俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

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02:邂逅

 

 

「ほい、お茶。服の洗濯はもうちょい時間かかるみたいだから、俺のお古でごめんだけど、しばらくはそれで我慢してほしい」

 

「そ、そんな、助けていただいた上にお洋服までご用意して貰いましたし、どうかお気になさらないで下さい!」

 

 取り敢えず、アーシアを抱えて無事に帰宅することが出来た。

 明日のグレモリー先輩たちとの邂逅が怖い所ではあるが、一先ずはそれは思考の片隅にでも置いておく。

 

 イッセーが女の子を連れて帰って来るなんてと騒ぐ母さんを説得するのは苦労したものの、取り敢えずアーシアには洗濯が終わるまでは俺の中学校のジャージを着て貰いながら、自室で何故アーシアたち教会の人間が悪魔の管理するこの町にいるのか、その経緯を説明して貰った。

 

「───なるほどね。教会から追放されて、堕天使に保護されてこの町にやって来たと」

 

「……はい。でも、私───」

 

「分かってるよ。アーシアはこの町がグレモリー先輩……悪魔の管理する土地だって知らなかったんだろう? それに話を聞く限りだと、アーシアはまず間違いなく堕天使たちに騙されているとみていい」

 

 俺の言葉にアーシアの肩がびくりと震えたが、それでも彼女自身薄っすらと察していたのかその表情にはやっぱりというどこか諦観に近い感情が浮かんでいた。

 

 人間だけではなく、悪魔や堕天使をも癒す力を持つ神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』。

 その持ち主が信仰深い元シスターのアーシアである以上、彼女が教会から『魔女』として追放され路頭を彷徨っている姿を見た堕天使たちからしてみれば、アーシアはさしずめ鴨が葱を背負ってやって来たようなものだろう。

 堕天使たちがこの町で何を企てているのかは定かではないが、上級悪魔であり魔王の妹でもあるグレモリー先輩の管理するこの町で堂々と計画を推し進めている事実を考えれば、その思惑がろくでもないことであることは確定と言える。

 

 アーシアが嘘をついていないことは経緯を説明していく中で徐々にその顔が蒼白に染まっていくだけでも十分過ぎたし、何よりあのフリードとか言う神父に襲われていたことも考えれば全て辻褄が合う。

 この町に潜む堕天使たちの計画の中核を担う存在───それがこのアーシア・アルジェントという善良な少女だった。

 

「(ドライグ、グレモリー先輩たちはこのことを知ってると思うか?)」

 

『さてな……だが、あの金髪の小僧の言葉を思い出せ、相棒』

 

 奴は別れ際にお前に何と言っていた? そう言葉を続けるドライグに、俺は今日の放課後に出会った木場との会話を想起して、あいつが別れ際に最近物騒だと言っていたことを思い出す。

 

 俺の方でも、ここ最近この町ではぐれ悪魔や堕天使たちがうろついていることは確認していたため、俺個人でそうなのだから組織として動くグレモリー先輩たちならば、更にその先を知っていてもおかしくはないとドライグは言いたいのだろう。

 

「(……どちらにしても、もう少し様子を見るべきか)」

 

『ああ。幸い、この場所は相棒が丹精込めて施した帳と結界で覆われている。並みの相手じゃ突破出来ないことは俺が保証してやる』

 

 はは、名高き二天龍の一角にそう言われると頼もしいことこの上ねぇや。

 それなら、後は俺次第ってことね。

 

「アーシア、腹減ってないか?」

 

「…………え?」

 

 取り敢えず、日本ならではの上手い飯と俺が一気見するために溜め込んでいたアニメ、ついでにアーシアでも楽しめそうなゲームで気分転換としゃれこもう。

 

 

 

 

 

 

 夜も更けた頃。

 すぅ、とベッドの上ですっかり安心しきったように眠りに就くアーシアに笑みを溢しながら、俺は部屋の電気を全て消して自室を後にする。

 向かう先は、まだ明かりの灯っているリビング。

 階段を降りて扉を開くと、リビングには俺が来ることが分かっていたのか、ソファで寛ぐ父さんの姿があった。

 

「彼女さんはもう眠ったのか?」

 

「……だから、そう言うのじゃないっての」

 

 嘆息しながらその隣に腰を下ろせば、父さんは悪い悪いと言いながら楽しそうに笑う。

 その声音が普段よりも静かなことも相俟って、母さんはもう寝たんだなと察した俺もまた、父さんに合わせるように声量を抑えて言葉を続ける。

 

「ごめん、いきなりアーシアのこと連れ込んじゃって」

 

 それが何に対する謝罪なのか、それは呪術師として活躍していた爺ちゃんの息子として生まれた父さんならば、俺が詳細を語らずとも自然と伝わっていた。

 父さんは寝室で眠りに就いているであろう母さんへ視線を送ると、目を細めて苦笑しながら俺の頭に手を置いた。

 

