨拶するのって照れるね……」
「……長瀬琴乃です」
邪魔しないでと言わんばかりに琴乃が麻奈を睨む。これは麻奈が悪いな。うん。
「あの」
回りくどいことは嫌いだろうし、早速話題に入ろうとしているとそれよりも先に琴乃が口を開いた。
「今日私が呼ばれたのってお姉ちゃんの件ですよね?」
「そうだけど……」
「すみません! お姉ちゃんが何をやらかしたのか知りませんけど、決して悪気があったわけじゃないと思います。ちょっとおっちょこちょいなところがあるだけで……」
「ちょっとちょっと! なんで私がやらかしたみたいに話しているの! 何もしてないよー! 後おっちょこちょいでもないから!」
「……本当ですか?」
「信じてない!?」
「残念ながら本当だ。今の麻奈は何もやらかしてないよ」
「残念ながらって何!? 今のって何!?」
麻奈は怒った様子でぽこすか叩いてくる。痛いから止めてくれ。
「そうだったんですね……。てっきり何かやらかしたから呼ばれたのかと」
「大丈夫だよ。麻奈がやらかすのはこっちも慣れているから」
「やらかしたことなんてないよ! 私はずっと真面目にやっているでしょ!?」
「それは俺や三枝さんを見て同じ台詞が言えるか?」
「うん」
「……はぁ」
「酷い!」
色んな無茶振りで人を振り回して、ライブバトルでは色んな相手に無自覚で喧嘩を売って、コーチにも勝手な振りで困らせてばかりなのによく自信を持って言えるものだ。……まぁ結果的にうまく回っているのはそれだけ麻奈が頑張っている証拠なんだけどさ。
「でも、そうならどうして私が呼ばれたのでしょう?」
麻奈がぶーぶー言ってくるのを抑えていると、琴乃が疑問を投げかけてきた。まぁ当然の疑問だな。ちゃんと答えないと、と麻奈を見るが、麻奈はあからさまに視線を逸らした。おい。
「……」
……でも麻奈が話題を振りにくいのも理解はできる。とはいえ、俺が話をするのはさすがに違うと思う。前回もそれで怒られたし。
「琴乃と麻奈の件で話があってな。……麻奈、言いにくいことはわかる。でもここまで来て逃げないでくれ」
「む」
逃げてないと言わんばかりに、麻奈に睨まれる。その視線を見つめ返していると、やがて観念した様に麻奈はぽつりと話し始めた。
「琴乃」
「何?」
「琴乃はアイドルは好き?」
「……好きじゃない」
目をそらしながら琴乃は拗ねたように口を開く。なんだかんだ二人とも姉妹なんだなって思う。言いづらいことを言う時の仕草がそっくりだ。
「そっか。じゃあ私のことは好き?」
「……言いたくない」
「そ、そっかー。そりゃ実の姉に好きかどうかなんて言いたくないよね……」
麻奈が露骨に傷ついている。琴乃も俯いた様子で表情を隠している。……傍目から見ていると二人ともわかりやすいんだけどなぁ。でもこんな調子だからこそ、二人の仲もずっと変わらなかったのかもしれない。
「琴乃、あのね。実は今日は琴乃と仲直りしたかったんだ」
「仲直り……?」
俯いていた琴乃の視線がわずかに上がる。その言葉を反芻した後、琴乃は口を尖らせる。
「仲直りって、お姉ちゃんが悪いんじゃん」
「っ! そ、そうだよね。琴乃からしてみれば私がアイドルになったから……」
「そうだよ。お姉ちゃんが私に相談もなしに勝手にアイドルになって、私はずっと苦労してた。学校でも、プライベートでもずっと長瀬麻奈の話ばっかされて、本当に嫌だった。……全部、お姉ちゃんのせいだよ」
「ごめんね……」
……有名税というものだろうか。有名になったからこそ、その代償は現れる。特に麻奈は本名を隠してはいないから、その妹である琴乃がそれに巻き込まれることは容易に想像できた。
……俺も琴乃の事をしっかり考えるべきだったのかもしれない。
「……別に謝ってほしいわけじゃない」
「……」
麻奈も琴乃もすっかり黙り込んでしまった。どんよりとした空気が流れている。でも、こういうときのために俺がいるんだ。
「麻奈。琴乃はちゃんと言いたいことを言ってくれた。……麻奈も正直に思っていることを言ったらどうだ?」
「思っていること……。そうだね。牧野くんの言う通りだ」
きっと今までの麻奈は言いたいことはずっと隠してきたんだろう。自分がお姉ちゃんだから、妹を傷つけたくないから。そんな思いだったはずだ。でも、隠して来たからこそ、いつまでも溝は埋まらなかった。本当に仲直りしたいんだったら、思っていることをぶつけ合う必要があったんだ。
「琴乃、私はね。琴乃になんて言われようとアイドルになったことは後悔してない。この道が私にとっての夢だから」
「……」
「だけど、琴乃のことも同じくらい大切なんだよ。そこに優劣はないつもり。……琴乃はそれが嫌だったかもしれないけどね」
麻奈はそこまで言いのけると、改めて琴乃と視線を合わせる。その二つの目はお姉ちゃんとしてと、アイドルとしての両方の瞳だった。
「これが私の気持ちだよ。……だからね、琴乃、聞かせて。琴乃は私にどうしてほしい?」
「私は……」
「目を逸らさないで。私の目を見て話して」
「うぅ……」
琴乃は泣きそうな面持ちで、麻奈と目を合わせる。それはまるで今まで隠し続けてきた悪事がバレたかのようなバツの悪そうな表情だった。
「……お姉ちゃんとは、一緒にいたい」
「うん」
「……でも、お姉ちゃんには、アイドルとしていてほしい」
「うん……え?」
風向きが変わった。……思い返せば今回琴乃と初めて会ったときも、琴乃はアイドルである麻奈を認めていたように思える。きっとそれは。
「アイドルとしてのお姉ちゃんはいつも笑顔で楽しそうだから。楽しそうなお姉ちゃんの邪魔はしたくない。……それに、私も見ていて……楽しいから」
「え? え?」
麻奈が目が飛び出しそうなほど驚いている。麻奈が知らなかったのも当然だ。思っていることはちゃんと言わないと通じないんだから。
「こ、琴乃、私のライブ見たことあるの?」
「うん……テレビで、だけど」
「!!!」
麻奈は目を見開いて、何かを言おうとしてうまく言葉が出なかったのか口をぱくぱくさせている。その間にも琴乃は言葉を続けた。
「前まではアイドルとしてのお姉ちゃんは嫌いだったけど、今は嫌いじゃない。……アイドルも、嫌いじゃない。……ううん、好き」
「え!?」
今度は俺が驚く番だった。アイドルが嫌いじゃなくて、好き? じゃあなんでさっき琴乃はアイドルが嫌いって言ったんだ? それにあんなにもアイドルを毛嫌いして……いや、待った。
琴乃がアイドルを嫌っている姿、この世界で見たことあったか?
