俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

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13:攻防

 

 

 ゲームの中心に位置する、駒王学園の巨大な体育館。

 天井の窓から差し込む淡い光源だけが頼りの薄暗い屋内コートの中央で、俺と小猫ちゃんは、対面の扉から現れた四つの影と静かに対峙していた。

 

「なるほど。ライザー様の読みは完全に当たっていたようね」

 

 四つの影の先頭に立つ女性が、ふっと冷ややかな笑みを浮かべて口を開いた。

 艶やかな黒髪をシニヨンにまとめ、スリットの入った青色の中華服に身を包んだ、グラマーな体つきの女性悪魔。その全身から立ち上る重厚な戦士としての気配からして、彼女が敵の部隊のリーダー格であることは疑いようもない。

 名前は確か、雪蘭───ライザーのところの『戦車』だったかな。

 

「ただ……まさか、悪魔の駒を持たないただの人間が、本当に今回のゲームに参加して来るとは思ってもみなかったけど」

 

「(……まぁ、想像通りではあったか)」

 

 雪蘭の言葉を聞き、俺は内心で一つ嘆息を漏らした。

 この体育館は、フィールドの中央に位置する重要拠点だ。ここを抑えれば全体の索敵が容易になるし、前線の拠点としても機能する。定石で言えば、絶対に確保しておきたいポイントであることは明白。

 部長の狙いもまさにそこにあったわけだが……相手であるライザーも、公式戦のレーティングゲームを何度も経験している実力者。リアス部長が少数の戦力で一点突破を狙うなら、必ずこの体育館に取りに来ると予見していたのであろう。

 

「(こういう実戦で培った経験値と戦術眼の差はどうしようもない。……だからこそ、それを埋めるための強化合宿だったんだ」

 

 俺は思考を切り替え、隣で臨戦態勢に入っている小猫ちゃんに、視線を向けずに口を開いた。

 

「小猫ちゃん。……悪いけど、あのデカいお姉さん、一人で任せてもいいか? 俺は、その後ろにいる三人の相手をするから」

 

「……は?」

 

 俺の提案を聞いた瞬間、雪蘭の後ろに控えていた三人の『兵士』たちが、露骨に顔を顰めた。

 二対一で格上の『戦車』に挑むならまだしも、ただの人間が、あえて三対一の数的不利を自ら買って出るという本来であれば無謀極まりない提案。

 悪魔としてのプライドを傷つけられたのか、彼女たちの瞳には明確な怒りと不快感が浮かんでいる。

 

 だが、小猫ちゃんはそんな相手とは裏腹に、俺の言葉に一切の迷いを見せることなく静かに頷いてくれた。

 

「……はい。あの『戦車』は、私がやります」

 

「ありがとう。お互い頑張ろうぜ」

 

 俺たちのそのやり取りを見て、雪蘭がスッと目を細め、背後の『兵士』たちに鋭い声で警告を発した。

 

「ミラ、あなたたち三人はあの人間をやりなさい。ただの人間とはいえ、相手は赤龍帝よ。決して気を抜かないように」

 

「……分かったわ」

 

 ミラと呼ばれた棍棒を担いだ和装の『兵士』が、俺を睨みつけながらギリッと歯を鳴らした。

 

 互いの獲物が定まり、体育館に痛いほどの沈黙が降りる。

 薄暗い天蓋の下、相手の筋肉の僅かな収縮や、呼吸のペースを測り合う極限の数秒間。

 

 ───ドッゴォォォンッ!!

 

 不意に、遠く旧校舎の方面から、体育館の静寂を切り裂くような凄まじい爆音が響き渡った。

 おそらく、姫島先輩か木場が仕掛けておいた迎撃のトラップが作動した音だろう。

 

 そして、その爆発音こそが、俺たちにとっての開戦の合図となった。

 

「いきますっ!」

 

 爆音と同時。小猫ちゃんが爆発的な踏み込みで床を蹴り、雪蘭に向かって真っ直ぐに突進する。

 対する雪蘭も、中国武術特有の美しい構えから小猫ちゃんの拳を正面から迎え撃つ。凄まじい質量の打撃音が体育館の中央で響き渡り、二人の『戦車』による熾烈な格闘戦が幕を開けた。

 

 残されたのは、俺と、三人の『兵士』たち。

 

「(さて……どう来るか)」

 

 俺は、足を肩幅に開いたまま、両手をだらんと下げて自然体で立っていた。

 呪力を練り上げるわけでも、戦意を発するわけでもなく、さらには向こうからしてみれば俺の代名詞とも言える赤龍帝の証───神器を展開する素振りすら見せない。

 

 意図的に演出した隙だらけのノーガード。

 この緊迫した戦場において、あまりにも無防備で、緊張感の欠片もない立ち姿。

 

