その後、琴乃には正式な契約用紙と募集要項を書いた書類を渡して一旦別れた。帰り際、麻奈と手を繋いで二人で笑い合っていたのが印象的だった。
『やりましたね牧野さん!』
今回も例の如く、二人と話す時にスマートフォンを通話状態にしてポケットに入れていた。一番に声を掛けてくれたのは沙季だった。
「……あぁ本当に、な」
『どうしました? 何か気になることが残っていましたか?』
「いや、なんだか実感がわかなくてな」
前回スカウトしたときは散々な結果で、心も折れてしまった。それを体験した身からすると、今回の琴乃のスカウトはうまくいきすぎて感情が追いつかない。
『ふふ、わかりますよ。私もデビューしたときそうでしたので』
「そうだったのか?」
『はい。なんだか頭がぽわぽわしてしまうような感じで、目先の事に手がつかなくなっていました』
沙季たちのデビューライブは俺もバタバタしていて、舞台袖にいたみんなのことがあまり見れてなかった。そんな姿があったのか。
「見てみたかったな……って思ったけど、これから見れるかもしれないのか」
『もう、恥ずかしいのであまり見ないでくださいよ?』
「わかってるよ」
でも、そうか。デビューか。いつの間にかそこまで来ているのか。麻奈と一緒の月ストとサニピが見れるのも案外すぐそこなのかもしれない。
「だけど、まだデビューを考えるのは先だな。まださくらが星見プロに加わってないから」
『はい。私も最後までお手伝いさせてください』
「ありがとう。本当に頼りにしているよ」
『あっ、沙季ちゃん。丁度良かった。これみんなの分の……あ、ごめん、電話中だったね』
電話越しに新たな声が聞こえてくる。遙子さんの声だ。
『すみません……』
「いや大丈夫だよ。そっちを優先してくれ」
『はい、ありがとうございます』
どうやら遙子さんはみんなの分の夜食としてサンドイッチを作ってきてくれていたみたいだ。普段ならそういうのは厳禁なのだが、今は状況が状況で寝ていられない状態。それを気を使っての事らしい。
『牧野君にも渡せたらいいんだけどね……』
「気持ちだけで十分ですよ。それにみんなにはもうたくさん支えられていますので、これ以上迷惑は掛けられません」
『牧野君にはいっぱい支えられてきたから私もお返しがしたいの。……だからそっちの世界の遙子もたくさん頼ってあげてね。ご飯作ってーって頼めば喜んで作ってくれると思うわ』
「覚えておきます」
『覚えて、じゃなくて、頼って、ね?』
「は、はい……」
遙子さんの手料理はどれも絶品だ。時間があるときにでも、星見寮に食べに行こうか。
『遙子さん、さくらちゃんたちの様子はどうでした?』
『なんともないわよ。みんなで楽しくトランプをしていたわ。……なんだかそわそわしていたし、薄々感づいてはいそうだけどね』
『そうでしたか……。なんだか悪いことをしているみたいで申し訳ないですね』
『沙季ちゃんだけが罪悪感を感じる必要はないわ。事情が解決した後、みんなで謝りにいきましょう』
『そうですね』
こっちで俺がスカウトできていない人は電話が繋がらないどころか、電話が切れてしまう。そういえば千紗がスカウトできていない相手を一か所に集めているって言っていたな。それでトランプをしていたのか。
『そういえば琴乃ちゃんも連れてきた方がいいでしょうか? スカウトができたのなら事情は説明できると思いますし』
「……いや、みんなで遊んでいる最中なんだろう? 後ででも構わないよ。一人だけ残すのもさくらに悪いしな」
『わかりました』
『……それにしてもほんと妙なことになっているわよね。過去に戻るだけでもうフィクションみたいなのに、私たちに電話が繋がるなんて』
「そうだよな。俺も説明してほしいよ」
こんな現象、聞いたこともない。というか、あってたまるかって感じではあるんだけど。
『そういえば牧野さんはどうやって過去に戻ったのですか?』
「正直俺も良く分かっていないんだが、一回目は星見市の展望台でイヤホンで麻奈の歌を聞いているとき、二回目は星見市の高台のステージで五人のライブを見ていたときだな」
思い返してみれば両方星見市の高台で起きた出来事だ。あそこに何かあるのか……?
『星見市の高台ねぇ……。私としても思い入れ深い場所だけど、あんまり詳しくはないかなぁ。沙季ちゃんは何か知っている?』
『……一つだけあります。文献に載っているような話ではないのですが……』
「聞かせてくれ」
『星見市が流星群が綺麗に見える町というのは、牧野さんも知っていると思います。だけど、星見市からのみ見える流れ星のことは知っていますか?』
「いや、初耳だ」
『少しだけ地理の勉強にはなりますが、星見市はもともと山に抱かれるようにして広がった街なんです。海も近く、夜になると風がよく通る。昔の星見市は今よりずっと暗くて、街灯も少なかったみたいですよ。だから星も今よりずっと綺麗に見えていた。"星見市からのみ見える"なんて尾ひれがついたのもそのあたりが理由でしょうね』
「なるほど……」
『そしてその流れ星に関してですが、とある噂があったみたいです。それが、"願いを一つだけ叶えてくれる"といったものです』
「ん? 流れ星への願い事って全国共通じゃないか?」
『はい、そうなのですが、なぜか星見市の流れ星は"一つだけ"という言葉が付いています。理由は定かではないのですが、二つも三つもお願い事をするとお星さまが怒ってしまうから、とはお聞きしました』
「一つだけ、か」
『はい。正確に語るなら、一人一つみたいですね。どんなことが起きようとそれは変わらないよ、と祖母に教えてもらいました』
「一人一つだけの願い……」
もしかすると、俺が過去に戻ったのはその願いを星見市の流れ星が叶えてくれたからなのか? 俺が、麻奈が揃った星見プロダクションを見たいという願いを叶えた結果がこの世界に来ることだったのだろうか。だとすると、二回目以降の願いは。
「そうか! 沙季たちか!」
前回の世界の沙季は俺に"自分の道を進んでください"と言ってくれた。その道がもう一度過去に戻ることだったから、過去に戻ることを願ってくれたんだ。
思い返せば、あのスペシャルライブステージで行った"Pray for you"は普段とは違う、想いを剝き出しにしたライブだった。きっと、流れ星に叶えてもらうためのライブだったんだろうな。
……そうなると、この電話も誰かが祈ってくれた結果なのかもしれないな。
『えっと、どうしました?』
「改めて俺はみんなに支えられているんだなって思って。ありがとう、沙季」
『困ったときはお互い様ですよ。遙子さんも言っていましたが、私も恩返ししたいんです』
なんだか貰ってばかりだ。沙季たちは恩返しとはいうが、俺も何か返せたらいいんだけど。
あぁでもそうだ。お返しの前に、俺もやるべきことがあるな。
「沙季、話をしてくれてありがとう。俺はこれからさくらの元に行ってみるつもりだ。電話繋げたままでいいか?」
『もちろんです』
『私は、一回部屋の様子を見てこようかな。何かあったらすぐに駆け付けるから呼んでね』
「わかりました。遙子さんもありがとうございます」
一人分の足音が、電話越しに響く。
沙季たちにお返しをするためにも、今はさくらのスカウトを必ず成功させてみせる。