俺は兵藤一誠、呪術師だ! 作:朝日
「……私じゃ、役不足かしら?」
返答のない俺に痺れを切らしたのか、リアス部長の不安に揺れる眼差しが俺を捉える。
取り敢えずその返答には声を大にして否定を返してあげたいところなのだが、如何せんこんな事態になるに至った経緯を俺は一切知らないため、まずは事の発端を聞かせて貰えなければ対応のしようがないというのが本音だ。
「その、切羽詰まってるって言うのは何となく察してるんすけど……一先ず、軽くでも良いんで理由とか教えて貰えません?」
抱く抱かないは一度置いておいて、一旦お互いに冷静になった方がいいと諭してみる。すると部長は悩む素振りを見せながらも小さく頷き、俺のベッドに腰を下ろしてポツポツと事情を語り始めた。
「私、婚約者がいるの───」
そうして部長から語られた内容は、簡単に言うなら冥界の悪魔事情に関する『政略結婚』の話だった。
大戦を経て悪魔の数が減少してきているという話は、俺もドライグや爺ちゃんからよく聞いていた話だ。その対策として『
ただ、部長は自分の結婚相手くらいは自分で決めたいと幼い頃から家族に言い含めていたらしく、それなのに自分に断りなく勝手に結婚相手を決められたことに深く憤りを感じているようで……更にはその婚約者も、軽薄で女好きの、いかにも自分の体目当ての傲慢な男と来たものだから、ついに堪忍袋の緒が切れた部長が、こうしてその縁談を破談に持ち込むべく俺の下にやって来たとのこと。
「───私だって、貴族の次期当主としての責務は痛感してるわ。それでも……それでも、我慢できなかったのよ」
悲痛そうに目線を落とす部長だが、正直俺は何て声を掛けていいのかまるで分からなかった。
「(……俺はその婚約者のことよく知らないけど、あの部長がこんだけ言うってことは相当なろくでなしなんだろうな)」
そりゃ俺だって、勝手に婚約者決められた挙句、好みのタイプと真逆な人を紹介されたら普通に嫌だって言うよ。
でもそれは、俺みたいな一般人だから許されることであって、部長みたいな由緒正しい家柄の次期当主って立場となると、そう簡単な話じゃなくなってくるのも理解できる。……めんどくさい世界だ。
「じゃあ、なんでその相手に選んだのが俺だったんですか? 部長なら冥界でも引く手数多だろうし、何なら身近に木場とかもいるじゃないですか」
言っちゃあれだけど、俺と部長ってまだ出会って日も浅いし、そこまで深い信頼関係を築けていたとも思えない。いや、アーシアの件とか今までこの町を守ってくれたことには普通に感謝してるけど。
そんな俺の言葉に、部長はまるで仕方のない子を見るような眼差しで俺を見据えると、すっと俺の左腕を指差した。
「簡単な話よ。……あなたが『赤龍帝』だから」
木場のような転生悪魔の眷属では破談に持ち込むほどの影響力を生み出せないし、ただの一般人はそもそも論外。
しかし俺は当代の赤龍帝、その影響力は過去の大戦への乱入から今に至るまで、計り知れないことは歴史が示している。加えて、俺がすでにオカ研の部員として協力関係にあることも手伝って、俺の存在が部長のお眼鏡に叶ったらしい
んー……そう言われると、確かにとしか言えないわ。
「無茶を言ってるのは重々承知よ。でも、イッセーにしか頼めないの」
いやまぁ……そこまで言われると、俺としても協力してあげたい気持ちは山々ではある。でもこれ、後でグレモリー家とその婚約者の家から俺がめちゃくちゃ恨まれることになったりしない?