「イッセーはあの子のことを助けたいと思ったからそうしたんだろう? それなら父さんから言うことは何もないさ」

 

 父さんは裏の世界のことを深くは知らないものの、物心つく頃から爺ちゃんと生活していたため認知自体はしている。

 しかし父さん自身に呪力や神器などが宿らなかったこともあり、父さんはごく普通の一般人として今まで過ごして、その果てに母さんと結ばれた。その時には既に爺ちゃんが完全に裏の世界から足を洗っていたこともあり、母さんは裏の世界について何も知らない完全な一般人だ。

 

 だからこそ、父さんはこれからも母さんに裏の世界のことを明かすつもりはないし、言葉にせずとも出来ることなら俺にもそうしてほしいと願っている。

 爺ちゃんから俺に呪力が、そして神器までもが宿ってしまったと聞かされた時には複雑そうな顔をしていたが、今では俺の意思を尊重して俺を見守ってくれている以上、俺だって父さんが今まで守って来た母さんとの関係を不用意に崩したくはない。

 あの母さんなら裏の世界の事情を知ってものほほんとしていそうだとは思うが……それでも余計な心配をさせないに越したことはないはずだから。

 

「ありがとう、父さん」

 

 それを分かっていながら、今も堕天使たちに追われるアーシアを、父さんの日常の象徴とも言えるこの家に招いてしまったことに俺は謝罪したのだが……父さんはそんな俺の言葉を嫌な顔一つせず受け入れてくれる。

 申し訳ないと心から思っているのに、同時に俺はそれがたまらなく嬉しくて、やっぱり父さんには敵わないなぁ……と改めてその偉大さを思い知らされ苦笑してしまう。

 

「それで、アーシアさんとはどこまで進んだんだ?」

 

「……今の時代、そう言うのはセクハラって言うんだぜエロ親父」

 

 こういうところは見習いたくないけどな。

 

 

 

 

 

 

 朝、起きると自分が俺のベッドで寝てしまったことを申し訳なさそうに謝るアーシアに、いい気分転換になった? と問いかけると、恥ずかしそうに頬を染めつつも今までで一番楽しい夜でしたと眩しい笑みを見せてくれたので、今日の俺は朝からご機嫌ちゃんである。

 

 ただ、アーシアには俺の家は安全だから落ち着くまでは家にいればいいと言ったのだが、アーシア自身がそんなの申し訳ないと言って聞かなかったので、家にいる間は母さんの家事を手伝って貰うことになった。

 俺としては別にそんなこと気にしなくていいのにという感じだったのだが、娘が出来たみたいで嬉しいと語る母さんと、そんな母さんの言葉に嬉しそうにするアーシアを見てしまえばそれでもいいかと納得せざるを得ない。

 と言っても、流石に母さんの買い出しなどに付いて行かれると堕天使たちにバレて母さんも危険に晒してしまうため、アーシアにはその辺りのことは注意しつつ、母さんにもアーシアは療養中だからと適当な理由を付けて気を付けるよう言い含めて置いた。

 

 今頃は母さんと食器の片づけや洗濯物を干してるのを手伝っている頃かなーと、そんな呑気なことを考えて駒王学園の校門に辿り着くと、俺の視界に見知った影が一つ。

 

「おはよう、兵藤くん」

 

「……おはようさん。朝から奇遇だな、木場」

 

 やっぱり来たか、そんなことを頭の隅で考えながら木場の挨拶に応じつつ、どうせ俺が来るまで待っていたんだろうなと昨夜の神父との一件を思い返して内心で嘆息する。

 

 何が切っ掛けかは分からないが、進級してからというものの何となくグレモリー先輩には目を付けられている気がしていたので、この分だと昨日のことも俺だと断定されているとは思わないが、怪しまれていることは明白だろう。それこそ、調べれば昨日俺がバイトに行かなかったことなんて管理者のグレモリー先輩ならすぐに分かるだろうしな。

 

「そう言えば、今週からテストがあるみたいだけど、兵藤くんは勉強進んでるかい?」

 

「おいおい、俺にそれ聞くのかよ木場……安心しろ、全くだ」

 

「ええと、それはもうちょっと焦った方がいいんじゃないかな……?」

 

 どうやら木場の方から何か聞いてくることはない様子だったので、今まで通り軽口を叩き合いながら教室まで歩みを進めていく。

 俺が会話でボロを出すのを待っているのか、はたまたグレモリー先輩の指示か、何にしても俺は今まで通りの自分を演じるだけだ。

 

「兵藤くん」

 

「ん?」

 