「だからお姉ちゃんは、これからもアイドルとして……」
「ちょ、ちょっと待って琴乃! 頭が追いついてないから!」
「え、うん」
麻奈は頭を整理するように一度深く深呼吸をする。その後、麻奈は改めて琴乃と目を合わせた。
「じゃあ琴乃はなんで私と話すのを避けていたの? アイドルの話も嫌がっていたよね?」
「それは……その、意地になってた。お姉ちゃんに酷い事言ってしまったから、どうしたらいいかわからなくて」
「え!? じゃあアイドルを嫌いって言ったのは?」
「嫌いとは言ってない。……でも、好きって言ったらバレると思ったから」
「じゃあ本当は全然嫌じゃないし、アイドルも嫌いじゃなかったってこと!?」
「うん……」
もしかして、全部勘違いだったのか? 琴乃はもうアイドルへの敵対心は無くなっていて、お姉ちゃんがアイドルをやることも認めていた。俺も麻奈も勘違いしていた理由は、琴乃が意固地になっていて、素直になれなかっただけ。
そうなると、俺が一回目に琴乃のスカウトを失敗した理由って、もしかして俺が見ず知らずの相手で警戒されていて、地雷を踏んだ挙句、勝手に俺が二人の間に勝手に入ろうとしていたから、か。
思わず息が漏れる。なんだか肩の力が抜けたというか、ほっとした。
「もう琴乃! そうならそうと言ってよ!」
「だってお姉ちゃんだって聞こうとしなかったじゃん! 勝手にわかった気になって、そうだよね、って笑ってただけじゃん!」
「それは琴乃を傷つけないように堪えてたの! それなのに何? 意固地になって拗ねていただけって!」
「拗ねてないもん! 私も色々と考えていたんだよ!? 次のお姉ちゃんの誕生日に謝ろうってプレゼントも買って」
「遅いよ! そんなの私の誕生日じゃなくていいよ! 自分が間違っているのに気づいたなら早く謝ったらいいじゃん!」
「うるさい! 元はと言えばお姉ちゃんが勝手にアイドルになったのが悪いんでしょ!」
「勝手に怒ったのは琴乃の方じゃん! 私だって琴乃には応援してもらえると思ってたのにショックだったんだから!」
「「もう!!!」」
ここが事務所でよかった。近くに物があったらきっと投げ合いになっていたぞ。
……だけど、二人ともそれだけ言いたいことが溜まっていたんだろうな。こうやって吐き出しあえてよかった。
「はぁ……はぁ……」
「……ふぅ。……琴乃、もう終わり? 私はまだまだやれるけど?」
「っ! 私だって!」
「こらこら、そろそろ終わりにしよう。麻奈も煽らないで」
俺が声を掛けると、二人はようやく俺がいたことを思い出したようで、途端に顔を赤く染めた。
「いるならいるって声かけてよ!」
「いや最初からいただろ……」
「姉妹喧嘩を見ているのはさすがにどうかと思います」
「俺の目の前でいきなり始まったんだけど……」
麻奈と琴乃は互いに目を合わせると、示し合わせたように、はぁとため息を吐いた。俺何一つ悪くなかったぞ!?
「ともかく……琴乃。私はこれからもアイドル続けていい?」
「うん、大丈夫。これからはちゃんとライブにも行くから」
「そっかー! それならこれまで以上に全力でライブをやらないといけないね!」
「応援してる。……それと」
琴乃は改まった面持ちで麻奈をじっと見つめた。
「あの時は酷いことを言ってごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないのはわかってる。だから、ちゃんと償わせて」
「うん、わかった。ずっと待ってるね」
「……うん。……私はね。お姉ちゃんが私のお姉ちゃんでよかったってずっと思っているから」
「っ! ありがとう。私も、琴乃が私の妹でよかったって思ってるよ。ずっと大好きだから!」
そう言って、麻奈が琴乃を抱きしめた。二人とも穏やかで憑き物が落ちたような表情だ。
温かいその光景に思わず笑みが零れつつも、また俺がいること忘れられているな、って思った。