俺は兵藤一誠、呪術師だ! 作:朝日
「───単刀直入に言うわね、イッセー。私たちは悪魔よ」
姫島先輩が淹れてくれたお茶の余韻に浸っていると、対面に座るグレモリー先輩の口からいきなり本題が滑り出してきた。
悪魔。
普通の高校生なら何言ってんだ? と笑い飛ばすか、あるいは新手のオカルトの勧誘かと身構える場面だろう。けれど、俺の心拍数は驚くほど平穏なリズムを刻んだままで、ただ手元にあるティーカップの縁を凪いだ心境で見つめていた。
「驚かないのね?」
「……いえ、まぁ。悪魔なんて創作の中だけの存在だと思ってましたから。驚くというよりは、現実味がなさすぎて実感が湧かない、というのが正直なところっすね」
適当に何も知らない一般人らしい言い訳を並べ立てながら、俺は内心で息を吐く。
グレモリー先輩が悪魔であることなんて当の昔から知っているしな……。それどころか、先輩の背後に控えている木場も、小猫ちゃんも、姫島先輩も、全員が人間じゃないことくらい、入学した初日からとっくに気付いてる。
本来なら悪魔? え、どういうことすか? みたいな初心な反応を見せるのが正解なのだろうが、生憎とそんな演技をしても一瞬で看破されそうなので一先ずは様子見といこう。
「信じられないのも無理はないわ。でも、これが現実よ。そして、この駒王町は私が管理を任されている領地なの」
「領地、ですか」
「ええ。敵対勢力や各勢力のはぐれと呼ばれるお尋ね者からこの町を守るのが私たちの仕事。イッセー、あなたはここ最近、この町で『はぐれ悪魔』や『堕天使』による被害が多発しているのは知っているかしら?」
「被害、ですか? ……まぁ、木場からも最近は物騒だから帰り道は気を付けろ、なんて言われましたけど」
そこまで言って、俺は視線をグレモリー先輩の真っ直ぐな碧眼へと向ける。グレモリー先輩はこちらを値踏みするように、俺の返答に対してニコニコと笑みを浮かべるばかりだ。
会話の主導権を完全に握らせるつもりはなかったのだが……もしかして、これもうほぼ詰みの盤面か?
「……グレモリー先輩。お話は分かりました。先輩たちが悪魔で、この町を守ってくれていることも。だけど、何故その話を『ただの一般生徒』である俺にわざわざ明かしたんですか? そんな物騒な裏事情、知らないまま卒業させてくれた方が、お互いにとって都合が良かったと思うんですけど」
我ながら、なかなかに苦しい言葉だと思う。
しかし、既にお互いがある程度の事情を知っていると言うのなら、これ以上の腹の探り合いに意味はない。
グレモリー先輩は俺をどう思っているのか、結局のところはそれが全てだ。
「どうしてかって? 理由は単純よ、イッセー」
ソファの背もたれにゆったりと身を預け、グレモリー先輩が組んだ足の先を軽く揺らす。その視線は俺の表面を通り越して、俺の魂の奥底───左腕に眠る神器の力をも正確に見透かしているようだった。
「あなたが私たちのことを注意深く観察していたように。───私たちもまた、あなたのことを注意深く観察していたからよ」
「っ……」
その瞬間、俺の思考が一瞬だけ綺麗に停止した。
背後に立つ木場や姫島先輩、小猫ちゃんの視線の雰囲気が、心なしかピリリと変わったような気がする。
『ククク……やられたな、相棒』
脳内でドライグが愉しそうに笑う声が聞こえる。
なるほどね、そう言われたら確かにぐうの音も出ない。興味本位の視線なら数え切れないほど浴びて来たグレモリー先輩たちにとって、警戒の感情が込められた視線が向ければ嫌でも目立つ……そう考えれば、俺はまんまと炙り出された形になるのか。
「あなたの正体までは調査しても分からなかったけど……入学して間もない小猫に疑いを持っていたのはあなただけだったし、祐斗からも身のこなしが常人のものじゃないって言われたのも大きかったわ」
あー……それが進級してから以前にも増して目を付けられるようになった理由か。木場とは何度かイベント事で同じ班だったし、そこに小猫ちゃんへ先輩たちと同様の視線を送っていたら確かに怪しまれても仕方ない。
ってことは、当然ながら昨日バイト行かないでどこで何をしてたのと言われれば、管理者であるグレモリー先輩に下手な嘘を付いてもすぐにバレるし……詰みだな。
