俺は兵藤一誠、呪術師だ! 作:朝日
少しだけ、時間を遡る。
それは、木場と小猫が校庭でライザーの眷属たちと激突し、朱乃が旧校舎の森林でライザー本人と対峙していた、まさにその裏側の出来事のこと。
吹き飛ばされた体育館の無惨な瓦礫の山を舞台に、兵藤一誠とフェニックス眷属最強の『
「フフッ、どうしましたの? 先程までの威勢はどこへ行ってしまったのかしら!」
夜空を縦横無尽に飛び回るユーベルーナが、手にした魔杖を振るう。その先端から生み出された無数の炎の爆撃が、雨霰のように地上へと降り注いだ。
対するイッセーは、轟音と共に爆ぜる瓦礫の隙間を縫うように駆け抜け、直撃を紙一重の体捌きで回避し続ける。そして僅かな隙を突いては、無事な左手を振り抜き、不可視の斬撃である『解』を上空へと飛ばし返していた。
しかし、その戦況はイッセーにとって決して芳しいものではなかった。
先の一撃で右肩の肉を深く抉られたユーベルーナは、未知の力である呪術の射程と威力を極度に警戒し、絶対に地上へは降りてこない。安全圏である上空から、持ち前の機動力を活かしてひたすらに広範囲の爆撃魔術を垂れ流し続けるという、徹底したヒットアンドアウェイの戦術に切り替えていたのだ。
ズドドォォォォンッ!!
イッセーの背後で爆発が起こり、その凄まじい熱波と爆風が彼の身体を前方に吹き飛ばす。
空中で体勢を立て直し、足裏に呪力を込めて着地の衝撃を殺すイッセー。しかし、その激しい機動の反動で、ダラリと垂れ下がったままの右腕の傷口から、ドクンッと嫌な拍動と共に鮮血が噴き出した。
イッセーの顔に、微かに冷や汗が浮かぶ。
呪術師の肉体を修復する高等技術───負のエネルギーである呪力を掛け合わせ、正のエネルギーを生み出して肉体を治癒する『反転術式』。
残念ながら、現在のイッセーはその技術を会得していない。痛覚を無視して無理やり身体を動かすことはできても、物理的に流れている血を止めることは不可能だった。
このまま無為に戦闘が長引けば、いずれ出血多量による急激なパフォーマンスの低下、あるいは意識混濁が始まる。最悪の場合、ゲームの進行を司るグレイフィアから『失血死の危険あり』と判定され、強制的にフィールドから
そして、そのタイムリミットに気がついているのは、イッセーだけではない。
「(ええ、無様に逃げ回りなさいな。貴方の血が全て地面に吸い込まれるまで、こうして安全圏から炙り続けて差し上げますわ)」
上空で優雅に微笑むユーベルーナの瞳には、一切の焦りがなかった。
彼女の懐には、主であるライザーから預かっている回復アイテム『フェニックスの涙』がある。その上で、無理にリスクを冒してイッセーの首を直接狙わず、こうして上空から爆撃を散らしイッセーが出血で勝手に自滅するのを待つ。それが最も確実で安全な必勝法であると、彼女の聡明な頭脳は判断を下していた。
無論、地上で血を流し続けるイッセーが、その盤面の不利を理解していないはずがない。
「(……そろそろ頃合いだな)」
ジリ貧を悟ったのか、イッセーは大きく息を吸い込み、全身の呪力を両足へと一気に集束させた。
対するユーベルーナは、その
「(そう、あなたは来るしかない。……でも、少しばかり判断が遅かったですね)」
イッセーの取るべき窮余の一策を、しかしユーベルーナは完璧に予見していた。
彼女の周囲、夜空の空間に僅かな魔力の揺らぎが生じている。先のイッセーの不可視の斬撃に倣ったのか、彼女は自身の身の回りの空間に、不可視の爆撃魔術を地雷のように幾重にも張り巡らせていたのだ。
もしイッセーが彼女を仕留めるために上空へと飛び込めば、その瞬間にそのトラップが一斉に起爆し、彼女諸共イッセーの身体を消し飛ばす。自身の魔力で生み出した炎である以上、ユーベルーナ自身にはある程度の耐性があり、万が一致命傷を負ったとしても『フェニックスの涙』を飲めば即座に全回復できる。
それこそが、自爆覚悟の彼女の必勝の理であった。
ダンッ、とイッセーが瓦礫を強く踏みしめ、両足の裏から莫大な呪力を爆発的に噴射させた。
空気を蹴り破るような轟音と共に、一時的に強力な推進力を得たイッセーの身体が、まるで対空ミサイルのように夜空へと跳躍し───一瞬にして、上空を飛ぶユーベルーナの眼前へと到達した。
