とうとうこの日がやって来た。月のテンペストが、サニーピースがデビューした日。六月六日。一度目は同じようにここで見届けて、二度目はたどり着くことができなかったステージ。
関係者用のテントからちらりと外を覗くと、まだ入場時間前にも関わらずたくさんのお客さんが目に入る。無事、盛況のようで何よりだ。
「ど、どどどどうでしたか? お客さん来てますか?」
「"ど"が多いよ琴乃ちゃん!」
「あぁ、ちゃんと来ているよ。みんなの仕事のおかげ、だな」
「ふふん、私がいるのですから当たり前ですわ!」
「ふふ、すずちゃんさっきまで不安そうにしてたのに」
「渚! そんなことは言わなくていいのですわ!」
月ストもサニピも、ここにいるみんなにとっては初のライブだ。不安に思うのは当然だろう。
「でも本当に私たちの仕事の成果なのでしょうか?」
「……そうね。言おうか迷ったけど、初ライブはメディア関係者が多いの。あんまり数を当てにしてはいけないわよ。後で痛い目に合うから」
「遙子さんが言うと説得力が違いますね……」
「それに、星見プロは、麻奈さんがいる事務所。だから、目立っている」
「そっか……私たち麻奈さんの後輩だから、そういう風に見られるんだ……」
「こらこらみんなネガティブにならない。大丈夫だ。自分のやってきたことを信じて」
「そうだよ! みんなせっかくの初ライブだよ? 楽しまないと! ね、雫ちゃん、千紗ちゃん!」
「楽しむ……楽しめる、かな」
「私も自信ないよ……」
「雫ちゃんも千紗ちゃんも笑顔、笑顔」
「えがおー!」
雫はさくらに頬を引っ張られ、千紗は近くにいた芽衣に髪をわしゃわしゃと撫でられた。さくらと芽衣に任せておけばあっちは大丈夫そうだな。
「あれ、そういや沙季は?」
「沙季ならあそこです」
琴乃が指さした先、テントの隅には何やらスマートフォン片手に天井を見上げている沙季の姿があった。
「だ、大丈夫なのか?」
「なんだか実感がわかないそうで朝からこの調子です」
「ずっとぽわぽわしてたよね」
「全く、普段は説教ばかりなのに情けないですわ」
すずはやれやれと言わんばかりに手を振りながら沙季の近くによると、沙季の目の前で仁王立ちする。沙季もさすがに目の前に立たれると気が付いたようで、不思議そうな目ですずを見上げた。
「沙季、しっかりなさい! 貴女の夢だったのでしょう? ぼーとしてたらすぐに夢の時間は過ぎてしまいますわよ!」
「!」
「それに見なさい! 沙季がしっかりしないせいで、千紗の髪が大変なことになっていますわ」
「あっ!」
沙季もやっと千紗の様子に気づいたみたいで、慌てて立ち上がり、千紗の側に駆け寄っていく。
「ナイスフォローだ。さすがすずだな」
「ふふん、これくらい月ストのセンターとして当たり前のことですわ」
「……一応センター私なんだけど」
「すぐに奪い取ってみせますわよ」
「あげないけど」
思わず笑みが零れる。そういえば前も月ストのセンター争いがあったな。あの時は琴乃でもすずでもなく、渚が勝ち取ったんだっけ。
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ。……さ、そろそろお客さんの入場時間だ。俺はスタッフと進行を確認してくるから、みんなは開演時間までリラックスしておいてくれ」
「わかりました」
「それと……芽衣、千紗も沙季も困っているから髪をわしゃわしゃするの止めてあげてくれ」
「大丈夫ー! 沙季ちゃんもわしゃわしゃするからー!」
「やめてくれよー」
……まぁ芽衣ならそのあたりの分別もできるだろう。声を掛けながら、俺はテントを後にした。
スタッフと最後の確認を行っていると、あっという間に開演の時間が来た。みんなにはすでに進行は伝えてある。俺は席の一番後ろから、ステージを見つめていた。
