麻奈を送り届けた後、俺は今日の分の仕事を急いで終わらせ、寮へと戻った。今日は琴乃、渚、そしてさくらがやってくる日だった。
入寮の日が同じなのは偶然じゃない。俺が調整させてもらった。一人ずつ案内するのが時間が掛かるというのもあるが、寮の人数の関係上、毎回みんなで集まるのも大変だろうといった思いからだ。
さくらに関してはつい先日退院したばかりのため寮に入るか相談したが、さくら本人がそれを希望した。とはいえ、やっぱり家族と過ごしたい思いもあるそうなので、寮と実家を交互する生活になりそうだ。
「……ん?」
とりあえず俺が住んでいる小屋に戻って持ち帰った荷物を整理していると、ポケットに入れていた未来のスマートフォンが鳴りだす。着信元を確認すると、沙季からだった。応答のボタンを押し、耳に当てた。
「どうした?」
『あ、牧野さん。……その、どこまで時間は進んだのかな、と思いまして』
そういえば、向こうから掛けてきた場合は時間はちゃんと流れているんだっけ。
「丁度今日、琴乃と渚とさくらが入寮する日だよ」
『そうでしたか……。よかった……』
「よかった?」
『あ、いえ! なんでもないです! それよりも琴乃ちゃんがお話したいことがあるみたいなので、替わりますね』
沙季の声が途切れた後、もしもしと声が聞こえる。琴乃の声だ。
『牧野さん、沙季たちから聞きました。私たちより過去の世界にいると。……何も手助けができず、すみません』
「琴乃が謝る必要はないよ。むしろ、俺がみんなに手間を掛けていることに謝罪したいくらいだ」
『手間だなんて誰も思ってませんよ。むしろ、みんな頼られたことに喜んでます』
「そうなのか?」
『はい。牧野さんはいい加減、自分がどれだけ一人で抱え込んできたかを実感するべきです』
「……返す言葉もないよ」
前回の世界でも言われた言葉だな。頼ってあげて、って。俺はマネージャーだから、担当アイドルであるみんなを頼るのは気が重かったりするんだけど。
『アイドルとして言っているわけじゃないんですよ?』
「ん? どういうことだ?」
『……もういいです。直接会ったときに話します。それよりも牧野さん』
「牧野さん、今、大丈夫、ですか? 手伝ってほしいことが……あ」
電話中に小屋の扉が開き、雫の姿が見えたと思いきや、扉がすぐに閉じられた。……そんなに気を使わなくて大丈夫なんだが。
「ごめん、琴乃またあとで」
『……はい、わかりました』
スマートフォンをポケットに突っ込み、ドアを開ける。案の定というべきか、雫の姿があった。
「ごめんなさい。邪魔、した?」
「いや、大丈夫だよ。それよりも手伝ってほしいことって?」
「テーブルを、リビングに運んでほしい。遙子さんが、張り切って料理を作りすぎたから、入らない」
「そんなことか。大丈夫だよ」
雫に連れられ、寮に入ると、途端香ばしい良い匂いが漂ってくる。くさやの匂いはないみたいだ。よかった。
倉庫代わりにも使っている共有スペースから、テーブルを持ちあげ、リビングへ向かう。和室側でもみんなでご飯を食べることもあるが、今回使っているのは洋室側のリビングらしい。
開いていたドアを潜ると、視界いっぱいにたくさんの料理が目に入った。巻きずしやちらし寿司、唐揚げやエビフライといったオードブル、肉じゃがや煮豆腐等々。手前には一羽丸々焼いたターキーの姿も見える。香ばしい匂いはこれだったか。
「あ、牧野君、お疲れ様。テーブルありがとね」
「お疲れ様です、遙子さん。ここに置いておきますね」
テーブルを置き、遙子さんが立っていたキッチンを一目見る。作る料理はまだ終わりじゃないらしい。遙子さんの前には一匹丸々の大きな魚があった。
「私の、釣果。ぶい」
「すごいわよね、雫ちゃん。私も釣りはちょこっとしかやったことがないからびっくりしちゃった」
「今度、一緒に、行く? きっと楽しい」
「私もできるのかしら……? なんだかとんでもないことが起きそうな気がしているんだけど……」
「大丈夫。私が教える」
「うーん……」
「……もしかして、嫌? ……しょぼん」
「い、嫌じゃないわよ! 今度行こうね! 私だけじゃなくてみんなで行きましょ!」
「うん! 絶対楽しい。みんなの分の竿、準備しておく」
雫は目を輝かせ、遙子さんは困ったような表情を浮かべていた。遙子さんと釣りはなんとなく相性が悪いような気はするが、確か以前みんなで魚釣りをしたときに才能が開花したとか言っていた記憶がある。慣れれば問題ないんだろうな。
「ん?」
「……!」
そんなことを思っていると、視界の端に誰か映ったような気がして振り向く。が、誰も見当たらない。見間違い……いや、見間違いじゃないな。もう随分と彼女と一緒に居たんだ。見当はつく。
「……すず、そんなところで何しているんだ?」
「!!!」
テーブルの下でしゃがんでいたすずは俺が声を掛けると、途端背を向けた。何しているんだ?
