俺は兵藤一誠、呪術師だ!   作:朝日

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06:現在地

 

 

「───と言うわけで、晴れて新しく私の眷属になったアーシア・アルジェントよ。皆、仲良くしてあげてちょうだいね」

 

「あ、アーシア・アルジェントです! 不束者ですが、よろしくお願いします!!」

 

 兵藤一誠です。

 何がと言うわけなのかは詳しく知りませんが、アーシアがリアス部長の眷属として悪魔に転生しました。

 与えられた駒はやはりと言うべきか『僧侶』で、部長は自分の眷属に回復要因が加入したことでホクホク顔である。

 

「うふふ。よろしくお願いしますわ、アーシアちゃん」

 

「よろしくね、アーシアさん」

 

「……よろしくです」

 

 姫島先輩はもちろん、木場や小猫ちゃんもアーシアの加入には両手を挙げて歓迎している様子だ。

 悪魔の転生儀式からの数日間でいつの間にこんなに仲良くなったんだろう、と俺が首を傾げていると、くすくすと笑みを漏らしたリアス部長がアーシアを伴って俺の対面に腰を下ろす。

 

「戸籍の用意や学校の手続きといった私の支援を受ける以上、どうしてもグレモリーの眷属になって貰うのが一番手っ取り早いし……それに悪魔になれば色々とアーシアに取ってもメリットが大きいから全力でアピールさせて貰ったわ」

 

 どうやら諸悪の根源は目の前の上級悪魔様のようだった。

 いやまぁ、俺としてはアーシアが悪魔になってもならなくても特に関係はないんだけど……アーシア、将来詐欺とかに引っ掛からないよな? あ、その辺はもう部長がいるから安心か。……安心、なのか?

 

『クク、古来より人の弱みに付け込むという一点で悪魔に勝る種族はいないからな。そういう意味ではあの娘に任せて置けば問題あるまい』

 

 あの、ドライグさん。それってつまり、既にアーシアはリアス部長という一番厄介な悪魔に付け込まれてしまったということと同義なのではないでしょうか。

 

「イッセーさん」

 

 大丈夫かなぁ……と唸っていると、件のアーシアがいつの間にか目の前に立っていた。

 アーシアは姫島先輩が見立ててくれたであろう駒王学園の真新しい制服に身を包んでおり、驚くほどよく似合っている。部長曰く、明日から転入生として俺と同じクラスに配属されるらしい。

 

「うちの制服、すっげぇ似合ってるぜ。どうかしたか?」

 

「あっ、ありがとうございます……! その、改めてお礼を言わせてください。私を助けてくれて、ここまで導いてくれて……本当に、どうもありがとうございました」

 

 深々と頭を下げる彼女に、俺は照れ隠しのように頭を掻いた。

 

「……はは、気にすんなって。俺が助けたくて助けただけなんだしさ」

 

 それに俺は切っ掛けを与えただけで、この道を選んだのは他でもないアーシア自身だ。

 俺はアーシアの選択を尊重して、少しでもその一助になれればと道を整えただけに過ぎない。これからその道をどうやって歩いて行くかはアーシアにしか出来ないことだからな。

 

「だから、これからも何か困ったことがあったら言ってくれよ。……俺たち、友達なんだからさ」

 

「っ……はい!」

 

 花が綻ぶような、ひたすらに純粋な笑顔。

 うーん、やっぱり美少女には笑顔が一番よく似合う。制服姿も相俟って、普段の三割増し……いや、五割増しでアーシアが可愛く見えてくる。これもう人類の宝だろ。……悪魔になっちまったけど。

 

「っと、忘れてた。リアス部長」

 

「なにかしら?」

 

 脳裏を過ぎるのは、アーシアの転生や諸々の手続きのため、彼女がここ数日部長に付きっきりで俺の家から不在だった光景。

 

『イッセー、アーシアちゃんはいつ帰ってくるの?』

 

 そんな言葉を俺はこの数日だけで耳に胼胝ができるほど聞かされてきた。当然ながらその相手は母さんで、母さんはそれはもうアーシアのことを気に入ってしまったらしく、俺が療養中だなんだと適当なこと言ってしまったのと部屋が余ってることもあり、もう完全に俺の家に迎え入れる気満々なんだよな。

 

「アーシアの住む場所とか特に決まってなかったら、このまま俺の家で面倒見させて欲しいんですけど───」

 

「い、いいんですか!?」

 

「うおっ、びっくりした」

 

 最後まで話し終える間もなく、隣のアーシアから身を乗り出すような歓声が上がって思わず肩が跳ねてしまう。

 見れば、大声を出してしまったことを恥ずかしそうに両手で口を覆いつつも、エメラルドグリーンの瞳をきらきらと輝かせてこちらを見据えるアーシアの姿があった。

 