「なっ……!?」
ユーベルーナの顔に、驚愕が張り付く───否。それはイッセーを罠へと誘い込むための演技に他ならない。
イッセーが彼女の間合いに完全に踏み込んだ瞬間。ユーベルーナの顔から驚愕がスッと消え去り、勝利を確信した嗜虐的な笑みが浮かび上がる。
「引っ掛かりましたねっ! そのまま灰も残さず消し飛びなさい!!」
彼女が魔杖を振り下ろすと同時。
二人の周囲の空間に潜んでいた無数の不可視の魔法陣が、一斉に真っ赤な光を放ち、起爆の収束音を鳴らした。
瞬きの後には、逃げ場のない爆撃の嵐が人間の身体を呑み込み、完全に炭化させる。彼女はそう信じて疑っていなかった。
だが。
爆撃の嵐が巻き起こる、その刹那。
空中に留まるイッセーは、ユーベルーナの瞳を真っ直ぐに見据え、逆にしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ言葉を告げた。
「───引っ掛かったのは、あんたの方だよ」
「……え?」
キキキンッ。
空中で、硬質なガラスが砕け散るような甲高い音が連鎖した。
それは、今にも起爆寸前だったはずの無数の魔法陣が、イッセーが左手の手掌を向けるどころか、ただ空中に佇んでいるだけで、まるで目に見えないミキサーにでも放り込まれたかのように、一瞬にして細切れに斬り裂かれ、発動前に霧散してしまったのだ。
「な……あ……っ!?」
ユーベルーナの顔に、今度こそ本物の、理解の範疇を超えた事象に対する底知れない恐怖と驚愕が浮かび上がった。
「(魔法陣を斬られた? 何のモーションもなしに? 手掌で指向性を定めなければ、あの術式を使えないはずではなかったの!?)」
混乱でその動きを停止させた彼女の耳元に、イッセーは顔を近づけ種明かしを囁いた。
「俺の『
「あ……」
───右手が使えないと指向性が定まらない、ブレる。
そう。あくまでブレるだけで、イッセーは何かを介さなければ術式を使えないとは一言も告げていなかった。
今までひたすら手掌を使ってユーベルーナに斬撃を放っていたのは、彼女に手を介さなければ術式を使えないと思わせるためのブラフであり、ユーベルーナが勝利を確信して油断するこの瞬間を、イッセーはただ待っていただけに過ぎなかった。
「終わりだ、『爆弾女王』」
イッセーは、完全に無防備となったユーベルーナの豊満な胸に、そっと左手を添えた。
そして、自身の呪力量と対象の強度に応じて、自動で最適な一太刀を放つもう一つの斬撃の銘を告げた。
「捌」
バツバツバツッ、とイッセーの左手が触れた箇所を起点に───ユーベルーナの全身を、格子状の斬撃が容赦なく駆け巡った。
「あ……が、ぁ……っ」
悲鳴を上げる間もなかった。
『フェニックスの涙』を使う隙すら与えない、文字通りの一撃必殺。
全身から鮮血を噴き出し、意識を完全に刈り取られたユーベルーナの身体が、システムによる強制転移の光に包まれ始める。
イッセーは彼女の身体が光に溶けて消え去る直前。
その胸元の谷間に隠されていた小瓶───『フェニックスの涙』を、左手で素早く抜き取った。
『───ライザー様の『女王』、リタイア』
グレイフィアのアナウンスが夜空に響き渡る中。イッセーは奪い取ったフェニックスの涙を自身の制服の胸ポケットにしまい込み、重力に従って校庭の隅へと静かに着地した。
「ユーベルーナ……?」
不意に、その背後から悲痛な声が鼓膜を揺らした。
イッセーが思わず振り返れば、そこには豪華なドレスに身を包み、金髪の縦ロールを揺らす一人の少女がへたり込んでいる。
顔立ちはライザーにどことなく似ており、イッセーが脳裏の記憶を辿ってみれば、彼女が合宿でリアスたちと見たライザーの過去の公式戦のビデオ映像に記録されていた、ライザーの実妹にしてフェニックス陣営の『僧侶』の一人、レイヴェル・フェニックスだと分かった。
レイヴェルは、今まさに自陣の最強の駒が消え去った夜空と、血塗れで平然と立っている人間の姿を交互に見比べ、信じられないと言わんばかりに絶句していた。
「赤龍帝とは言え……ただの人間相手に、私たちの『女王』が負けるなんて……そんなこと……っ」
