退役少将ラフレルと中年探検隊の冒険   作:nocomimi

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中年探検隊、先住民の村にてもてなしを受ける

アレハンドロの顔の横を何かが高速で通り過ぎ、道端の木の幹に突き刺さった。

 

矢だ。

 

「伏せろ!」

 

ラフレルは叫んだ。再び風を切る音が聞こえる。ラフレルはファプタを庇うように抱き寄せた。身を伏せた一同の頭上を矢が通り過ぎる。

 

途端に汚らしい笑い声が聞こえた。周囲の木立から一斉に何者かが姿を表す。

 

鬼どもだ。その数は二十を越えていた。狡猾で略奪を好むブルブリンたちだ。

 

ラフレルは弓に矢をつがえると視線を走らせた。敵方にも弓兵が二名ほどいる。向こうも狙いをつけていた。

 

片方の弓兵に狙いをつけたとき、相手が放った。咄嗟に身体を反らせる。額を矢がかすめた。同時に放つ。命中し、そいつは胸を押さえながら崩れ落ちた。

 

「旦那!」

 

ドヴィックが叫びながらラフレルに覆いかぶさってきた。同時にもう一匹の弓兵がこちらに向けて矢を放った。矢がドヴィックの斧の刃に当たり、金属同士が火花を散らした。アレハンドロの馬が怯えて嘶いた。

 

ラフレルは二の矢をつがえ、木こりの肩越しに狙いをつけ放った。命中し、断末魔の悲鳴が上がった。

 

「走れ!」

 

ラフレルは剣を抜くと叫んだ。アレハンドロら四人は、一瞬戸惑いを見せた。ラフレルはもう一度怒鳴った。

 

「何をしている!ファプタ嬢を連れて逃げよ!」

 

生き残りの鬼どもが棍棒を振り上げながら迫ってきた。ラフレル以外の四人は村の方角に向けて走り始める。だが、すぐにドヴィックが叫んだ。

 

「塞がれているです!」

 

ラフレルが肩越しに振り返ると、もはや暗くなった道の向こうに丸太が何本も横たわっているのが見えた。明らかに意図的に置かれたものだ。

 

「諦めるな!行け!」

 

ラフレルは叫びながらも、剣を中段に構え、敵を牽制しながら後じさりした。ブルブリンどもは嗜虐的な笑みを浮かべながら包囲してくる。

 

一行は完全に追い詰められた。鬼どもは耳障りな笑い声を上げると、一匹が居丈高な様子で棍棒を振り上げ殴りかかってきた。

 

ラフレルはその一撃を剣で逸らすと肩口に袈裟斬りを見舞った。深手を負った鬼が驚いた顔で武器を放り出し、よろめいた。

 

それを見た鬼どもは激高した。怒声を上げながら飛び掛かってくる。

 

身を沈め回転斬りを繰り出す。何匹かに刃が当たった。だがそれで出来た猶予は数秒だった。三方向から棍棒が襲ってくる。ラフレルは咄嗟に身を沈め前転した。棘のついた棍棒が身をかすめる。

 

立ち上がりざま、目の前の敵に体当たりした。突き倒して止めを刺そうとしたが、横からまた棍棒が襲ってくる。咄嗟に背中で受けた。背嚢が直撃を喰らい破けた。振り向きざま剣を払う。

 

胴を深く斬られた鬼がよろめいた。足元で倒れていた奴が暴れ始めたところに、水月を思い切り踏みつけ、剣を逆手にしてとどめを刺した。だが、別の棍棒が風を切って襲ってくる。首を縮めて辛うじて躱すと、剣を振り回して応戦した。浅い傷を負わせたが、その相手は堪えた様子もなく再び殴りかかってくる。剣を上げて受け止めた。

 

そのとき、ファプタの鋭い悲鳴が聞こえた。鍔迫り合いしながら肩越しに見ると、背後に回り込んだ鬼どもが何事か喚きながら他の四人に迫っている。

 

ミハイルが恐怖で目を見開きながら小刀を抜いたのが目に入った。ドヴィックはファプタを庇いながらも、顔面蒼白で立ち尽くしている。

 

しかしアレハンドロの姿はなかった。

 

一体どこに?一人で逃げたのか?