「……ハァ。参ったな。そこまで見抜かれていたなら、これ以上隠す理由もないっすね」
俺は嘆息と共に姿勢を正し、改めてグレモリー先輩たちに向き直る。
そして、これまで意識的にせき止めていた『呪力』の奔流を、ほんの僅かだけ、彼女たちに伝わる程度に体表へと滲ませた。部室の空気が、悪魔たちの持つ魔力とは根本的に異なる、冷たく澱んだ「負の感情のエネルギー」によって僅かに震える。
グレモリー先輩の目が、驚きに僅かに入り混じるようにして細められたのを見逃さなかった。
「改めて自己紹介させていただきます、グレモリー先輩。───俺は兵藤一誠。この国に古くから伝わる裏稼業、人知れず呪いを祓う『呪術師』の末裔です」
▽
呪術師。
その存在は既に人間界では風化した者たちの総称であり、魔法使いや魔術師が台頭してきた現代では、そちらの方が利便性や拡張性、そして呪術ほど才能に左右されないという点で非常に優れており、爺ちゃん曰く呪術師と呼ばれる人間は今や片手で数えるほどしか生き残っていないと言われるほどの絶滅危惧種だ。
「呪術師……あなたが?」
そう言われてもピンと来なかったのか、木場たちが呪術師という単語に首を傾げる中、グレモリー先輩だけが信じられないと言った表情で俺を見据えていた。
俺自身も、まさかグレモリー先輩が呪術師を知ってるとは思いもしなかったが……知っている人がいるのなら話は早い。
「部長、呪術師って何ですか?」
「……そうね。私も、伝え聞いただけの話だけれど───」
小猫ちゃんからの問いに、グレモリー先輩が呪術師とは何たるかについて語っていく。
曰く、呪術師とは人外たちを『呪い』と称して退治して来た一族の総称であること、かつては五大宗家に匹敵するほどの手練れの一族だったが、呪術と呼ばれる異能の力が余りにも才能頼りだったこと、詳細は不明だが内部分裂によって空中分解して散り散りになってしまったこと、更には現代では最早呪術師は過去の存在として滅んだことにされていることなどが告げられていく。
「そうですね、その認識で間違いありません」
グレモリー先輩の説明は概ね爺ちゃんから聞いたものと相違なかったので、これであってるかしら? と視線を向けてくるグレモリー先輩に頷きを返す。
……と言っても、俺も爺ちゃんからお前が知る必要のないことだって、詳しい歴史とかは教えて貰ってないんだけどね。そう言うのは多分、魔王様とか冥界上層部の悪魔の人たちの方が詳しそう。
「俺の爺ちゃんが呪術師だったんです。そんで物心つく前に爺ちゃんが俺の中に『神器』が宿ってるのを感じ取って、将来色んな勢力に目を付けられるだろうからって、俺に一通りの稽古を付けてくれたんです」
「そのお祖父様は今は?」
「十年くらい前に亡くなってます。俺のこと調べてもあんまり分からなかったのは、爺ちゃんが裏稼業からとっくに足を洗ってて、俺の両親が普通の一般人だったからってのもあると思いますよ」
『正確には相棒が帳と結界で情報を遮断しているからだろう?』
お黙りドライグ。
ほら、グレモリー先輩たちも爺ちゃんが死んでることに胸を痛めてくれてるんだから、余計なことは言わないように。
「……神器、ね」
呪力と神器どっちに食いつくかなぁ……とグレモリー先輩たちを見守っていると、やはりと言うか先輩は神器の方を選んだ様子。
まぁ、暴発するリスクとか諸々考えれば管理者としての立場も踏まえて妥当といったところか。そもそも選択肢に呪力という存在が上がっていたのかは不明だけども。
「今ここでその神器を見せて貰うことは可能かしら?」
どこかワクワクしているような、管理者としてあるまじきそんな気配がひしひしと感じられるが……どうせいつかはバレることなのだから隠していても意味はない。こういうのは早めに開示して信頼関係を少しでも築いておくに限る。
「いいですよ……『
「『
十三種の『
真紅の極光と共に俺の左腕に発現した籠手の形をした神器。その内側には赤龍帝たるドライグが宿っているため、紛れもない本物の『赤龍帝の籠手』だ。
「…………少し、時間を貰ってもいいかしら」
「あ、はい」
呪術師ってだけでも予想外なのに、まさかの『神滅具』持ちだもんな……。幾らでも待つんで、どうぞごゆっくり。
