退役少将ラフレルと中年探検隊の冒険   作:nocomimi

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ラフレル、火筒を実戦使用する

「見たこともない...怪物...ですとな?」

 

ラフレルが聞き返すと、ミハイルは半信半疑の表情になりながらも続けた。

 

「そいつは、背の高さ三メートルくらいの鬼...らしいんだ。真っ黒で、黒い仮面を被っていて。しかも不死身だって」

 

「........そのもの、いる。大木。我ら、拝む」

 

族長がまた言った。意味が分からず、ラフレルたちは困惑して顔を見合わせた。すると、族長の傍らにファプタが来て座り、父親の腕に身をもたせかけながら呟いた。

 

「.....大木、拝む。そのもの、いる。村人、拝まない。皆、悲しい」

 

「なるほど、どうやらその怪物がいるせいで、村人たちの礼拝所が使えなくなった、という事情らしいね」

 

ミハイルは族長と手短かに言葉を交わすと、眼鏡を直しながら結論した。族長は怒りを宿した目を上げると、さらに言葉を継いだ。

 

「水、悪い。そのもの、汚す。我ら、怒る」

 

「....水、悪い。家畜、死ぬ」

 

ファプタも口を揃えるように訴えかける。ラフレルは腕を組むと言った。

 

「.....読めてきましたぞ。その生物は、魔力による水質汚染の原因に関わりがある、ということですな」

 

ラフレルは三人に呼びかけた。

 

「各々がた。ここは我らで族長に助力し、かかる怪物を討伐することといたしたい。いかがか?」

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

「背の高さは3メートル...黒い皮膚....仮面...」

 

翌朝。ラフレルたち四人は、族長ガブールに先導されて朝早く村を出発したのだった。

 

白い霧の漂う山道を歩いていると、ラフレルの傍らにいたミハイルは記憶を探るように呟いていたが、やがて音を上げるように言った。

 

「だめだ。少なくとも僕の記憶では文献に全くないよ」

 

「さようでござるか。ボコブリンでもなくブルブリンでもないと...」

 

ラフレルが問うとミハイルは首を振り、記憶をたどるように上を向いた。

 

「それからもう絶滅したらしいけどモリブリンなんてのも昔はいたらしいね。でも黒い鬼なんて聞いたこともないよ。まるで別種だと思う」

 

すると、前を歩いていた族長が振り向いて言った。

 

「ガブール、射る。あのもの、立つ。あのもの、不死身」

 

次に、彼は首を傾げるとラフレルたちを指さし確認するような口調で続けた。

 

「.......お前たち、言う。息子、娘。さよなら」

 

「さすがに大げさだなぁ。たった一匹だろ?それにいくらなんでも不死身っていうのはねぇ」

 

ミハイルは苦笑した。するとラフレルはやや真剣な口調で言う。

 

「彼らにとって森に現れた魔物の討伐は死活問題。興味本位の我らと違い、相手を倒すか自分たちが滅びるかの瀬戸際となるやも知れぬ。そこまで思い詰めるのも当然かと」

 

「興味本位、か。痛いところ突かれちゃったね。確かに僕にも学者的な下心がないわけじゃあないよ」

 

ミハイルがバツの悪い顔で頭を掻いた。

 

「だけどラフレル、きみだって純粋な義侠心だけで手を挙げたわけじゃないだろ?」

 

そう問われると、ラフレルは困惑気味の笑みを浮かべて答えた。

 

「やはり博士には看破されていたようですな。その通りにござる。拙者、どうしても火筒の威力を実地に確認したく願っておりましてな。ただの鬼に撃ち込めば木端微塵。試験にもなりませぬゆえ」

 

「ハハ、やっぱり。きみと初めて会ったときから思ってたんだよ。きみには科学者っぽい気質があるってね。造ったものは試してみずにはいられない。図星だろ?」

 

ミハイルはラフレルの背嚢に乗せられた金属の筒を軽く叩いた。山道はやがてゴツゴツと盛り上がった岩の上の尾根に達した。遠く上流方面を見渡すと、信じられないほどの巨木が何本も天に向かって屹立している。

 

「お前たち、見る。大木。我ら、拝む」

 

ガブールが指を指した。ミハイルは歓声を上げながら言った。

 

「す....すごい。あの大木のひとつが先住民族の礼拝所なんだね」

 

