月のテンペスト、サニーピース、そして長瀬麻奈の合同ライブはそれからすぐに取り決めが行われた。場所は麻奈の強い要望により、星見市の高台。時間は一八時から。ここまではいつものライブと変わりないんだが、今回のライブに関してチケット販売は一切しないことにした。同時に、告知も当日ギリギリになるまでしない。要はゲリラライブだ。
こういう形にしたのにも理由があって、長瀬麻奈の人気は今や全国のみならず世界まで広がっている。そんな彼女が、星見市のステージでライブすると知ったらあっという間に会場が埋め尽くされてしまうことを懸念したからだ。後は、麻奈としてはできるだけ自分が育った星見市の人の来てほしいらしく、告知もギリギリまでしないことにした。
とはいえ、トップアイドルである麻奈がいきなり登場しては混乱を生む可能性も十分にある。そのため星見市や関係各所にはしっかり連絡し、会場の警備は念入りにやってもらうことにしていた。
「こんなところかな」
今日の流れについて再度確認を交わし、パソコンを触っていた手を止める。ライブの時間までもうすぐだ。麻奈たちは三枝さんと一緒に会場でリハをしているころだろう。
「そろそろ行かないとな」
遅れると麻奈になんて言われるかわからない。パソコンの電源を落とし、椅子を引き立ち上がる。そのまま鞄を持って事務所を出ようとして。
「ん?」
机に置き忘れがあることに気づく。一冊の大学ノート。俺が未来のことと、星見プロダクションのアイドルたちのことを書き記したノートだ。
「……随分世話になったな」
ノートを開くと、ページいっぱいにみんなのことが書かれている。あのときなんでそんなことを言ったのか、どうしたらよかったのか、そんなことがたくさん書かれている。
「……あれ?」
ページを捲っていると、一ページだけ破れたページが見つかる。ノートの最初のページだ。確かここには初めてタイムリープしたときのことが書かれていたはずだ。
「……何かの拍子に千切れたか?」
疑問に思いつつも大したことじゃないだろう、と。ノートを閉じ鞄に仕舞う。今日は俺も三枝さんもみんなも事務所に戻る予定はない。電気を落とし、事務所を後にした。
高台のステージに辿り着くと、もうステージは出来上がっていた。テストでマイクやライトをつけてもらったが問題なく動きそうだ。
これならば後は歌うだけだ。準備してくれたスタッフさんに感謝を告げ、舞台袖へと向かう。それぞれのイヤモニやペットボトル等、ライブに必要なものが纏められているテーブルの奥に、彼女たちの姿はあった。
「あれ? 私のリボンどこにやったっけ? この辺置いてなかった?」
「リボン、ですか? 確かそちらに置いてあったような」
「あ、ほんとだ。ありがとう沙季ちゃん!」
「もうお姉ちゃん、しっかりしてよ。恥ずかしい」
「何、恥ずかしいって。琴乃だって忘れ物することあるでしょ。この間だってレッスン着がないって慌てて家に帰ってきて」
「わ、わーわー聞こえなーい!」
「麻奈さん! その話もっと詳しく!」
「いいよ! 顔を真っ青にして慌てて家に」
「ちょっと渚! お姉ちゃんも話さないで!」
「ふふ、麻奈ちゃん楽しそう」
「そうだね。やっぱり琴乃ちゃんと一緒だから嬉しいのかな?」
「それもあるけど、やっぱり星見プロの後輩と一緒にライブができることが嬉しいんじゃないかな。麻奈ちゃんずっと後輩が欲しいなぁって言ってたから」
「そうなんだ。じゃあ麻奈ちゃんをもっともっと喜ばせて、楽しいライブにしないとだね!」
「そうね」
「ちょっとちょっと、私の名前が聞こえたけど二人して陰口?」
「違いますよ! 麻奈ちゃんの陰口なんて言いません!」
「麻奈ちゃんとライブできるの楽しみだなって、ね?」
