俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

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10:算段

 

 

 グレモリー家の別荘での合宿初日。

ミーティングを終えた俺たちは、それぞれの課題をこなすべく、広大な敷地内で二つのグループに分かれて特訓を開始していた。

 

 一つは、リアス部長と姫島先輩、そしてアーシアによる後衛・魔力組。

 部長と姫島先輩は自身の『滅びの力』と『雷』の出力を極限まで引き上げる研磨を行いながら、同時に悪魔として転生したばかりのアーシアに、基礎的な魔力制御と遠隔治癒のコツを指導するというメニューだ。

 少し離れた場所からでも、空気がビリビリと震えるほどの膨大な魔力の余波が伝わってくるあたり、あちらはあちらで中々にハードな特訓を行っているらしい。頑張れよ、アーシア。

 

「───それじゃあ、俺たちも始めようぜ」

 

 そしてもう一つが、俺と木場、そして小猫ちゃんによる前衛・物理組である。

 別荘の裏手にある、綺麗に整地された広大な芝生の庭。そこに木刀を二本用意した俺は、軽く準備運動を済ませてから、目の前に立つ金髪のイケメン剣士に視線を向けた。

 

「うん。よろしく頼むよ、イッセーくん」

 

 対面に立つ木場は、俺から渡された木刀を軽く素振りし、その重心や手触りを確かめている。それだけで空気を切り裂くような鋭い風切り音が鳴るのだから、流石は剣士といったところか。

 少し離れた木陰では、小猫ちゃんが切り株の上にちょこんと座り、スポーツドリンクのボトルを片手に俺たちの手合わせを見学する姿勢に入っていた。

 

「ゲーム本番での連携をどうするか考えるにも、まずは自分以外の味方がどれくらい動けるのか、その現在地を把握しておきたいからな。怪我してもアーシアが治してくれるし、お互い手加減なしで行こうぜ」

 

「了解したよ。……僕も、イッセーくんの動きには凄く興味があったんだ。君の胸を借りるつもりで、全力で行かせてもらう」

 

 木場がスッと右足を後ろに引き、木刀の切っ先を俺の眼前に向けて青眼に構える。

 無駄な力みが一切抜け落ちた、教科書に載せたいほどに美しく、洗練された剣士の構え。対する俺は、木刀を右手にだらんと下げたまま、特に構えらしい構えを取ることもなく自然体ですり足のスタンスを取った。

 

「いつでもいいぞ」

 

 俺がそう告げた、次の瞬間だった。

 

「───ッ!」

 

 芝生を蹴り飛ばす音すら置き去りにして、木場の姿がフッと視界から消失する。

 いや、消えたわけじゃない。異常なまでの初速で距離を詰め、俺の斜め左の死角へと入り込んだのだ。

 

 これこそが、悪魔の駒における『騎士(ナイト)』の特性。

 スピードに特化した、神速の機動力。

 

「(……速い。呪力強化なしだったら、今の踏み込みだけで首を落とされて終わりだな)」

 

 内心で感心しながらも、俺は慌てることなく、微量の呪力を足に纏わせて半歩だけ後ろへ退く。

 直後、俺の鼻先数ミリを、木場の木刀が下から上へと凄まじい風圧を伴って撫で斬っていった。

 

「かわすかっ……それなら!」

 

 一撃目を躱された木場は一切体勢を崩すことなく、振り抜いた木刀の反動を利用して空中で体を捻り、今度は上段からの強烈な袈裟懸けを放ってくる。

 

 ガァンッ!!

 

 木と木が激突したとは思えない、硬質な破砕音が庭に響き渡った。

 俺はだらんと下げていた木刀を無造作に持ち上げ、木場の剣閃を真上から点で受け止める。

 

「くっ……やるね……!」

 

「動きは良いけど、ちょっと剣筋が素直すぎるぞ、木場」

 

「ははっ、手厳しいね……!」

 

 木場は弾かれた反動を殺さずにバックステップで距離を取ると、再び神速の踏み込みで波状攻撃を仕掛けてきた。

 上、下、右、左、そして突き。

 瞬きする間に複数の斬撃が放たれるほどの尋常ではない連撃。悪魔の身体能力と『騎士』の特性が合わさったそのスピードは、間違いなく一級品だ。

 

 だが───。

 

「(純粋な剣の腕前じゃ、俺はこいつの足元にも及ばない。けど……)」

 

 ガギンッ! ギィンッ! と。

 迫り来る木場の猛攻を、俺は最小限の動きで全ていなしていく。

 無理に打ち合おうとはしない。剣術の素人である俺が、本職の剣士と真正面からチャンバラをして勝てるわけがないからだ。俺は木場の木刀の腹の部分に自分の木刀を滑らせるように当て、彼自身の攻撃のベクトルをほんの数センチだけ外側へと逸らすことに注力する。

 