「遙子さん、こっちにすずと芽衣来ませんでした? さっきから見当たらない……あ、雫と牧野さんも居たんですね。お疲れ様です」
「お疲れ、怜。すずならそこにいるぞ」
「!!!!!」
すずがぱっと振り返ると、目でなんで言いましたの! と言わんばかりに抗議を行ってくる。というか、さっきからなんで喋らな……あぁ。
「すず、やっぱりつまみ食いしていたのね」
「!!! ……ごくん。し、してませんわ! 誤解ですわよ!」
「じゃあ今食べていたのは何?」
「そ、それは……た、食べる演技をしていたのですわ! ほら、これから私達アイドルになるのですから、演技力も大事でしてよ!」
「へー」
「こ、来ないでくださいまし! ま、牧野! 助け……」
「隙ありーー!!!」
「あっ」
「あーーー!!!」
怜がすずを捕まえようとしている間に、ぱっとリビングに駆け込んできた芽衣が、素早く唐揚げを口にした。
「んー! 美味しー! 遙子ちゃんのトリカラっていっつも美味しいよね!」
「ちょっと芽衣! つまみ食いはダメって言ったじゃない!」
「そうですわよ! 私もまだ唐揚げは食べれてないのにズルいですわ!」
「まだ?」
「あ……」
墓穴を掘ったすずが怜に捕まる。ついでに芽衣も怜によって手を掴まれた。
「二人ともリビングへの侵入禁止」
「えー! 一つくらい食べても無くならないよー」
「ダメ。みんな食べたいのを我慢しているんだから」
「ってことは怜ちゃんも食べたいってこと? じゃあ一緒に食べよう!」
「私が食い意地張ってるみたいに言わないでよ! 後で食べるんだし、今は我慢してって言ってるの」
「ぶーぶー」
「怜はけちん坊ですわね」
「は?」
怜に叱られながら、すずと芽衣はどこかに連れ去られていった。でもつまみ食いしたくなる気持ちもわからなくはない。見るからにおいしそうだし、匂いも絶品だもんな。
「……牧野さんも、つまみ食い、する?」
「……いや、しないぞ」
だけど、ここにいると欲望に負けてしまいそうだ。早いうちに俺もリビングを離れることにした。雫は魚を調理している遙子さんの手伝いをすることにしたようだった。
「さて、そろそろ来るはずだけど……」
「牧野さん。お疲れ様です」
「お疲れ様……です」
「お疲れ。沙季、千紗」
入口の近くで待っていると、二階から沙季と千紗が降りてくる。手にはふわふわのほこり取りをお互いに持っていた。
「……もしかして掃除していたのか?」
「いえ、掃除というほどのものではないです。目についたほこりを取っていただけですよ」
「せっかく寮に来てくれるのに、お部屋が汚れていると悲しいですから……」
「そこまで気を利かせてくれていたのか。ありがとう」
「好きでやっていることですのでお気になさらないでください。それよりも、牧野さんのお部屋はちゃんと掃除していますか?」
「し、してるぞ? 物も最近整理したから大丈夫だ」
「……今度、点検に行きますからね」
「勘弁してくれ……」
見られて困るようなものはないが、自分が住んでいる場所を見られるのはさすがに恥ずかしい。止めてくれ。
「ふふ、牧野さん、なんだか楽しそう……ですね?」
「……そう見えたか?」
「はい、前までの牧野さんは、気を抜くとすぐに遠いところを見てました。今でもたまにありますけど、なんだか前向きになりました」
……今回は俺にとっては二回目なんだ。もう失敗できない、なんて思いがずっと心の中にあったんだろうな。心配掛けてしまった。
「そうだな。今は楽しいよ。……これから見たいものがあるからな」
「うっ……嬉しい、ですけど、プレッシャーですね……」
「大丈夫だ、千紗。千紗ならできる、それに一人じゃないからな」
「はい……頑張ります」
不安げな表情はまだ消えないが諦めたような目はしていない。千紗ならきっと大丈夫だ。
「……地図見るにここ、かな? ふぅ緊張するなぁ……。でも絶対に琴乃ちゃんを取り戻すって決めたんだもん。覚悟決めないと」
二人と会話していると、ドアの近くからそんな声が聞こえてくる。どうやら来たみたいだな。
俺は沙季たちと目を合わせ、ドアを開く。夕焼けと共に視界に飛び込んできたのは、渚の姿だった。
「わっ!」
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど」
「いえ、こちらこそすみません……。って牧野さんでしたか。びっくりしましたよー」
「……なんか俺だったら謝らなくていいみたいに思ってなかったか?」
「そんなことないですよ?」
スカウト後に契約用紙を渡しに行った時もそうだったが、渚の態度がおかしい。距離感が縮まっているのは嬉しいんだけど、なぜか言葉の節々に棘を感じる。
