俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

16 / 16
16:火力勝負

 

 

 全てを灰燼に帰すかのような業火が吹き荒れた旧校舎裏の森林跡地。

 木々が炭化し、黒煙が燻るその凄惨な焼け野原の中心で、絶望の淵に立たされていた紅髪の主の前に、一人の少年が降り立った。

 

「イッセー……」

 

 頼もしい協力者の背中を見つめながら、リアス・グレモリーは震える声で再度その名を呼んだ。

 今、彼女の視界に飛び込んでいるのは、イッセーの右腕の無惨な姿だった。制服の袖はボロボロに焼け焦げ、肉は深く裂け、指先からとめどなく血が滴り落ち足元の焼け焦げた大地に赤黒い水たまりを作っている。

 通信でも入っていた、小猫を庇った際に負ったという大怪我。さらには、あの状態のまま上空を飛び回る『女王(クイーン)』を相手に一戦終えてきたばかりなのだ。彼がどれほどの痛みを堪え、どれほどの血を流してきたのか……想像するだけでもリアスの胸が締め付けられた。

 

「(ごめんなさい、イッセー)」

 

 リアスは静かに、内心で荒ぶる激情を抑えつけながら謝罪の言葉を吐きだした。

 敢えてそれを言葉にしなかったのは、イッセーがそんな謝罪を望んでいないことをその後姿を見て確信していたこと、そして今、この場でそんな感傷は不要であることを、一人の『王』としてリアス自身が認知していたからだった。

 

「朱乃とアーシアは撃破(テイク)されたわ。……まだ、戦えるわよね?」

 

 それでも隠し切れない『王』としての己の不甲斐なさ。それを無意識に懺悔するかのようなリアスの声は、微かに震えていた。

 しかし、その言葉を聞いた一誠は、振り向くことも、驚くような素振りを見せることもない。

 

「……だったら、なおさら負ける訳にはいかないっすね」

 

 イッセーは、自身の痛みなど微塵も感じていないかのような、いつもの飄々とした声で言葉を返した。

 責めることも、悲観することもない。ただ、前だけを見据えて主を鼓舞する力強いその背中に、リアスの胸中に溜まっていた最後の暗雲がスッと引いていく。

 

 そうだ。彼がこれほどの傷を負ってまで自分のもとへ駆けつけてくれたのに、王である自分が弱音を溢している場合ではない。

 リアスはその言葉に強く頷き、再び燃え上がるような戦意をその双眸に宿した。

 

 そんな二人のやり取りを、前方から不機嫌そうに、そしてひどく怪訝そうにライザーは眺めていた。

 

「……仮にも、かの赤き龍を宿す者か」

 

 ライザーは、自身の完璧な勝利への盤面を幾度も狂わせた目の前の人間を、初めて値踏みするように真っ直ぐ見据えた。

 

「まさか、ユーベルーナまでやられるとは思いもしなかったよ」

 

 その言葉には、一切の虚勢が含まれていない。

 フェニックス陣営の最強の矛であり、これまでの対戦相手の悪魔たちですら軽々と屠って来た爆撃魔術の使い手であるユーベルーナ。それが、神器持ちとは言えただの人間、しかも片腕を潰された状態の相手に単独で討ち取られたという事実は、ライザーの常識を根底から覆す異常事態だった。

 心のどこかで『赤龍帝と言えども所詮は人間のガキ』と侮っていた自身の認識を改め、ライザーは目の前の人間を一つの『脅威』として確かに認めていた。

 

 ───しかし。

 

 それも束の間、ライザーの端正な顔立ちに、再び余裕に満ちた笑みが浮かび上がる。

 彼が向けるその視線の先には、イッセーの右腕───ズタズタに引き裂かれ、今この瞬間も血を流し続けている深刻な傷跡があった。

 

「……と言っても、既に満身創痍のお前に、何か出来ることがあるとは思えんがな」

 

 悪魔と違い、人間の肉体はひどく脆い。あれほどの出血を伴っていれば、立っていることすら奇跡に近い有様だ。赤龍帝の力を宿していようとも、既に失血による意識混濁が始まっているはずであり、戦闘能力など皆無に等しい。それがライザーの、今までの経験則に則った冷静な分析だった。

