俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

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12:ゲーム開始

 

 

 十日間に及ぶ強化合宿を終え、俺たちはライザーとのレーティングゲームへ赴くべく、再び駒王学園の旧校舎───オカルト研究部の部室へと集まっていた。

 

 窓の外はすでに深い夜の闇に包まれており、室内を照らすのはオレンジ色の暖かな照明だけだ。

 しかし、部室を満たしている空気は、十日前にライザーが襲来した時のようなどこか浮き足立ったものではない。極限まで引き絞られた弓の弦のように、静かで、それでいて触れれば指が切れそうなほどの鋭い戦意が、空間そのものをピリピリと震わせていた。

 

 木場はソファに腰掛けたまま目を閉じ、己の内なる神器との対話をするように静かに呼吸を整えている。

 小猫ちゃんは部屋の隅で、普段のようにお菓子を頬張ることはなく、入念なストレッチと魔力の練り込みを行っている。

 姫島先輩もまた、いつものようなおっとりとした笑みを完全に潜めており、その身から冷たい魔力を纏わせながら窓の外を凝視していた。

 

「(……みんな、しっかり仕上がってるな)」

 

 俺は壁に背中を預けながら、各々の成長を確認するように視線を巡らせる。

 彼らが纏う魔力の質は、十日前とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされ、闘志を越えて一種の殺意すら孕んでいた。今回の試合を観戦するという猛者たちからしてみれば、それでもまだまだ発展途上と言わざるを得ないのだろうが……少なくとも初めてのレーティングゲームに臨む新人としては十分すぎる面構えだと思う。

 

 ただ一人、例外を除いては。

 

「……イッセーさん」

 

 ふと、俺の着ている服の裾が、クイクイと弱々しく引かれた。

 視線を落とせば、いつもの駒王学園の制服ではなくシスター服に身を包んだアーシアが、不安に揺れる翠玉の瞳で俺を見上げている。彼女の小さな手は微かに震えており、布地を握りしめる指先は微かに白くなっていた。

 

 無理もない。アーシアはほんの少し前まで、争いとは無縁のただの心優しいシスターだったのだ。いくら悪魔に転生し、この十日間で必死に魔力制御を学んだとはいえ、これから行われるのはゲームのシステムが守ってくれると言っても殺し合いに近い実戦なのだから、怯えるなと言う方が酷な話だ。

 

「緊張してるか、アーシア」

 

「……はい。ごめんなさい、私……みなさんの足を引っ張ってしまわないか、怖くて……」

 

 消え入りそうな声で呟くアーシアの頭に、俺はポンと無造作に手を乗せた。

 

「謝る必要なんかないって。怖いのは当たり前だ。……でもな、アーシア。お前がこの十日間、合宿で誰よりも必死に練習をしてきたことは、俺も、部長たちも、全員が知ってる」

 

 俺は彼女と視線を合わせ、極めてフラットな、普段通りのトーンで言葉を続ける。

 

「相手が十五人いようが、フェニックスの悪魔だろうが関係ない。アーシアはただ、合宿でやってきたことをそのまま出し切ればいい。後ろでどっしり構えて、俺たちが怪我したら治してくれ。それだけで、俺たちも安心して前線で戦えるんだからさ」

 

「イッセーさん……」

 

「安心しろ。敵がアーシアのところに行く前に、俺と小猫ちゃんで全員ぶっ飛ばしてやるからよ」

 

 俺がニッと笑って見せると、アーシアの瞳からほんの少しだけ怯えの色が引き、代わりに安堵の籠もった柔らかな光が宿った。

 彼女は俺の服の裾から手を離し、己の胸の前で両手をギュッと組んで、力強く頷いた。

 

「はいっ……! 私、頑張ります!」

 

 よし、これでアーシアのメンタルケアも完了だな。

 俺が小さく息を吐いた直後。部室の中央の空間に魔法陣が出現する。

 

「───時間ね」

 

 部室のデスクに座っていたリアス部長が、静かに立ち上がる。

 その魔法陣の正体は、立会人であるグレイフィアさんが、俺たちをレーティングゲームの会場へと案内するために展開したものだった。

 

「……ふぅ」

 

 昨夜の月明かりの下で見せたような、弱々しい迷いはもう微塵もない。

 気高き『王』としての威厳を纏ったリアス部長は、魔法陣の前に立つと、部室に集った俺たち全員を視線で一瞥した。

 

