さくらが入院している病院は星見市内にある一番大きな大学附属病院だ。住宅街とは少し離れた立地で、五階建ての本館を中心に、研究棟や外来棟が左右に広がっている。周辺には、背の高い樹木が並んでおり、風が通るたび葉のざわめきが聞こえてくる。
静かで厳かな空気感を感じさせる場所だったが、今日の病院は何やら騒がしかった。
「あのさ、山田さん。ほんと、意味わかんないんですけど」
「だから悪かったって言ってるじゃない! 何回謝れば気が済むんだよこのガキ」
「うーわ。逆ギレしてきた。ほんとどうしようもないわー」
「二人ともうるさいわよ。病院の前なんだから静かになさい」
木々に囲まれたガラス張りのエントランスの前、そこにいたのは三人の女性だ。
一番に目が付くのは、その中心にいた高身長の女性。抜群のスタイルにウェーブのかかった長い金髪。翡翠色の瞳は鋭く絞られ不機嫌な表情を浮かべていた。
その隣にいたのは、銀髪のボブヘアの女性だ。スマートフォン片手に、グレーの瞳を小馬鹿にするように歪ませ、口元には薄ら笑みを浮かべる。
最後にいた女性はそんな二人に侮蔑の瞳を向け、ため息をついていた。長い黒髪を腰下まで下げ、藤色の瞳を持っている。
というか、見間違えようがない。ⅢⅩのfranさん、kanaさん、mihoさんだ。……なんだか最近よくみんなに合う気がする。
「お久しぶりです。皆さん」
スリクスとはこの世界でも何度かあったことがある。お互い何度も顔を合わせて、その内面の性格程度は知っている程度の仲だ。
「うげっ、星見プロのマネージャーじゃん」
「もう最悪なんですけど……」
「なんかものすごく失礼なこと言われている気がするんですけど……スリクスの皆さんはどうしてここに? もしかして何かあったんですか?」
kanaさんとmihoさんが一斉にfranさんを見る。franさんは露骨にげんなりした表情で、ぼそぼそと口を開く。
「仕事帰りにちょっと体調崩して、近くの病院に来ただけです」
「大学附属病院まで来るほどのですか!? な、なにがあったんです?」
「なんだっていいでしょ? 他所の事務所のマネージャーが口を出さないでください」
「変なもの食べたせいで急にお腹壊しちゃったんだよねー。ねー山田さん」
「kana!」
拾ったどんぐりなんて食べるからだよばーか、そんなの食べてないわよ! とfranさんとkanaさんが言い合いを始める。それを横目にmihoさんは大きなため息を吐いた。
「すみません、騒がしくて」
「い、いえ、お構いなく。慣れてますので」
慣れている? とmihoさんが鋭い視線を向けてくる。失言だった。それに気づいてないふりをして、俺は言葉を続けた。
「スリクスの皆さんは最近どうなんですか? BIG4にもなってお忙しいと思いますけど」
「……まぁ忙しいのは事実ですね。あちこちで仕事させられてます」
「……なんだか不満そうですが」
「プレタポルテの方針は会社理念が一番です。そういえばわかりますか?」
「なるほど……苦労しているんですね」
「貴方に同情されると余計腹が立ちますが」
「すみません……」
「うわー、武田さんが他所のマネージャーいじめてるー」
「は?」
いつの間にか言い争いを終えていたkanaさんがこっちに加わってきた。なんとなく思っていたけど、kanaさんもだいぶストレス抱えていそうな感じだ。プレタポルテはそんなに肌に合わないんだろうか。
「そうそう、せっかくだしkanaの愚痴も聞いてよ。うちの会社さ、SNSでの宣伝を増やすためにkanaにスリクスとしての投稿頻度を上げろとか言ってくるんだよ? なんでこいつらと一緒の投稿しないといけないんだっての」
「kanaさんの影響力を考えれば理由はわかりますが……ちょっと強引すぎますね」
「だろ? まじで鬱陶しいんだけどあいつ」
「……そんなに嫌なら俺の方からなんとか言っておきましょうか?」
「愚痴だっての。……それにあんたが言ったら逆にあんたが困る羽目になるだろ」
「優しいんですね」
「勝手に妄想すんな」
ぷいっと、kanaさんは拗ねたようにそっぽを向く。少しでも気がまぎれたならいいけど。
「franさんも体調は大丈夫ですか?」
「そこのガキと一緒にしないで……って言いたいところですけど、まぁ大丈夫ですよ。今日はたまたま不摂生が祟っただけです」
「お金を貯めるのも大切ですけど、この業界、体が資本です。無理しすぎないようにしてくださいね」
「はいはい気を付けますよー。というかその台詞、あなたが言える事なんですか?」
「うっ……最近は体に気を付けるようにしてますよ? ちゃんと栄養も考えてます」
「ふーん? まぁいいですけど。あなたの大事な担当アイドルに文句言われても知らないですよ」
なんだか見透かれているような発言だ。食べるときは栄養素を考えながら食べているから大丈夫だと思うけど、たまに抜いているときがあるから気を付けないといけない。
「そういえば、その担当アイドルである長瀬麻奈は今海外にいるそうですね。貴方は付いて行かなかったのですか?」
「別の仕事があって……まぁ言っていいか。今星見プロダクションで新人グループを作っているんです。それの関係ですね」
「なるほど。確かにオーディションの広告を出していましたね」
「知っていたんですか?」
「当たり前です」
さすがの情報収集能力だ。……誰が集まるかまではまだわかっていないよね?
「長瀬麻奈に伝えておいてください。早く海外の仕事を終わらせて帰ってこいと」
「……そういうところは変わらずなんですね」
「当たり前でしょう、私たちは敵ですので」
mihoさんはあっけらかんとそう言いのける。mihoさんの事情は俺もわかっている。俺が戻るころにはもう遅すぎたことも。
「……すみません」
「何に対する謝罪ですか。謝罪するような気持ちがあるなら、さっさと長瀬麻奈を呼び戻してください。じゃないと、私のやりたいこともできない」
「ライブバトルですか」
「はい」
色んな事情もあってだが、長瀬麻奈はスリクスとはライブバトルができていない。俺としてはこのままやらない方がお互いのためだと思うけど、そうも言ってられない時が来るのだろう。
「呼び戻すことはできませんが、ライブバトルの件は検討しておきます」
「ぜひ……あら?」
mihoさんが思わずと言った様子で声を漏らす。視線の先にはスーツ姿の女性の姿があった。それを見て、franさんもkanaさんもげんなりとした表情を浮かべる。
「迎えが来たみたいなので私たちはこれで」
「はい。お時間取ってすみません。ありがとうございました」
mihoさんは丁寧に頭を下げ、こちらに背を向ける。そのまま去っていくのかと思っていたけど、不意に立ち止まってこちらを振り向いた。
「貴方も体調には気を付けてください。倒れられては困ります。……では」
そう言いのけ、mihoさんは今度こそその場を後にした。俺はしばらくその言葉に呆然としてしまっていたが、やがて理解が追いついた。
「病院の前だったな……勘違いされちゃったか」
思わず苦笑いが零れる。なんだかんだmihoさんも気遣いが上手だよなってそう思った。