俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

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04:友達

 

 

『魔王の妹に協力する赤龍帝か……まぁ、偶にはそんな立場も悪くないな』

 

 帰り道、夕暮れに染まる住宅街を歩いていると、ドライグの呆れたような、それでいてどこか愉快そうな言葉が脳裏に響いた。

 

「(ドライグたちって確か、神と魔王に封印されたんだっけ? だったら、ちょっとお前には悪いことしちまったか)」

 

 いつだったか、ドライグから何故二天龍と呼ばれるほどの強力な力を持つ彼らが神器に封じられることになったのか興味本位で聞いたことがある。

 何でも白龍皇との激突の余波で三大勢力の戦争している場所に割り込んだ結果、総スカンを喰らって返り討ちにあったという余りにも自業自得過ぎる理由だったが……それでもこうして相棒として共にある以上は、リアス部長に協力を仰ぐ前に一度ドライグに話を通しておくべきだったかなとちょっぴり後悔。

 

『クク、別に構わないさ。もう何故白いのと度々激突していたのか、その理由すらも忘れてしまったほどだからな……。怒りの感情など、とうの昔に風化している』

 

「(そうか? でもまぁ、何か嫌なこととかあったら遠慮せず言ってくれよ。俺たちは一心同体の仲なんだからさ)」

 

『……歴代でも、これほどまでに俺と会話を重ね、剰え天龍たる俺の心境を慮る宿主はお前が初めてだよ。つくづく変わり者だな、相棒は』

 

「(なんだよそれ、褒めてんのか?)」

 

 よく分からないが、ドライグがご機嫌そうだから良しとしよう。

 長い時を生きているだけあって、時折ドライグは爺ちゃんみたいに小難しいことを言うんだよなぁ……ま、それがドライグらしくもあるんだけども。 

 

「ふいー、到着到着」

 

 自宅の敷地を覆う、何重にも『縛り』を設けた帳と隠蔽の結界。

 その境界線を一歩跨ぐと、外の冷たい空気から一転して、どこかホッとするような温かい生活臭が鼻を抜けた。醤油と砂糖、それに微かな出汁の匂い。……今日の夕飯は肉じゃがだろうか。

 

「ただいまー」

 

「あら、今日はいつもより遅かったわね。おかえり、イッセー。」

 

 ちょうど家事を終えたところなのか、パタパタと足音をさせて出迎えてくれた母さん。そんな母さんの後ろからひょっこりと、俺の中学時代のジャージを着た金髪の少女が顔を出した。

 

「あ……おかえりなさい、イッセーさん!」

 

「おう、ただいまアーシア。……なんかエプロン姿が板についてるけど、手伝ってくれてたのか?」

 

「はい! お母様に、お芋の皮の剥き方とお出汁の取り方を教えていただいたんです。すごく上手だって褒めてもらえて……えへへ」

 

 少し照れくさそうに、けれど今までに見たことがないくらい、ふにゃりとした柔らかい笑顔を見せるアーシア。

 

「へー。ってことは、今日はアーシアも夕飯作ってくれたのか。美味そうな匂いだし、今から食べるのが楽しみだぜ」

 

「あ、その、でも所々失敗しちゃったものもあって……」

 

「絶対美味しいから大丈夫だって」

 

 何だかんだ母さん監修だろうし、それなら多少形が崩れたくらいじゃ味は変わらないはずだ。

 それに今回は美少女の手作りっていう最高の味付けが加わってるんだ、それだけで何杯でも白米を食べられるってもんよ。

 

『あまり食いすぎるなよ』

 

 呆れ気味に呟くドライグの言葉と共に夜が更けていった。

 

 

 

 

 

 

 食後。

 昨日の夜更かしと家事の疲れが祟ったのか、すっかり腹を満たして少し眠たげに目を擦っているアーシアを自室に呼び出した。

 

 部屋の扉を閉め、念のため外に音が漏れないよう、極めて微弱な結界を部屋の四隅に展開する。その僅かな呪力の波に気付いたのか、アーシアの表情から先ほどまでのふんわりとした温かさが消え、代わりに迷子になった子犬のような不安げな色が浮かんだ。

 

「……イッセーさん。あのお話、ですね」

 

「ああ。明日からのことについて、ちゃんと話しておかないといけないからな」

 