 

そう思った瞬間、鬼の喚き声が背後で聞こえた。ラフレルは咄嗟に前蹴りを放って目の前の相手を突き放すと、背後に向き直った。

 

だが、次の刹那、金属で何かを激しく殴打する音が聞こえた。かと思うと、鬼どもの一匹が武器を手離し、顔面を手で覆いながらうずくまるのが見えた。

 

その後ろにはアレハンドロが立っていた。

 

ラフレルは、御者の両手に目を奪われた。黒い鉄製の手甲。その表面には一面に棘がついている。

 

「たいがいにしろやクソッタレども、あぁ?調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

御者は呟くように言った。彼の目は怒りに据わっていた。

 

「アレハンドロ殿......」

 

ラフレルが思わず呟く。すると、御者はこちらに突進してきた。

 

「旦那、後ろ!」

 

同時に背後から鬼の喚き声が近づく。

 

ラフレルは思わず身を低くした。頭の上を棍棒が唸りを上げて通り過ぎていく。アレハンドロは手を伸ばしてラフレルを押しのけると、滑るような足さばきで距離を詰め、棍棒を振るった鬼の顔面に拳を叩きつけた。

 

よろめいた鬼の横面を次にフックが見舞う。足が止まったところでさらにアッパーカットが火を吹いた。黒い血が飛び散る。鬼は悲鳴を上げ、武器を放り出すと後じさりした。

 

残りの鬼どもは顔を見合わせたが、武器を慎重に構え直し包囲網を作り直し始めた。

 

「御者どの!我が後ろに!」

 

「おうよ!任せな、旦那!」

 

ラフレルが叫ぶとアレハンドロが応えた。二人が背中合わせに構えると、ブルブリンどもは怒りと屈辱に顔を歪めながらもじりじりと距離を詰めてくる。

 

一匹が御者に飛び掛かる。だが彼は片方の手甲で棍棒を受けると、身を沈めながら間合いを詰め、続けざまにワンツーを放った。痛撃でよろめいた鬼の顔面に、体重の乗ったストレートが炸裂した。

 

別の一匹がラフレルに襲い掛かってきた。だが相手の棍棒を刃で逸らし、首筋に斬りつける。さらに相手の喉に突きを放って抉ると、ラフレルは深入りせず中段に構え直した。

 

鬼どもは味方の数が減って怖気づいたのか、次第に勢いを失っていった。

 

ラフレルは攻勢に出た。目の前の敵と間合いを詰めると、小手で武器を叩き落し袈裟斬りを浴びせる。背後からも、リズミカルな殴打音に続いて鬼の呻き声が聞こえてきた。

 

半分近くが倒れたところで、敵は少しづつ後じさりしたかと思うと退却し始めた。

 

「おととい来やがれってんだバカ野郎!」

 

去っていく魔物どもの背中に罵声を浴びせると、御者は荒い息をつきながら、鉄甲の間から親指を出して留め金を外した。

 

「....ふ...ふたりとも大丈夫かい?」

 

ミハイルがまだ青白い顔をしながら声を掛けてきた。小刀を鞘に仕舞うのも忘れている。

 

「御者どの、助かりましたぞ。貴殿は人間相手なら強い...などと言ったのは拙者の不明でござった。容赦されよ」

 

ラフレルが剣を血払いしながら礼を述べると、アレハンドロは鉄甲を片手でぶらさげながら肩をすくめた。

 

「魔物相手にこいつを使うのは正直初めてだったが、まあ効かねえこともねぇな」

 

「そ...それ、一体何だい?」

 

「『撲針愚』さ」

 

ミハイルに問われて、アレハンドロが素っ気なく言った。ファプタと手をつなぎながら、ドヴィックも近寄ってきた。

 

「『撲針愚』...それは一体?」

 

ラフレルが尋ねると、アレハンドロはしばらく口を閉ざしていたが、やがて言った。

 

「『地下闘技場』...金持ちを喜ばせる秘密競技さ。こいつをつけて片方が死ぬまで殴り合うのさ」

 

「えっ....し...死ぬまでって...!正気かい?」

 

ミハイルが驚愕の表情で絶句する。だが御者は淡々と続けた。

 

「で、貴族やら商人やらがどっちが勝つかで賭けをするって寸法さ。勝てば一晩で大金持ちだ。もちろん賭けた奴もな。だが負けたら.....」

 

「ということは、貴殿はその戦いを勝ち残られたわけですな」

 

ラフレルが真剣な口調で引き取り、少し首を振ると続けた。

 

「しかし...地下闘技場なるものの存在を噂で聞いたことはあったが、実在するとは拙者夢にも思わなかった」

 

「勝ち残った...か。へっ。違げぇねぇ。だが、それがどういう意味かわかるか、旦那?」

 

アレハンドロは地面に落ちていた石を蹴ると言った。

 

「倒れた対戦相手はピクリとも動かねぇ。観客席からは歓声と嫌悪の呻きが同時に聞こえる。だが、その気持ち悪がってる連中も、惨いモノ見たさに毎回見に来る。俺は思ったよ。俺はこんな連中のカネに魂を売ったんだ...ってな」