「……前もここから、だったな」
星見市の高台のステージの最後方。とはいえ、ここのステージは窪地に作られているから一番後ろでもしっかりステージが見える。
あの時は隣に麻奈もいた。幽霊になってしまった麻奈だったけど、一緒にここで彼女たちの産声を聞いたんだ。そう思うと、麻奈が今日来られなかったのはちょっとだけ寂しく感じる。
「いや、また機会はあるさ。何せ麻奈は生きているんだから」
俺が一人呟いていると、大きな歓声が上がり始めた。どうやらステージが始まるみたいだ。
朝を知らせるようなピアノの旋律。静かなメロディーから、まるで太陽が上がったかのように彼女たちの歌声は響きだす。
『この想いこの胸に いっしょに
キラキラと輝いて 行こう』
ステージを彩るのは五つの花。眩いスポットライトと多くの声援に出迎えられ、サニーピースはステージに咲いた。
『見慣れたはずの帰り道 いつもの町
不思議 昨日よりも輝いて見える』
初めのメロディを彩るのは千紗と雫だ。二人ともまだまだ緊張が抜けきってないのか動きが硬い。だけど一瞬たりとも下を向くことはなかった。お互いに目を合わせ励まし合いながら、一生懸命に歌を紡ぐ。
『あの日の涙忘れない 約束だよ
焦り、夢、ときめき 後悔はしたくない』
二人と替わるように今度は怜と遙子さんが前に出る。人前に出ることが慣れている二人は踊りにも歌にも余裕あった。だからだろうか、彼女たちがもっと先の景色を見ていることに気づく。それぞれの目標のため、自分の居たい場所に行くため、想いを歌に乗せる。
『もしも迷った時は 大事なこと
胸の鼓動は教えてくれる
ちゃんと自分の気持ち 向き合えたら
私は私って もっと強くなれるね』
さくらはそんな四人の真ん中で、溢れんばかりの笑顔を浮かべていた。今が楽しくて仕方ないと言わんばかりに声を震わせ、体いっぱいにリズムを刻む。見ているだけで笑顔になるようなそんなパフォーマンスだ。
メロディが息を吸う。輝きを溜め込むように、世界が白く染まる。それも一瞬だった。すぐさまその輝きは爆発し、太陽の光が世界を包み込む。
『この想いこの胸に いっしょに
キラキラと輝いて いこう
明るく君を照らしたい』
「「「「「サニピー! サニピ―!」」」」」
さくらたちの声に合わせて大きな声が上がる。太陽にまで届かせるような力強い声援だ。驚いたのもつかの間、五人はその声に応えるように、とびっきりの花を咲かせた。
『抱きしめて今すぐに どうしよう
ドキドキが止まらない 会いたい
5つのピース 重ねれば 星になるんだ』
さくら、千紗、雫、怜、遙子さんのピースが重なり合う。ようやく揃ったそのピースは一つの星となって、太陽のような眩い輝きを放つ。
『いつでもきらめきたい』
輝きが弾け、星の欠片のような煌めきが会場全体に広がる。それと同時に会場中から歓声が上がった。喜んでいるのか泣いているのか分からないくらいの大きな歓声だった。
俺も感情のあまり声を上げそうになったが、それは必死に堪えて拍手を送る。ここまで来れたみんなの頑張りを称えるため、ここまで来たことを褒めるために、大きな、とびっきり大きな拍手を送った。
だけど、今日のライブはこれで終わりじゃない。さくらたちが挨拶をして、舞台袖に戻った後、もう一つのグループがステージに立った。それと同時に暖かい橙色だったスポットライトが青白く沈む。
いつの間にか日が暮れていたみたいで、空には真ん丸の月が夜空に登っている。その美しさに目を細めていると、凛とした調べが会場に落ちた。
「月下儚美」
月明かりの下に照らされる五つの影。優し気なメロディと共に振り向いた彼女たちは、一呼吸でその空気を変える。腕のスウィングが、細かなステップが、夜の輪郭を描いていく。