 俺は勉強机の椅子に座り、ベッドの端にちょこんと腰掛けたアーシアと真っ直ぐに向き合った。

 このままずるずる匿っていても、問題を先送りにするだけで互いに良いことなんてあんまりないからな、行動を起こすなら早い方がいい。

 

「まず前提として。俺は人間だけど、この町の管理者のリアス・グレモリーと協力関係にある悪魔側の人間だ」

 

「っ……はい」

 

 正確には協力関係を築いたのは今日からだからちょっと語弊はあるけど……仮に築いてなくてもスタンスとしては変わらなかったから誤差だろう。

 

 アーシア自身もこの町が悪魔の管理する土地である以上、その辺りは薄々察していたと思う。俺が本来であれば敵対勢力の悪魔側の人間と知ってもそこまで驚いてはいなさそうに見えるし、この分ならスムーズに話を続けられそうだ。

 

「だから本当ならアーシアをこうして匿うのは良くないことなんだけど……事情が事情だし、まだリアス部長たちには伝えてないからそこはあんまり気にしなくていいよ」

 

「そう……ですよね……」

 

 悲痛そうに表情を歪めたアーシアは、長い間教会で『聖女』として暮らしていただけあって多分俺よりもその辺りのことは詳しいのだろう。今頃彼女の脳裏では悪魔側の人間と懇意にすることがどれだけ罪深いものであるのか、そんな教会の教えが反芻されているに違いない。

 

「私、やっぱり出て行った方が───」

 

 そうして立ち上がろうとした彼女の細い肩を、俺は両手でそっと押さえ、もう一度ベッドに座らせた。

 

「ストップ、結論を焦っちゃいけない」

 

 少しだけ声を低くして告げた俺の言葉に、アーシアが目を丸くする。

 今のアーシアは教会から追放され、堕天使に利用されて逃げ出し、悪魔側の人間に匿われているという複雑な立場だ。

 そのどれもが偶発的に起こってしまったものである以上、巻き込まれ続けて来たアーシアだからこそ、今後の選択はアーシア自身に決めて欲しいと俺は思ってる。

 

「いいか、アーシア。君はこれまで、ずっと他人に自分の行き先を決められてきた。教会に『聖女』だって持ち上げられて、都合が悪くなったら『魔女』だって追い出されて、今度は堕天使どもに便利な道具として利用されそうになってる。……誰も、君自身の意志なんか聞いちゃいなかった」

 

 俺は大きく息を吸い、呪術師として……いや、一人の人間として、彼女に選択肢を突き付ける。

 

「だから今度は、アーシアが自分で選ぶんだ。道は二つある」

 

「私が、選ぶ……?」

 

 不安に揺れるアーシアの瞳を真っ向から見据え、頷きを返す。

 

「そうだ。一つ目の道───堕天使も悪魔も俺がどうにかしておくから、アーシアはその間にこの町を離れて、もう一度全てをリセットして別の場所で一から人生をやり直す道」

 

 アーシアの息を呑む音が聞こえた。

 しかし、俺は彼女に間を与えず二つ目の選択肢を提示する。

 

「そして二つ目の道。───アーシアが、この駒王町に残る道だ。……でも、ここに残るってことは、呪術師である俺や、悪魔であるリアス部長たちの『共犯者』になるってことだ。それは教会の怨敵である悪魔の勢力に加担することを意味する」

 

 この道を選べば、アーシアは完全に教会と決別することになるだろう。

 今後出会う教会の人間からは『魔女』と呼ばれるだけではなく、悪魔に取り入った裏切り者と揶揄されるかもしれない。

 

「……もしもアーシアがこの町に残るなら、俺の紹介でリアス部長に話は通しておく。悪魔も癒せる神器を持つアーシアなら、部長は喜んで受け入れてくれるだろうから」

 

 静まり返った部屋の中に、時計の針の音だけがカチ、カチと響く。

 

「俺が君に提示できる選択肢はこの二つだけ。……そして、選ぶのはアーシア自身だ」

 

 

 

 

 

 

 突きつけられた二つの選択肢を前に、アーシアは小刻みに震えていた。

 彼女の細い指が、ジャージの膝のあたりを白くなるほど強く握りしめている。

 

「……わ、わかりませんっ」

 

 それは、絞り出すような声だった。

 

「私が逃げたら、イッセーさんが傷つくかもしれません。私が残ったら、いつかお母様やお父様に危険が及んでしまうかもしれません……っ。どちらを選んでも、誰かが傷つく……そんなの、私には選べません……っ!」

