「もしもし」
『もしもし、電話を掛けてきたということは』
「うん、丁度さっきデビューライブは終わったよ」
『そうでしたか。……ライブは楽しかったですか?』
「楽しかったよ。立派なライブだった」
『過去の自分とはいえ、なんだか照れますね……』
琴乃は電話越しに恥ずかしがるような声を漏らした後、こほんと咳払いして気を取り直す。
『牧野さん、これから話す話はとても大事な話です。私にとっても、星見プロにとっても、牧野さんにとっても』
「わかった。集中して聞く」
背筋を正し、耳元に神経を集中させる。未来の話もあるだろうから、念のためノートも開いておく。
『まず、私は牧野さんの勘違いから正さないといけません』
「勘違い?」
『はい、私は牧野さんの知っている長瀬琴乃ではないということです』
「……どういうことだ?」
電話越しから聞こえる声は琴乃のものに違いない。抑揚も口調も俺が知っている琴乃のものだ。声真似されているとも思えなかった。
『私だけじゃないです。さくらも、沙季もみんなです』
「教えてくれ、それはなぜだ?」
『私たちは今牧野さんがいる世界、つい先ほどデビューライブをした世界の未来の姿なんです』
「今俺がいる世界……?」
『はい。……以前牧野さんが話してくれたお姉ちゃんの心臓がさくらに移植されていたり、私が渚と同じ学校に通っている世界じゃない、ということです』
「ま、待ってくれ。整理する」
俺が元々いた世界を一、今の世界を二とする。俺は二の世界から一の琴乃たちと電話しているつもりだったが、実はそうではなく二の世界の未来の琴乃たちだったということか。
思い返して見ると、確かに未来の琴乃たちとの電話はおかしなところがあったように思える。芽衣たちの話と辻褄が合わなかったり、渚が自身のスカウトの件を知っていたり、未来のさくらが過去のさくらと会話できたのもそうか。あの電話はあの瞬間に未来が確定したから通じたのか。
「……事情はわかった。だけどなんでそれを言ってくれなかったんだ? 俺が勝手に勘違いしてしまっていたのは悪かったが、気づいているんだったら隠す必要もないと思ったけど」
『それも含め、大事なお話です』
なるほど。話はここかららしい。
『今までの私たちの話を聞いて、疑問に思うことありませんでした?』
「今までの……? いや、ないと思う……けど……」
ふと何かが引っかかった。以前、沙季と電話したときに感じた違和感だ。きっとあのときの違和感は世界が違うことに対する違和感をどこかで気づいていて、そのうえでの疑念だったんだろう。
でもその疑念とは?
頭に靄がかかったように思い出せない。あのとき何の会話をしていたんだっけ。誰かの名前が出ていたような。
『長瀬麻奈。お姉ちゃんのことです』
「あっ!」
思い出した。あの時、沙季に麻奈のことを聞いたんだ。麻奈は生きているのか、って。あの時の沙季の回答は。
"いえ、残念ながらこちらの世界でも麻奈さんは亡くなっています"
電話先はこの世界の未来。そして、この世界はその過去。未来で亡くなっていて今この瞬間生きているのだとすれば考えれることは一つだ。
麻奈の死の定めは終わっていない。
『……気づかれたみたいですね。牧野さんの予想通り、お姉ちゃんは今より後に亡くなりました。……事故、でした』
「琴乃……」
俺としてもショックだった。でもそれ以上に電話越しに聞こえる琴乃の声が痛々しくて声が漏れる。
『すみません……。乗り越えたつもりでしたけど口に出すとやっぱり辛くて……。でも大丈夫です。続けます』
琴乃は感情を抑えるように一呼吸挟み、言葉を続ける。
『亡くなった日はしっかり覚えています。六月七日でした』
「六月七日!? それって!」
『はい、私たちのデビューライブの次の日。牧野さんが今いる明日です』
明日になれば麻奈が死ぬ!? そんな、そんなの、認められるわけがないだろ!
「どうしてそんな大事な話を今までしてくれなかったんだ!? もっと早くしてくれれば対策もできただろ!?」
『すみません……。でも、それがお姉ちゃんとの約束だったんです』
「約束……?」
『はい。……今より未来の牧野さんに聞きました。"例え何があってもみんなの傍にいること"そうお姉ちゃんと約束した、と』
「あ」
そうだ。俺は空港で麻奈と別れたとき、そんな約束を交わした。つまりそれって。
『お姉ちゃんのことを優先してしまうと、きっと牧野さんは私たちを集められなくなってしまう。その約束を果たせなくなってしまう。……だから私たちはそのことについてずっと話さなかったんです』
「そんな約束なんて……」
その言葉の先は出なかった。事実だったから。きっと俺は麻奈が死ぬなんて気づいたなら、そっちを優先してしまっていただろう。
「でもそれは……」
『っ』
電話口で息を呑むような声が響く。怒られることを覚悟して縮こまるようなそんな声だ。それで俺も気づいた。琴乃たちとしても約束か、麻奈のことかどちらを選ぶかは苦渋の決断だったのだろう。
……いや、それも違うか。
「琴乃、顔を上げてくれ」
顔は見えないけど、きっと琴乃ならそうしていると思って声を掛ける。
「話してくれてありがとう。……でも麻奈の事に関しても諦めていないんだろう? そのために今日このタイミングで電話するように俺に頼んでいた」
少し考えればわかることだった。琴乃を怖がらせてしまったな……。
『はい、そうです……でも』
「琴乃、俺も急に怒ってしまって申し訳ない。……ちゃんとみんなで話し合って考えた結果、なんだろう?」
『……はい、そうですね』
琴乃の声がちょっとだけいつものものに戻ってくる。少しは落ち着かせることができただろうか。
「じゃあ教えてくれ。俺はどうしたらいい?」
『……お話しします。お姉ちゃんの事故について、全て』