「あのー、二人ともそろそろいいか?」
しばらく麻奈と琴乃が抱き合っている姿を見つめた後、俺はのそのそと声を掛ける。すると、案の定二人ははっとした様子で慌てて離れた。その反応をするんだったら俺の目の前でやらないでくれ。
「俺からも話をしたいんだけど……」
「どうする琴乃、後にする?」
「ううん、聞く」
あの、麻奈、後にされると困るのは知っているんだし止めてほしいんだが……。後、琴乃もそれでいいのか? すごく子ども扱いされていたぞ今。……まぁそれはそれとしてだ。
気を取り直して、俺も居住まいを正し、琴乃の目を真っすぐに覗く。
「長瀬琴乃さん、大事なお話があります」
「はい。なんでしょうか?」
「アイドルになりませんか?」
「……え?」
琴乃は目を見開き、呼吸を飲み込んだように肩を震わせる。前の時みたいに嫌がっている様子はない。純粋に驚いていた。
「私をですか?」
「はい。そうです」
「……理由をお聞きしてもいいですか?」
「はい。……まず先に言っておきますが、貴女が長瀬麻奈の妹だから、といったことは一切ありません」
「! そうなんですね」
琴乃は露骨に嬉しそうな表情を見せた後、慌てて取り繕った。やっぱり長瀬麻奈の妹、として見られるのはコンプレックスになっているんだろうな。
「今、星見プロダクションでは新人グループ結成のためにメンバーを集めている最中です。琴乃さんにもそこに加わってもらいたいです」
「グループ、ですか」
「はい。新人グループは二組。五人ずつのグループを想定しています」
「なるほど……」
「そして、琴乃さんをスカウトする理由ですが……バランスです」
「バランス?」
オーディションで琴乃の採用を下した時は、オーディションの項目含め、採用基準を達していたからだ。同時に長瀬麻奈の妹だから、といった理由もやっぱりあった。
だけど、今回琴乃を採用するきっかけはそういった基準ではない。長瀬琴乃の未来を知っているから。月のテンペストを作り上げてもらうために彼女をスカウトする。……なんとか乗り気にさせないとな。
「実は、琴乃さん以外の四人はもう決まっています。残る枠は後一つ。その最後の一人として、既存メンバーとのバランスを考えたとき……どうしても琴乃さんの性格が必要だと思ったんです」
「私の性格……具体的にどういった性格ですか?」
「気が強くて怖いもの知らずなところです」
「うっ」
「ぶふっ」
麻奈が思わずといった様子で笑ってしまって、琴乃に睨まれている。麻奈もあんまり人のこと笑えないけどな。
「もちろん、それだけじゃありません。琴乃さんが麻奈に向ける姿勢、俺への態度を見て、ちゃんとファンを見てくれて真摯に接してくれるんだと思いました」
「それはどうなるかわかりませんけど……でも、今のアイドル業界は難しいことは知ってます。VENUSプログラムによってライブパフォーマンスが点数化されているんですよね? オーディション受けずに採用して大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫だと思います。だって琴乃さん、ダンスレッスンやってますよね?」
「っ! ど、どうして知っているんですか!?」
やっぱりだ。ある程度レッスンしている人は体付きを見ればなんとなくわかる。今日改めて見て思ったけど、琴乃の体付きはしっかりトレーニングしている人のそれだ。
「体付きでわかります」
「え……」
琴乃はぽかんと口を開いたまま固まった。少しして我に返ったように肩を震わせると、慌てて両腕で胸元を抱き寄せた。
「うわぁ、牧野くんがやらしい目で見てる」
「そういう意味じゃないよ。……というか麻奈さっきから野次がうるさいぞ」
頬をふくらませて、ぶーぶーと抗議してくる。やかましいな。
「……というかその反応。麻奈も琴乃がダンスをしていることに気づいていたんだろ?」
「そ、そうなの?」
「そりゃね。実は私、トップアイドルなので!」
「もう、気づいているなら言ってよ」
「だって言ったら琴乃、拗ねちゃうじゃん」
「……それはそうだけど」
まぁそれは解決した問題だし置いておくとして。
「なのでオーディションも問題ないと思っています。歌に関してもこちらでサポートしていきますのでご安心ください」
「よかったね! ちなみに琴乃、なんでダンスレッスンしてたの?」
「それは……お姉ちゃんの曲を踊りたかったから……」
「!!!」
麻奈が再び琴乃に抱き着いた。後何回見せられるんだろうなこれ。
「以上が理由にはなります。……他に何かありますか?」
「……本当にそれだけが理由ですか?」
少し間を置いた後、琴乃はそう返してきた。……全く。琴乃は変わらず鋭いな。俺も正直に答えよう。
「後は感覚的なものになってしまいますが、聞きたいですか?」
「はい」
「わかりました。……実は未来が見えたんです。琴乃さん含めた五人が、同じステージで光を浴びている姿を。そして、その先でトップアイドルになっている未来が」
「私が……?」
「はい。信じられないかもしれませんが、俺は間違いなく見ました」
「……」
まぁデビューもしてないのにそんなこと言われても信用できないよな。それでも構わない。
「私がトップアイドル……。そこまで行けばお姉ちゃんに追いついて、並び立つことができるんでしょうか? もしかして同じステージで歌ったりとかも」
「できるでしょうね」
「!」
琴乃の目が輝く。それを見て、俺もようやく合点がいった。この世界において、琴乃が何を考えどう生きているか。そして、琴乃の"変わったこと"。きっとそれは。
"アイドルになりたいと思っている"。これなんじゃないだろうか。義務感とか誰かのためじゃなくて、自分の夢としてアイドルを目指している。
……琴乃は結局のところ、どの世界に行っても変わらないんだな。なんだかそれが嬉しくて笑みが浮かぶ。
「……笑わないでくださいよ。というか、牧野さんがそこまでたどり着けるって言ったんじゃないですか」
「ごめん。そのことじゃなくて、琴乃があまりに楽しみにしている様子だったから、つい」
「もう! あんまりじろじろと見ないでくださいよ!」
琴乃は顔を赤くして身を逸らす。麻奈が琴乃可愛いでしょと言わんばかりに目配せをしてくる。こっそり頷いておいた。
「それで、琴乃さん。返答を聞かせてもらってもいいですか?」
先ほどまでのゆるっとした空気が変わり、琴乃は真剣な眼差しで俺を見据える。俺も改めて居住まいを正した。
「私はお姉ちゃんと同じステージに立ちたいです。その目標をここで叶えてくれると言うのなら、私は」
どこまでも真っすぐで綺麗な青い瞳。夜空をも思わせるその瞳は、酷く懐かしさを感じさせる。
「そのスカウト、受けさせてください。一人のアイドルとして、ここで歩ませてください」
待ち望んだ言葉だった。それが跳び上がってしまうほど嬉しくて、思わず口角が上がってしまいそうになる。でも今だけはそれを必死に抑え込んで、言葉を紡ぐ。
「わかりました。……琴乃、これからよろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
俺が伸ばした手を琴乃は固く握りしめる。やっと、運命の歯車が元に戻り始めた。