ガクガクと震える彼女の瞳には、未知の存在への恐怖と混乱が渦巻いている。
「……次は、あんたが俺の相手か?」
イッセーが血の滴る右腕を下げたまま、一切の感情が宿ってないフラットな声で問いかければ、レイヴェルは「ひっ」と短い悲鳴を上げて一歩後ずさった。
その青褪めた顔と、全く戦意を感じさせない立ち姿を見て、イッセーは小さく息を吐く。
「(そういやビデオで見た時も、この子は本陣の安全圏で戦況を見学してるだけで、直接戦うような子じゃなかったっけな)」
敵の『僧侶』とはいえ、完全に戦意を喪失している女の子に手を上げる趣味はイッセーにはない。
「戦うつもりがないなら、俺は行かせてもらうよ」
イッセーはレイヴェルに対する興味を完全に失い、それ以上の言葉を交わすことなく彼女に背を向けた。
「(さて、どっちの援護に向かうべきか……)」
ユーベルーナの一撃から小猫を庇った際、イッセーに与えられた通信機は爆撃に巻き込まれ既に機能不全に陥っている。
そのため今の彼に状況を知る術はグレイフィアのアナウンス以外に存在せず、前方と後方、どちらからも仲間たちが戦っている気配をひしひしと感じていたイッセーは───僅かな思考の後に判断を下し、再び夜の学園を駆け出すのだった。
▽
『───ライザー様の『女王』、リタイア』
静寂に包まれた旧校舎裏の森に、グレイフィアの無情なアナウンスが響き渡った。
その直後。信じられないものを見るかのように硬直していたリアスと朱乃の顔に、歓喜と希望の色がパァッと広がった。
「(イッセーが……相手の『女王』を倒してくれたんだわ……っ!)」
既にリアスの耳には、小猫が木場の援護に向かう前に報じた通信で、イッセーが相手の『女王』と一騎打ちを演じているということは認知している。故にこそ、リアスは胸の中で、自陣の協力者である少年の名を満腔の感謝と共に溢さずにはいられなかった。
戦力差は依然としてライザー陣営が上だが、相手の最強の駒が倒れたという事実は、グレモリー陣営の士気を爆発的に高めるには十分すぎる吉報であるのだから。
「……チッ」
一方、圧倒的な余裕を崩さなかったライザーの顔からは、傲慢な笑みが完全に消え失せていた。
舌打ちと共に、彼の端正な顔立ちが深い不機嫌さに歪む。どれだけ力を付けようとも、所詮はレーティングゲーム未経験の初心者の集まりだと見下していたリアスの眷属たち相手に、自身の陣営が盤面で明確に押されているという覆しようのない事実が、圧倒的優位を以ってこのゲームに望んでいるという自負のあったそのプライドを酷く逆撫でしたのだ。
「どうやら、想定以上のイレギュラーが起きているらしい。……お遊びはここまでだな」
ライザーが低く呟いた、その瞬間。
彼の身体から、これまでとは比較にならないほど濃密で暴力的な、フェニックスの『炎』と『風』の魔力が嵐のように吹き荒れた。
「きゃあっ!?」
突風と熱波が混じり合った凄まじい魔力波。リアスたちは思わず腕で顔を覆い、後退する。
ゴオォッ!! という轟音と共に、周囲一帯の森の木々が瞬く間に灰燼に帰し、朱乃が事前に仕掛けておいた幾重もの迎撃トラップすらも、発動する間もなく文字通り全て燃やし尽くされてしまった。
「(これが……ライザーの本気……っ)」
歓喜に沸いていたリアスの背筋に、冷たい汗が伝う。
だが、絶望する必要はない。現時点でライザーの周囲に他の眷属たちの姿はなく、こちらは自分と朱乃、そして回復薬のアーシアの三人が揃っている。圧倒的有利な状況であることに変わりはないのだ。
「朱乃! 作戦通りにいくわよ!」
「はいっ、部長!」
リアスたちが合宿で立てた対フェニックス戦の基本戦術。それは、再生の暇を与えず、相手の心が折れるまでひたすらに高火力を叩き込み続けるというスタミナ切れを狙う力技だ。
リアスの両手に赤黒い『滅びの力』が、朱乃の全身に黄金の『雷』が極限まで凝縮される。
しかし───その必殺の構えを見たライザーは、酷く呆れたように、これ見よがしな深い溜息を吐き出した。
「……俺たちフェニックスは、如何なる傷をも再生し蘇る力を持っている。だが、その『心』までは無敵ではない。君の見立て通り、俺の精神を完全に折るほどの攻撃を喰らわせ続ければ、俺を倒せるという考えは紛れもない真実だ。……けどな、リアス」