「そうだったんだ。……私も楽しみだよ。さくらちゃんやみんなと一緒にライブできるのも、遙子ちゃんとようやく同じステージに立てるのも」
「麻奈ちゃん……」
「ふふ、でも今日は勝負だからね。どっちがよりお客さんを楽しませられるか。……負けないからね」
「臨むところよ。ね、さくらちゃん」
「はい! サニーピースは麻奈ちゃんにだって負けませんから」
「すずー、すーずー」
「すずにゃーん起きてー」
「……」
「動かない、完全に停止してる」
「大丈夫……かな? 牧野さんに伝えたほうが……」
「ありゃどうしたの? なにかトラブった?」
「あ、麻奈さん。すずが緊張してさっきから動かなくなってしまったんです」
「おーい、すずちゃーん……ほんとだ。動かない」
「すずにゃん起きてー。もうライブ始まっちゃうよー」
「こうなったら、最終手段。麻奈さん、力を貸してほしい」
「任せて! ……ふむふむ。なるほどなるほど」
「麻奈さん? すずちゃんの前に立って、何を……」
「すぅ……私だけのストーリー♪ 見つけられるように♪」
「はっ! 麻奈様の歌声!」
「あ、起きた」
「すずにゃん心配したよー。痛いところない? ちゃんと立てる?」
「そんな不安がらなくてもちゃんと立てますわ、芽衣。……それにしても私は何を?」
「記憶を失ってる……」
「えー! ダメだよすずにゃん! 思い出して!」
「ゆーらーさーなーいーでーくーだーさーいーまーしー!」
「あはは、元気そうで良かったよ」
「……すずは麻奈さんとのライブを一番嬉しがっていましたし、同時に不安がっていましたからね。悪く思わないであげてください」
「うん、わかってるよ怜ちゃん。ありがとね」
なんだかとても賑やかだ。すずの様子だけ気になるが怜、芽衣、千紗、雫でちゃんとフォローしている。俺が出る幕はないな。
「あ、牧野くん! おっそいよー」
「時間通りだろ?」
「もっと早く来てよ」
「理不尽な……」
「牧野さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「さくらと琴乃もお疲れ」
俺が言葉を掛けると、さくらと琴乃は軽く頭を下げる。そんな二人の様子を麻奈が後ろでニコニコと見ていた。
「そろそろ時間だ。みんな準備はいいか?」
「え、でもまだお客さんが……」
「ゲリラライブだからな。告知はもう済ました。お客さんも少しずつ集まってくるだろう」
「おーいいねそれ。最初は全くいないファンが、ちょっとずつ集まって、最後は満員になる。私たちの成長の道のりって感じがして!」
「私たちまだ満員になったことないんだけど……」
「まぁまぁ細かいところはいいでしょ」
麻奈はそう言うと、みんなを集める。
「せっかくだしみんなで掛け声しようよ!」
「あ、それなら私たちがいつもやっているものがありますよ!」
「お、何?」
さくらに耳打ちしてもらい、麻奈含めた十一人は、一斉に円陣を組む。そして一人ずつ手を合わせていく。
さくら、怜、沙季、芽衣、雫、すず、遙子さん、千紗、渚、琴乃。そして最後に麻奈。
麻奈の手がぽんと乗せられると同時に、琴乃が代表して言葉を紡ぐ。
「星見プロ〜!」
「レッツ」
『ゴー!!!』
「ファイ」
『オー!!!』
『エイエイエイエイ〜』
『オー!!!!!』
十一人が笑顔でステージに駆けていく。夢のステージがここに始まった。
出だしの曲は"サヨナラから始まる物語"だ。高らかに鳴り響くメロディに合わせて、月のテンペスト、サニーピース、長瀬麻奈がステージに立つ。
やがて跳ねるようなリズムに合わせて、十一人の歌声がステージに落とされる。
『ねぇ偶然ってなんだっけ? 必然ってなんだっけ?