『懐かしいな』
「(ああ……爺ちゃんも初めて神器を見た時はグレモリー先輩と同じ反応してたっけ)」
目ん玉飛び出すほど驚いてて、それに笑ってたら谷底に落とされて死の淵を彷徨い、そこで初めてドライグと出会ったんだ。
『後にも先にも、目覚めて数秒で次の宿主のことを想起したのは相棒くらいだろうよ』
「(あれを懐かしめるだけ成長したってことにしとこうぜ)」
それから、グレモリー先輩の再起動には十分ほど時間を要した。
▽
「───ごめんなさい、恥ずかしいところを見せちゃったわね」
合間合間に深呼吸を挟んで何とか持ち直したグレモリー先輩。
あの余裕たっぷりだった碧眼は今は影も形もなく、どこまでも真剣な眼差しで俺の神器を見据えている。
「確認なのだけれど、イッセーは自分の神器が『神滅具』と呼ばれる代物であることは知っているのよね?」
「はい。初めて発現した時に爺ちゃんに教えて貰いました」
そういや、その時に一緒にこの世界の成り立ちとか諸々についても教えて貰ったんだっけか。
三大勢力のこととか過去に起きた戦争のこと、他にも神器を持った人間の辿る末路とか色々詰め込まれて頭パンクしてたよなぁ……。
「もう一つ確認。イッセーは今、どこかの勢力に所属していたりする? 魔法使いの連合組織に登録してたりとか」
「いえ、完全にただの学生です」
『神滅具』───それも当代の赤龍帝と来れば、グレモリー先輩の質問攻めも自然なものだろう。
これでどこかの組織に所属してましたってことになればそれだけで悪魔側との戦争に発展する事態だし、俺としてもその辺りはしっかり注意して生活してきましたとも。
「そう……良かったわ、本当に」
胸を撫でおろしたグレモリー先輩だったが、直後にそれなら好都合と言わんばかりにソファから身を乗り出すと、先ほどの様な小悪魔的な笑顔全快で俺に問いかけてきた。
「ねぇイッセー───あなた、私の眷属になる気はない?」
「ならないです」
「悪魔なら寿命も……え、ならない?」
「はい」
まさか即否定されるとは思いもしなかったと唖然とするグレモリー先輩に苦笑を溢しつつ、その理由を語って行く。
「俺、爺ちゃんと約束したんです」
それは、人を助けろというあの最期の約束とは別の……稽古の合間で交わした、何てことないもう一つの約束。
『
当時はその言葉の意味がよく分からなかったけど、父さんや母さんの偉大さを知った今ならそれが痛いほどによくわかる。
俺は二人から数え切れないほどの愛情を貰ってこれまで生きて来た。だから絶対に二人を残して死ぬようなことはしないし、父さんと母さんとは天寿を全うしてお別れが出来たらいいなと心から願っている。
「そのためには、俺は二人が生んで育ててくれた『人間』の兵藤一誠として、父さんと母さんと最期まで一緒にいないといけません」
悪魔になっちゃったら、それはもう人間として死んだことと同じだから。
そう語る俺にグレモリー先輩は目を丸くすると、先の小悪魔のような表情から一転、慈愛に満ちた表情で乗り出していた体をゆっくりとソファに預けていく。
「……それなら、無理強いは出来ないわね」
「すみません」
これだけは絶対に譲れない俺の線引きだ。
ドライグからは最悪死にそうになったらドラゴンの体に作り替えてやるとも言われたが、そう言うのは本当の本当に最終手段だから、仮に悪魔になる場合があるとしたらそう言う時だと思う。
「でも、この町の管理者として『神滅具』を持つあなたを放置しておくことも出来ないわ」
「はい、そこもしっかり分かってます。だから───」
俺にそういう線引きがあるように、グレモリー先輩にも譲れないものがある。そしてグレモリー先輩が俺の言葉に納得してくれたのだから、次は俺が先輩に筋を通す番だろう。
「───先輩たちさえ良ければ、俺をオカルト研究部に入れてくれませんか?」
悪魔にはなれないですけど、部員として先輩たちに協力させて下さい。
そう語る俺に、グレモリー先輩は背後の眷属たちから異論がないことを確認すると、もちろん、と花の咲く様な笑顔で頷いてくれた。
「これからよろしくね、イッセー」
「はい、リアス部長」
こうして、俺はオカルト研究部の部員として、リアス部長たちと一緒に活動していくことになった。