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「ん……」
手に握っていたスマートフォンから音楽が響く。麻奈の"First Step"のイントロだ。電話の待ち受けでもあるその曲に俺は目を開く。
どうやら俺は星見市の高台で眠ってしまったらしい。いつの間にか外れたイヤフォンが膝の上に転がっている。それと近くには三冊の日記があって。
「あ……」
それを見て、全て思い出した。過去に戻ったこと、麻奈を救ったこと、運命の歯車が狂ったこと、道の終着点に来たこと、もう一度やり直したこと、みんなと電話したこと、"変わったこと"を探したこと、全員揃ってデビューしたこと、麻奈の死の定めを救ったこと、麻奈が生きた星見プロダクションが見れたこと、夢のステージがあったこと、麻奈と"星の海の記憶"を歌ったこと、そして、元の世界に帰ったこと。
「戻ってこれたのか……」
周りを見渡すが、ここにいたはずの麻奈の姿は見えない。居た痕跡すらない。
「……泣いちゃダメだな。麻奈に怒られてしまう」
目元を軽く拭い気持ちを切り替える。……そういえば、電話がずっと鳴っていた。確認すると、電話相手は沙季だった。応答ボタンを押し耳に当てた。
「もしもし、沙季か?」
『はい、沙季です。夜分にすみません……。打ち上げの件ですが……きゃっ!』
『あっ! ごめん沙季ちゃん! 大丈夫だった?』
『大丈夫ですけど……。芽衣ちゃん、寮で走り回らないでね』
『はーい』
『携帯電話は……あれ、琴乃ちゃん? あ、はい。替わってもいいですけど』
『……牧野さん、聞こえてましたね? 琴乃です。沙季と替わりました』
「うん、聞こえてたよ。どうしたんだ?」
『牧野さん、無理を言っているのはわかっています。でも、今日の打ち上げやっぱり来れませんか?』
「打ち上げ……?」
『あれ、沙季が伝えたはずですけど……。今日、月ストとサニピで久しぶりの合同ライブがあったので、今、寮で打ち上げをしているんです』
……そうだ。思い出した。あの時、俺は仕事が忙しくて打ち上げを断って、仕事を優先していたんだ。結局、仕事が終わるのが遅くなって行けなくなってしまっていた。
『夜も遅くてそろそろお開きにしようとしていたんですけど、さくらがどうしても牧野さんも来てほしいって言いだして』
『琴乃ちゃんも言ってたよ!』
『ちょっと! それを言うなら芽衣だって、沙季だって言ってたじゃない!』
『た、確かに言いましたけど、なんで私を巻き込んだんですか!?』
『だって私だけ恥ずかしい思いしたくないし……。ともかく、こんな感じなので、顔出すだけでも来てほしいと思いまして……。どうでしょう?』
「寮って東京寮か?」
『いえ、今日は星見寮で集まっていました。明日みんなオフで、実家に帰る人も多いみたいだったので』
星見寮か。なら、行けそうだな。
「わかった。行くよ」
『本当ですか!? ありがとうございます! みんな、牧野さん来てくれるって!』
電話越しに喜びの声が溢れる。俺が行くだけでそんなに嬉しいものなのか。
『待ってます!』
「あぁ、すぐに行く」
電話を切り立ち上がる。そのまま高台から降りようとして。
「あ、そうだ」
星空を見上げた。どこまでも遠く、優しい空を。
「行ってきます」
そっと呟き、その場所を後にする。遠くの空で小さな星がきらりと輝いた気がした。
高台から星見寮は案外近い。高台を降りて少し歩くと、すぐに寮の明かりが見えた。懐かしい気分には……ならないな。つい昨日までここにいた。
とりあえず鞄だけ締まってから入ろうと、いつも過ごしていた小屋に入ろうとして。
「あ、そっか。鍵持ってないのか」
思わず苦笑いが零れる。この世界ではもうここには住んでいないんだ。
鞄を抱え、寮のインターフォンを押す。はーい、という声と共に出迎えてくれたのは沙季だった。沙季は寮だからか髪を下ろしていて、打ち上げのテンションに当てられたのか少し顔が赤かった。
「随分と早かったですね?」
「さっきまで高台にいたんだよ」
「そうだったんですね」