君といると分からなくなるよ
Ah 夢みたいな感動も 出会いの日の衝動も
当たり前のように引き寄せたね』
明るく、おずおずと、丁寧に、はきはきと、感情を込めて、凛として、支えるように、真っ直ぐに、自信満々に、のびのびと、そして全力で。十一人十一色の音色が広がる。
舞台袖だからみんなの表情までは見えない。でも笑顔なんだろうなって思った。だってこんなにも歌声が楽しそうなんだから。
『運命のいたずらに 気づかずにわたしたち
ずっと傍にいたとか なんだか可笑しいね』
麻奈が琴乃とさくらに同時に抱きついた。そんな振りはない。アドリブだ。でもそれでいいんだ。ライブは心の底から全力で楽しむもの、今やりたいことを全力でやったらいい。
そうこうしているうちにも徐々に足音が聞こえ始める。ちらりと客席を覗くとぽつぽつとファンが集まってきていた。
「ここからだぞ。頑張れみんな」
膜が張られたかのような一瞬の静寂。ただそれを突き破るように、一気にメロディが弾けた。
『めぐり逢えた軌跡の真ん中で
少しくらい わたし 泣いたっていいよね
サヨナラから始まる物語
言えなかった言葉が まだたくさんあるよ
溢れすぎた心からは本音がこぼれた
もうちょっと 消えないでいて ディスティニー』
弾けるようなアウトロが響き曲が終わりを告げる。パチパチと拍手が上がった。だけど今日はこれだけじゃない。これはまだ始まりに過ぎなかった。
「次の曲行きます!"Gemstones"」
"サヨナラから始まる物語"と打って変わって、静かなメロディが広がる。柔らかく温かい旋律が辺りを包み込んだ。
『名前をまだ持たない 小さな原石
儚く揺れる未来 どんなに迷っても』
この曲は麻奈がいつも自身のライブで最後に歌っていた曲だ。同時にいつか後輩ができたときにみんなで歌いたいね、ってずっと言っていた曲。
『哀しい色には 染まらないで
自分の色を 探そう』
「良かったな。麻奈」
今日の麻奈の歌声は人一倍温かい。夢を叶えられた喜びが音色となって溢れ出していた。でも今日は一人じゃない。そこに沙季たちの歌声も入っているからもっともっと輝きを見せる。ここまで辿った軌跡が歌となって光り輝く。
『ここは 遥かな夢の始まり
いつの日か誰かの光に なれますように
誓い立てた
夢の足跡 追いかけて
磨き合いながら 行けるよね
どこまでも 遠く 遠く』
最後に麻奈が手を差し出すと、大きな拍手が湧き上がった。気がつけばファンの数もどんどん増えていて、会場には多くの人が集っていた。
「次はこの曲です――」
それから立て続けに歌を歌った。"Pray for you"、"Shine Purity〜輝きの純度〜"、"Fight oh! MIRAI oh!"、"IDOLY PRIDE"。それだけじゃない、"EVERYDAY ! SUNNYDAY!"、"The One and only"、"First Step"。時間が許す限りたくさんの歌を歌った。時に可愛いポージングで、時にハチャメチャにステージ上を駆け巡り、時にアイドルとしてのカッコいいパフォーマンスで、たくさんの歌を歌い続けた。
俺も最高に楽しい時間だった。舞台袖だというのに思わず声を上げてしまうほどだ。
でもそんなこと気にもならなかった。ここにあるステージがそれだけ最高のステージだったから。
「ここまで聞いてくれてありがとう! 次がほんとのほんとのラストになります!」
「「「「えーーーー!!!」」」」
「ごめんね。でも最後だからこそ私たちも全力で歌い上げます! 聞いてください!」
『"The Sun, Moon and Stars"』
星空がステージを照らす。無数の星々が映し出すそのステージに、歌声が響き出す。
『煌めき探して
Look for shinin' star』
浮遊感のある旋律に、透明な音色。美しくも温かいメロディに浸っていると、不思議と今までの出来事が頭に浮かび上がってくる。
『曖昧なのは 魅力じゃない
秘めたまま感情 今日も…』
星空に願って麻奈を救ったあの日、運命の歯車が狂った日、必死に足掻いて失敗した日、そして一つの道の終着点に着いた日。全て昨日のことのように思い出せる。あの場所に沙季たちを残して……いや、あの場所は沙季たちに任せて、また歩み出す決意を決めたことも。
