退役少将ラフレルと中年探検隊の冒険   作:nocomimi

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中年男四人、旅立つ

「―――なるほど、城下町から南下し、三日かけてフィローネ地方に下るわけですな」

 

翌朝。ラフレルは城下町東門の先にある跳ね橋の終端に立ち、南の方角に目を向けた。

 

「確かに単身では危険が多いゆえ、通常なら護衛をつける道程でござるな」

 

すろと隣に立ったアレハンドロが応えた。

 

「おうよ。だから俺も二の足踏んでたってわけさ。流石に拳闘じゃあ魔物は倒せねえからな」

 

アレハンドロの背後には一頭立ての馬車が控えている。彼は馬の頭を撫でてやりながら続けた。

 

「だが旦那、あんたがいてくれりゃあ安心だ。何しろ兵隊さんのお頭みたいなもんだったんだ。そうだろ?」

 

「ふむ....承知いたした」

 

ラフレルはそう言うと、馬車の荷台の背後に回り、自分が担いできた荷物を載せた。幌つきの荷台の中には、既に箱が山のように積まれている。アレハンドロが近づいてきて言った。

 

「しっかし旦那よ。あんたもまた偉れぇ大荷物だな。剣に弓矢に....そいでこの筒みたいなのが、例のアレか?」

 

「さよう」

 

ラフレルは答えた。太い鉄の筒が三本束ねられ、いましがた荷台に乗せた背嚢の上にくくりつけられている。

 

「だけどなんでこんな何本もいっぺんに必要なんだ?それこそ祝いの日の花火みてえじゃねぇか」

 

「現在の耐久性では一本につき一発の発射が限界でござる。ゆえに予備が必要と」

 

その時だった、城下町の城門のほうから呼びかける声が聞こえてくる。

 

「おぉい!待ってくれ!」

 

二人が振り返ると、眼鏡をかけた小柄な男が近づいてくる。さらに、その背後には波打った髪と髭で覆われた顔の肥満体の男もいた。

 

「きみたち、フィローネ地方に行くんだろ?ちょうど僕も視察旅行に行こうと思ってたんだ。乗せてくれないか?」

 

眼鏡の男は走ってくると、息を切らせながら言った。ミハイルだ。その背後から、ドヴィックと呼ばれた太った男もやってきた。

 

「旦那がた。ワシはそろそろ郷に帰ろうと思っていたところですだ。もしよろしければ、ワシも...」

 

「なんでぇお前ら、だったら最初っから言いやがれってぇんだ」

 

アレハンドロは苦笑いすると、御者席に向かいながら手で合図した。

 

「乗んな。ただし席は狭めぇぞ。何しろ荷物を山ほど積んでっからな」

 

三人の男はギュウギュウ詰めになりながら荷台に乗り込んだ。ミハイルは周囲に積まれた箱を見やると言った。

 

「何かと思ったらウィスキーじゃないか。こんなに沢山どうするんだい、アレハンドロ?」

 

御者は手綱を鳴らし、馬を走らせ始めた。荷台はガタガタと揺れ始めたが、まだ速度は並足だ。

 

「フィローネ地方で買い手が決まってるのさ。行商人に頼むと高くつくからな。だから俺に話が回ってきたわけよ。一回の運搬で十万ルピーってぇから悪ぃ話じゃねえだろ?」

 

「へえぇ、きみもやり手だな。...ところでちょっと味見をしてもいいかい?」

 

ミハイルが調子良く持ちかけると、アレハンドロは答えた。

 

「あ?いいわけねぇだろ。てめぇちょっとでも手ぇつけたらボコボコにすっからな」

 

だが言葉とは裏腹に御者の口調も気軽なものだった。一同が談笑しているうちに、やがて馬車はハイリア大橋に向かう街道に入っていた。

 

「みんな見ろ!凄い景色じゃないか。アレハンドロ、ちょっと止まってくれないか?」

 

馬車がハイリア大橋にさしかかるとミハイルがはしゃいだ。午前の日差しが広大なハイリア湖の湖面に差し込み、キラキラと反射しているのが見えた。

 

「へッ。これじゃまるで観光馬車じゃねぇか。あんまりワガママ言うとあんたらからも料金取るぜ?」

 