学者は早速メモ帳を取り出すと、目の前に広がる風景を素早くスケッチし始めた。

 

「ラトアーヌのトアル村近くにある『森の神殿』はもはや廃用になった施設だけど、こっちは未だ現役ってわけだ。ワクワクするなぁ」

 

「ガブール族長。その鬼というのはどこに?」

 

ラフレルはできるだけゆっくりとした語調で尋ねた。族長は答えた。

 

「お前たち、来る。我、教える」

 

尾根から先は岩に挟まれた狭い道だった。あちこちから水の流れる音が聞こえてくる。ミハイルが周囲を見回しながら言った。

 

「凄いよ。ここは水源に近い。つまりフィローネの森林地帯に命を与える場所さ」

 

「水、悪い。あのもの、汚す。ガブール、戦う」

 

すると族長が前を向いたまま真剣な面持ちで言う。その左手には弓が握られ、背中には矢筒を背負っている。だが筒に入った矢の矢尻は全て黒曜石を削り出した原始的なものだった。

 

「なるほど.....その矢尻では通用せぬ、と。ならばますます火筒を試さねばならぬな」

 

ラフレルは独り言を言った。一行は半日ほど歩き続けたあと、とうとう眼下に盆地を見下ろす斜面の上で止まった。

 

「お前たち、見る」

 

ガブール族長は指さした。盆地の向こう側の突き当りにはひときわ巨大な樹が立っている。その根元には洞窟のような洞がぽっかりと口を開けていた。

 

だが、ラフレルは盆地の隅に視線を移した瞬間に息を呑んだ。

 

* * * * * * * * * * * * * *

 

見たこともない生物がうずくまっている。

 

彼我の距離は百メートルほどもあったが、その異様な外観はすぐに見てとれた。

 

地面に腰を掛けている状態で、人間の男よりもさらに頭一つ分ほど高い。腕と足が異常に細長く、全身が炭のように黒い。しかも奇妙な文様が身体中に描かれている。

 

さらに異様なのはその頭部だった。髪の毛はボコブリンを思わせる蓬髪だったが、これもやはり真っ黒く、さらに顔には仮面を被っている。その仮面の意匠がこの世ならぬものを思わせた。まっ平で、目や口を出す穴もなく、ただ渦巻き型の紋様が刻んであるのだ。

 

ラフレルはポーチから取り出した遠眼鏡でその生物を仔細に観察しながら言った。

 

「....なるほど。確かに...ただならぬ雰囲気ですな」

 

緊張感が喉元にまでせり上がってくるのを感じながらも、ラフレルは不敵な笑みを浮かべた。遠眼鏡をミハイルに手渡すと、学者はそれを覗き込みながら眼鏡の奥の目を輝かせ、恐怖感と好奇心のないまぜになった表情で言った。

 

「....凄い...。未確認生物まで見られるなんて。今回の旅は収穫だらけだよ」

 

「....だ...旦那。あれはきっと、よその世界から来た呪われた生き物に違いねぇですだ」

 

それまで黙っていたドヴィックが震える声で言った。

 

「昔、村の長老から聞いたことがありますです。かつて呪われた者たちがよその世界に追放された...と。ああぁ..あれはきっとその呪われた者が帰ってきたに違いねぇですだ」

 

見ると、木こりの顔は蒼白になって額に汗が浮かんでいる。担いだ斧の柄を握る手は震えていた。

 

「んで、その呪いだかなんだか知らねぇが、その化け物を俺たちがブっ飛ばすって寸法だろ?」

 

アレハンドロはそう言うと、気楽な調子で木こりの肩を叩いた。だが木こりの表情は晴れない。

 

「面白れぇじゃねぇか。成功すりゃこの先十年は自慢話にこと欠かねぇぜ。失敗したって死ぬだけさ。大したことねぇ」

 

御者が皮肉な語調で続けると、木こりは激しく首を振った。

 

「ワ...ワシは死ぬわけにいかんです。せがれたちはまだ小さいです。カカアをやもめにするわけにはいかんのです」

 

「冗談だよ冗談。本気にすんなって」

 

アレハンドロが肩をすくめ、ラフレルに向き直った。

 

「どうせ旦那のことだ。なんかいい作戦があるんだろ?」

 

「さよう」

 

ラフレルは腕を組むと口を開いた。

 