 準備は出来ているか。

 その無言の問いかけに対し。木場が、小猫ちゃんが、姫島先輩が、アーシアが、そして俺が───確かな熱量を込めた頷きを返す。

 

「行くわよ、私のかわいい眷属たち。……そして、イッセー」

 

 リアス部長の号令と共に。

 俺たちは一斉に、淡い光を放つ魔法陣の中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 視界がまばゆい光に包まれ、三半規管が僅かに揺さぶられるような浮遊感。

 しかし、それもほんの数秒のこと。

 

 足裏に再び硬い床の感触が戻り、視界を覆っていた光がスッと晴れる。

 

「……あれ?」

 

 転移が完了し、周囲の景色を確認した俺は、思わず間の抜けな声を漏らした。

 そこにあったのは、見慣れた古ぼけたソファ、年季の入った部長のデスク、そして窓の外に見える木々のシルエット。

 

「ここ、オカルト研究部の部室じゃないですか?」

 

 人間の俺がいるから転移失敗しちゃったか? と拍子抜けした俺の言葉に、しかしリアス部長は首を横に振った。

 

「いいえ、イッセー。転移はちゃんと成功しているわ。窓の外を見てごらんなさい」

 

 言われて窓の外へ視線を向ける。

 そこは、一見するといつもの見慣れた学園の風景だが……目を凝らせば、その違和感はすぐに浮き彫りになった。

 

「(……なるほど。空気中の魔力濃度が異常に高い。それに、空間の果てに巨大な壁のようなものを感じる。俺の『帳』と同じ、完全に外界から切り離された『亜空間』ってことか)」

 

 俺が独り言ちて納得していると、不意に、部室内にどこからともなく冷徹で聞き覚えのある声が響き渡った。

 

『───両陣営の転移を確認いたしました。これより、本ゲームの司会進行を務めさせていただきます、グレイフィア・ルキフグスです』

 

 空間そのものをスピーカーにしているような、魔術的な放送。

 

『まず始めに、今回のレーティングゲームの会場は、リアス様たちが通う駒王学園を寸分違わず模して作られたレプリカのフィールドとなります』

 

 なるほど、だからスタート地点が部室のままだったのか。俺たちのホームグラウンドを用意してくれるとは、粋な計らいというか、それだけ向こうがハンデをくれてやっているという傲慢さの表れなのだろうか。

 

『次に、互いの本陣について説明します。リアス・グレモリー様陣営の本陣は、現在皆様がいらっしゃる『旧校舎・オカルト研究部部室』。対するライザー・フェニックス様陣営の本陣は、『新校舎・学長室』となります』

 

 グレイフィアさんの声が、事務的にゲームの基本ルールを読み上げていく。

 今回のゲームのルールはシンプルに、互いの『王』が撃破された時点でゲームセットであること。『兵士』プロモーションは相手本陣がある校舎のみ使用可能であること。また、武器やポーションなどのアイテムの持ち込みは、事前に申告されたもののみ許可されること。

 

 そして。

 

『───補足として。今回特例で参加することとなった悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を与えられていない人間の協力者、兵藤一誠様に関する特殊ルールを通達します』

 

「おっ、俺か」

 

『悪魔の駒を持つ者は、致命傷を負った時点で駒のシステムが自動的に機能し、安全な場所へ強制転移させられます。しかし、一誠様にはその安全装置がありません。故に、運営側の判断で『戦闘不能』、あるいは『命の危険がある』と見なされた場合は、システムを介さず強制的にフィールドから転移・除外させていただきます』

 

 それはつまり、俺の意思を介さないから、あんまり無茶し過ぎると俺自身が大丈夫だと思っても、グレイフィアさんたちの裁量次第でリタイアさせられるってことか。

 

『……まぁ、当然の処置か。相棒は赤龍帝、万が一『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』でも使われれば、悪魔側からしたら溜まったものじゃないからな』

 

 あー、そういう面もあるのか。

 ってことは、『領域』とかも使えない感じか? あれって外界から隔離しちゃって中の状況とか分からなくなっちゃうもんな。

 

『そうだな。……というか、領域を使うつもりだったのか?』

 

「(いや、体育館とか外殻に使えそうなの結構あったしさ……まぁ、あんまり使うつもりはなかったけど)」

 

 一先ず、グレイフィアさんの言葉に異論はないと頷いていおく。

 

『それでは、これより三十分間の作戦会議へと移行します。三十分後、開戦の合図と共にゲーム開始となりますので、各陣営は準備の方をお願いいたします』

 