 

「し...知らなかったよ。でもきみ...言いようによっては、城下町最強ってことなんじゃないか?その....少なくとも殴り合いでは...」

 

ミハイルが何気なく口にした。すると、アレハンドロは少し黙り込んだ後、いきなり声を荒げた。

 

「....最強だぁ?ふざけたこと抜かすんじゃねぇ!」

 

アレハンドロの目がみるみる血走ってくる。彼は拳を握り、呻くように続けた。

 

「...最強なら...なんでガキひとり守れねぇんだよ?俺は...俺は...せがれを守るために戦ったんだ。それなのに...それなのに.....」

 

そう言うと、アレハンドロは肩を震わせ始めた。その頬を涙が伝うのが見える。驚きのあまり一同は黙り込んだが、ラフレルは思わず御者の背中に手を伸ばしてさすった。

 

「せがれは...生まれつき弱かった。だから医者代がかかった。だから俺はなんでもやった。八百長試合だって嫌とは言わなかった。カネになるならな。だが....せがれは...」

 

それを聞いたラフレルは唐突に思い出した。今朝、アレハンドロが言った言葉を。

 

「確か...もし生きておられればドヴィックどののご次男と....」

 

「...そうさ」

 

ラフレルが言うと、アレハンドロは答えた。彼は大きく呼吸をし、ようやく落ち着くと、外套の袖で顔を拭った。

 

「あんくらいのガキを見るとどうしても思い出しちまうのさ。もしあいつが生きてたらってな。だが....だが何もかも手遅れさ」

 

「だが...貴殿にはまだご息女が.....」

 

ラフレルが言うと、アレハンドロは笑った。

 

「ああ。だがもう一緒に住んでねぇんだ。せがれが死んでから俺は酒浸り。カカアは愛想尽かして娘を連れて出ていっちまった。もう俺の顔なんか覚えてねぇよ」

 

そこまで言うと、御者は顔を上げた。

 

「さ、とっとと行こうぜ。ホレ、お嬢ちゃんを家に届けりゃご馳走が待ってるんだろ?」

 

* * * * * * * * * * * * * * * * 

 

ドヴィックが斧を振るい、前方を塞ぐ丸太を切断し取り除けると、一同はようやく前進を再開した。

 

もはや日はすっかり暮れている。だが、木立の高さは渓谷周辺よりも低い。そのお陰でぼんやりとした月明りが射し込んできているのが好都合だった。やがてファプタが前方を指さしながら嬉しそうに口を開いた。

 

「村、ある。ファプタ、帰る。お前たち、食べる」

 

「やれやれ、もうすぐか?やっとご馳走にありつけるぜ」

 

アレハンドロは完全に元の口調に戻っていた。

 

「おい先生、通訳してくれねえか?酒はあるのかってな」

 

「全く、きみときたらそればっかりだなぁ」

 

ミハイルが呆れ顔で言った。そしてファプタと二言三言交わすと答えた。

 

「あるってさ。ただ、きみの思ってるようなものかは知らないけどね」

 

「あ?どういう意味だよ」

 

「この村がもし狩猟と採取を中心に暮らしているのだとしたら穀物で酒を造る技術があるとは考えにくいからね」

 

それを聞いたアレハンドロは眉をひそめた。

 

「おい待てよ先生。そんな原始人みてぇな村なのか?」

 

「やめたまえよ、原始人なんて失礼じゃないか」

 

ミハイルは真顔でたしなめる。だがアレハンドロはゲンナリした様子で溜め息をついた。

 

「一日中ジャングルを歩いてご馳走も酒もなしかよ。やってらんねえぜ」

 

そう言った後、御者はふと何か重大なことに気づいたように学者の顔を見た。

 

「ん?待てよ.....おい先生!」

 

「なんだい、アレハンドロ」

 

「もしかしてよ、『お前たち、食べる』って、『俺たちを食べる』って意味じゃねぇだろうな」

 

「そんなわけないじゃないか!いい加減にしたまえ」

 

二人が言い合っている間、注意深く前方に目をやりながら歩いていたラフレルは、かすかな物音に気付いた。

 

そして声を上げて停止の合図を出そうとした瞬間、それは起こった。

 

道の左右の木立の間から、矢尻が突き出された。それも一本や二本ではない。数十本だ。

 

驚きのあまり、ラフレルは声を上げようと口を開けたまま固まってしまった。

 

「うん?どうしたい、旦那」

 