いくら赤龍帝とはいえ、流石に自分から火種をばら撒く様なことはしたくないよ、俺。
「あの、一つ確認なんですけど───っ」
その辺りの事情を一端部長に聞こうとした矢先のことだった。
「イッセー……?」
パキン、と。
俺にしか聞こえない、極めて不快な音が鼓膜を叩いた。
『帳』を覆う外周の結界が、割られた。
思わず瞠目する俺の姿にリアス部長が訝しげに首を傾げるが、説明している暇はなかった。
「すみません、部長。話は後でお願いします」
俺は瞬時に全身に呪力強化を施し、左腕に『
向かう先は当然ながら、俺の結界を破り、今もなお内側の『帳』を破らんとしている侵入者の下だ。
『気を付けろ、相棒……相当なやり手だぞ』
「ああ、分かってる」
どうやってここを察知したのか、そもそも何が目的なのか、その全てが不明慮。ただし、相手は俺の結界を力づくではなく、術式の構造をしっかり解析した上で根本から解きほぐしてみせた、知性と技量を兼ね備えた怪物だ。この前の堕天使たちのように片手間で相手出来るような存在じゃない。
『Boost!!』
倍加が済んだことを確認し、興味深そうに『帳』に手を当てている侵入者───
「な……!?」
姿を見せず、気配も感じさせなかった『帳』越しから飛び出しての奇襲。
女悪魔は目を見開きつつも即座に俺の一撃を腕をクロスさせることで防いで見せたが、俺の手が魔力障壁ではなく『生身』に触れている以上、この一撃は確定で入る。
「捌」
「ぐっ……!」
『解』とは異なるもう一つの斬撃。
俺の『捌』は、触れた対象の強度に応じて最適な一太刀で相手を卸す斬撃なのだが……参ったな。俺の呪力量じゃ、腕の一本も落とせないほどの相手らしい。
咄嗟に俺から距離を取り、垂れ下がった右手を高度な魔術で治癒していく女悪魔を油断なく見据える。
あの硬さと反応速度から察するに、上級───いや、最上級悪魔以上は確定だ。
「悪魔が俺の家に何の用だ?」
『Boost!!』
二回目の倍化が完了する。もう少し重ねれば次の『捌』で確実に腕の一本は持っていけるだろう。
と言っても、さっきのは奇襲だから出来たことで、次からは不用意に触れさせてくれないと思うけど。
「───『
右手の治癒を終えた女悪魔が、静かな声で言葉を紡ぐ。
しかし、俺が戦意を滾らせてなお、その氷のような双眸には一切の闘志が宿っていない。
驕っているのか、それとも格下だと思って舐めているのか……何にしても、それなら好都合だ。
「ドライグ、あれをやる」
『
「出し惜しみして勝てる相手じゃない」
『……分かった。死ぬなよ、相棒』
母さんと父さんを残して死ぬつもりはねぇよ。
心の中でそう返しつつ、俺は両手を胸の前に掲げ、中指と人差し指を合わせた閻魔天の掌印を結んだ。
「っ……!」
直後、俺の呪力の
彼女は俺を明確な『脅威』と認識し、俺の呪力に呼応するように、周囲の空間を歪ませるほどの膨大な魔力をその身から放出させて身構えるが……もう遅い。
「領域展開───」
周囲の景色を塗り替えて、炎に包まれた不完全な生得領域が俺と女悪魔を包み込もうとした。
───その、瞬間だった。
「待って、イッセー!!」
衣服を整え、二階の窓から『帳』を抜けて飛び出して来たリアス部長が、必死の形相と共に俺の背中に飛びついてきた。
その体当たりによって掌印が解け、練り上げられた呪力が霧散していく。
こうして、俺と正体不明の銀髪の女悪魔による真夜中の死闘は、未遂のまま幕を閉じることとなった。
▽
「───大事なお話って、なんでしょうね」
後日、駒王学園の放課後。
俺たちオカルト研究部の面々は、リアス部長から「大事な話があるから放課後になったらすぐに部室に集まるように」と招集をかけられていた。
他でもない部長からある程度の説明を聞いた俺は知っているが、それを知らないアーシアの表情には純粋な疑問が浮かべており、一緒に旧校舎へ続く道を歩いている木場は、確信は持てないもののもしかしたらと言わんばかりに、少しばかり訝し気な表情を浮かべていた。
「ま、行けば分かるって」
俺はアーシアに言葉を返しながら、内心で昨夜の出来事を反芻していた。