 そのアナウンスを最後に、グレイフィアさんの声が途切れた。

 張り詰めた静寂が戻った部室の中で、部長は一刻を争うと言わんばかりに立ち上がると、部室の黒板の前に立ちチョークで簡潔な駒王学園の全体マップを描き出した。

 

「それじゃあ、この三十分間で各々の配置と役割を確認するわよ」

 

 部長の凛とした声に、俺たち全員が黒板の前に集まる。

 

「まず、アーシアは私と共にこの本陣で待機。私の護衛をしつつ、前線から傷ついて戻ってきたメンバーの回復に専念して頂戴」

 

「はいっ、分かりました!」

 

「朱乃と祐斗は、哨戒と防衛ね。朱乃は上空から、祐斗は旧校舎周辺の森の中から索敵を行い、旧校舎へ近づく敵を各個撃破してちょうだい。それと並行して、敵の侵攻ルートにトラップを仕掛けておくことも忘れずにね」

 

「うふふ、任せてください」

 

「了解しました、部長」

 

 そして、部長の視線が最後に、俺と小猫ちゃんへと向けられた。

 

「小猫とイッセー。……あなたたち二人は遊撃隊として、敵の本陣である新校舎へ続く道の確保に動いて頂戴」

 

「……了解」

 

「確かに、俺と小猫ちゃんの火力を活かすなら、拠点で待ってるより殴り込みに行った方が手っ取り早いからな」

 

 敵の注意を前線に引きつけ、陣形をかき乱すための切り込み隊長。適材適所のいい布陣だ。

 だが、作戦の伝達を終えても、リアス部長の表情はどこか険しいままだった。彼女はチョークを置き、俺たち全員の顔を真剣な眼差しで見回した。

 

「一つ、絶対に忘れないでほしいことがあるわ。……相手はフェニックス家よ。彼らは十中八九、『フェニックスの涙』を持ち込んでいるはず」

 

 フェニックスの涙。

 ライザー本人の再生能力とは別の、どんな致命傷でも一瞬で癒すことが出来る回復アイテムだ。

 

「いい? 敵を倒したと思っても、絶対に気を抜かないで。相手が『涙』を使う素振りを見せたら、使われる前にトドメを刺すか、アイテムごと破壊しなさい。……油断はそのまま敗北に直結するわよ」

 

 部長の厳しい警告に、俺を含めた一同が深く、静かに頷きを返す。

 

「(ゲームの仕様上、持ち込める『涙』の数には上限があるはずだ。使われる前に潰せれば御の字だが……最悪使われたとしても、リソースを削ったと割り切ればいい)」

 

 と言っても、元々フェニックスの涙は貴重なアイテムだ。

 如何に大本のフェニックス家と言っても、今回のゲームのハンデのことを考えれば多くても持ち込みは二つが精々だろう。

 相手眷属の要である『女王』は、まず確実にフェニックスの涙を所持していると考えていい。他は分からないが、強そうな相手が来たら要注意だな。

 

 そんなことを脳内で思考していると、学園中に鳴り響くような重々しい鐘の音が鳴り響いた。

 三十分の猶予期間の終わりを告げる鐘の音だ。

 

『───作戦会議時間を終了します』

 

 再び響き渡る、グレイフィアさんの透き通った声。

 俺は拳を握り込み、軽く首を鳴らして筋肉の緊張を解いた。

 

『これより、ライザー・フェニックス様対リアス・グレモリー様の、レーティングゲームを開始いたします!』

 

 その開戦の合図と共に。

 オカルト研究部の部室の扉が、ゆっくりと、戦場へ向かって開かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 駒王学園、生徒会室。

 壁一面に投影された無数の魔術モニターには、今まさに開戦の時を迎えようとしているレーティングゲームの全容がリアルタイムで映し出されていた。

 

「……メインシステム、オールグリーン。冥界への映像伝送、同期完了しました。いつでもいけます、会長」

 

「ご苦労様、椿姫」

 

 生徒会副会長であり、シトリー眷属の『女王(クイーン)』たる真羅椿姫の事務的な報告を受け、駒王学園生徒会長───ソーナ・シトリーはそっと眼鏡の位置を直した。

 

 本来であれば、この非公式レーティングゲームの中継業務は、冥界の専門機関がオペレーターを務めるのが通例である。だが、今回ソーナは自ら運営に掛け合い、この現場の中継役を志願していた。