「…………っ!」

 

 その露骨すぎる態度が、相手の逆鱗に完全に触れた。

 

「どこまで私たちを舐めれば気が済むの……っ!」

 

 三人の『兵士』のうち、最も血の気が多そうだった棍棒使いのミラが、怒気を剥き出しにして単独で突貫してきた。

 仲間の二人はミラの予想外の突出に反応が遅れ、その場から一歩も動けていない。

 

「(……よし。釣れた)」

 

 俺は、迫り来るミラを見据えながら、内心でニヤリと笑った。

 『兵士』の特性は、敵陣の奥深くへ切り込むことで他の駒へ昇格(プロモーション)できること。故に昇格さえさせなければ単体のスペックはそこまで高くないが……それでも三人で連携を取られながらジリジリと距離を詰められると、小猫ちゃんが傍にいるこの状況だと下手に術式を扱えないため、少し厄介であることもまた事実。

 だからこそ、俺はあえて三対一という状況を作り出し、その上で神器すら出さずに舐め切った態度を見せつけた。相手のプライドを逆撫でし、一番沸点の低い個体を怒りで我を忘れさせ、こうやって釣り上げて孤立させるために。

 

「喰らいなさい!」

 

 ミラが大きく跳躍し、己の体重と遠心力を乗せた棍棒を、俺の脳天目掛けて力任せに振り下ろす。

 風を圧するような、まともに食らえば頭蓋骨がトマトのように弾け飛ぶであろう重い一撃。

 

「(態々孤立してくれて助かるぜ。……神器は変わらず温存しとくか)」

 

 俺は一切の焦りを見せることなく、全身の呪力の巡りを加速させる。

 棍棒が俺の頭に直撃する、ほんの数センチ手前のタイミング。

 

 スッ、と。

 俺は上半身を極端に前傾させながら、右足から左足へと一瞬で重心をシフトし、落下のベクトルを伴ったミラの棍棒を紙一重で回避した。

 

「なっ……!?」

 

 力任せのフルスイングを空振らされたミラは、己の攻撃の遠心力に引っ張られるようにして、完全に前のめりに体勢を崩した。

 そのガラ空きになった懐の死角へ、俺は音もなく滑り込む。

 

「(爺ちゃん直伝の格闘術───そこに、呪力強化をひとつまみ)」

 

 俺は相手の足元に深く沈み込み、両手を床に突いて己の身体を軸の支えにする。

 そして、その両手を支点にしてコマのように身体を回転させながら、下段から相手の顎先をカチ上げるような変則的な一撃(卍蹴り)を放った。

 

 ゴギャッ、と骨が軋むような鈍い破砕音が、体育館に響き渡る。

 呪力強化も相俟って質量と速度を通常時よりも大きく強化された俺の右足は、前のめりに崩れていたミラの顎を的確に打ち抜き、その衝撃で彼女の身体を宙に舞い上がらせた。

 

「あ、がっ……!?」

 

 脳を激しく揺らされ、意識の糸を完全に断ち切られたミラは、受身を取ることもできずに床にドサリと崩れ落ちる。

 ピクピクと痙攣した彼女の身体が、直後、淡い光の粒子に包まれた。悪魔の駒のシステムが致命傷と判断し、彼女を強制的に安全圏へと転移させたのだろう。

 

「「ミラっ!?」」

 

「嘘でしょ……ただの一撃で……!?」

 

 残された二人の『兵士』が、信じられないものを見るような目で俺を凝視している。

 遠くで小猫ちゃんと打ち合っていた雪蘭も、味方の突然のリタイアに一瞬だけ動きを止めて驚愕の表情を浮かべていた。

 

「さて。……これで残りは二人だな」

 

 俺はゆっくりと床から立ち上がり、制服のズボンについた埃を手で払いながら、瞠目している二人の『兵士』を静かに一瞥するのだった。

 

 

 

 

 

 

『───ライザー様の『兵士』一名、リタイア』

 

 フィールド全体に、司会進行役であるグレイフィアの冷徹なアナウンスが響き渡った。

 

「……ほう。開始早々、こちらの駒が取られたか」

 

 ライザー陣営の本陣───新校舎の最上階に位置する学長室。

 その部屋の中央に置かれた豪奢な革張りのソファに深く腰を下ろし、足を組みながら優雅に寛いでいた金髪の青年、ライザー・フェニックスは、アナウンスを聞いて面白そうに口角を上げる。

 

 リタイアしたのは、体育館へと向かわせた四名のうちの一人、棍棒使いのミラだった。

 

「やられたのはミラか。俺の眷属の中ではまだまだ経験不足で血の気の多い娘だが……それでも、開始から僅か数分で落とされるとはな」

 

