俺は兵藤一誠、呪術師だ! 作:朝日
フェニックス。
それは、リアス部長と同じ元72柱の純血悪魔の一柱にして、炎と風、そして高い再生能力を持つ、文字通り不死鳥の異能を有した悪魔の家系。
あらゆる傷を瞬時に癒す『フェニックスの涙』の生みの親と言われれば、裏の世界で生きる者たちなら誰もがピンと来るほどに、彼らがこの世界に与える影響力と資産は計り知れない。
「───いやぁ、やっぱりリアスの『
「……痛み入りますわ」
計り知れない、のだが。
……まさかここまでの尻軽男だとは思いもしなかった、というのが俺の正直な感想だった。
婚約者である部長が隣に座っているのに、堂々とその眷属である姫島先輩を口説きにかかるとは、シンプルにデリカシーという概念が欠落しているムーブだ。そりゃ部長だって眉をひそめるだろうし、いつもは柔和な姫島先輩から笑顔が消え、注がれる紅茶の液面が微かにピリついているのも無理はない。
『いや、悪魔なら割と大概がこんなもんだぞ。若い悪魔たちに変わり者が多いだけだ』
悪魔は欲に生きて欲に死ぬ種族だからな、と脳内で語るドライグ。
俺としては「それを言っちゃおしまいじゃない?」と思う反面、悪魔の成り立ちや歴史を軽くしか知らない俺でも、人間界の恋愛観に憧れる部長みたいな悪魔は、あちらの世界じゃ相当な『変わり者』なんだろうなとは思うので、特に異論を挟めないのが辛い。
ただ、一個人の価値観で見れば、俺は女性をとっかえひっかえする目の前の金髪よりも、自分を愛してくれる人と最期まで添い遂げたいと語る部長の意見に断然賛同するけども。
『ドラゴンが引き寄せるのは力だけじゃない。その力に釣られるように、異性を引き寄せるのが常でもある。……相棒は将来、その辺りで苦労しそうだな』
女難の相が出てるってこと? 怖いこと言わないでくれよ。俺は静かで平穏な暮らしが送れればそれで満足なんだ。たくさんの女の子を養えるだけの甲斐性なんて、ただのフリーランスの呪術師には皆無だからな。
『…………まぁ、頑張れよ』
だからその意味深な沈黙をやめろっての。
「───いい加減にしてちょうだい!」
そんな風にドライグと世間話を続けていると、ついに我慢の限界が訪れたらしい。ソファに座りながら、ライザーに視線とセクハラまがいの言動を浴びせられるがままだったリアス部長が声を荒げ、ライザーにびしっとその指を突き付けていた。
「私はあなたと結婚なんて断じて認めないわ! お父様もお兄様も急ぎすぎなのよ!!」
学生のうちは、学生らしい青春を謳歌したい。昨夜の夜這い未遂の際にそう語っていた部長の顔を思い返せば、確かに年頃の女の子に「種族の存亡をかけた政略結婚」だなんて荷が重すぎるのは道理だろう。けれど昨日も言ったが、それはあくまで一般人に限った話だ。
「あのなぁ、リアス……この縁談は、先の大戦で激減した純血の悪魔の血を絶やさないために、君のお父様やサーゼクス様が悪魔の未来を考えて決めたことだ。君個人のそんな我が儘が通じるとでも思っているのか?」
ライザーの声音から、先ほどまでの軽薄さが消える。
リアス部長は、由緒ある元72柱・グレモリー家の次期当主。
当然だが今の会話が組織の論理としてどちらが正しいかと問われれば、その内心がどうであれ、表面上はライザーが100パーセント正しいことは明白だった。……部長もそれが嫌というほど分かっているからこそ、今の今まで唇を噛んで我慢していたのだから、俺が外野から語るまでもないことだけどさ。
「───それにな、リアス。俺も『フェニックス家』の看板を背負ってるんだよ」
部長に呼応するように立ち上がったライザーが、一転して刺すような真剣な眼差しで部長を見据えた。
ライザー側からしても、本来なら随分前から決まっていたこの縁談を、部長の都合で先送りにされ続けたにも関わらず、縁談を組んでくれた親同士の顔を立てて今日まで待っていたのも事実なのだ。これ以上コケにされれば、フェニックスの名前に泥が塗られるというその言葉も推て知るべしというものだ。