 

 そのライザーの指摘に対し、イッセーは特に反論する素振りを見せなかった。

 それは、事実イッセー自身が誰よりも己の限界を理解しており、幾ら痛覚に慣れているとは言っても、反転術式を会得していない彼に流れ出た血液を復元する術はないと認識しているが故のことであり、神器の内に眠る相棒(ドライグ)からも、この状態があと二、三分もすればリタイアは免れないとのお墨付きもあるからだ。

 

「(……けどまぁ、今回のゲームの主役は俺じゃないしな)」

 

 自身のタイムリミットを冷静に受け入れた上で。

 イッセーは、背後で痛ましそうに自身の右腕へ視線を向けているリアスへ、ライザーから視線を外さずに言葉を告げた。

 

「『兵士』三人に『女王』一人……オカルト研究部の部員として、俺も少しは部長の力になれましたかね」

 

「イッセー……?」

 

 唐突な、まるで最期を悟ったかのようなその言葉にリアスが息を呑んだ、その瞬間だった。

 ライザーの視界の死角となる角度───イッセーの背中に隠された無事な左手から、後ろに立つリアスに向けて、放物線を描いて『小さな何か』が投げ渡された。

 

 パシッ、と反射的にそれを受け取ったリアスは、手の中に収まったその硬い感触と、硝子越しの液体の重みに瞠目した。

 

「(……ありがとう、イッセー)」

 

 リアスは即座に、イッセーの思惑を理解した。

 そして、これからの自分の行動をライザーに悟られないよう、リアスはそっとその小瓶を胸ポケットへと潜ませ、イッセーの覚悟に報いるように力強く言葉を返した。

 

「……ええ。これ以上ないほどに」

 

「そいつは重畳」

 

 背後からのリアスの確かな返答を聞き、イッセーは満足そうに口角を上げた。

 自分のやるべき仕事は全て終えた。そう判断して背中の重荷を下ろしたイッセーは、怪訝そうにそのやり取りを見守っていたライザーへと再び視線を戻す。

 

「あんたたちフェニックスの能力は、人間の俺でもよく知ってるくらいには有名だよ」

 

 イッセーは肩を竦め、どこか自虐を交えたような口調で語り始める。

 

「並みの魔術や魔法じゃ太刀打ちできない炎の魔力と、不死鳥の代名詞たる再生能力。……その圧倒的な力の前じゃ、幾ら神器を持っているとはいえ、俺みたいに大して魔力のない人間じゃ逆立ちしたって敵わない」

 

 その言葉自体は、紛れもない事実だった。

 しかし、ライザーはその言葉を聞きながらも、決して警戒を解かなかった。自虐を口にしながらも、眼前の人間の出で立ちには敗北者の気配が微塵も漂っていなかったからだ。むしろ、どこか不遜で、ひどく傲慢な勝者の余裕が宿っている。

 

「(こいつは、まだ何か隠し持っている。……だが、なんだ? 倍加の能力は発動すらしていない。片腕で、しかもリタイア寸前のこの状態で、一体何をしようとしている?)」

 

 ライザーが注意深くイッセーの動向を見守っていた、まさにその時である。

 

「……だから、あんたに教えてやるよ」

 

 イッセーの言葉と共に。

 不意に、周囲の空気がひどく重く、歪なものへと変質した。

 

「なっ!?」

 

 ライザーの瞳が、驚愕に大きく見開かれる。

 気づけば、己の右腕が瞬きの間には切断され、宙を舞っていた。

 即座に不死鳥の炎が失った右腕を復元するように燃え上がるが、魔力の起こりも目視も出来なかったその斬撃に、思わずライザーの額から冷や汗が流れる。

 

「魔術でも魔法でもない───呪術ってやつをさ」

 

 兵藤一誠は、その左手に呪力を携えて、不死鳥の悪魔に向けて凶悪な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ───術式『御廚子』。

 