文句を言いながらも御者は速度を落とした。ミハイルとドヴィックは、幌の開いた荷台の後部から身を乗り出しながら、橋の上から見える景色を眺めていた。だがラフレルは御者席の横に座を占め、ひとり鋭い視線を前方に投げかけていた。

 

「あと半日も走ればハイラル平原に入りまする。野営するなら平原に入る前がよろしかろう」

 

ラフレルが言う。するとアレハンドロは呆れたように首を振った。

 

「おいおい、気が早ぇえな旦那。もうそんな先のことまで....」

 

「平原は魔物に遭遇する確率が格段に増しまする。野営中は交代で見張りをするにせよ、開けた場所では死角ができやすい」

 

「へいへい。あんたはプロだ。言う通りにしますよ」

 

アレハンドロは再び馬車を発車させながら肩をすくめた。

 

荷物を揺らさないためか、馬車は速度を押さえて並足で進んでいく。昼が過ぎる頃には、木の橋を過ぎて、高い崖に挟まれた街道にさしかかった。道は南西にカーブし、まだ時刻は早いのに太陽光が崖に遮られ空気が冷えていく。

 

「ドヴィック、きみの出身地...オルドの森って、確かフィローネ地方の東端くらいにある村だったかな?」

 

ようやく興奮の落ち着いてきたミハイルが眼鏡を直しながら尋ねた。ドヴィックは答えた。

 

「そうでごぜえます、先生。もし時間があれば寄ってくだせえ。何もない村ですが、川魚料理くらいはご馳走できますですだ」

 

「それで思い出したよ。たしかその地方には数キロ続く深いオルド渓谷があったはずだ。そこに先住民文明の跡が残っていると聞く。ぜひ寄らせてもらいたいね」

 

するとドヴィックの顔色が変わった。木こりはしばらく言葉を探していたが、やがて煮え切らない口調で言った。

 

「先生...それはちょっと...お勧めしねえですだ」

 

「うん?どうしてだい?」

 

ミハイルが眼鏡の奥の目を丸くして尋ねる。

 

「あの場所は...村人たちの間でも禁忌ですだ。足を踏み入れたら必ず良くないことが起きるですだ」

 

「いわゆる呪いってやつかい?参ったなぁ...ますます気になっちゃうじゃないか。いったいどんないわれがあるんだい?」

 

ドヴィックは表情を曇らせていたが、ミハイルはなお一層興奮した様子だった。

 

「渓谷と言うからには足を滑らせて転落し亡くなる人もいただろうから、そりゃあ怪談や伝説のひとつもできようってもんだね。だけど安心してくれ。僕はこう見えてもフィールドワークには慣れてるんだ。向こう見ずな真似はしないよ。それに....」

 

「いいえ、先生、悪いことは言わねえです。あの谷はやめたほうがいいですだ」

 

ドヴィックは珍しく強い口調で断言すると、それぎり黙ってしまった。

 

* * * * * * * * * * * 

 

日が暮れるころまで進むと、やがて街道を挟む高い崖が消え、馬車はハイラル平原にさしかかった。御者はラフレルの助言通りそこで馬車を停めた。

 

一同は手分けして枝を拾い集めると焚火を囲み、それぞれが持ち寄った食料を出し合って夕食をとった。アレハンドロは酒瓶を取り出すとラッパ飲みし始めた。ミハイルはその酒瓶に目をやると顔をしかめた。

 

「随分強い酒じゃないか。ストレートでそんなに飲んで大丈夫なのかい?」

 

「ん?ああ。なんともねぇさ。あんたも飲むか、先生?」

 

アレハンドロは当然といった顔で答える。ミハイルは眼鏡をずらしながら慌てて手を振った。

 

「い...いやぁ、結構だよ。僕はロックか水割りが好きなものでね」

 

「アレハンドロ殿、貴殿、拳闘士時代には、仕事の性質上随分と節制なされたものと拝察するが....」

 

黙っていたラフレルが静かに口を開いた。

 

「今からでも節制と鍛錬を再開すれば、再び闘技に戻れるのではないか?酒場で見た貴殿の腕前、ほぼ現役時代と変わらぬとお見受けした」

 

「へっ...んなことしたって、何も戻ってこねぇさ」

 