「まぁいいか。早速案内を……と言いたいところだが、今日は渚の他に二人来る予定なんだ。もうちょっと待っていてくれないか?」
「わかりました。……あの、沙季さんと千紗さんでしたよね? 私、伊吹渚って言います。これからよろしくお願いします」
「白石沙季です。寮の事で困ったら何でも言ってくださいね」
「白石千紗、です。……えっと、裁縫ならちょっとだけ得意だから、何かあればちくちくできます。よろしくお願いしますね」
そっか。渚はレッスンに同行したから琴乃とさくら以外とは顔を合わせているのか。
沙季も千紗も挨拶を交わし頭を下げる。お互いに聞きたいこともあるだろうけど揃った後の方がいいだろうな。なんて考えていると、寮の奥からドタバタと足音が聞こえてきた。
「なーぎーさーちゃーん!」
「わっ!!」
芽衣は勢いのままに跳び上がると、シュタッと渚の目の前に着地した。そのまま驚いた様子の渚の手を取り上下にぶんぶんと振り回す。
「あっ! 改めて挨拶したほうがいいかな? 私、早坂芽衣だよー! 渚ちゃん、よっろしくー!」
「よろしくね。芽衣ちゃん」
芽衣は手を掲げると、すかさず渚とハイタッチした。そのハイタッチは芽衣の中での流行りなのか……?
「わぁー! すっごく大きな家! ここが寮なんだ! 楽しみだなぁ」
二人のやり取りを見ていると、もう一人外から声が響く。顔だけ外に出すと、さくらの橙色の瞳と目が合った。
「牧野さん! こんばんはー!」
「こんばんは、さくら。元気そうで何よりだよ」
「えへへ、おかげさまで川咲さくら完全復活! です!」
さくらが両腕を上下に立てたポーズを取る。さくらの完全復活のポーズだ。久しぶりに見たなそれ。
「何ですのそのポーズ」
「すず、いきなり強く当たらない」
芽衣を追うように、寮からすずと怜も姿を現す。
「わぁ、こんなにいっぱい! 私、川咲さくらです! よろしくお願いします!」
「聞いて驚きなさい。私は、あの成宮家の令嬢、成宮すずですわ!」
「一ノ瀬怜。ダンスが得意よ。よろしく」
挨拶を交わし、さくらは一人一人と握手をしていく。怜には目を輝かせてダンスのことを詳しく聞いており、すずとは成宮家って何? って素で聞いていた。さくらはまぁ知らなくてもおかしくはないよな。
「もう、お姉ちゃん、色々用意しすぎ……。こんな大荷物置けなかったらどうするのよ……」
そして、もう一人。寮の外に姿を見せる。俺が目を向けると、彼女の青い瞳と目が合った。
「あ、牧野さん。お疲れ様です」
「お疲れ、琴乃」
琴乃は旅行に使うような大きなボストンバッグを担いでいた。かなり重たいらしく、げんなりとした表情を浮かべていた。
「こ、琴乃ちゃん!?」
「え、な、渚!? なんでここにいるの!?」
琴乃と渚は互いに目を丸くして、驚いた表情を見せる。あれ、お互いに話していなかったのか。
「なんでって、私はここの寮に住む予定だからだけど……。渚は?」
「私もだよ」
「「説明してください」」
琴乃と渚が口をそろえて抗議してくる。なんだか責められているようだけど、別に悪いことはしてないんだけど。
「説明も何も、琴乃も渚もアイドルになるんだろう? だからここにいるんだ」
「琴乃ちゃんがいるなんて一言も言ってなかったじゃないですか!」
「渚をスカウトしたときはまだ琴乃はスカウトできてなかったからな」
「ま、まだって。もしかしてあの時はもう琴乃ちゃんに目を付けていたってことですか!?」
「うん」
「……!!!」
渚は驚きと怒りが含んだ複雑な表情を浮かべる。確かにあの時から琴乃をスカウトすることを話してもよかったんだけど、それだとたぶん渚は来なかったと思うんだ。だからそれは許してほしい。
「絶対に取り戻してみせますから」
そう言って、渚はぎゅっと琴乃の手を握った。琴乃は何のことかわからず不思議そうに首を傾げていた。
「牧野さん、私も渚がいるなら、いるって言ってほしかったです」
「言うタイミングがなくてだな……」
「そうでしたけど……なんかズルです」
琴乃は俺と目を合わさず、あらぬ方向を向く。元の世界で渚が初めて来たときも、同じような反応を見せたような気がするな。あの時も今と同じように拗ねた姿を見せていた。
琴乃の拗ねた姿を見て渚の視線が更に強くなった。なんでこんなに絡まれるんだ。
「あら、もう来てたのね。遅れてごめんなさい」
「……ん、ごめん、なさい」
渚の視線が怖いのでできるだけ目を背けていると、寮の奥から遙子さんと雫が姿を現す。遙子さんは直前に使っていたであろうお玉を持ったままで、雫はなぜか釣竿を装備していた。料理していたんじゃなかったのか?