 

 ぽろ、ぽろと。

 彼女の瞳からあふれ出した涙が、ジャージの太ももに染みを作っていく。

 それは誰かのためにしか生きることを許されなかった少女の、あまりにも悲しい思考の限界だった。

 

 そして、アーシア・アルジェントという少女は、自分という存在の価値を常に他人の損得勘定でしか測れないのだと、この時俺は初めて理解した。

 

 ハァ、と。

 俺は本日何度目か分からない、盛大なため息を吐いた。

 怒っているわけじゃない。ただ、この子からここまで自由を奪った連中への殺意が、どうしようもなく呪力となって漏れ出そうになるのを必死に堪えていた。

 

 俺は立ち上がり、ベッドで小さく丸まっているアーシアの目の前にしゃがみ込む。そして、彼女のサラサラとした金髪の上に、父さんが俺にしてくれたように優しく右手を乗せた。

 

「え……?」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、アーシアが目を瞬かせる。

 

「アーシアはさ、難しく考えすぎなんだよ」

 

 俺は彼女の頭を、少しだけ乱暴に、けれど絶対に痛くない力加減でわしゃわしゃと撫で回した。

 

「誰かの迷惑になるとか関係ないって。逃げたいなら逃げる、残りたいなら残る。アーシアがやりたいことを、ただその心に従って選べばいい」

 

「私の、やりたいこと……?」

 

「そう。だってさ───どっちを選んだって、俺とアーシアが『友達』なのは、1ミリも変わんないんだから」

 

 ピタリ、と。

 アーシアの涙が止まった。

 エメラルドグリーンの瞳が、これ以上ないほど見開かれている。

 

「と、ともだち……? 私と、イッセーさんが……?」

 

「ああ。一緒に飯食って、一緒にアニメ見て、一緒にゲームしたんだ……だったらもう、俺たち友達だろ?」

 

 俺の言葉が、彼女の脳内でどう変換されたのかは分からない。

 けれど、次の瞬間。

 

「あ…………あぁ、あぁぁぁっ……!」

 

 アーシアは、まるで堰を切ったように、わあわあと声を上げて泣き出した。

 それは、小さな子供が絶対に自分の味方でいてくれる大人の前でだけ見せるような、感情を全部吐き出す、どこまでも透き通った叫びだった。

 

 彼女は両手で、俺のシャツの袖をぎゅっと、引きちぎらんばかりの力で掴んだ。

 

「っ……いやです! 私、もう逃げたくありません……っ!」

 

「おう」

 

「ひとりは、もういやです……! 追放されてからずっと、寒くて、暗くて、誰も私の言葉なんか信じてくれなくて……っ。でも、このお家はすごく温かくて……お母様は色んなことを私に教えてくれて……お父様はおはようって優しく笑いかけてくれて……っ!」

 

 しゃくりあげながら、彼女は俺の胸に顔を埋めるようにして、その小さくて、あまりにも巨大な初めての本音を叫んだ。

 

「わたし、もっと……もっとイッセーさんたちと一緒にいたいです……っ! このお家で、明日も、明後日も……みんなと一緒に、ご飯が食べたいです……っ!!」

 

「───よっしゃ。なら、後は俺に任せとけ」

 

 俺は、胸元で泣きじゃくるアーシアの頭をもう一度優しく撫でながら、最高に意地が悪い、爺ちゃんみたいな笑みを浮かべた。

 

「堕天使もはぐれ悪魔祓いも全部俺がぶっ飛ばしてくるから……そしたら、また一緒にゲームしようぜ。今度は俺の友達も呼んで、この家でみんなでさ」

 

「はい……はい……っ!」

 

 泣きながら何度も頷く彼女の背中をさすりながら、俺はゆっくりと立ち上がった。

 やることは決まった。だったら、後はそれに向けて準備を重ねていくだけだ。

 

 俺は勉強机の上に置いてあった、赤い魔法陣が描かれた小さな羊皮紙───今日の放課後、リアス部長から緊急時の連絡用として渡されていた通信端末を手に取った。

 

「───夜分にすみません。今日話してくれた堕天使の件について、どうしてもリアス部長の耳に入れたいことがあって」

 

 さて、久しぶりに暴れるとしますか。

 

 

 

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