『おぉ! スカウト成功ですね! 牧野さん!』
さくらと握手を交わし、会社の説明と契約用紙を渡した後、電話越しにそんな声が聞こえてくる。
「ありがとう。さくらのおかげだよ」
正直俺一人だと、どう話題を振ればいいかわからずにスカウトできなかったと思う。さくらがあそこで声を掛けてくれたから何とかなった。
『いえいえ、私は何もしていないですよ。牧野さん様々です!』
「……そういえば、お電話の相手はさくらって名前なんですか?」
思わず頬をかいていると、目の前のさくらから質問が飛んできた。しまった。さくらって呼んでしまったな……。
「そ、そうだな。さくらって言うんだ」
「同じ名前なんですね! なんだか運命感じちゃいますね!」
完全に気を抜いていた。せっかく未来のさくらがうまく誤魔化してくれたんだから俺も気をつけないと。
「でもどこかで聞いたことのある声のような……?」
「き、気のせいじゃないか? ほら、世界には同じ顔の人が三人いるなんて言うし、声が似た人もいると思うんだ!」
「むむむ、確かにそうですね。でも、名前も同じで声もそっくりなんてびっくりです! もしかして私自身だったりして?」
「……!」
「なーんて、そんなことないですよね。冗談です」
危なかった……。さくらは意外と本質を突いてくるところがある。バレないようにしないと。
……そういや未来のさくらはやけに冷静だな? さくらのことだからもっと慌ててもおかしくはなかったが。……まぁ色んな仕事で人前に出てきたから、こういった場面の冷静さも身に着けたのかもしれないな。
『じゃあ私はそろそろ失礼しますね! そろそろ沙季ちゃんに怒られそうですし……まぁ私も怒りますけど!』
そういや未来のさくらへの説明がまだだったな。後で時間を取ってもらおう。
「わかった。またな」
『はい、また! そっちのさくらも元気にしてね! ちゃんとやってみたかったことリストを叶えていくんだよ!』
「はい! あなたもお元気で! お互いにアイドルとして頑張りましょうね!」
『うん! 負けないからね!』
さくらは間髪入れずにそう答えた。さくららしいな。どっちもさくらではあるんだけど。
そのままスマートフォンの通話を消そうとしていると、
『あっ! すみません! 言い忘れていたことがありました!』
さくらが慌てた様子でそれを止める。
「なんだろう?」
『そっちのさくらに伝えたいことがあります。大事なことだから覚えていてね』
さくらは一呼吸起き、シリアスな響きをまとった声で言葉を紡ぐ。
『もしさくらが、さっきのさくらと同じように悩んでいる子を見かけたらすぐに声をかけてあげてほしいかな。どう生きていきたいの? って。それがその子を元気づけるきっかけになるから』
「わかりました。胸に刻んでおきますね」
『うん……それともう一つ。自分のやりたいことがあって、願いたいことがあるならちゃんと願ってあげて。さくら自身のためにも』
「自分の願いたいこと……。わかりました。それも覚えておきます」
『よろしくねさくら』
「よろしくされました!」
二人で挨拶を交わし、今度こそ通話は切れた。なんだか意味深な会話だったけど、自分自身だからこそわかることがあるんだろう。俺が触れるべきじゃないな。
「俺もそろそろ事務所に戻るよ。今日はありがとな」
「いえいえこちらこそ! おかげでスッキリしました!」
「それならよかったよ」
さくらの笑顔に背を押されながら俺も病室を後にする。外に出ると、赤々とした夕日が辺りを照らしていた。
あの後、病院の関係者にも話を聞いてみたが、やはりさくらはリハビリという名目で精神治療を行っていたみたいだった。だけどそれもここ最近でかなり回復の傾向が見られ、すぐにでも退院できそうとのことだった。その後の安静期間もほぼないらしい。
その話を聞いて、俺もようやく肩の力を抜くことができた。やっと、ここまで来ることができた。それが堪らなく嬉しかった。
「やーだーよー。まーきーのーくーん」
数日後、一時的に帰国していた麻奈が再び海外に戻る日になった。空港まで辿り着いたはいいが、今日は朝からずっとこんな感じだった。
「麻奈が決めたことだろ」
「そうだけどさ。やっぱり一人ぼっちは寂しいよ」
「三枝さんがいるだろ?」
