流る星に一つの願いを   作:ねむれすねむれす

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沙季たちと挨拶

 

 それから二日後、日が上がる前に星見寮に足を踏み入れた俺は並べたダンボールを一つ一つ開いていた。

 

 ダンボールの中には生活用品が入っている。仕事の合間に物品を集めていたが、数が数だ。沙季たちが引っ越してくるギリギリまで時間が押してしまった。

 

 前回は確か個人の好みもあるだろうから、最低限だけ確保し、完全に一任していたように思える。今回もその方針は変えようとは思えないが、入寮時の忙しさとメンバーの数を知っている身としてその負担を軽減するために少し多めに用意しておいた。

 

「ふぅ……」

 

 一通り作業を終え息をつくと、窓の外から日が差し込んでいるのが目に入った。作業に没頭していたから時間を気にしていなかった。

 

 汗を拭い、時計を見る。今日は沙季と千紗が来る日だ。几帳面な沙季らしく、自分たちが来る時間と引っ越し業者が来る時間まで俺に通達してくれている。時間を見ればその時間の丁度十五分前だった。

 

「ギリギリだったが間に合ってよかった……」

「ひやぁ!」

「ん?」

 

 出迎えのため寮を出ると、そんな小さな叫び声が耳に飛び込む。声のした門の近くに目をやると、そこには二人の少女が立っていた。

 

 小柄な体躯にベージュのショートヘア。アメジスト色のたれ目。目が合うと、彼女は怯えるようにもう一人の背に隠れた。

 

「だ、誰ですか!? もしかして不審者……!」

 

 自ずと前に立つことになった少女は、すらりとした体躯にベージュの縦ロールという髪型だった。凛としたアメジスト色の目は警戒を示すようにきりりと絞られ、こちらを睨みつけるように見つめている。というより実際睨みつけられていた。

 

 白石沙季と白石千紗。俺の記憶にある直近の彼女たちの姿とは少しだけ違ったが、間違いなくこの二人だ。だけど今は安堵する余裕もなく、俺は慌てて口を開く。

 

「沙季、千紗! 誤解だ!」

「ど、どうして私たちの名前を知っているんですか!?」

「そ、それはその……」

 

 直接聞いたからと答えようとして、その知識が未来のものなのか一瞬悩み言葉が途切れる。ただ途切れたのがよくなかったみたいで、沙季はすぐさま鞄からスマホを取り出していた。

 

「警察呼びます」

「待ってくれ沙季! 俺だ! 牧野だ!」

「記憶にありませんね」

 

 そんな言葉で一蹴され、沙季は容赦なくスマホに番号を打ち始める。さすがに追放されるのはまずい。なんとか止めようとしたが、それよりも先に沙季の袖を千紗が引いた。

 

「ね、ねぇお姉ちゃん。あの人、面接のときの……」

「え? ……あ」

 

 沙季はそう言われ俺の顔をまじまじと見ると、思い出したように声を上げた。それからすぐに頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません! 私の早とちりでした!」

「いや大丈夫だよ。俺も焦って変なこと言ってたから……」

 

 沙季も千紗も仕事で一緒になることが多かったから、つい自分の事がわかる前提で話してしまった。今の彼女たちに牧野だって言っても、誰だよとしか思われないのだろう。

 

「いえ、面接の際にもお名前をいただいたにも関わらず、それをすぐに思い出せなかった私の落ち度です」

「大丈夫、構わないよ。今後覚えてもらえれば」

 

 忘れ去られている事実は正直心に来るものがあるが、それを表情や言葉に出しては沙季を不安にさせてしまう。痛みをそっと押しのけ言葉を続ける。

 

「引っ越しで来たんだよな? 寮案内するよ」

「はい、よろしくお願いします」

「お願い、します……」

 

 沙季は先ほどの失敗からか緊張した面立ちで、千紗は怯えたような表情で頭を下げる。……彼女たちからしてみれば俺は面接であったばかりの大人の男性だ。社会経験もない彼女たちからしてみれば不安で怖がるのも無理はない。

 

「まず玄関だが……」

 

 そんな二人が少しでもリラックスできるように、できるだけ優しく言葉を掛け案内していく。打ち解けるにはまだまだ時間が掛かるだろうが、急いでできることではない。少しずつ距離を埋めていこう。

 

 

 

「こんな感じだな。最低限のものしか準備できてないから、必要なものがあれば言ってくれ。内装も好きに改造してくれて構わないよ」

 

 一通り寮内を案内した後、リビングに戻った俺は二人にそう告げる。引っ越し業者が来るまではもう少し時間が掛かるみたいだった。

 

「ありがとうございます。ちなみに寮には何人住まわれる予定でしょうか?」

「今のところは四人だな。だけどメンバーはこれから増えると思う」

「なるほど。寮生活の規則等はまとめられているのでしょうか?」

「俺からは用意してないな。必要であればみんなで話し合ってくれ」

「承知いたしました」

 

 沙季はメモ帳を取り出すと、俺から聞いた話と必要事項を丁寧にまとめていく。前回もそうだったが、沙季がいれば寮生活で困ることはないはずだ。

 

「他に何か聞きたいことはあるか?」

「私からは大丈夫です。……千紗はどう?」

「わ、わたしも大丈夫……です」

 

 まだまだ不安げな表情は消えない。沙季もそれを見て心配げな視線を向けていた。

 