 その能力は、呪力で構成された斬撃を対象に向けて放出するという、極めてシンプルなものである。

 だが、シンプルであるが故にその使い勝手や拡張性は非常に高く、応用範囲も広い。そして何より、この術式は『使用者の出力によって威力が大きく左右される』という最大の特徴を持っていた。

 

 兵藤一誠という少年は、悪魔たちや才能ある魔術師たちのように強大な魔力を持って生まれてきたわけではない。彼が持ち合わせている魔力は、ごく簡単な防御結界を張れる程度の、取るに足らない程度のものだ。

 だがその分、彼がその身に秘める呪力の総量はこの術式を扱う分には充分な量で、こと呪力出力に至っては、彼の祖父からさえ太鼓判を押されるほどの天賦の才を有していた。

 

 故にこそ、イッセーの扱う『御廚子』は、たとえ相手が人外の存在たる悪魔や堕天使であったとしても、肉体を容易く両断するほどの恐るべき威力を内包している。グレイフィア・ルキフグスのような規格外の魔力の持ち主でもない限り、発動の起こりすら見えない不可視の斬撃を完全に防ぐ術は、基本的には存在しない。

 

 先程まで戦っていたユーベルーナが、一誠を相手にある程度有利に立ち回れていたのは、ひとえにイッセーが手掌抜きの『御廚子』の扱いに手間取っていたことが大きな要因であったが、ユーベルーナとの戦いを経たことで、彼は既にその無造作な斬撃の放出感覚を完全に己のモノとしていた。

 いかに相手が不死を誇るフェニックス家といえども、己の才能と血統に胡座をかき、実戦を想定した碌な鍛錬を積んでこなかったライザー・フェニックスは、今の彼にとってあまりにも狙いやすい的でしかなかったのである。

 

「(動くことで出血が悪化するのなら、動かずにあいつを斬り刻み続ければいい)」

 

 立っているだけでも意識が遠のきそうな状態の中で、イッセーは極めて冷徹な結論を導き出していた。

 一歩も動くことなく、周囲の空間を己の斬撃で満たす。未完成とは言え、呪術の極致たる『領域展開』の土台が既に出来上がっているイッセーにとって、それはさほど難しい芸当ではなかった。

 

「くっ……!」

 

 焦燥に満ちた声が漏れる。

 イッセーとの距離を詰めようと踏み込んだライザーの右腕が、唐突に肘から先を喪失した。

 不死鳥の炎が燃え上がり、一瞬で腕が再生される。だが、その直後には左足が膝から下で切断され、再生が完了する前に今度は首が半ばまで両断される。

 腕を、足を、頭を、半身を。

 呼吸をするように続けざまに放たれる不可視の斬撃が、ライザーの肉体を容赦なく幾度も斬り飛ばしていく。フェニックスの再生能力によって即座に復元できる範疇の攻撃とはいえ、防御も回避も不可能なその見えない刃の雨に、ライザーは屈辱と鬱陶しさを隠しきれなかった。

 

「忌々しい……っ! ちょこまかと見えない刃を振り回しやがって!」

 

 だが、ライザー・フェニックスは決して血統だけの凡夫ではない。仮にも若手の中でその実力を冥界に認められている、由緒正しき上級悪魔だ。

 彼は即座に、この見えない斬撃の嵐の中で無傷で立ち回ることを諦めた。不死鳥の絶対的な再生能力を最大限に活かし、体をどれだけ切り刻まれようとも歩みを止めず、自身の血と炎を撒き散らしながら、イッセーへと一直線に突貫したのである。

 

「死んでも恨むなよ、赤龍帝!!」

 

 それは、兵藤一誠という存在を明確な脅威として認めたが故の、一切の手加減を排した本気の一撃だった。

 ライザーの右拳に、全てを焼き尽くすフェニックスの業火が凝縮される。

 イッセーは即座に迎撃の『解』を放ち、ライザーの右腕を肩口から斬り飛ばした。だが、それでもライザーは止まらない。切断され宙を舞う右腕の断面から、失った肉体を補うかのように瞬時に炎の腕を形成し、その業火を伴った拳をイッセーの胴体目掛けてそのまま振り抜いた。

 