両者譲らない、一触即発の空気。
お互いの魔力が部室に充満し、次の瞬間には衝突して爆発を起こしてしまいそうなほどの剣呑な重圧が漂い始める。
「お嬢様、ライザー様。共に魔力をお納めください」
その熱を一瞬で氷点下まで引き下げたのが、今回の一件の立会人であるグレイフィアさんだった。
メイド服の袖を微かも揺らさず紡がれた冷徹な一言。それに冷や水をかけられたかのようにハッとした二人は、互いに深呼吸を挟みながら再びソファに腰を下ろし、彼女の言葉の続きを静かに待っていた。
「私は魔王サーゼクス様の命を受けてこの場にいます。故に、この交渉が決裂した場合の『最終手段』も仰せ付かっております───」
双方の主張が完全に平行線であることを確認したグレイフィアさん。
彼女は「共に納得ができないのであれば、冥界の作法に則り『レーティングゲーム』で決着をつけるように」と二人に促した。その提案に、リアス部長は息を呑むような驚愕を、そしてライザーは、己の勝利を確信したような歓喜に満ちた笑みを浮かべる。
「クク、俺に異論はありませんよ」
ライザーの自信に満ちた笑みに、事情を知らない俺とアーシアが首を傾げていると、姫島先輩がそっと俺の耳元に顔を寄せた。
曰く、ライザーは既に公式戦で何度も勝利を収めているプロの実力者であること、対して部長は、まだ公式戦はおろかチームとしてのデビューすらしていない対極の初心者であることを、ひどく硬い声音で耳打ちしてくれた。
「(うーん……流石に部長側が不利すぎないか?)」
レーティングゲームの概要は俺も知識として認知している。
互いの『王』が自身の眷属たちをチェスの駒として率いて戦う、今冥界で大流行中の実戦形式のゲームのことだ。
普通の実戦と違って、ゲームには試合ごとに細かなルールやフィールド設定が存在する。だから一概に「初心者だから絶対に勝てない」とは断言できないけれど、それでも経験者と未経験者の間には天と地ほどの開きがあるのは否めない。
「(加えてこっちは、リアス部長を含めてたった五人。姫島先輩曰く、向こうは十五人のフルメンバーなんだろ? ……いくらなんでも、少しくらいハンデがあってもいいと思うのは俺だけか?)」
客観的な数字で見れば『5対15』。単純計算で1人あたり3人の相手を請け負うことになる。
いくらアーシアという最高の回復要員が加入したと言っても、相手は不死鳥たるフェニックス率いる眷属たちだ。仮に『フェニックスの涙』の持ち込みなんかまでルール上許可されるのだとしたら、純粋な継戦能力において、向こうが圧倒的に秀でているのは火を見るより明らかだった。
「(部長、どうするつもりなんだろ……)」
自らの手で婚約破棄を勝ち取れると言うのなら願ってもないチャンスだろうが、条件としてはシビアを通り越してただの処刑台に近い。
しかし、このオファーを受けなければ他に破談の道がないのも現実。部長は少しの間目を閉じて思考を巡らせ───やがて、覚悟を決めたように目を開いた。
「いいわ。レーティングゲームで決着を付けましょう。……ただし、今回はあくまで非公式のゲーム。そうよね、グレイフィア?」
「……はい。公式戦のように、複雑な取り決めなどはございません」
あ、そうなんだ。
所謂「公式大会のランク戦」じゃなくて、「身内同士のプライベートマッチ」的な扱いってこと? ……なら、部長的にはルールの穴を突くような抜け道をいくつか用意してたりするのかな。流石だぜ。
……ん? 何か部長がこっち見てる。
え、何すか。その「言いたいことは分かってるわよね」みたいな熱い眼差し。全然分からないんですけど。
「だったら私は───私が人間界で立ち上げた、この『オカルト研究部』の総力を以ってあなたに挑むわ、ライザー」
「……何?」
あー……これ、俺もメンバーとして出場するパターンですか?