「気づかれぬよう接近いたそう。そしてまず拙者が火筒で初撃を加える」

 

「普通ならそれで終わりだね。何しろぶち当てるのが爆弾だもの」

 

ミハイルが言った。するとラフレルは顔を上げ、現在立っている場所から盆地の入り口まで続く道を指で示した。

 

「確かに。だが、油断は禁物。万一仕留められなかった時のためにプランBを用意いたす。すなわち、この道の中に誘い込み、崖の上から岩を落とす。足止めしたところで拙者が止めを刺す。各々がた、ご協力いただけるか?」

 

「いいぜ。俺は囮になる。もし旦那が仕損じたらあいつを怒らせて道に誘い込めばいいんだな?」

 

アレハンドロが親指を立てて自分を指さす。するとドヴィックが俯きながら呟いた。

 

「...あれは.....あれは人間に倒せるような相手ではねぇですだ。こっちが呪いをもらったら元も子もねぇですだ」

 

「ドヴィック、きみはもう少し科学を信頼すべきだよ」

 

するとミハイルが励ますように言い聞かせた。

 

「いいかい、爆弾というものは本来なら岩盤を割る採掘に使われるものだし、普通の鬼なら一撃で倒せるどころか、密集していたら数匹を一度に仕留められるほどの威力なんだ。いくら背が高かろうが、そんなものをまともに喰らって立っていられるはずがないよ」

 

「さよう....そして、僭越ながら言わせていただくと」

 

ラフレルは慎重な言い方で引き取る。

 

「木こりどの。あの者は川の汚染に関わっている可能性が高い。あやつを倒すことで、ガブール族長の村もドヴィック殿の村も救われるならば、危険を冒す価値は十分にある、と拙者は判断してござる。無論......」

 

少し間を空けるとラフレルは付け加えた。

 

「戦う気力が湧かぬなら、無理にとは申さぬ。その場合は後方で待機しておられよ。拙者たち三人、および族長で事を行うゆえ」

 

「...ぼ...僕も要員に含まれてる...ってわけだよね。ハハハ.....光栄だなぁ」

 

ミハイルが額に汗を浮かべながら頭を掻いた。

 

「では、拙者と族長と御者どのは接近要員。ミハイル博士と木こりどのはトラップ要員ということでいかがか」

 

ドヴィックは渋々ながらも頷いた。ミハイルが通訳すると族長はラフレルとアレハンドロを指さして言った。

 

「お前、お前、戦う。お前、お前、勇士。我、尊敬」

 

「ヘッ...よせやい。勇士なんてガラじゃねぇよ。ただ暇を持て余してしてるだけさ」

 

鉄甲を手に嵌めていたアレハンドロが、苦笑しながら顔を逸らし呟いた。ラフレルは背嚢から火筒を一本下ろして点検すると、発射薬と爆弾を取り出して装填した。そして今度は族長に近づき、自分の矢筒を差し出した。

 

「族長どの。この矢を使われよ。おそらく貴殿のほうが弓矢の腕は確かなはず」

 

するとガブールは驚いた顔でラフレルと矢筒を交互に見つめて言った。

 

「武器、宝。武器、命。お前、渡す。なぜ」

 

「幼い頃から狩猟生活を送ってこられた貴殿がこれを使えば、百人力とお見受けするゆえ」

 

ラフレルの言葉をミハイルが通訳すると、族長は満面の笑みを浮かべてそれを手に取った。

 

「鉄の矢、強い。ガブール、射る。鬼、倒れる」

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

一行は荷馬をその場に置くと、敵に見られないよう身を低くしながら道を下り始めた。ラフレルは足音を立てないよう抜き足差し足で歩き、他の者たちにも手ぶりで真似るよう指示した。だがガブールは指示するまでもなかった。まるで猫のような身軽さで段差を下り、それでいて物音ひとつ立てない。

 

道が平坦になり、左右の岩壁が開けてきた。ラフレルはミハイルとドヴィックを手招きで近寄せると、囁いた。

 

「この辺りでござる。上部に手頃な岩がござろう」

 

見上げると、数メートルの高さの崖の上にゴツゴツした岩の塊があった。

 

「あ...あんな大きな岩を動かすのかい?」

 

ミハイルが不安そうに上を見上げる。するとラフレルは提案した。

 