 そして、教室の扉を潜る直前。

 声のトーンを一段落とした木場が、どこか真剣な表情を浮かべながら俺を呼ぶ。

 俺は特に気にした素振りを見せず、いつも通りの表情で首を傾げながらその言葉に反応する。

 

「……放課後、少しだけ時間を貰ってもいいかな?」

 

 松田や元浜との遊びの約束やバイトが入っていれば難しいと断ることも出来たが、生憎と今日の俺には何も予定がない。

 木場はそのことを……いや、グレモリー先輩はそれを知っているのだろう。ここで俺が断ればより疑惑は増すし、監視の目も更に厳しくなってくることは想像に難くない。

 

 ならば、アーシアのためにもここらが潮時だろう。

 

「おう。今日は何も予定ないし、構わないぜ」

 

 結局、俺のミスで招いた事態だからな。

 大人しくそのツケを払うとしよう。何となく関わらざるを得ない気がしてたし、そう考えればそれが今になっただけという話だ。

 俺としては、最悪グレモリー先輩たちとは敵対関係にさえならなければそれでいい訳だし。

 

「ありがとう、兵藤くん」

 

 そんな俺の返答に、どこかホッとしたように安堵の笑みを見せた木場は、それじゃ放課後迎えに行くからと言葉を残して自分の教室へと向かって行った。

 

「おーい、兵藤ってば。扉の前に立たれると通れないんですけど」

 

「あ、悪い桐生……てかお前今からトイレか? もうすぐチャイム鳴るぞ」

 

「誰のせいだと思ってんの?」

 

 そうして、放課後までの時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……今まで飲んできたお茶と菓子が別物みたいだ。淹れ方一つでこんなに変わるんすね」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 放課後。

 木場の案内の下に招かれた旧校舎のオカルト研究部の部室にて、俺は姫島先輩の淹れてくれたお茶と茶菓子を味わいながら素直に感服していた。

 俺が昨日アーシアに出したものと大体同じはずなのに、姫島先輩が差し出してくれたものは高級店の和菓子屋を彷彿させるような奥深さがある。いや高級店とか行ったことないから想像でしかないけど、それだけ違うってことが伝わってくれればいいなって。

 

「木場はいつでもこれを味わえるんだろ? 普通に羨ましいぜ」

 

「朱乃さんは紅茶を淹れるのも上手いんだ。僕としては、そっちもオススメだよ」

 

「うふふ、祐斗くんのお友達であればいつでも歓迎ですわ」

 

 姫島先輩は頬に手を当てて微笑んでいるが、俺としてはそれが本心からなのか分からないので真に受けていいのか不安なところだ。

 いや、真に受けていいのならば是非とも毎日通いたいくらいだけども。

 

「……どうぞ」

 

「お、ありがとう小猫ちゃん」

 

 グレモリー先輩のもう一人の眷属、塔城小猫ちゃんからおしぼりを貰いそれで軽く手を拭う。

 姫島先輩に木場、そして小猫ちゃん。この三人が俺の知る限りのグレモリー先輩の眷属悪魔たちだ。誰がどの『駒』を与えられているのかは何となく察することが出来るが、転生する前の種族なんかまでは流石に分からない。姫島先輩からは僅かに光の力の気配がするので、何となく堕天使方面かな? と考えられるくらいか。

 

 ドライグ曰く珍しい者たちが集まっているとのことなので、きっと俺も知らない様な生まれの人たちが多くいるのだろう。

 グレモリー家は情愛が深い一族だと言うし、どんな生まれでも一度眷属に迎え入れれば平等に愛を注ぐというグレモリー先輩には素直に好感が持てる。

 悪魔と言えば純血主義の集まりというイメージがどうしても先行してしまうし、実際にそういう悪魔たちが多いともドライグは言うから尚更だ。

 

「───待たせてしまってごめんなさい」

 

 そんなことを考えていると、張本人のグレモリー先輩が奥の扉から姿を見せる。相変わらず今日も今日とて真紅の長髪が目に眩しい。シャワーを浴びていたとのことだから、普段の倍増しくらいで輝いているように見えるのは俺だけだろうか。

 

 グレモリー先輩の登場と共に、向かいの席に座っていた木場と小猫ちゃんがソファから立ち上がり席を譲ると、グレモリー先輩の背後に控えるように姫島先輩と共に並び立つ。

 グレモリー先輩はそんな木場たちの姿を誇らしそうに一瞥すると、優雅な足取りでゆったりと腰を下ろし、小悪魔のように微笑みながらその言葉を告げた。

 

「あなたが兵藤一誠くんね……イッセーって、呼んでもいいかしら?」

 

 それが、俺とグレモリー先輩のファーストコンタクトだった。

 当然ではあるが、その問いには二つ返事で承諾させてもらいました。

 

 

 

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