『踏み出す一歩は 奇跡じゃない
戸惑いも迷いも まだ抱えたまま』
踏み出した先でも決して楽なことはなかった。ただ、みんながずっと俺を支えてくれたからここまで歩むことができた。沙季、千紗、雫、怜、すずだけじゃなくて、芽衣、遙子さん、渚、琴乃、さくら。みんなで顔をそろえることができた。
『それもいいね 笑う君に少し拗ねたりして
いつのまにか いつもの自分になる
不思議だけれど
君だけ』
そして最後の狂いである麻奈の死も乗り越えた。そこでようやく、俺の夢が叶ったんだ。麻奈が生きている星見プロダクションを見ることができて。
でも、なんでだろうな。みんなの歌声を聞いているとなぜだかとても胸の奥がそわそわしてしまう。ようやく待ち望んだ夢なのに、嬉しいよりも寂しさを感じてしまう。
……あぁ、違うな。理由ははっきりしていた。
俺はきっと心のどこかでずっと気づいていたんだ。
この世界は俺の居場所じゃないんだって。
麻奈が亡くなって、みんなと初めて会って、時に倒れてしまったり、たくさんの失敗してきたけど、未熟なまま一緒に歩んで、そしてようやくデビューして、NEXTVENUSグランプリで優勝して、業界のゴタゴタに巻き込まれて、トリエルとリズノワが星見プロに来て、I-UNITYで月ストの敗北とサニピの優勝があって、スリクスが加わって、どりきゅんとの戦いで琴乃がいなくなって、それでもまたみんな揃って月ストもBIG4になった。
そんな世界で俺は生きてきたんだって。
だからきっと俺は告げないといけない。その言葉を。
……でも、でも今だけは。もうちょっとだけ。
この光に抱かれることを許してほしい。
『煌めきの中へ
Into the shinin' star
日差しの暖かさ包まれて
輝きの中へ
Into the shinin' smile
月夜にも凛と咲け
別の光 同じ気持ち 繋がれ Shinin' Star』
メロディが静かに幕を下ろす。一瞬の静寂の後、会場を割らんばかりの大きな拍手が巻き起こった。
いつの間にか客席は満席だ。それどころか見渡すばかりにファンが集っている。それだけ月スト、サニピ、そして麻奈のライブが最高のものだった証拠だろう。
「みんな、ありがとう!」
ステージから声が上がる。各々別れの言葉を告げながらその場所を後にする。
やがて最後の最後まで残っていた麻奈が惜しみつつステージから降りて、ようやくその幕は閉じた。
「ねぇすごかった! すごかったよ今日のライブ!」
舞台袖にやってきた麻奈は、先に降りていたみんなの姿を見つめて声高らかにそう告げた。
それから麻奈は一人一人に声を掛けていく。どこがどう凄かったのか、アドバイスも踏まえてたくさん言葉にする。琴乃は恥ずかしがりながらも嬉しそうしていて、そんな琴乃の様子に渚は目を細め笑みを浮かべていた。さくらとは、麻奈さんのおかげです! いやいやさくらちゃんが頑張ったからだよ! と二人で謙遜し合っていて、芽衣とはすごい! って二人して笑いあっていた。すずは麻奈に褒めてもらったことに大層喜び、沙季は熱心に麻奈からのアドバイスをまとめていて、その隣で怜も麻奈に質問を飛ばしていた。千紗と雫に関しては麻奈によく頑張ったね! と無理やり頭を撫でられていた。最後に声を掛けられた遙子さんに至っては、ぼろぼろ目に涙を浮かべ二人して抱き合っていた。それだけ思い入れ深いステージだったんだろう。
やがて十人全員に声を掛けた麻奈は、みんなの顔を目に入れ、口を開く。
「今日はありがとう! これから今よりもっともっーとすっごいライブを作っていこうね! 約束だよ!」
『はい!』
後輩たちの元気のいい言葉が返ってくる。その様子に満足げに頷くと、麻奈はくるりと回って俺と目を合わせた。
「牧野くんもお疲れ様」
「あぁ、お疲れ様」
麻奈はなんだかわかったような表情を浮かべていた。ただ肝心の内容だけは口に出さず。
「お話は後にして……とりあえず今はステージの後片付けしよっか」
「そうだな」
楽屋に向かっていく麻奈を見送り、俺も今日のライブでお世話になった関係者各位の元へ向かう。
……やがて、ここでできる全ての仕事が終わった。麻奈以外のみんなが星見寮に帰るのを見届けた後、いつもの白のワンピースに着替えた麻奈と一緒に高台へと向かった。