「佐伯遙子、十七歳です! よろしくね!」
「兵藤雫、十六歳、です。……ちなみに遙子さんは、二十歳」
「言わないでよー!」
遙子さんはめそめそと泣いた振りを行い、雫に頭を撫でられている。それでいいんですか、遙子さん。
「……長瀬琴乃です。よろしくお願いします」
琴乃は気を取り直した様子で、二人に挨拶を交わし、それから一人ずつ挨拶していく。
「よし、これで三人ともそろったな。荷物を置いたら寮を案内していくぞ」
「はい! よろしくお願いします! 隊長!」
「……お供しますね」
「私は乗りませんよ?」
元気で反応のいいさくら、ややむくれながらも、真面目に寮生活の事を考えながら見ていく渚、素っ気なくしつつも楽しそうな様子を隠しきれてない琴乃、三者三様の反応を見つつ、俺は寮を巡る。最後に案内する場所はリビングだ。というか、ここには色々準備してしまっているから最後にせざるを得なかったんだけど。
「わぁ!」
「こんなにいっぱい……!」
「すごい……これ全部作ったんですか?」
「あぁ、全部遙子さんの手作りだそうだ」
たくさんの料理を前にして三人とも目を輝かせる。遙子さんの手料理が褒められるのは自分事のように嬉しいし、こんな嬉しそうな姿を見せてくれた遙子さんにも頭が上がらないな。
「寮の取り決めとか色々話す事もあるが……とりあえず、ご飯を先にしようか。みんなもお腹空いているんだろ?」
うんうん、とみんなの頭が上下する。それから手洗いを済ませ、一斉に席に着いた。
「……あれ、牧野さんは座らないんですか?」
「俺はちょっとやることがあってな。ごめん」
琴乃も渚もさくらもすでに少しずつ会話が生まれ始めている。ぎこちなさはまだあるものの、やがて溶け込むに違いない。これなら任せても安心だ。
「そうですか。気が向いたら、すぐにいらしてくださいね」
「あぁ。ありがとう、沙季」
沙季に手を振って、俺は小屋に戻る。ポケットに入れていたスマートフォンはまだ通話中だった。
「ごめん琴乃。……まだ居るか?」
『いますよ。……なんだか楽しそうでしたね』
「そうだな。楽しいな」
『……そうですか』
一言ぽつりと呟くと、琴乃は押し黙った。なんだか寂しそうな声だった。
「えっと、どうかしたか?」
『いえ、なんでも。それよりも牧野さん、一つだけ言いたいことがありました』
「なんだ?」
『過去の私たちのデビューライブ。それが終わった後にすぐに電話を掛けてくれませんか? 話したいことがあります』
「デビューライブ後? 今じゃダメなのか?」
『はい、ダメです』
「わかった。覚えておく」
『絶対、ですよ。絶対に掛けてください。掛けないと……本気で怒ります』
「それは怖いな……。わかった絶対に掛けるよ」
『お願いします。絶対ですからね』
その声を最後に、俺は通話を切った。未来の琴乃がそこまで拘る理由が気にはなったけど、デビューライブ後でいいのなら、今は目の前のことに専念するべきだ。
ポケットにスマートフォンを仕舞いなおし、外に出る。いつの間にか日が暮れ、月が綺麗に輝いていた。
今日は三日月だった。