「(それならそれで好都合……)」

 

 イッセーは咄嗟に無事な左手を前方へ差し込み、ライザーの放った渾身の業火の一撃を正面から受け止めた。

 凄まじい衝撃と熱波が周囲の焦土をさらに抉り取る。だが、イッセーはその衝撃に耐えながら、ライザーの肉体に直接触れた左手から、対象の強度に応じて最適な斬撃を放つもう一つの斬撃を起動した。

 

「捌」

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ライザーの全身を、無数の格子状の斬撃が一斉に切り刻んだ。

 流石のライザーも、体の一部ではなく全身の神経と骨肉を同時に切り刻まれる痛みは堪えたのか、激しく表情を歪め跳躍と共に大きく距離を取る。

 瞬時に燃え上がる治癒の炎が彼の傷を塞いでいくが、その息は明らかに荒くなっていた。

 

 しかし、ライザーの捨て身の一撃を凌いだイッセーも、無傷では済まなかった。

 ライザーの拳を直接受け止めた彼の左手は、その一撃の威力を証明するように、呪力強化した肉体を貫通して手首から先が黒く焼け爛れてしまっている。

 

「ハァ……ハァ……。呪術だか何だか知らんが、その小賢しい斬撃だけじゃ、この俺は倒せんぞ」

 

 距離を取ったライザーが、ひどく荒れた呼吸を整えながら、挑発するように言葉を投げかける。

 その言葉の裏には、暗に「出し惜しみせずに神器(赤龍帝の籠手)を使え」という促しが含まれており、不死鳥の炎と再生能力を打ち破るには、赤き龍の倍化の力による暴力的なゴリ押ししかないとライザーは確信していたからだ。

 だが、その言葉を受けたイッセーは、激痛に苛まれているはずの左手をダラリと下げたまま、不敵な笑みを返した。

 

「一応、今回の俺は、あくまでオカルト研究部の部員って立場でこのゲームに参加させてもらってるんでね」

 

「……なに?」

 

 その言葉に、ライザーの眉がピクリと動いた。

 イッセーにとって、『赤龍帝の籠手』は強大で頼もしい力であることは事実だが、それを使えば「オカルト研究部の兵藤一誠」ではなく、「赤龍帝としての兵藤一誠」として勝利を収めることになってしまう。それでは、悪魔同士の誇りを懸けた今回のレーティングゲームにおいて、リアスたちに要らぬ遺恨や外野からの難癖を残す結果になりかねない。

 だからこそ、イッセーは最初から、可能な限り赤龍帝の力は使わずに、己自身の『力』だけで今回の戦いに臨むことを決めていたのだ。

 

「……赤龍帝の力なしで、本当にこの俺に勝てるとでも?」

 

 己を舐めきったその態度に、ライザーの瞳に明確な怒りと侮蔑の色が混じる。怪訝そうに目を細めたライザーに対し、しかしイッセーは一切怯むことなく、力の底を出し切ったつもりはないと語るようにライザーを真っ直ぐ見据えた。

 

「そんな余裕が今のお前にあると思って───」

 

 立っているのが不思議なほどに出血し、左手までもが焼け爛れ、明らかにリタイア寸前の状態にあるイッセー。そんな彼を前に、ライザーが出し惜しみしている場合かと死の宣告を告げようとした、まさにその瞬間だった。

 

 ライザーの表情が、先ほどの腕を切断された時以上の、信じられないものを見るような驚愕の色に染まった。

 

「…………それは、炎か?」

 

 呆然と、ライザーの口からそんな言葉が零れ落ちる。

 ライザーの視線の先。黒く焼け爛れた一誠の左手から、ゆらゆらと陽炎のように立ち昇る『何か』があって───それは、間違いなく炎の形を成していた。

 

 だが、それはフェニックスの操る炎とは全く異なる。一誠が扱う力を、見えない斬撃と倍加の神器だけだと決めつけていたライザーにとって、魔力でも神器由来でもない、その未知のエネルギーで構成された異質な炎は、あまりにも不可解で、そして悍ましく映っていた。

 