「(確か、縮地って言ってたっけ……。懐かしいな。爺ちゃんのあの死角を突くことに専念した狂った軌道と比べれば、今の木場の動きくらい何てことないや)」

 

 スピード自体は申し分ない。

 だが、木場の戦い方はどこまでも真っ直ぐなのだ。

 フェイントを混ぜるでもなく、容赦なく急所を狙うでもなく、ただ己のスピードと剣技を信じて、最短距離で最適解の斬撃を叩き込もうとしている。

 それは武術の試合であれば百点満点の動きかもしれないが、殺し合いを前提とした術師の目線からすれば、ある種の単調さが浮き彫りになってしまう。

 

「はぁぁっ!」

 

 十合、二十合と打ち合いが続き、木場が勝負を決めるべく、一段と鋭い踏み込みから渾身の『突き』を放ってきた。

 風を穿つような必殺の一撃。

 

 俺はそれを躱す……のではなく。

 むしろ、自らその切っ先に向かって、半歩だけスッと前に出た。

 

「なっ……!?」

 

 俺が後退すると予測して踏み込んでいた木場の間合いが、俺が前に出たことで完全に狂う。

 木刀の切っ先が俺の喉元を掠めるよりも早く、俺は呪力を纏わせた左手で側面から木場の木刀を弾き飛ばし、完全にガラ空きになった彼の懐へと潜り込んだ。

 

「───俺の勝ちだな」

 

 ピタリ、と。

 木場の首筋、頸動脈の真横に、俺の木刀の先端が寸止めで添えられていた。

 真剣ならば、あと数ミリ押し込むだけで容易く命を奪える間合い。

 

「……僕の負け、だね」

 

 木場は小さく息を吐き出すと、降参を示すように両手を軽く上げて見せた。

 俺もすぐに木刀を引き、肩の力を抜く。

 

「いや、凄えスピードだったよ。純粋な剣術なら、俺じゃ逆立ちしたって勝てないってのがよく分かった。……でも、木場の動きは綺麗すぎるな」

 

「綺麗すぎる……?」

 

「ああ。型にハマりすぎてるって訳じゃないけど、次にどこから攻撃が来るのかが予測しやすかったぜ。そういう意味じゃ、木場には絶対に相手を殺すって言う殺意が足りないかもな。今回は模擬戦だからってのは勿論あるけど、事前にアーシアが治してくれるって言ったんだから、次からはもっと殺す気でやってくれよな」

 

 爺ちゃんなんて、まだガキだった俺を本気で殺すつもりで稽古つけてたからな。死角に回り込まれたと思った直後には、土を蹴り上げて目潰しして足払いまでされて、その果てに心臓を一突きとか日常だったし。

 いやまぁ、あれと比較するのもどうかとは思うけど、それぐらい木場の剣術は俺にとっては真っ直ぐ過ぎたってことね。

 

「なるほどね……悔しいけど、言われてみれば思い当たる節はあるよ。それに、僕自身どこかイッセーくんを侮っていたかもしれないし……次からは認識を改めて挑ませてもらおうかな」

 

 木場は悔しさを滲ませながらも、爽やかな笑みを浮かべて俺に深く頭を下げた。

 負けたってのに素直に俺の言葉を聞き入れてくれるあたり、やっぱりこいつは性格までイケメンだよ。俺なんて、爺ちゃんにボコられた日はアドバイスも何も跳ね除けて拗ねまくってたからな……木場がこの十日間でどこまで化けるか楽しみだ。

 

「よし。それじゃ、次は小猫ちゃんの番だな」

 

 俺が木陰に視線を向けると、切り株の上に座っていた小猫ちゃんが、無言で頷きながらスポーツドリンクを置いて立ち上がった。

 

「……お手柔らかに、お願いします」

 

 淡々とした声色とは裏腹に、その小柄な体からは、『戦車(ルーク)』特有のずっしりとした重い魔力が立ち昇り始めている。

 俺は木刀を芝生に放り捨てて己の拳を握り直し、次なる手合わせへと意識を切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ザバーッ、と。

 肩まで湯船に浸かりながら、俺は今日一日の疲労を吐き出すように大きく息を漏らした。

 

 別荘での合宿初日の夜。

 特訓と夕食を終えた俺は、男湯として割り当てられた大浴場───というか、ちょっとした温泉旅館並みの広さを誇る岩風呂を、一人で贅沢に満喫していた。

 

「(……いやぁ、それにしても小猫ちゃんのパンチはマジで重かったな)」

 

 湯船の中で軽く腕を回しながら、今日の昼下がりに行った小猫ちゃんとの手合わせを想起する。

 『戦車(ルーク)』の特性である圧倒的な腕力と防御力。純粋なステゴロの殴り合いにおいて、あの華奢な体から放たれる一撃は、俺も呪力でガッツリと肉体強化を施さなければ、ガードの上からでも骨を持っていかれそうなほどの質量だった。