「ならば御者どの。貴殿も加わって三人がかりならば.......」

 

「おい旦那。それじゃあんたと族長の二人きりじゃねえか。大丈夫か?」

 

アレハンドロが心配そうに言う。その時ドヴィックが遠慮がちに口を開いた。

 

「ワシの斧は丈夫なつくりです。梃子にして持ち上げればなんとか....」

 

「そ...それで行こう。僕は力にあまり自信がないから........」

 

ミハイルは安堵した。二人が崖をよじ登り、準備完了の合図を送ってくると、ラフレル、ガブール族長、そしてアレハンドロの三人は慎重に前進し、やがて盆地に出た。

 

黒い鬼は広場の隅の壁に背をもたせかけてうずくまっている。ラフレルは火筒の発火装置の留め金を起こすと、肩にそれを担いだ。距離はもう二十メートルもない。

 

岩壁に身を寄せるようにしてラフレルが先頭を行き、族長とアレハンドロが続く。族長は既に弓に矢をつがえて構えていた。ラフレルは肩越しに振り向くと、手振りで自分が撃つまで撃つなと合図した。族長は用心深く構えながらも頷く。

 

背後の道沿いの崖に目をやると、ミハイルとドヴィックが配置についている。ミハイルは軽く親指を突き上げて合図してきた。

 

ラフレルは前進した。火筒の砲口を上げ、目標の頭部に狙いをつける。だが、ピンポイントで命中させられる距離はまだだ。小刻みな摺り足で前に出た。

 

その時だった。

 

横を向いていた黒い鬼がゆっくりとこちらに顔を向けた。背後にいたアレハンドロが思わず息を飲むのが聞こえた。

 

黒い鬼は両手を地面につくと、体全体の向きをこちらに変えた。

 

「で....でけえな」

 

アレハンドロが呟く。ガブールが弓を引き絞るキリキリという音が背後から聞こえる。ラフレルは立ち止まると慎重に狙いをつけた。

 

相手は見上げるばかりの大きさだった。黒い鬼の顔は仮面で覆われ、その表情は一切見えない。奇妙なことに呼吸をしているのかどうかも見て取れなかった。そいつは両手を地面につきながら、四足歩行の獣さながらに肩をいからせ、こちらに向かってきた。地面から軽い振動が伝わってきた。

 

「お...おい、旦那!来るぜ!」

 

アレハンドロが言った。だがラフレルは無言で頷くのみで動かなかった。

 

地面がドシンドシンと揺れる。化け物との距離はもう五メートルもない。

 

突っ込んでくるか?それとも立ち止まって攻撃するのか?ラフレルの頭脳は忙しく働いた。

 

―――顎と牙を主たる武器とする野獣と違い、あやつの武器はその手。とすれば手を振り上げる瞬間に隙ができるはず―――

 

ラフレルは待った。

 

そしてその読みは当たった。

 

巨大な黒鬼は、ラフレルたちの目の前まで迫ってくると足を止め、奇妙な咆哮を上げながら片手を大きく振り上げた。

 

―――愚か者が。とくと味わえ―――

 

ラフレルはニヤリと笑うと火筒の引き金を引いた。発火装置がバネじかけで作動し、発射薬に火が回ったかと思うと、軽い爆発音とともに筒から球体が飛び出した。

 

飛翔した球体が化け物の顔面を直撃した。凄まじい爆発音が響く。爆風が襲い、ラフレルは思わず片手で顔を覆って後じさった。

 

横に並び立ったガブール族長はまだ油断なく弓を引き絞っている。目の前の怪物はもうもうたる爆煙に包まれたまま棒立ちしている。

 

ラフレルは火筒を投げ捨てると、剣を抜いて待った。化け物が大木のような音をたてて倒れる音を。それが聞こえたら殺到してとどめを刺す心づもりだった。

 

.....そのはずだった。

 

だが次の瞬間ラフレルは目を疑った。黒い鬼はまだ立っている。そして、爆風を嫌がるように背けていた顔を再びこちらに向けた。

 

その仮面は粉々に吹き飛んでおり、素顔が見えた。その顔はそれ自体がまるで木に彫った面のように無表情で、眼窩には瞳のない眼球がガラスのように嵌っている。

 

そいつは怒りの籠もった吠え声を上げると、再びラフレルたちに向かって突進してきた。

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