やがて、月の輝きが満ちた時、静かな歌声が響き始めた。
『夜に咲く花一輪 儚く美しいその姿
何故に涙が出るんだろ 目の前フォーカス乱れる』
優し気にそっと添うように歌うのは琴乃だ。お姉ちゃんとずっと一緒に居たかった、でもそれは許されなかったからこそ、今度は自分自身がお姉ちゃんの隣に向けて歩みだす。そんな自らのアイドルとしての形を表現するかのように、想いを乗せ歌を届ける。
渚はそんな琴乃の側で歌を届ける。今度こそ琴乃を支えるため、そして振り向かせてみせるため。今の渚に出来る精一杯の表現で、儚く言葉を紡いでいた。
『強く息をした ただ真っ直ぐ見てた
だけども少し震えてた』
そんな二人に替わって、すずと沙季が前に出る。自分たちの憧れのステージ、でもだからこそ存在する不安や心配を音色に込める。だけどその目は決して揺らいでなんかいなかった。夢のステージを成し遂げるため、ただひたむきに今できることを成し遂げる。
『本当の暗闇じゃ 何も見えなかったんだと
「輝くこと」意味を知る』
芽衣は今までとは違う四人の空気に当てられ少しだけ驚いた様子を見せつつ、普段の無邪気さを潜め真剣にステージに立っていた。アイドルとしての道はまだ定まっていないようだけど、今ここに立っていることが特別なものだって知っているから。
……みんな、"変わったこと"があった。麻奈が生きてこの世界で暮らしてきたから、少しずつみんな変わっていった。でもそれは悪いことじゃない。当たり前のことなんだ。麻奈の死が琴乃を縛り付けてしまったみたいに、麻奈の心臓が移植されさくらが心臓に導かれるようになったみたいに、世界は常に変化して動いている。
俺はそれを否定したくない。だってそれこそが、俺たちが生きている証明なのだから。
『月明かり照らす光 君の光
初めて感じた真の願い
眩しくて 嬉しくて 何もかも変わり出す』
サビに入り、より激しくなったメロディを五人は全力で踊る。嵐を纏うように激しく、時に月明かりのように優しげに。
『満ち欠けのたび揺れてく 心の影
大切に受け入れ もう迷わない
好きなだけ今をやりきればいい』
「でも、これは変わってないな」
思わず笑みが溢れてしまう。いくら世界を廻り星が巡ろうとも、変わらないものはあるらしい。
『壊れそうなほど 不確かだけれど
君が照らすから 輝いてるんだ』
息を呑むような五つの輝きの美しさに、俺は万雷の拍手を送った。
月のテンペストとサニーピースのデビューライブは無事盛況に終わった。パフォーマンスも合間のMCも細かいところを突き詰めていけばまだまだだが、今はこのままでいい。彼女たちならばきっともっともっと強くなれるだろうから。
懐かしい気持ちのまま、みんなが揃っているであろう舞台袖に戻る。テントの垂れ幕を開け、中を覗くと、そこはもぬけの殻で。
「あれ?」
「まっきのさん!」
「うわっ!」
突然横から現れた芽衣に思わず素っ頓狂な声が零れた。そのまま横を見ると、他のみんなの姿もある。隠れていたのか。
「びっくりさせてごめんね。……でも、さっきの牧野君ちょっと面白かったわ」
「うん! 遙子ちゃんのドッキリ大成功だね!」
「遙子さん主導だったんですか?」
「あはは……らしくなかったかな?」
遙子さんは少しだけ照れたように笑みを浮かべる。確かに最年長の遙子さんらしくはなかったけど……。それだけライブ後でテンションが上がっているのだろうな。
「なんだか麻奈みたいだなって思いました」
「ふふ、やっぱり気づいた? 麻奈ちゃんがいっつも牧野君にやっていたのを見ていたから私もやってみたくなったの」
「そうだったんですか。……え、じゃあなんで芽衣が」
「立候補!」
俺を驚かすのは立候補制なのか? いやまぁ別にいいんだけど。それよりも、だ。