「あんたの炎と俺の炎。……どっちが強いのか、火力勝負といきましょうよ」

 

 イッセーは、左手にその呪力の炎を宿したまま、挑発するように言葉を紡いだ。

 

「まさかとは思いますが、逃げませんよね?」

 

 その言葉は、炎を司る不死鳥たるライザー・フェニックスにとって、最も効果的な挑発だった。

 自分たちの代名詞である炎。それを、よりにもよって下等な人間のガキが、得体の知れない紛い物の力で模倣し、あろうことか真っ向からの火力勝負を挑んできたのだ。

 ここで退くという選択肢など、ライザーのプライドが絶対に許さなかった。当然、そんな紛い物の炎に、フェニックスの絶対的な業火が負けてたまるかという激しい怒りが、彼の全身を駆け巡る。

 

「……いいだろう。その傲慢な口を、灰も残さず焼き尽くしてやる!」

 

 ライザーの全身から、これまでで最大出力の魔力が解放され、周囲一帯に竜巻のような熱波が吹き荒れた。

 焼け野原の空気がチリチリと乾燥し、呼吸をするだけで肺が焼かれるような極限の空間。

 

「構えろ、兵藤一誠」

 

 ライザーは、その右手に自身の持つ全ての魔力と業火を限界まで圧縮していく。それは、直撃すれば山の一つや二つは容易く吹き飛ばすであろう必殺の一撃。

 対するイッセーは、その強大なプレッシャーを正面から浴びながらも、決して顔色を変えることはなかった。

 彼は静かに、燃え盛る呪力の炎を宿した左手を前方に掲げ、右手でそれを引くように───まるで、見えない巨大な弓を番えるかのような、特異な態勢を取った。

 

「「──────」」

 

 互いに言葉はなく。

 月明かりの消えた焦土で。

 不死鳥の業火と、呪術師の炎が激突した。

 

 

 

 

 

 

 極限まで圧縮されたフェニックスの業火と、未知のエネルギーである呪力で構成された異質な炎。

 放たれた二人の一撃が正面から衝突した、その刹那。

 

 ───気がつけば、イッセーとライザーは真っ白な空間に立っていた。

 

 音もなく、匂いもなく、上下の感覚すら曖昧な精神世界。

 極限の魔力と呪力がぶつかり合ったことで生じた、ほんの僅かな時間の引き伸ばし。現実世界では一秒にも満たないであろうその不可思議な空間の中で、ライザー・フェニックスはどこか遠くを見上げるように、静かに言葉を紡ぎ出した。

 

「……昔、親父から聞いたことがある」

 

 敵対しているはずの兵藤一誠に対し、まるで旧知の友人に語りかけるような、穏やかで落ち着いた声音だった。

 

「遥か昔、俺たち悪魔とは全く異なる術理で力を操る者たちがいたと。人間の負の感情から生じる澱みを力に変え、異形の化け物を祓うことを生業としていた『呪術師』という一族がいたのだと」

 

 ライザーは視線を下げ、目の前に立つ一誠を真っ直ぐに見据えた。

 

「とうの昔に歴史の闇に消え去ったはずの、その呪術師の生き残りが……何故、今になって俺の前に立ちはだかる?」

 

 その問いには、純粋な好奇心と、自身の計画を狂わせた目の前の人間の正体を知りたいという切実な思いが込められていた。

 

「何故って……そんなの、俺だってよく分かんないっすよ」

 

 しかし、イッセーから返ってきたのは、心底分からないと言わんばかりの、ひどく怪訝そうな返答だった。

 イッセーは首を傾げながら、自身のルーツをあっけらかんと語り始める。

 

「そもそも俺は、あんたらの知ってるような歴史ある呪術師の末裔なんかじゃないですから。両親は普通の人間だし、俺自身、たまたま呪力と神器の両方を宿して生まれてきちゃっただけの、ただの一般人っす。呪術師になったのも、自分の身を守るためのただの自衛が切っ掛けでしかない」

 

 イッセーにとって、悪魔の歴史に介入するといった大層な目的など初めから存在していなかった。

 