アレハンドロが振り向く。だが、そうしているうちに、道の左右から弓を構えた人影が音もなく滑り出てくる。狙いはこちらにピタリとつけられていた。

 

こちらが動けずにいるうちに、暗がりの中弓を構えた男たちが次々と姿を現した。皆、白い髪色と浅黒い肌をして引き締まった体つきをしている。武器を構える暇もなかった。鬼どもの襲撃とは手際の良さが違う。

 

ラフレルたちは額に汗を浮かべながら呆然と立ち尽くした。だが、その時ファプタが叫んだ。

 

「ノソンエネミゴス!ソンアミゴス!メサルヴァロン!」

 

それを聞いた男たちは驚いた顔をして互いに顔を見合わせ始めた。だがそれでも弓は構えたままだ。

 

「ディーセロアミパドレ!」

 

再びファプタが叫ぶ。すると、男たちの群れの中から、ひときわ背の高い偉丈夫が進み出てきた。

 

ファプタは駆け出すと、その男に抱きつき、そして訴えかけるように早口で話し始めた。するとその男が手で合図を出し、皆が一斉に武器を下ろした。

 

「ど....どうやら...命拾いした...かな?」

 

まだ青白い顔をしたミハイルが呟く。すると、背の高い男が近づいてきて言った。

 

「我、ガブール。ファプタ、言う。お前たち、救う」

 

ラフレルはその前に進み出ると、弓と矢筒を地面に置き、さらに剣の鞘をベルトから外しながら片膝を突いた。

 

「族長さま。お会いできて光栄でござる。拙者たちラフレル以下四名、どうか一夜の宿を賜りたく存じます」

 

「ファプタ、言う。お前たち、救う。お前たち、入る」

 

背の高い男はそう答えると、ついてくるように仕草で示し、四人を先導していった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

「おい旦那....塩かなにか持ってねぇか?あと胡椒もあると助かるんだが」

 

アレハンドロがラフレルの袖を引き、耳元で囁いた。一同は、族長ガブールの家に案内され、そこで宴となったのだ。だが、メインは鶏を丸ごと煮たスープに少しのハーブが入っているだけで、味付けは無いに等しかった。

 

「もてなしを受けているのに供された料理に手を加えるなど礼儀に反しまするぞ」

 

ラフレルは厳めしい口調でそう答えると、自分の椀のスープを黙って啜った。

 

「ワシにとっては結構いけるです、御者どの」

 

ドヴィックは嬉々としてスープを平らげている。いっぽうミハイルは礼儀作法こそ保っていたが、心は御者と同じ様子だった。学者は自分の椀を置くと呟くように言った。

 

「ぼ...僕はあまり食欲がないんだ。これくらいにしておくよ」

 

すると、族長は土の甕を持ってこさせ、その中から液体を汲んで椀によそって配り始めた。

 

「うぇッ。なんでこんなに甘めぇんだ?」

 

一口含んだアレハンドロが声を押さえながらも罵る。

 

「控えなされよ、御者どの。彼らにとって精一杯のもてなしなれば、喜んで受けるべきでござる」

 

振る舞われたのは果実酒だった。だが椀の中には葉や茎の破片、さらには虫の死骸まで浮いている。それでもラフレルは有難い仕草で押し頂きながら飲み干すと、おもむろに口を開いた。

 

「ミハイル博士、心のこもったもてなし感謝したいと通訳いただきたい」

 

「やれやれ、心が痛むけどそう通訳する以外にはないね」

 

ミハイルは肩をすくめる。ラフレルは付け加えた。

 

「それに加えて.....このところ近辺、特に上流で異変が無かったかどうかを聞いて頂きたいのだが」

 

ミハイルは族長に尋ねた。だが族長の答えを聞いた学者は、驚いた様子で同じ質問を繰り返した。するとガブールは手ぶり身振りを交えながら言った。

 

「ガブール、言う。あのもの、いる。ガブール、戦う。ガブール、射る。あのもの、立つ」

 

ミハイルは眉をひそめ、考え込むような表情で黙り込んだ。

 

「どうなされた?」

 

怪訝に思ったラフレルが尋ねると、ミハイルは口ごもりながらも説明し始めた。

 

「い...いや...にわかには信じられないんだけど....」

 

学者は少し言葉を探すとこう言った。

 

「上流に....見たこともない怪物が現れたらしいんだ」

 

「見たこともない...怪物...ですとな?」

 

ラフレルが聞き返し、皆が一斉に注目した。ミハイルは続けた。

 

「そいつは、背の高さ三メートルくらいの鬼...らしいんだ。真っ黒で、黒い仮面を被っていて。しかも不死身だって」

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