ライザーの瞳に、公式戦を何度も潜り抜けてきた先達としての、冷たい光が宿る。
「俺が過去、レーティングゲームで戦ってきた相手が、そんな単純な戦法を誰も取らなかったとでも思っているのか?」
「「はぁぁぁぁぁっ!!」」
リアスと朱乃が同時に放った、滅びの魔力と雷の奔流が合わさった極大の一撃。
それがライザーの身体を呑み込もうとした瞬間───ライザーは顔色一つ変えることなく、右手に纏わせた業火をただ無造作に、払いのけるように横に振るった。
「なっ……!?」
リアスたちの渾身の合わせ技が、ライザーの業火の壁に衝突した途端、まるで子供の玩具でも弾き飛ばすかのように、呆気なく軌道を逸らされ明後日の方向へと霧散してしまった。
「君たちのその戦法には、大きな穴がある」
驚愕に目を見開くリアスたちに向け、ライザーが残酷なまでの現実を宣告する。
「それは、俺という対戦相手が、何もせずただ案山子のように君たちの攻撃を『喰らい続けてくれる』という、致命的なまでの思慮不足だ」
「っ……!」
「確かに、今の君の滅びの力を真正面から無防備に喰らい続ければ、俺だっていつかは息切れするだろう。だが、それはあくまで喰らい続ければの話だ。それなら、そうさせないようにこうして抵抗し、弾き飛ばすだけのこと」
自分たちの十全を考えるあまり、相手がどう動くか、どう対応してくるかという盤面の変化をまるで視野に入れていない。
「ゲーム初心者が陥りやすい、典型的な理想論だ。……俺はこれまで、そうやって思い上がった奴らを何度も返り討ちにしてきた」
ライザーの底冷えするような言葉が、リアスの心に重くのしかかる。
相手はフェニックスの再生能力以前に、純粋な魔力出力と戦闘経験において、自分たちとは比べ物にならない域にいるのだという圧倒的な現実。
「そして、自分たちの作戦の穴を指摘され、現実を突きつけられた奴らは───今の君のように、必ず一瞬の『空白』を生み出してしまう」
だから、こうなる。
そう言葉を続けたライザーの姿が、まるで陽炎のようにリアスの視界からかき消えた。
「っ、アーシア!?」
リアスがその最悪の可能性に気づいた時には、既に遅かった。
思考の隙を縫って、いつの間にかリアスたちの背後へと回り込んでいたライザーの手が、対フェニックスにおいて絶対的な生命線であったアーシア・アルジェントの背中を、問答無用の業火で包み込んでいた。
「──────っ」
言葉すらなく、アーシアの小さな身体が炎に焼かれ、致命傷と判断したゲームのシステムが、即座に彼女を強制転移の光で包み込む。
『───リアス様の『僧侶』一名、リタイア』
グレイフィアのアナウンスが響き渡る。
自身の油断で、一番守らなければならなかった庇護対象をみすみす落とされた。
その事実に、情愛に深い一族とされるグレモリー家、その次期当主であるリアスの理性が弾け飛んだ。
「ライザーァァァァァァッ!!」
リアスの瞳に赫怒の炎が燃え上がり、滅びの力を乱気流のように暴走させてライザーへ突撃しようとする。
だが、その身体を、隣にいた朱乃が間一髪で羽交い締めにして制止した。
「駄目です部長! 落ち着いてください!!」
「離して朱乃! あいつは、あいつだけは私がっ!!」
もがくリアスと、必死に引き留める朱乃。
その様子を眺めながら、ライザーはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……眷属に恵まれたな。もしも君がそのまま怒りに身を任せて突っ込んできていれば、今頃まとめて焼き払っていたところだ」
ライザーは手元の炎を弄びながら、冷淡な視線をリアスへ突き刺す。
「情愛が深いのは君の『王』としての魅力でもあるが……それを時と場合で割り切れなければ、こうして致命的な弱点にもなり得る。……君がレーティングゲームで活躍したいと言うのなら、努々忘れないことだな、リアス」
どこまでも冷静な、レーティングゲームの先達としての正論。
ぐうの音も出ないほどの敗北感を突きつけられ、リアスは苦汁を呑まされたようにギリッと唇を噛み締めた。