「ふふ、もちろんよ。むしろ私の方からお願いしようと思っていたくらいだし、アーシアも出来ることならってそれを望んでたもの」

 

「おー、それなら良かった。母さんも喜びますよ」

 

 まぁ、アーシアはすっごいいい子だし、母さんが構いたくなる気持ちもよく分かる。俺も一人っ子だけど、もし妹がいたらこんな感じだったのかなーってちょっと絆されてるところはあるし。

 

「お母様……っ」

 

 アーシアもうちの母さんには凄く懐いてたしな。お互いにとってウィンウィンなら、それに越したことはない。

 

「───部長、準備が出来ましたわ」

 

「あら、早かったわね。……それじゃ、イッセーとアーシアの歓迎会を始めましょう!」

 

 姫島先輩の合図と共に、机の上に美味しそうなケーキと紅茶がずらりと並べられていく。

 そんなこんなで、新しい部員と眷属を迎えたオカルト研究部は、今日も今日とて平和です。

 

 

 

 

 

 

 駒王町の外れにある山奥。そのさらに奥深くの、木々が丸く切り開かれた森の中心地。

 専用の『帳』と隠蔽の結界を何重にも張り巡らせて対策を万全にしたこの場所こそ、俺が物心ついた頃から爺ちゃんとの地獄の稽古や、日々の自己鍛錬に使って来た専用の修行スポットだ。

 

 今の俺なら、リアス部長に頼めばグレモリー家の力でいくらでも立派な修練場を用意してくれると思うが、そこまで世話になるほど切羽詰まっていないことと、やはり長年染み付いた血と汗の匂い、そして周囲から完全に隔絶されたこの静寂が一番落ち着いて自分の現在地を見つめ直せるからか、俺は今も暇さえあればこの場所を愛用していた。

 

「なぁドライグ。今の俺って、客観的に見てどれぐらい強いのかな」

 

 ふと木陰に腰を下ろし、左腕に向かって問いかける。

 この場所なら、誰の目を気にすることもなくドライグと気楽に会話ができるというのも大きな利点だ。ドライグは「自分と無駄話したがる宿主などお前くらいだ」と呆れるが、俺はこいつと他愛のない会話をする時間がけっこう好きだったりする。

 

『そうさな。……少なくとも、潜在能力という点で見れば歴代の赤龍帝でも随一なのは間違いない。魔術の才能はからっきしで、呪力量自体もお世辞にも多いとは言えないが……その齢で呪術戦の極致(・・・・・・)の片鱗を掴んでるんだ。今のままでも並みの相手じゃ相棒の足元にも及ばないだろうよ』

 

 ドライグのどこか含みのある称賛に、俺は思わず苦笑を溢す。

 並みの相手なら、ね……やっぱりそうだよなぁ。

 

『相棒も分かっているだろう。……俺たちがこれから戦う相手は、『並』なんて枠組みに収まる存在じゃない。上位の悪魔、堕天使の幹部クラスが最底辺、最悪神話の怪物だって出張って来る可能性もある。神器の真の力たる『禁手(バランス・ブレイカー)』にすら至っていない現状を鑑みれば、ハッキリ言ってこの先は厳しいと言わざるを得ないな』

 

「はは、手厳しいや」

 

 でもまぁ……それが現実なら、いまの自分の立ち位置を正しく受け入れるしかない。

 幸いなのは、全ての力を扱えるようになれば「歴代の誰よりも可能性がある」と、他でもない二天龍のドライグが証明してくれていること。そして何より、爺ちゃんが昔、稽古の合間に口酸っぱく言っていた言葉があるからだ。

 

「……呪術師の成長曲線は一定じゃない」

 

 どれだけ鍛錬を積んでも届かない壁がある。だが、何かの『切っ掛け』を掴んだ瞬間、一秒前の自分を置き去りにするほど劇的に進化する。それが俺たち呪術師という生き物だ。

 そして、俺はその切っ掛けの正体を知識として既に知っている。

 

「やっぱり、出すしかないんだよな───『黒閃』を」

 

 それは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間にのみ生じる現象。空間が歪むほどの稲妻の如き黒い閃光を伴い、それを経験した者とそうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地ほどの差が生まれると言われるほどの、一種のゾーン状態。

 

 俺はまだ一度も『黒閃』を出したことがない。

 爺ちゃん曰く狙って出せる術師は存在しないとのことだし、俺自身、これまでゾーンに入るほどの極限の死闘を経験してこなかったことも大きいだろう。

 