 木場の時と同じく、最終的にはフェイントや死角からの崩しという実戦経験の差で俺が勝利を収める形にはなったが、純粋なポテンシャルで言えば、二人とも下級悪魔とは到底思えない実力の持ち主であることは間違いない。

 

「(夕食の時のミーティングでも、皆それぞれ自分の課題と現在地がしっかり見えてるみたいだったしな)」

 

 夕食の場では、初日の総括として各々の成果と今後の課題が共有された。

 木場は素直過ぎる剣術からの脱却を、小猫ちゃんは単調な突撃に頼らない立ち回りを。リアス部長と姫島先輩は、アーシアの魔力制御を指導しつつ、自身の魔力出力の底上げに確かな手応えを感じているようだった。

 

 それぞれが自分の弱点と向き合い、克服しようとする姿勢は素直に評価できる。

 ただ───。

 

『素質はある。それは間違いないだろう』

 

 湯煙が立ち込める中、左腕からドライグの静かな声が響いた。

 

『あの小娘たちも、そして新しく眷属になったシスターもな。……だが相棒よ。どれだけ優れた原石であろうと、このたった十日間という期間だけで、奴らの力を完全に磨き抜くことは不可能だぞ』

 

 その冷静な指摘に、俺も「まぁ、そうだろうな」と心の中で同意する。

 

 戦闘技術というのは、一朝一夕で身につくものではない。

 それは爺ちゃんに血反吐を吐かされるような稽古を何年も積んできた俺だからこそ分かる。知識として弱点を理解することと、それを実戦の極限状態の中で無意識に修正できるかは、全くの別問題なのだ。

 十日間の特訓で得られるのは、あくまで自分の戦い方の引き出しを少しだけ増やす程度のもので、付け焼き刃と言ってしまえばそれまでだ。

 

「(俺だって、たった十日で木場たちが完成するとは思ってないよ。全員が急激にレベルアップして、ライザーの眷属たちを無双できる……なんて都合のいい魔法はないしな)」

 

『ほう? では、相棒はこのゲームは小娘たちが負けると思っているのか』

 

「(まさか。その逆だよ)」

 

 俺は手ですくったお湯を顔にバシャリと被り、ニヤリと口角を上げた。

 

「(完全に仕上がらなくても、このゲーム、意外と成立しそうだぞって話さ)」

 

『……どういう意味だ?』

 

「(今日の夕方に見た、ライザーの公式戦の映像だよ。……確かにあいつのチームの連携は隙がなくて、数の暴力も相まって強そうに見えた。でも、よくよく個々のスペックを観察してみたらそうでもないだろ)」

 

 俺の脳裏に、モニターに映し出されていたライザーの眷属たちの動きが再生される。

 

「(ライザー側の『騎士』の踏み込み速度。あれと比較すれば、今日手合わせした木場の方が数段速かった。ライザー側の『戦車』の一撃も、小猫ちゃんのパンチの重さには及んでなかったように見えた)」

 

 魔法による爆撃の威力だって、姫島先輩の『雷』や部長の『滅びの力』の方が、純粋な出力では圧倒的に上回っているはずだ。

 

「(数の差と、連携の練度。向こうが優れているのはそこだけだ。……逆に言えば、個人の基礎スペックだけで見るなら、リアス部長の眷属たちは、現時点でもライザーの眷属たち相手にちっとも負けてないんだよ)」

 

 完全に磨き抜く必要なんてない。

 十日間で俺がやるべきことは、木場たちが自分の基礎スペックの高さを正しく実戦レベルで出力できるように、ちょっとだけ意識をチューニングしてやること。

 たったそれだけのことで、数的不利を覆せるだけの地力の差が、既に互いの眷属たちの間には顕著に生まれているからだ。

 

「(結局のところ、今回のゲームは部長たちがフェニックスの能力を突破できるかどうかが全てだからな)」

 

 炎と風、そして代名詞たる再生能力。

 今回のゲームの主役が部長とライザーである以上、俺は部員の一人として力を貸すことを承諾こそしたが、基本的には悪魔の部長たちの顔を立てるつもりだ。最後の最後、本当にどうしようもなくなるまでは、人間の俺が出しゃばるのは筋違いというものだろう。

 

『ククッ……まぁ、相棒からしてみれば、火力勝負(・・・・)となれば願ったり叶ったりではあるか』

 

 ドライグも俺の算段に納得したのか、楽しげな笑い声を脳内に響かせた。

 

「そういうこった。……さてと、のぼせる前にさっさと上がって、人間の俺はみんなよりも一足早く眠りに就くとしますかね」

 

 俺の力は何も『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』だけじゃない。

 それを証明することになるか否かはリアス部長たち次第ではあるが……出来ることなら、今後の戦いを見据えて一つでも引き出しは隠しておきたいので、俺としてはあの技(・・・)を使うことにならないのを祈るばかりだ。

 

 

 

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