「……部長、一度退きましょう。ここで彼と真っ向からやり合うのは危険すぎます」
朱乃が冷静な判断を下し、撤退を促す。
しかし、それを許すライザーではなかった。
「悪いが、これ以上俺の可愛い眷属たちが君の眷属たちに潰される前に、ここで勝負を終わりにさせてもらう」
ライザーの全身から、先程とは比較にならないほどの殺意を伴った業火が膨れ上がる。
そうして一切の予備動作なく放たれたその一撃は、宣言通り全てを終わらせる巨大な炎の津波となってリアスたちを呑み込まんと唸りを上げ、瞬きの後には彼女たちの眼前にまで迫って来ていた。
「(……っ)」
迫り来る圧倒的な死の壁を前にして。
しかし、リアスの脳裏には、この一撃を避けたところで、その後にライザーを相手に勝てるビジョンが欠片も思い浮かばなかった。
動かなければ、避けなければ負けると分かっているのに、現実を突き付けられ無意識の内に心が折れかけていた彼女の両足は、鉛のように重く地面に縫い付けられてしまっていた。
「リアスッ!!」
絶望に染まるリアスの視界を、バサリと広げられた悪魔の翼が遮った。
今まで自分を支え続けてくれた親友、姫島朱乃。彼女は自身の肌が炎で激しく焼かれることを一切厭わず、リアスとライザーの間に駆け込み、その業火を幾重もの防御結界と自身の肉体で受け止めていた。
「あ、朱乃……っ」
「しっかりなさい、リアス!」
炎に焼かれ、苦痛に顔を歪めながらも。朱乃は力強い声で、諦めかけていた主へと喝を入れた。
「まだ祐斗くんと小猫ちゃんが……そして、私たちのために協力してくれたイッセーくんが、あなたの見えない場所で命を懸けて戦っているのよ! なのに『
その言葉が、雷のようにリアスの脳天を撃ち抜いた。
『───だから、部長も最後まで、絶対に勝利を諦めないでくださいね』
決戦前夜の合宿。二人きりのリビングで、あの真っ直ぐな瞳をした人間の少年と交わした、たった一つの約束。
あの時、自分は何と返したのか。どれほど誇らしい気持ちで、その背中を見つめていたのか。
「(そうよ。……私は、グレモリー家の次期当主で、この子たちの主。そしてオカルト研究部の、
リアスの瞳に、再び王としての気高く強い光が宿る。
彼女は固まっていた足を前へ踏み出し、限界を迎えかけていた朱乃の背中越しに、極大の滅びの力を撃ち放った。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
一筋の赤黒い閃光が、ライザーの業火を強引に撃ち払い、彼を数メートル後方へと退かせる。
しかし、結界を維持し続けた朱乃の体力は既に限界を迎えていた。
「……ほんと、世話の焼ける主様なんだから」
朱乃は満足そうに微笑むと、その身体が淡い強制転移の光に包まれ始めた。
「───朱乃、ごめんなさい。そして、ありがとう……。私、絶対にこのゲームに勝ってみせるから」
リアスが涙を堪えて誓いを立てると、朱乃は「後は頼みます、部長」と言葉を残し、完全に光となってリタイアしていった。
『───リアス様の『女王』、リタイア』
静寂が戻った焼け野原に、リアスはたった一人で立ち尽くしていた。
「自らを犠牲にして主を守るか。……最後まで、見事な忠臣だったな」
朱乃の奮闘を、一人の『王』として称賛していたライザーが、再び余裕の笑みを浮かべて前に出る。
「それで? 頼りの『女王』も失い、まさかたった一人で俺に勝つつもりでいるのか?」
そう言って、嘲笑うライザーの言葉に。
しかし、リアスは真っ直ぐにライザーを睨み返し、誇らしげに言葉を返した。
「……一人じゃないわ。
「なに?」
リアスが月明かりの差す夜空へと視線を向けた、その直後。
ズサァ、と凄まじい脚力で跳躍してきた一つの影が、主のリアスを護るようにライザーの目の前へと降り立った。
「───そうよね、イッセー」
土煙を払いながら立ち上がったその人物。
駒王学園の制服を血に染めながらも、その口元に一切の恐怖を感じさせない不敵な笑みを携えた赤龍帝───兵藤一誠が、そこにいた。
「もちろん。オカルト研究部の底力、ここからたっぷり見せつけてやりましょうよ」
頼もしき協力者の到着により。
絶望に染まりかけた盤面が、最終局面へ向けて大きく動き出そうとしていた。