「そんな俺が、たまたま部長と出会って、たまたま婚約者のあんたと戦うことになった。……言うなら、ただの偶然の産物でしょ」

 

 別に意図してあんたの邪魔をしたわけじゃない。そうあっさりと結論付ける一誠の言葉を聞き、ライザーは思わず吹き出すように笑みを溢した。

 

「ククッ……アハハハハハッ!」

 

 今回のリアスとの縁談は、先の大戦で数を減らした純血の悪魔の未来のためにも、フェニックスとグレモリーと言う由緒ある純血の悪魔同士を結ぶ極めて重要な政治的意味を持っていた。それを自己の我が儘だけで拒絶するリアスの在り方を、ライザーは心底理解できなかったし、否定し続けてきた。

 

 だが、そのリアスの我が儘を肯定し、圧倒的な力を持つ自分を打ち負かそうとしていたのが、当代の『赤龍帝』にして、歴史の闇に消えた『呪術師』の力を併せ持つ規格外の存在だとなれば───

 

「───最早それは、偶然という言葉で片付けることは出来ない。……もしかしなくても、俺はお前という巨大な台風に巻き込まれただけの、ただの被害者に過ぎなかったんだろうな」

 

「……いや、人を元凶呼ばわりしないで下さいよ」

 

 不満げに口を尖らせるイッセーを、ライザーはどこか悪友に絡むような、悪戯っぽい笑みを携えて見据えた。

 

「クク。それだけ、お前の登場は出来過ぎていたってことさ」

 

 どこか吹っ切れたように語るライザーだが、その言葉の裏には確かな諦観があった。

 目の前の少年は、この土壇場に至ってもなお、その体に宿る神器『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を一度も発動させていない。もしも彼が、初めからその倍加の力をも行使して先の呪術を振るっていたら……自分たちは成す術もなく、一方的に蹂躙されていただろう。

 

 その事実を指摘され、特段否定することなく無言で頬を掻くイッセーの姿を見て、ライザーは「素直な奴だ」と呆れつつも、今度は真面目な『王』としての佇まいで、真っ向からイッセーを見据えた。

 

「この勝負はお前の勝ちだ、兵藤一誠」

 

 それは、一人の悪魔としての、完全なる敗北宣言。

 

「───だからこそ、このゲームの勝ちまでは譲れない」

 

 そんなライザーの意地と誇りに満ちた言葉を最後に。

 真っ白な空間にヒビが入り、二人の意識は、激動の現実へと一気に呼び戻された。

 

 

 

 

 

 

 旧校舎の裏森を包み込んでいた凄まじい閃光が収束していく。

 ライザーの放った限界圧縮の業火は、イッセーの放った炎の矢に正面から喰い破られ、完全に呑み込まれていた。

 

「が、はっ……!」

 

 爆炎が晴れた後。そこには、不死鳥でありながらも、全身を炎に焼き尽くされ、息も絶え絶えになりながら地面に膝を突くライザーの姿があった。

 本来であれば即死レベルのダメージ。だが、不死鳥の再生能力が限界寸前まで稼働し、黒焦げになった彼の肉体を徐々に、しかし確実に修復し始めている。

 

「(……まだ、だ)」

 

 荒い息を吐きながら、ライザーはゆっくりと顔を上げた。

 彼の視線の先……そこには残心の構えを取ったまま、その右腕から夥しい量の血を流しきったイッセーが、既に限界を迎えたとシステムに判断されたのか淡い光の粒子に包まれていた。

 

「楽しかったよ、ライザーさん」

 

 イッセーの口からこぼれ落ちたのは、強者と真っ向からぶつかり合った者だけが共有できる、純粋な本心だった。

 微かな、けれど確かな満足げな笑みを携えて。その言葉を最後に、兵藤一誠の体は完全に光に包まれ、フィールドから消え去っていった。

 

『───兵藤一誠様、リタイア』

 

 グレイフィアのアナウンスが響く。

 最大の脅威であった赤龍帝の退場。それを聞き届けたライザーは、痛む体を必死に起こしながら、己の勝利を確信したように笑みを溢した。

 