 ライザーはこれといった動揺を見せることなく、喉の奥で低く笑った。

 十日前にオカルト研究部の部室に乗り込んだ際、リアスとその眷属たちは、ライザーの目から見ればまるで素人の寄せ集めだったのだが……それを、この十日という短期間で見違えるように実力を向上させたことには、ライザー自身素直に称賛の念を溢さざるを得なかった。

 

「せっかくの婚前ゲームだ、そうでなくちゃ面白くない」

 

 それでも、ライザーの態度は依然として余裕そのもの。

 いくら個々の兵が力をつけようとも、所詮は十五対六という絶対的な戦力差。盤面の有利が揺らぐことなどあり得ないからだ。

 

 ピピッ、と。耳元に装着した小型の通信用の魔道具が駆動音を鳴らす。

 各地に散らした眷属たちからの、定期報告の通信だ。

 

『ライザー様。旧校舎方面へ威力偵察に向かった部隊からの報告です。上空に『女王』、森の中に『騎士』の反応を確認。それぞれ交戦状態に入りました』

 

 通信機越しに響くオペレーター役の眷属からの報告を受け、ライザーは脳内に展開したチェス盤の駒を動かす。

 

「リアスの懐刀である雷の巫女と、あの金髪の騎士か。……旧校舎へ向かわせた部隊には、そのまま足止めを命じろ。勝つ必要はない、向こうの体力を削りながら陣形に釘を刺しておくだけで十分だ」

 

『御意』

 

 ライザーはそのまま、体育館のある方角へと視線を向ける。

 リアスが朱乃たちを遊撃と防衛に回したということは、体育館に現れた『戦車』の小猫と人間の協力者は、この本陣を落とすための切り込み隊長かと予測した───その直後だった。

 

『───ライザー様の『兵士』二名、リタイア』

 

 再び、フィールド全域にグレイフィアのアナウンスが響き渡った。

 落ちたのは、先程と同じく体育館へ向かわせた部隊の残りの『兵士』二名。

 

「……ほう」

 

 ライザーの眉が、ここで初めて僅かに動いた。

 いくら格上の『戦車』である塔城小猫が相手とはいえ、自陣の『戦車』である雪蘭が同格として抑え込んでいるはずの盤面で、三人の『兵士』が一方的に蹂躙されるなどあり得ない。

 ならば、その三人を落としたのは、小猫の付き添いとして現れたあの人間の協力者ということになる。

 

「……ククッ、人間風情が。赤龍帝の力を借りて、少しばかり調子に乗っているようだな」

 

 ライザーは嘲るように鼻で笑った。

 確かに、二天龍の力を宿す神滅具の出力は未知数だ。歴史を辿っても、彼らの生きた場所には未だに破壊の痕跡が色濃く刻まれている地域も多いと聞く。

 

 だが、所詮はただの人間なのだ。

 生まれ持った肉体の強度も、魔力の下地も、悪魔とは比べ物にならないほど脆い生物。自分の『兵士』を数人降す程度の実力はあるようだが、それもまぐれ当たりか、奇襲が成功したに過ぎないのは明白。

 

「ユーベルーナ。聞こえているか」

 

 ライザーは通信機のチャンネルを切り替え、自身の最強の矛である『女王』へと呼びかけた。

 

『はい、ライザー様。上空にて待機しておりますわ』

 

 通信の向こうから、色気を帯びた艶やかな声が返ってくる。

 

「体育館に向かわせた眷属たちは、このまま捨て駒にする。……ユーベルーナ、お前は魔術の準備を整えておけ」

 

『あら……よろしいのですか? 体育館にはまだ、雪蘭が残っておりますけれど』

 

「構わん。敵の切り込み隊を確実に削れるなら安い代償だ。雪蘭も、自身の役目は理解しているはずだ」

 

『ふふっ……承知いたしました。ライザー様のお心のままに』

 

 通信を切り、ライザーはゆっくりとソファから腰を上げ、学長室の巨大な窓ガラスの前に立つ。眼下には、月明かりに照らされた体育館の無骨な屋根が見えていた。

 

「(それに……仮にこのまま、リアスたちが俺の眷属を全て撃破したところで、結果は何も変わらない)」

 

 ライザーの顔に、フェニックスという血統の絶対的優位から来る、慢心と傲慢さに満ちた笑みが浮かぶ。

 フェニックスの代名詞である、完全なる再生能力。そして、持ち込みを許可された回復アイテム『フェニックスの涙』。

 どれだけ自陣の駒が減ろうとも、どれだけ敵の火力が上回っていようとも、彼らが大将であるライザーを追い詰めることなど絶対に不可能なのだ。

 

 それはたとえ、眷属たちの連携を極めようと、赤龍帝の力を借りようと結果は同じ。

 