「わかった。ちなみに俺も外の物置小屋で暮らしているから、問題があったら伝えてほしい」

「も、物置小屋で暮らしているのですか?」

「うん、少し前に引っ越してきてそこで暮らしているよ。寮を俺が使ったらみんな怒るだろ?」

 

 というか、実際怒られたし……。

 

「もちろんです」

「うん」

「即答しないでほしかったんだけど……まぁそういうことだから」

 

 遠くの部屋を使うつもりだし、問題ないんじゃないかなぁとは思うんだけど……当人たちに嫌がられるのなら大人しく小屋を使っておこう。

 

 

 

 それからやって来た荷物をそれぞれの部屋に運び込んだ後、俺は物置小屋に戻った。荷解きも手伝う予定だったんだが、段ボールを開けようとした途端二人に叩きだされた。よくよく考えれば下着とかも入っている可能性あるし、当然だったな。

 

 手伝いが必要なときに呼んでくれとだけ告げ、俺は物置小屋に戻り、持ち帰った仕事をこなしていた。

 

 ある程度、形になってきて一息つこうかな、なんて考えていると、小屋にノック音が響く。

 

「白石沙季です。少しよろしいでしょうか?」

「大丈夫だよ」

 

 ドアを開くと、そこにいたのは沙季だけだった。周りを見渡してみるが、千紗はいないらしい。

 

「どうした?」

「千紗のことでお話がありまして……」

「……とりあえず中入るか?」

「はい……」

 

 こんなときのために座布団はいくつか用意している。扉の傍に重ねてあった座布団を一枚取り出し、丸テーブルの前に置いておく。

 

「散らかってますね……」

 

 部屋自体に物は少ないものの、テーブルの上には持ち帰った書類含め、様々なものが置かれている。後々整理しようとしていたが、沙季にはそこが目についてしまったみたいだ。……なんだかずっと沙季には片付けに関して怒られている気がするな。

 

 そんなことを考えていると、沙季ははっとした表情を浮かべ、取り繕うように言葉を続けた。

 

「り、利便性が高い部屋という意味です!」

 

 ……気を使われてしまったな。今はそこまで距離は近づいてないか。

 

「実際散らかっているんだから大丈夫だ。後、沙季。そこまで固くしなくてもいいよ。怒らないし評価に繋がることもないから、普段の沙季らしく振る舞ってくれ」

「そう言われましても……」

 

 まぁいきなりは難しいか。無理強いはしたくないし、前回の沙季も初めの頃はこんな感じだったように思える。俺が慣れていくしかない。

 

「慣れてからでも構わないよ。……それで話というのは?」

 

 俺の言葉に沙季は真剣な表情を見せる。

 

「千紗のことです。牧野さんも知っての通り、千紗は少々引っ込み思案といいますか……前に出るのが苦手でして……。あ、でもアイドルに向いてないとかそういったことではないんです! むしろ千紗の可愛さは唯一無二の……」

「待った待った。話がズレてる」

「はっ! 失礼しました。用件をまとめると、牧野さんからも千紗を気づかってあげてほしいということです。きっとこれからの寮生活でも色々あるでしょうし……」

 

 沙季の言っていることはよくわかる。だけど、さすがに過保護すぎるな。確かに千紗はそういった一面があるが、乗り越えられる強さはあるし、実際サニピの一員としてBIG4まで上り詰めた。そこまで過保護にしなくても彼女は問題ない。むしろその過保護さこそが問題になっている。

 

 過去の彼女たちはそれを理解し合いお互いに乗り越えた。だけど、過去乗り越えたことも今の彼女たちにとっては未来の出来事だ。それを伝えるべきだろうか。

 

「……わかった。だけど、沙季。千紗もこれから一人のアイドルとなるんだ。信じて見守ってあげることも大事だからな」

 

 考えて、言うことにした。未来の成長がつぶれてしまう可能性もある。だけど目の前で間違った道に進もうとしている沙季の姿を見て、何も言わないことはできなかった。

 

「……その通りですね。わかりました」

 

 沙季は俺の言葉を受けて、一つ頷いた。過保護だ、ということは沙季自身も理解はしているのだろう。だけど感情が追いついていないって感じだろうな。

 

「……すみません、後もう一つあるのですが」

「なんだろう?」

「私たちの呼び方についてですが……」

 

 呼び方? 今まで俺がどう呼んでいるかを思い返して、あっと声が出た。そういえば今までのように名前呼びしていたな……。

 

「申し訳ない……。い、嫌だったか?」

「いえ、むしろ今のままが良いということをお伝えしたく。名字だと一緒ですし、白石姉とか白石妹とか呼ばれるのはちょっと……」

「そんな呼び方しないと思うけど……。わかった。これからも名前呼びにするから」

「はい。よろしくお願いします」

 

 正直名前呼びに慣れすぎて他の呼び方だと違和感があったから、助かった。今更名字呼びはしたくない。

 

「要件は以上になります。お時間をいただきありがとうございました」

 

 そう言って沙季は頭を下げ、丁寧な仕草で部屋を後にした。

 

 ……沙季と千紗。二人の問題も気になるけど、それは未来の彼女たちが自分たちの手で解決するべき問題だ。今の俺が優先するべきはメンバーが無事に揃うこと。

 

 意思を再確認し、手元のノートブックを開く。月ストとサニピについてまとめたページだ。俺が知っていることはここに全てまとめている。

 

「……スカウト行かないとな」

 

 やるべきことはたくさんある。歪んだ歯車を元に戻すためにも、まずはできることからしていこう。

 

 

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