アレハンドロが皮肉な笑みを浮かべて呟く。ラフレルは怪訝な表情で聞き返した。

 

「戻ってこない...とは?」

 

御者はしばらく焚火を見つめながら黙っていたが、やがてポツリと言った。

 

「...俺がこうなったのもあの仕事が原因なんだ。あんなに因業の深い仕事ったらねぇぜ」

 

「い...因業?どういう意味だい?」

 

ミハイルが聞き返す。

 

「観客を入れて多く稼ぐには、あの業界のやり方があるのさ」

 

御者は虚ろな目つきで言葉を続けた。

 

「対戦が決まると、互いに煽りあって、怒りを掻き立て、試合そのものを町中の噂のタネになるようなでっかい『喧嘩』に仕立て上げるのさ」

 

ラフレルとドヴィックは黙って聞いていた。御者の横顔が焚火に照らされ、彫りの深い頬に影が落ちる。

 

「....しかもこっちは勝てば大声援、負ければブーイングでその後の実入りも決まっちまうから、必死さ。反則ギリギリを突くなんて常識よ。んで、血みどろの殴り合いで決着がつけば、客は満足して帰っていく。だが相手もこっちも身体はボロギレみたいになっちまう」

 

「そ...そうだったのかい?僕はてっきりスポーツ精神に則ったものだとばっかり...」

 

ミハイルが目を丸くして言った。だが御者は鼻で笑った。

 

「へっ...んなものぁ建前さ。要はカネさ。血を見せてカネを巻き上げるのさ」

 

(いにしえ)には...闘技者同士が殺し合う様子を民衆が娯楽として楽しんだ時代があったと聞く」

 

ラフレルは独り言のように言った。

 

「....つまり、この時代においてもその本質は変わらぬ、ということか」

 

しばらく沈黙が続く。だがミハイルが努めて明るい声を出すように口を開いた。

 

「だけどアレハンドロ、この仕事が済んだらちょっとした小金持ちじゃないか。何に使うつもりだい?」

 

すると御者はしばらくじっと考えていたが、やがてポツリと言った。

 

「...そうだな。ま、娘にプレゼントでも買ってやるさ」

 

「娘....さんか。いまいくつだい?」

 

ミハイルが尋ねる。御者は溜め息をついた。

 

「もう七つになるよ。ここ数年会ってねぇけどな」

 

「そ..そうか。僕の息子と同じくらいだな」

 

ミハイルもしみじみとした口調で応じた。

 

やがて四人は見張りの輪番を決め、当番以外の者たちはそれぞれが毛布にくるまって横になった。翌朝早く起床すると一行は宿営を畳み馬車に乗り込んだ。

 

「各々がた、ここから先はより一層の警戒が必要となる。ミハイル博士、ドヴィック殿も後方を見張っていただけぬか」

 

ラフレルが言うと、二人は顔を見合わせたが、ミハイルが答えた。

 

「わ...わかったよ。でも、ラフレル、君の武装があれば問題ないだろ?」

 

「無論相応の備えはしてござるが、念のためです」

 

馬車は発車し、午前の日差しに照らされながらゆっくりと進んでいった。ミハイルとドヴィックが荷台から後方を見回し、ラフレルは前方に鋭い視線を送っていた。だがやがてミハイルが言った。

 

「ラフレル、何にも見えないよ。魔物どころか野の獣さえもいやしない。そんなに心配する必要はないんじゃないか?」

 

「お言葉ながら、平原ではどの方角から敵が来るか分かりませぬ」

 

ラフレルは警戒を緩めず答えた。その瞬間だった。

 

鳥の鳴き声のようなものが頭上から聞こえた。だが鳥にしては野太く、凄みがある。

 

「上でござる!」

 

ラフレルは叫ぶと自分の荷物から矢筒と弓をひっつかんだ。素早くそれらを背中にかけると、御者席の脇から幌の骨組みに手を掛けて屋根によじ登った。

 

顔を上げると、翼長三メートルはありそうな巨大な鳥がいましも急降下してきたところだった。ラフレルは咄嗟に横に転がって避けた。馬車の幌の屋根から落ちそうになったところを、骨組みに片手で掴まって必死でしがみつく。

 