「ハッ……ハハッ。言っただろう、勝負には負けても、ゲームには……」

 

 後は、協力者を失い孤立無援となったリアスさえ倒せば、自分たちの勝ちだ。

 そう確信した、ライザーの前に。

 

「───いいえ。私たちの勝ちよ、ライザー」

 

 膝を突くライザーを見下ろすように。

 赤黒い『滅びの魔力』を全身から陽炎のように立ち昇らせた、リアス・グレモリーが立ち塞がった。

 

「な、に……?」

 

 思わず、ライザーは疑問をありありと表情に浮かべた。

 先程の戦闘で、リアスは滅びの力を幾度も使い、魔力も体力も確かに消耗していたはずだ。それなのに何故、ここに来てこれほどまでに圧倒的な魔力を滾らせているのか。

 

 その答えは、リアスが懐から取り出した見覚えのある『小瓶』を見た瞬間、驚愕と共にライザーの脳内へと叩き込まれた。

 

「フェニックスの、涙……っ!?」

 

「ええ。あなたの『女王』が持っていたものよ」

 

 リアスは手にした空の小瓶を揺らして見せた。

 イッセーがユーベルーナを撃破した際に奪い取り、ライザーの視界の死角を突いてリアスへとパスした一度きりの回復アイテム。

 ライザーは戦慄した。あの人間は、自分が失血でリタイアすることを完全に計算に入れた上で、自らの回復に使うべきそれを『王』であるリアスに託して消えていったのかと。

 

「最後まで彼におんぶにだっこだったけれど……最後くらいは、私の手で決めないといけないものね」

 

 リアスは静かに、しかし王としての絶対的な威厳を持ってライザーへその魔力の矛先を向ける。

 自分が始めたゲームである以上、ケリを付けるのは他でもない自分の仕事。両手に極限まで圧縮されていく赤黒い滅びの力は、先程までの疲労困憊の状態とは比べ物にならない、魔王の妹にして『紅髪の滅殺姫』と謳われるに相応しい威力を内包していた。

 

 この一撃を耐え切れば、ライザーの勝ち。

 耐え切れなければ、リアスの勝ち。

 満身創痍で再生途中の不死鳥と、全回復を果たした紅髪の滅殺姫。勝負の行方は、誰の目にも明らかだった。

 

「……投了(リザイン)するなら、今の内よ」

 

 リアスが、かつての婚約者に向けて最後の情けをかける。

 だが、ライザーは力なく笑いながらも、その瞳にフェニックスとしての意地を燃え上がらせた。

 

「ハッ……耐えきってみせるとも」

 

「そう。───なら、容赦はしないわ」

 

 言葉は、それ以上必要なかった。

 リアス・グレモリーの全霊を込めた滅びの一撃が、夜の森を赤黒く染め上げながら、真っ直ぐにライザーへと叩き込まれる。

 

 それから、間もなくして。

 静寂を取り戻した駒王学園のフィールドに、グレイフィア・ルキフグスの厳かなアナウンスが響き渡った。

 

『───ライザー・フェニックス様、リタイア』

 

『『王』の脱落により、今回のレーティングゲームの勝者は……リアス・グレモリー様に決定いたしました』

 

 夜空に勝利を告げる鐘の音が鳴り響き。

 長きに渡る戦いの果て、リアス率いるオカルト研究部とフェニックス眷属の死闘は、下馬評を大きく覆すオカルト研究部の勝利という形で、ここに幕を下ろしたのだった。

 

 

 

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冬木市で行われる魔術師たちの殺し合い『第五次聖杯戦争』。▼必勝を期して最強の剣士(セイバー)を召喚したはずの遠坂凛の前に現れたのは、万能の杯すら鼻で嗤う「呪いの王」両面宿儺だった。▼伏黒恵の肉体(全盛期の力)と、一度敗北を知り丸くなった(?)精神。▼二つの極致を併せ持つアルターエゴにとって、この命懸けの儀式は単なる「暇つぶし」でしかない。▼機嫌を損ねれば即・…


総合評価:3878/評価:8.49/完結:52話/更新日時:2026年06月05日(金) 22:51 小説情報


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