 その理由は至ってシンプル。己の幼馴染みにして好敵手でもあるリアス・グレモリーの『初めてのレーティングゲーム』を、他の誰でもない自身の目で、最初から最後まで見届けたかったからに他ならない。

 

 あの軽薄な不死鳥とリアスの婚約について、ソーナ個人が抱いている感情を率直に言葉にするならば、不愉快極まりないという一言に尽きる。

 由緒ある元72柱・フェニックス家の三男。名家としての看板こそ立派だが、その実態は眷属の女性たちを侍らせ、自らの不死性に胡坐をかくだけの傲慢な男だ。気高く、誰よりも純粋に悪魔としての矜持を胸に抱くリアスに、あの男が釣り合うとはソーナは到底思えなかった。

 けれど、それが血統を重んじる悪魔社会の、ひいては今後の冥界の未来のためであることも、聡明な彼女は理解している。だからこそ、ソーナにできるのはこうして公平な観測者として、裏方から友の戦いを記録することだけだった。

 

「……ゲーム開始まで、残り三分の猶予期間です」

 

 椿姫の静かなアナウンスが響く中、ソーナの鋭い視線はモニターの一つ───リアス陣営の本陣である、旧校舎オカルト研究部の部室へと向けられた。

 画面の中には、決戦を前に静かに闘志を滾らせるリアス、朱乃、祐斗、小猫。そして、新たに彼女の眷属に加わった元シスターの少女、アーシア・アルジェントの姿がある。

 

 しかし、今回はそこにもう一人。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を与えられていない、ただの駒王学園の制服を着た一人の人間の少年の姿があった。

 

「……兵藤一誠くん」

 

 ソーナの口から、自然とその名が漏れた。

 

「兵藤一誠。高等部二年生ですね」

 

 主の視線を追った椿姫が、手元のバインダーに目を落としながら補足情報を読み上げる。

 

「学業成績は中の下、運動能力は中の上。これといった素行不良の記録もなく、風紀委員会のお世話になった履歴もゼロ。……本当に、どこにでもいるごく普通の、平凡な生徒です」

 

「平凡、ね」

 

 ソーナはその報告を聞き、わずかに口角を上げて微笑した。

 

「椿姫。あなたは彼が、リアスの口から『当代の赤龍帝の宿主』だと明かされた報告書を読んだはずです」

 

「はい。……にわかには、信じ難い事実ですが」

 

「そう、そこです」

 

 ソーナはモニターの中、壁に背を預けて飄々と佇む少年の姿を見つめた。

 

「神器の中でも最高峰に位置する神滅具(ロンギヌス)。その中でも凶悪と謳われる二天龍の一角をその身に宿しながら、彼は今日この日まで、私たち悪魔の目を完全に欺き、駒王学園という同じ学び舎で『ただの平凡な生徒』として日常をやり過ごしてきました」

 

 それは、運が良かったなどというレベルの話ではない。

 もしも彼が己の力に溺れ、ほんの僅かでもその神器の圧力を外に漏らしていれば、この学園の管理者であるソーナやリアスが気づかないはずがないのだ。それが今まで全くなかったということは、彼が自身の内に眠る暴風のようなその熱量を、日常の裏側で完全に制御し切っていたという何よりの証左。

 

「……普通じゃありませんよ、彼は。リアスがこの、客観的に見て勝率が皆無に等しい絶望的なゲームを受理した理由。その最大の根拠が、あの兵藤一誠という少年なのでしょう」

 

 両家の合意があったとはいえ、魔王たるサーゼクスがわざわざ特例を認め、悪魔の駒を持たない外部の人間である彼を戦場に立たせた意味。それがただの頭数合わせのはずがない。

 

「(でも……ありがとうございます、兵藤くん)」

 

 ソーナは胸の中で、そっと少年に感謝を告げた。

 己の大切な幼馴染のために、種族の壁を越えてその力を盤上に貸してくれた不思議な後輩に対し、彼女は確かな好感と頼もしさを抱いていた。

 

『───これより、ライザー・フェニックス様対リアス・グレモリー様の、レーティングゲームを開始いたします!』

 

 グレイフィアの冷徹なアナウンスが亜空間に響き渡った瞬間。

 メインモニターに映し出された全体マップの戦況が、一気に動き出した。

 先手を打ったのは、新校舎を本陣とするライザー陣営だった。

 