「おじさんとは会話が噛み合わないので」
ぷいっと麻奈はそっぽを向いた。三枝さん本当に何をやったんだ……。
「あーあー、牧野くんが来てくれたらよかったのに」
「俺も仕事があるんだ。勘弁してくれ」
「むむむ。仕方ないなぁ。じゃあ私が帰ってくるときにはそのお仕事の成果を見せてもらおうかなぁ」
仕事の成果……つまり新人グループの姿を見せろということだろう。そんなの言われるまでもないな。
「麻奈、実はなメンバーはすでに揃っているんだ」
「え……ええー! いつの間に!? 私聞いてないんだけど!」
「言ってないからな」
「なんでよー! 牧野くんの意地悪!」
ある程度の報告はしていたが、完全な報告はしてばかったからな。それに全員が揃ったのもつい最近のことだし。
「帰ってきたときに紹介するよ」
「むー」
「あ、琴乃に聞くのは無しだからな」
「ぶーぶー」
「麻奈だって楽しみはとっておきたいだろ?」
「そうだけどさー」
むすっとした表情で、俺をじっと見つめる。これは言わなかった俺に文句があるって感じだな。ごめん、と片手を掲げ謝っておき、言及されないうちに言葉を続ける。
「そして麻奈、もう一つ良いお知らせと悪いお知らせがある。どっちからがいい?」
「……良いお知らせから」
「琴乃たちのデビューライブの日が決まった」
「本当に!?」
「あぁ本当だ」
麻奈は俺の手を無理やり掴むとやったーとぶんぶん振り始めた。嬉しいのはわかるが、俺の手を振り回さないでくれ。
「ねねっ、いつ? 絶対行くよ!」
「……そこで残念なお知らせだ」
「あっ」
途端、麻奈は耳を塞いだ。塞いでも結果は変わらないぞ。
「デビューライブの日は六月六日。……丁度、麻奈が帰ってくる日の前日だ。麻奈のライブがある日でもあるな」
「あーあーあーあーあー」
「麻奈、悪いが受け入れてくれ。これが現実だ」
「こんな現実、私が変えてやる!」
そう言って麻奈はスマートフォンを取り出すと、どこかに電話してすぐに撃沈していた。大方、三枝さんに連絡してダメだと言われたんだろう。南無南無。
「現実は強かった……私じゃ勝てない……」
「麻奈の分もしっかり俺が見ておくよ」
「嫌がらせだよそれ!」
「そうか?」
「そうだよ!」
あーあー我がマネージャー君は酷いなぁ、担当アイドルを傷つける悪徳マネージャーだよ。三枝さんに文句言っちゃおうかなぁ、なんて麻奈は続ける。それは困った。
「ちゃんと映像でも残しておくから」
「うーん……それならまだいいかな? しっかり映していてよね。見切れていたら許さないから」
「カメラマンに伝えておく。……さぁ、そろそろ時間じゃないか? 検査場は早めに通過しておいたほうがいい」
「……そうだね。あーあ、また寂しくなっちゃうなぁ」
「いつでも電話してくれて構わないよ」
「そこは電話するじゃないの?」
「麻奈のスケジュールがわからないよ」
「そういうことじゃなくてさ……」
まぁ牧野くんだしなぁと麻奈は露骨にため息をつく。すごく馬鹿にされた気がする。
「でも、帰ってきての楽しみもできたし、頑張るよ。向こうのファンも待ってくれているしね」
「そうだな……麻奈、応援しているよ」
「ありがとっ。牧野くんも頑張ってね。琴乃もみんなのこともちゃんと見てあげること。見捨てたら許さないからね?」
「見捨てないよ。絶対に」
「それならよし!」
麻奈は満足気に頷くと、検査場のそばまで歩いていく。この先に俺は行くことができない。
「牧野くん!」
そのまま別れるのかと思っていたけど、不意に麻奈が振り返り、こちらに駆けてきた。気がついたころには、俺は麻奈に抱きしめられていた。
「……本当にお願いね。例え何があってもみんなの傍にいること」
俺も麻奈の背に手を回す。春風のような温かくふわりとした香りが鼻をくすぐる。
「約束、だよ」
「あぁ、わかった」
しばらく抱き合い、俺がそっと手を離すと、麻奈も名残惜しそうに離れていく。
「じゃあ、今度こそお別れだね。ばいばい牧野くん!」
「ばいばい。またな麻奈」
麻奈が振った手に合わせて、俺も手を振る。麻奈はひとしきり手を振った後、検査場を進んでいく。途中何度も振り返るから、その度に手を振って大変だったけど、麻奈の嬉しそうな顔が見れたからそれで十分だった。