あの夜、身を呈して俺を止めてくれた部長曰く、俺が対峙していた銀髪のメイド姿の女悪魔は、グレイフィア・ルキフグスというグレモリー家の使用人にして、部長の実兄でもある四大魔王の一角、サーゼクス・ルシファーの『
一応、グレイフィアさんの方からは「突然の訪問になってしまって申し訳ありません」と、結界を解体した件も含めて謝罪は受けている。そう言う事情ならと俺も納得したが……それでも、あの登場の仕方は本当に心臓に悪いから止めて欲しいというのが正直な気持ちだ。
まぁ、次期当主でもある部長の勝手な行動を咎めるためと言われたら返す言葉もないし、『帳』の要件定義を変更しない限りは、
『───当代の赤龍帝のお力、
去り際のグレイフィアさんの言葉もなんかちょっと含みがあったし……部長は気にしないでいいって笑いながら帰って行ったけど、普通に気にするっての。
だって、あんな強い悪魔を『女王』の駒として従えてるってことは、部長のお兄さんも多分とんでもない実力者ってことだろ? 今は魔王とは言え、元はグレモリー家の悪魔な訳だし、俺が部長に協力してあのまま縁談を破談に持ち込んで仮に敵対してたらって考えたら、それだけで寝られなかったわ。
『領域という奥の手も晒してしまったしな』
脳裏に響くドライグの言葉に、俺は深く同意を示すように内心で嘆息した。
俺は素の呪力量も呪力効率もそこまで高くないし、一度領域を展開してしまえば、その後は完全にガス欠になって満足に動くことすらままならなくなる。
その弱点を晒してないとは言え、未知の術に対して何の対策もしないままとあっては魔王の『女王』は務まらないだろう。もしも次戦うことになったとしたら、そもそも掌印を結ばせて貰えるかさえ怪しいところだ。
「(今日の話にはグレイフィアさんも立ち会うって言ってたし、何事もないことを祈るしかないよなぁ……)」
こういう時って、大体ろくでもないことが起こるのが相場だけど。
そんなことを考えながら旧校舎に近づいていくと、流石の木場も普段とは異なる冷徹な気配に気づいたのか、瞳を丸くして自分たち以外の誰かが部室にいることを察したようだ。
どうやらグレイフィアさんは到着済みのようで、他にもリアス部長や姫島先輩、そして小猫ちゃんも既に集まっている気配がする。
「待たせちゃ悪いし、急ごうぜ」
小走りで部室へ向かい、重厚な扉を開く。
案の定というか、そこには腕を組んで険しい顔をした部長と、その傍らに一切の隙なくグレモリー家の使用人として控えるグレイフィアさんの姿があった。
小猫ちゃんは相変わらずソファでお菓子を頬張っており、姫島先輩の姿が見えないのは恐らくお茶か何かを淹れに行っているからだろう。
部長は扉を開いた俺たち……中でも、俺を一瞥して静かに頷くと、「急に呼び出しちゃってごめんなさいね」と告げながら、空いている席に各自腰を下ろすよう促した。
「……あの、イッセーさん。部長さんの隣にいらっしゃる女性は?」
アーシアは初めて目にするグレイフィアさんに目を丸くしつつも、部室に漂うただならない雰囲気にどこか困惑を滲ませながら、俺の袖を引いて小声で問いかけてくる。
「えと、あの人はグレモリー家の使用人の───」
取り敢えず、姫島先輩が戻ってくるまでは軽く事情だけでも説明しておこう。
俺が部長にアイコンタクトで許可を取り、アーシアにグレイフィアさんのことを話そうとした……その直後のことだった。
「……フェニックスの魔法陣」
ソファに座っていた小猫ちゃんが、不快そうに呟く。
部室の中央に突如として発生した、炎を伴った巨大な魔法陣。そこから溢れ出した熱風と共に、金髪の若い悪魔が姿を現した。
「(フェニックス……ってことは、あれがリアス部長の婚約者ってことか)」
俺は、炎の中から現れた男の姿をじっと観察する。
仕立てのいいスーツを着崩し、傲慢さと軽薄さを絵に描いたかのような如何にもな容姿。
……いやいや、流石に純血の上級悪魔だし、礼儀作法くらいは流石に弁えてるでしょ。
「会いたかったぜ、愛しのリアス」
そう思っていたのだが───どうやら、部長の評価に一切の誇張はなかったらしい。
ニヤニヤと下卑た笑みを部長に向ける婚約者───ライザー・フェニックスの登場に、俺は嵐の予感を覚えずにはいられなかった。