いや、そういうことなら協力するに吝かではないけども……俺、悪魔の駒をもらってないただの人間なんですけど、ルール上それって大丈夫なの?
思わずグレイフィアさんに目線を向ければ、彼女は微かに頷き、俺の横に並び立った。
「こちらの殿方は兵藤一誠様。リアスお嬢様の、人間界における協力者です」
「……なるほど。人間がこの場にいるなんて妙だとは思っていたが、そういう理由か」
そうっすね、俺もさっきまでは、何で俺までこの会議に呼ばれたんだろうってずっと思ってました。
「それで? そんなちっぽけな人間一人がゲームに加わったところで、本気で俺に勝てるとでも思ってるのか、リアス」
「私たちだけでも、あなたに負けるつもりは毛頭ないわ。……けれど、そうね。彼がいれば勝率は大きく跳ね上がる───」
───当代の『
そんなリアス部長の種明かしを受け、ライザーの瞳が本日一番の驚愕に見開かれた。
「赤龍帝だと!? こんなガキが!?」
「……ども」
はい、どうも。こんな俺でも一応、赤龍帝やらせてもらってます。
「まさかとは思うけれど。仮にも私の婚約者たるあなたが、赤龍帝とはいえ、あなたの言うちっぽけな人間が一人加わっただけで前言を撤回するような器の小さい真似はしないでしょう?」
リアス部長の、退路を完全に焼き切るような挑発。
一瞬、ライザーの頬が微かに引き攣ったのを俺は見逃さなかった。だが、純血の貴族としての矜持がそうさせたのか、彼はすぐさまその表情を、傲慢で余裕のある笑みへと上書きしてみせた。
「……ハハハハハハ! いいだろう、リアス!」
ここで引けば『フェニックス家』の名折れだ、そう言わんばかりにその体から物理的な熱量を伴った魔力を滲ませながら、ライザーは部長の言葉を承諾する。
「赤龍帝だろうが何だろうが、所詮はただの人間のガキだ。俺の眷属たちが撫でてやれば、一瞬で消し炭になるだろうよ。……それに、悪名高き赤龍帝を打ち倒せば俺の評判も向上するからな。こちらとしては、むしろ願ってもない申し出だ」
「お受けしていただけるのですね、ライザー様」
ライザーの力強い受諾宣言。
それを確と見届けたグレイフィアさんが、一歩前に出て、一切の感情を排した声で告げた。
「双方の合意を確認いたしました。これより、本件は魔王サーゼクス様の名において、非公式レーティングゲームとしての受理手続きに入ります」
彼女は懐から銀色の懐中時計を取り出し、文字盤を確かめるように一瞥する。
「ゲームの開催日は───『十日後』とさせていただきます」
……十日後?
なんだ、てっきり今から始めると思ってたけど、その辺はしっかり余裕とか持たせてくれるのか。
『悪魔側にも色々事情があるんだろうよ』
そりゃそうだ。
そもそもレーティングゲームをすること自体、グレイフィアさんは最終手段って言ってたし、やるならやるで両家への通達とか会場の設営とかの準備が必要になって来るのだろう。
「十日後か……まぁ、ちょうどいいハンデだな」
ライザーの足元に、再び炎を伴った巨大な魔法陣が展開される。
彼は炎の中にゆったりと身を沈めながら、最後にリアス部長へと、どこまでも所有物を見るような粘着質な視線を送った。
「楽しみにしているぜ、愛しのリアス。……十日後、お前が俺の前で、絶望に泣き崩れる姿を見るのをな」
ごうっ、と。
どこまでも部長の神経を逆撫でする様な言葉と嘲笑を残して、爆ぜるような熱風と共に不死鳥は姿を消していった。