攻撃を仕損じた怪鳥はいったん高度を上げたが、こちらを付け狙うようにまた接近してきた。しかも始末の悪いことに、もう一羽仲間が近づいてきて加わった。

 

「旦那!大丈夫ですかい!」

 

アレハンドロが首を曲げて振り返りながら叫ぶ。

 

「無事でござる!」

 

ラフレルは叫び返すと両手で幌を掴み唸り声を上げながら屋根によじ登った。

 

二羽に増えた怪鳥どもがまたも高度を下げてくる。ラフレルは弓を肩から下ろし素早く矢をつがえると、片方の敵に向けて放った。矢が翼に突き刺さり、怪鳥が慌てた様子で羽をバタバタさせた。

 

だがもう一羽が急降下してくる。ラフレルは深呼吸しながら二の矢をつがえ、息を止めると狙いを定めて放った。矢はまっすぐに敵の喉元に刺さった。ギエーと悲鳴を上げた怪鳥がコースを逸れて墜落していく。

 

だがもう一羽は羽をバタつかせながら執拗に追いかけてくる。ラフレルは三の矢を弓につがえながらタイミングを計った。相手が高度を下げたところで狙いをつけて放つ。矢が胸に突き刺さり、敵は羽ばたきをやめ力が抜けたように落ちていった。

 

「旦那!やるじゃねえか。いい腕だな」

 

ラフレルが幌を伝って荷台に戻ると、アレハンドロが肩を叩いてきた。ミハイルが上気した顔で尋ねる。

 

「凄いなぁ、あんなにデカい鳥初めて見るよ。確か名前は...」

 

「カーゴロックにござる。縄張り意識が強く、ひとたび目を付けられたら逃れるのは困難ゆえ、やむなく射落としてござる」

 

ラフレルは答えた。その後は怪鳥に出会うこともなく、旅程は順調に進んだ。さらにもう一泊野営して進むと、やがて馬車は広大なハイラル平原の南端に近づいてきた。目の前には高い岸壁が見えてくる。

 

「もうすぐ君の故郷じゃないか、ドヴィック。ここからは確か....」

 

「道が悪くなりますです。...御者どの、慎重に行ったほうがいいですだ」

 

ミハイルが尋ねると木こりが言った。アレハンドロは進路を東に向けた。主街道から逸れ、未整備の道に入ると途端に揺れが大きくなる。

 

空を見上げると、いつの間にか頭上には雲が立ち込めている。ラフレルは奇異の念を抱いた。朝は快晴だったのに、天候が急変している。

 

すると前方を見ていたアレハンドロが声を上げた。

 

「お?なんだありゃ」

 

ラフレルも前方に目を凝らした。草原の中頃に草の生えていない砂地がある。ラフレルは地図を思い出すと記憶を口にした。

 

「確か以前ここには川があったはず。だが長らく渇水でここのところ水は流れていないと拙者は聞いておったが....」

 

「水無川か。ちょうど具合がいいや」

 

アレハンドロは砂地に向かって真っすぐ進むと、その中に乗り入れた。水無川は東西に真っすぐ走っている。頭上の雲からは、小粒ではあるが雨がパラつき始めていた。

 

「これで飛ばせるってもんだな。見ろよ、石も転がってねえしおあつらえ向きじゃねえか」

 

御者は心得顔で言うと手綱を鳴らした。

 

だが、ラフレルは嫌な予感がした。

 

言葉には出来なかった。だがこの道は良くない。

 

ラフレルが声を上げようと思ったとき、後部から下を覗き込んでいたドヴィックが口を開いた。

 

「あのう...御者どの。川床に水が....」

 

「んん?何か言ったか?」

 

アレハンドロが振り返る。その瞬間だった。西の方角から轟音が聞こえてくる。

 

ラフレルの頭脳の中に、一瞬にしてハイラル南平原周囲の立体図が浮かんだ。

 

西から東に流れているこの川の源流はオルディン地方。植生の乏しいその地方で大雨が降ると、保水能力のない山から一気に濁流が流れ落ちることがある。

 

「アレハンドロ殿!川床から出られよ!」

 

ラフレルはそう叫ぶと、後部を振り返った。そして、幌の出口から見える光景に驚愕し目を見開いた。

 

はるか西方へ伸びる上流から、まるで大軍勢のような水の塊が押し寄せてきていた。

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