 しかし、現状の延長線上に俺の求めている強さがないのも事実。

 俺は何となく、この状況を打破するための鍵が『黒閃』だと思ってる。……いや、あの現象を起こさなければ俺は次のステージに行けない、そんな確信があるんだ。

 

『『禁手(バランス・ブレイカー)』も、それで言えば極めて近い性質の現象だからな』

 

 俺の思考に呼応するように、ドライグが深く頷く気配がした。

 

『『禁手』は、所有者の心と体に劇的な変化が起きた際に発現する。極限の集中状態の中で呪力の核心に触れ、世界を見る目が変わるほどの『黒閃』を経験すれば……必然、それは相棒にとっての劇的な変化として『禁手』への到達も目前となるはずだ』

 

 ───ドラゴンは、争いを引き寄せる。

 過去、争いとは無縁の生活をしていた宿主たちが、ドラゴンの封じられた神器を持って生まれてしまったがために数え切れないほどの悲惨な末路を辿ってきたとドライグが、そして爺ちゃんが言っていた。

 俺に宿ったドラゴンは世界でも名高き二天龍、その一角たる赤い龍───歴代の所有者たちが力に振り回され、あるいは呑み込まれ破滅していったように、俺がその末路を辿る可能性はゼロじゃない。

 

 それでも、俺はドライグを『呪い』として扱いたくなんてないから。

 自分の死に様は自分で決める。……最期の時まで、俺はドライグと一緒に進み続けるって決めたから。

 

「なら……やっぱり鍛錬あるのみ! だよな」

 

 出すぞ『黒閃』、目指せ『禁手』だ。

 もう一個の方は呪力消費が激し過ぎてそう簡単に鍛錬に取り入れられないし、感覚自体は掴んでるからゆっくり進めていこうと思う。

 

『(……アルビオン。本当に、当代の俺の宿主は変わった奴だよ。いつになるか分からんが、お前に見せるのが楽しみだ)』

 

 

 

 

 

 

 ホームステイという形で、アーシアが正式に我が家で一緒に暮らすことになった。

 そのための荷解きを手伝い、無事に終えて彼女が疲れから自室のベッドで眠りに就いたのを見届けた、深夜の時間帯。

 俺はすっかり記憶の彼方に置き去りにしてしまっていた明日の授業までの課題を思い出し、徹夜で勉強机と向かい合っていた。

 

「……やべぇ、全然頭が回らねぇぞ」

 

 期限は明日の一限までなのに、全くと言っていいほどシャーペンを握る手が進まない。

 俺自身も荷解きの疲れが多少なりとも蓄積しているというのもあるが、ここまで頭が回らないのは初めてだ。

 

『単純に相棒の脳が、面倒な作業を拒絶してるだけだろう』

 

 ドライグからの呆れるような指摘。

 その声音には「さっさと済ませてしまえよ」と言わんばかりの諦観が漂っているが、俺だって出来ることならそうしたい。しかし、全くと言っていいほどやる気が起きないのだから是非もない。

 

「明日の朝、松田と元浜に課題の写しを……いや、あいつらもやってない可能性が高いし、ここは桐生に頼むべきか……?」

 

 後で何を要求されるか分かったもんじゃないが、それと引き換えに今夜の安眠を手に入れられるのなら安い買い物か? と、俺の思考が必死に抜け道を模索していた、その時のことだった。

 

「……なんだ?」

 

 背後の空間が微かに歪む気配がして、俺は思わず首を振り返る。

 今やすっかり見慣れた魔法陣が、自室の中央に音もなく展開されていた。

 俺の家には強固な『帳』と隠蔽の結界を張っているが、あらかじめ許可(パス)を与えている身内───元72柱の悪魔であるグレモリー家の転移魔法陣なら侵入が可能だ。

 しかし、こんな時間にわざわざ俺の部屋を訪れるような悪魔を、俺は一人しか知らなかった。

 

「えと……こんばんは、リアス部長」

 

 真紅の粒子を伴ってそこに立っていたのは、我らがオカルト研究部の部長、リアス・グレモリーその人だった。

 しかし、どこかその表情は浮かない様子……というよりは、鬼気迫ったようにその双眸が揺れ動いており、俺は思わず何らかの緊急事態かと身構えてしまった。

 

「イッセー。至急、私の処女を貰ってちょうだい」

 

「…………は?」

 

 だが、彼女の口から紡がれたのは、俺の予想を遥かに超える特大の爆弾発言だった。

 

 「あなたにしか頼めないの」と、どこまでも真剣な、それでいてひどく悲痛な眼差しで迫ってくるリアス部長に、俺は開いた口が塞がらないまま完全に思考停止することしかできなかった。

 

 

 

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