沙季は何も聞かずに、寮へと案内してくれる。今日は和室で打ち上げをしていたらしい。襖をがらりと開くと、そこには。
「芽衣! そこですわ! いまっ、今! ちがーう!」
「あはは! すずにゃんが飛んで行っちゃった!」
テレビゲームで遊ぶ芽衣とすず。
「私と千紗ちゃん、一対一。でも、ババ抜きなら、負ける気しない」
「うーん……こっち!」
「えっ、負けた……」
「雫ちゃん、前より表情に出るようになったから、わかりやすかったよ」
「これが、成長の痛み……」
トランプで遊ぶ雫と千紗。
「みんな楽しそうね」
「そうですね。でも、遊んでばかりじゃなくて、片付けも手伝ってほしいですけど」
「まぁまぁ。……怜ちゃんも遊んできてもいいのよ? 私一人で大丈夫だから」
「いえ、遙子さんだけに任せるのは申し訳ないですから」
「ありがとね」
空いた食器やごみを片付ける遙子さんと怜。
「琴乃ちゃん、あーん」
「ちょっとさくら、もう食べられないよ……」
「私からもあーん」
「渚も! 自分で食べれるから!」
さくらと渚に囲まれ、デザートを口を運ばれる琴乃。
なんだかとても賑やかだ。そんなみんなの姿に、俺も笑みが浮かぶ。
「あ、牧野さん!」
真っ先に声を上げてくれたのは琴乃だった。二人から逃げ出す話題ができたからか、助かったと言わんばかりの表情で俺を見つめる。
「お忙しいところすみません。来てくれて、うっ、むっ!」
「琴乃ちゃん逃がさないからね」
「そうだそうだー!」
口を開けた矢先に、渚にスプーンを突っ込まれていた。なんだか渚も今日は積極的だな。何かあったんだろうか。
「そういう気分だそうですよ」
「なら仕方ないな」
助けを求めるような琴乃に、頑張れと視線を送っておく。後で怒られるだろうけど、まぁそれは受け入れよう。
「牧野君、ご飯は食べてきたの? 必要だったら何か作るけどいる?」
「余り物で大丈夫で……」
そう答えようとして、ふと思い出した。そういえば、遙子さんに料理をお願いしてほしいって言われていたんだっけ。
「お願いできますか?」
「いいわよ。何が良い?」
「チキン南蛮で」
「任せて!」
そう言って、遙子さんはキッチンへと向かう。手間がかかるものを頼んでしまっただろうか、でも遙子さんはなんだか嬉しそうだった。
「お待たせー遙子特製のチキン南蛮でーす!」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それにしても……みんな席に座ってどうしたの? もしかしてもっと作ってきた方がよかった?」
「いえ、私たちの分は大丈夫です。だいぶお腹いっぱいだし、お菓子とか余ったものを摘まむ程度ですので。ただ……」
「牧野さんと一緒にご飯を食べたいなって思ったから! いいですよね、牧野さん!」
「構わないよ」
食卓の上には、遙子さんに作ってもらったチキン南蛮の他、魚の煮つけやオードブルの盛り合わせ等、色々な料理が乗せられている。ただ、遙子さんも忙しかったんだろう。全部が手料理なんてことはなくて、買ってきた有り合わせのものも多かった。でも、それでいい。
「いただきます」
手を合わせ、チキン南蛮を口に運ぶ。サクッとした歯ごたえ後、トロンとしつつも揚げたての香ばしい食感が口いっぱいに広がる。
「……美味しいな」
「ふふ、ありがとう」
すごく、久しい味だ。思い返せばあの世界で俺は一度も遙子さんのチキン南蛮を食べれていなかったな。
一つ一つ噛みしめて食べていると、不思議と視線を感じた。視線を上げると、みんなが一斉に俺を見つめていた。
「どうしたんだ?」
「えっと、その……」
「泣いていた、ので」
「え?」
目元に手をやると、確かに水滴が手につく。なんだ俺、泣いているのか。
「大丈夫……ですか? 何かあったんですか?」
「大丈夫だ。心配掛けて申し訳ない。ただ……」
そう言って、目の前のチキン南蛮に目にやる。それを口に運び飲み込んでから、言葉を紡いだ。
「チキン南蛮が美味しすぎてな」
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
明日もう一話だけ更新されます。
最後にそちらも見届けていただけますと幸いです。