「身の程を知れ、リアス。フェニックスの炎の前に、君の足掻きなんてただのお遊戯に過ぎない」

 

 ライザーが窓際で独り言ちた、その数分後。

 

『ライザー様。魔力収束、および照準の準備が完了いたしましたわ』

 

 ユーベルーナからの報告が入った、まさにその直後だった。

 

『───ライザー様の『戦車(ルーク)』一名、リタイア』

 

 体育館で交戦していた雪蘭が、塔城小猫によって撃破されたことを告げるアナウンス。

 

「……やれ」

 

 ライザーは、歪んだ笑みを浮かべたまま、短く非情な命令を下した。

 

 次の瞬間。

 会場の夜空を、極大の閃光が真昼のように照らし出した。

 ユーベルーナが上空から放った、幾重にも及ぶ炎の爆撃魔術。それは一直線にフィールドの中央へと降り注ぎ───体育館の強固な屋根を紙屑のようにぶち破り、その内部へと直撃した。

 

「ククッ……ははははっ!」

 

 地響きと共に、体育館そのものが巨大な業火に包まれ、内側から爆発四散する。

 学長室の分厚いガラス窓すらビリビリと震えるほどの凄まじい衝撃波。

 

「素晴らしい威力だ、ユーベルーナ」

 

 吹き飛んだ体育館の残骸から、轟々と立ち昇る真っ黒な煙。

 その破滅的な光景を窓際から見下ろしながら、ライザーは満足そうに肩を揺らして笑みを溢した。

 いかに防御力に優れた『戦車』といえど、あれほどの大爆発を無防備に食らえばひとたまりもない。ましてや、人間の肉体しか持たない赤龍帝のガキなど、炭化して跡形もなく消し飛んでいるはずだ。運営側が強制転移(セーフティ)を発動させる暇すら与えなかったかもしれない。

 

 ───しかし。

 三十秒、一分と。待てど暮らせど、グレモリー眷属のリタイアを告げるグレイフィアのアナウンスは一向に響かなかった。

 

「……どういうことだ?」

 

 ライザーは首を傾げ、怪訝な顔で通信機に触れた。

 

「ユーベルーナ。リアスの眷属たちはどうなった?」

 

『……申し訳ありません、ライザー様。どうやら、赤龍帝の坊やに魔術の気配を勘付かれていたようですわ』

 

 上空から体育館の残骸を観察しているユーベルーナから、僅かに苛立ちの混じった返答が届く。

 

『咄嗟の判断で、坊やが『戦車』の子を庇って、爆発の直撃を逸らされてしまいました。どうやって生き延びたのかは分かりませんが……あの子たち、瓦礫の中から立ち上がって、こちらを睨みつけていますわ』

 

「チッ……しぶとい奴らだ」

 

 ライザーは舌打ちを漏らす。

 だが、ユーベルーナの報告はそこで終わらなかった。

 

『───と言っても、ただではすまなかったようですけれど』

 

 ユーベルーナの声に、嗜虐的な響きが混じる。

 

『『戦車』の子には傷一つありませんが、彼女を庇った赤龍帝の坊やが、右腕にかなりの重傷を負っています。出血も酷く、あれではもう、満足に腕を動かすことはできないでしょう』

 

「……ほう、右腕か」

 

 その報告を聞いた瞬間、ライザーの不機嫌な顔が、再びパッと明るいものへと塗り替えられた。

 赤龍帝の証たる、倍加の神器。それが宿るのは左腕だが、人間の肉体において、片腕を失うということは戦闘能力の著しい低下を意味する。何よりも、リアスが最大の切り札として頼みにしていた協力者が、開始早々に重傷を負ったのだ。

 

「ハハハッ! お手柄だ、ユーベルーナ」

 

 腹の底から湧き上がるような哄笑が、学長室に響き渡る。

 ライザーは自身の最強の『女王』を大いに労いながら、再び余裕に満ちた表情でユーベルーナに指示を下した。

 

「そのまま赤龍帝の小僧には引導を渡してやれ」

 

『はい。お任せくださいませ』

 

 通信が切れ、静寂の戻った学長室。

 ライザーは窓際から離れると、己の身に纏う魔力の色を、一段階強固なものへと引き上げた。

 

「……さて。これで奴らの切り札も潰れたことだし」

 

 負傷した人間と、ユーベルーナへの対抗策を持たない小猫。

 二人のリタイアが決定的なものだと察したライザーは、ソファから立ち上がると、対戦相手の『王』が座す旧校舎へと視線を向けた。

 

「───今行くぜ、愛しのリアス」

 

 敗北の可能性など万に一つと存在しないと言わんばかりに……不死鳥の悪魔は、既にこのゲームの勝利を確信していた。

 

 

 

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