「フェニックス陣営、眷属を二部隊に分割。……一つは『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』、そして『兵士(ポーン)』二名を旧校舎方面への威力偵察として派遣。もう一つは……『戦車(ルーク)』一名、『兵士(ポーン)』三名の計四名からなる部隊を、フィールドの中央───体育館へと差し向けました」

 

「定石通りですね」

 

 ソーナは冷静に戦況を俯瞰する。

 体育館は、新校舎と旧校舎のちょうど中間地点に位置する、視界が開けた大規模屋内フィール ドだ。ここを制圧すれば、前線の拠点にも、遊撃隊の足場にも使える。まずは中央の要衝をリアスたちでは取れない数の暴力で確保し、じりじりと包囲網を狭めていく。いかにも公式戦での経験が豊富なライザーらしい、盤石で嫌らしい横綱相撲であった。

 

 対する、グレモリー陣営。

 

「グレモリー陣営も動きます。……『女王(クイーン)』が上空へ、『騎士(ナイト)』が森の中へ散開。本陣にリアス様と『僧侶(ビショップ)』のアーシア・アルジェントが待機し……前衛として、『戦車』の塔城小猫、および協力者の兵藤一誠が、体育館方面へ直進しています」

 

「……分散?」

 

 ソーナは思わず眉をひそめた。

 

「てっきり、戦力を一点に集中させて局地戦での突破を狙うかと思っていましたが……リアスの狙いは一体……?」

 

 このままでは各個撃破の餌食になるだけだ。チェスの名手でもあるリアスが、そんな初歩的なミスを犯すはずが───。

 そこまで思考し、ソーナはモニターに映る彼らの『動き』に目を奪われた。

 

「(あれは……)」

 

 森の中を駆ける木場祐斗の足運び。

 上空を滑空する姫島朱乃の魔力収束の速度。

 そして、体育館へと続く舗装路を、まるで『騎士』のような目にも留まらぬ速度で疾走する、塔城小猫と兵藤一誠の姿。

 

「……椿姫。各モニターの映像、魔力波形の拡大分析を出して」

 

「は、はい……これはっ」

 

 オペレーター席の椿姫から息を呑む音が聞こえた。

 画面に表示された彼らの生体データは、ソーナの記憶にある十日前のオカルト研究部のものと は、根本から別物に変貌していた。

 魔力の絶対量こそ劇的に増えたわけではない。だが、その身体能力や魔力制御が見違えるほどに洗練されているというのは、最早火を見るよりも明らかだった。

 

「(そうですか、この十日間……)」

 

 強化合宿のため別荘に籠もったとは聞いていたが……彼らはただ単に遊び惚けていた訳じゃなく、自らの弱点を徹底的に洗い出し、今日この日のために血を吐くような特訓を重ねてきたのだろう。

 

「ふふっ」

 

 分散させたのは、愚策だからではない。

 数的不利など、今の彼らの個のスペックであれば十分に単独で捻り潰せるという、確固たる算段に基づいた強気の散開だったのだ。

 

 そして。

 戦場のセンターライン。

 駒王学園における最大の屋内空間───体育館の重厚な引き戸が、両陣営からほぼ同時に開け放たれた。

 

「接触します……!」

 

 椿姫の声が緊張に裏返る。

 メインモニターのカメラが、体育館のコートの中央を捉えた。

 

 フェニックス陣営から足を踏み入れたのは、中華風の衣装に身を包んだライザーの『戦車』雪蘭。そして、彼女の背後に控える三人の『兵士』たち、計四名の悪魔。

 

 対する反対側の扉から悠然と姿を現したのは、グレモリー陣営の『戦車』、塔城小猫。

 そして、その斜め後ろに並び立つ人間、『赤龍帝』兵藤一誠。

 

「4対2……」

 

 ソーナは無意識に、口元に笑みを浮かべていた。

 数字の上では、倍の戦力差。普通に考えれば、対等以上の相手であれば小猫たちが数の暴力に圧倒されて終わる図しか想像できない盤面。

 

 けれど、不思議と彼女の胸の奥に湧き上がっていたのは絶望ではなかった。

 あのどこか飄々とした後輩の背中が、この圧倒的な不条理を前にして、どんな解答を盤上に叩きつけてくれるのかという、震えるような期待感。

 

「……見せてください、リアス。あなたたちの答えを」

 

 誰に届くともわからないソーナの呟きと共に。

 静寂に包まれた体育館のコートの上で、今まさに、レーティングゲーム最初の衝突の火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

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