「元気そうで安心しました。……満足のいくライブができたみたいですね」
遙子さんや芽衣だけじゃない。清々しく満足そうなみんなの顔を見ていると、安堵の気持ちが一番に湧いてくる。本人たちが納得できたならそれが一番だ。
「緊張したけど、楽しかった。……パフォーマンスは、まだまだ、だったけど」
「私もよ。……アイドルってこんなにも応援されるものなんですね」
「怜ちゃん、横断幕掲げられて応援されてた。すごい」
「あんなに目立つようにやらないでほしかったわ。……嬉しかったけど」
「ツンツンしつつも、嬉しがる。これぞ怜ちゃん」
「何が?」
「なんでもない」
雫はそっとさくらの背後に身を隠した。各々、色々語りたい事はいっぱいあるだろうけど、まずは俺がまとめるのが先だな。
「みんな、今日のライブお疲れ様。最高のライブだった。見ているだけで楽しくなったよ」
満足げなみんなの顔を見渡した後、俺はちょっとだけ気を引き締める。
「でも、これは覚えていてほしい。ここはゴールじゃない。ここが、スタートラインなんだ。ここから始まるんだ」
あの時もそうだった。デビューまでも色々あったが、デビューしてからもたくさんの困難があって、それを乗り越えてきた。俺が言わなくてもわかっているだろうけど、マネージャーとしてそれは言っておかなくてはならないだろう。
「これから歩んでいくにつれ、きっと辛いことも悲しいこともたくさんあると思う。でも、今ここでデビューしたときの気持ちは忘れないでほしい。この場所で始まったときのことを覚えていてほしい」
それはエゴかもしれない。でも、それがきっと大切なものになると信じているから。
「……俺も、みんながステージに立ったのときことを今でもずっと覚えている。震えて、泣きそうになっても、前を向いていた。あの日の気持ちは本物だった」
その記憶は、彼女たちの原点であり、俺にとっても大切な宝物だ。
「だから、これから先、どんな未来が待っていても、今の自分たちを裏切らないでいてほしい。きっとそれが夢に繋がる道しるべになるから」
琴乃、渚、沙季、すず、芽衣、さくら、雫、千紗、怜、遙子さん。全員の顔を見つめる。きゅっと引き締まったその表情はとても頼もしく感じた。
「……と、まぁ、説教っぽくなってしまったけど、今日のところはあまり気にせずライブの余韻を楽しんでくれ」
「牧野さん!」
楽しんでいる姿に少し水を差してしまったかもしれない。ほんの少し後悔しながら俺がテントを後にしようとしていると、声が掛かる。さくらの声だった。
「どうした? 悪いがこの後にちょっとだけ用事があって」
「私たちからも伝えたいことがあって。手短に伝えますね!」
伝えたいこと? なにか言い忘れていたことでもあったか? なんて考えていると、さくらたちはみんなで顔を合わせ、一斉に口を開いた。
「「「「「「「「「「私たちをアイドルにしてくれてありがとう」」」」」」」」」」
「あ……」
胸が熱くなる。そんなつもりじゃなかった。俺はただ自分が見たいものを見るためだったのに。
「私たち十人でこのステージに立てたのはかけがえのない宝物です。絶対忘れません! だから牧野さんもずっと覚えていてください! 私たちのこと、忘れないでください!」
「……あぁ、忘れない。絶対に」
「約束ですからね」
さくらが小指を立て、それに俺の小指を絡ませる。忘れてなるものか、この大切な思い出を。
「……ありがとう」
「いえいえ、こちらこそですよ。私たちを出会わせてくれて本当にありがとうございました!」
この後、打ち上げしましょうね! と言ってくれたさくらに手を振って、俺はその場を離れた。名残惜しいけど、それより先に聞かねばならない話がある。
高台に着き、目元に残った涙を軽くぬぐい取ると、耳元にスマートフォンを当てる。
電話の相手は未来の琴乃だ。