Fate/atlantis:衛宮切嗣生存stay night 作:星P/すたーりん
「教会か……」
「ま、私も気乗りはしないんだけどね。マスターになったからには行かないといけないの」
冬木教会。
新都の丘の上に建つ、一際目立つ石造りの建物。
周囲には人気も建物もなく、そこだけが世界から切り離されたように静まり返っている。
昔から、この場所には近寄らなかった。
理由はわからない。
けれど、本能が告げていたのだ。
――ここへ来てはいけない、と。
遠坂に連れられ、夜の街を歩く。
日はすでに落ちかけ、人影はまばらだった。
街灯だけが静かな道を淡く照らしている。
「教会って新都だろ? ならこっちの方が近い」
近道を抜け、新都へ続く大橋へ出る。
さっきまで遠坂の後ろを歩いていたはずなのに、いつの間にか俺が先頭になっていた。
背後からは遠坂とセイバーの話し声が聞こえる。
どうやら教会の神父とは昔からの知り合いらしい。
二人はいつの間に語り合う関係になったんだ……。
やがて教会の門が見えてくる。
近づくほど、胸の奥がざわついた。
冷たい手で心臓を握られているような、不快な感覚。
ここには何かがある。
そう確信できるほどの嫌な気配だった。
門の前で、セイバーが立ち止まる。
「マスター。申し訳ありませんが、ここには同行できません。教会は不可侵の中立地帯です。サーヴァントである私は中へ入ることができません」
「え? そうなのか……。っていうか、よくそんなこと知ってるな。だって元々は英雄なんだろ?」
「私達はサーヴァントとして召喚される際、聖杯から必要な知識を授けられます。それは聖杯戦争の規則だけでなく、この時代や世界についても情報が授けられます」
「そういうものなのか……。なら、仕方ないな。少し待っていてくれ」
「はい。どうか油断なさらぬよう」
「ああ」
セイバーを残し、教会の大扉の前へ立つ。
目の前にあるだけで息苦しい。
何が原因なのかはわからない。
だが、この場所だけは昔から避け続けてきた。
理由など説明できない。
ただ、近づいてはいけないと思っていた。
「……士郎?」
遠坂が不思議そうに振り返る。
「どうしたの? 早く入りましょう」
「あ、ああ」
無意識のうちに足が止まっていたらしい。
小さく息を吐き、扉へ手を掛ける。
重厚な扉が静かに開いた。
その先には、一人の神父が立っていた。
「遅かったな、凛」
落ち着いた低い声が礼拝堂に響く。
「まだ今日なんだから問題ないでしょ?」
遠坂は慣れた様子で中へ入っていく。
神父の視線がこちらへ向いた。
「おや。そちらの少年は?」
「新しいマスターよ。色々あって連れてきたの。彼、聖杯戦争について何も知らないからその辺教えてあげて」
「そうか。新たなマスターか……」
その視線が俺を捉える。
頭の先から足元まで。
まるで品定めでもするように。
その瞬間、背筋を冷たいものが這い上がった。
――これだ。
教会ではない。
この男だ。
俺が感じていた悪寒の正体は。
「……なんだよ」
思わず睨み返す。
神父は口元だけをわずかに緩めた。
「いや。魔術師にしては、少々異質に見えたのでな」
その笑みを見た瞬間、確信した。
この男とは相容れない。
理屈ではない。
本能が警鐘を鳴らしている。
決して信用してはいけない相手だ、と。
「それで、君の名は?」
「俺は、衛宮士郎だ」
「…………衛宮」
神父の表情が、一瞬だけ止まる。
そして、
「……くくっ」
喉の奥で押し殺すような笑い声を漏らした。
「衛宮、か」
その笑みは、愉快そうでありながら、どこか底知れないものを孕んでいた。
やはり、この男とは決定的に相性が悪い。
初めて顔を合わせたはずなのに、そんな確信だけが胸の内に残った。
「綺礼。今日はあなたと世間話をしに来たわけじゃないわ」
遠坂は冷ややかな視線を向ける。
「私たちはあくまでマスターと監督役。それ以上でも、それ以下でもないわ。勘違いしないで」
言葉の一つ一つに棘が混じっていた。
「ふっ……相変わらず辛辣だな」
神父は肩をすくめると、ゆっくりと俺へ向き直る。
「では改めて名乗ろう。私は言峰綺礼。この教会の神父であり、聖杯戦争の監督役を務めている」
静かな声だった。
それなのに、その一言一言が妙に耳へ残る。
「質問があるなら答えよう」
「……監督役って、何なんだ?」
「魔術は秘匿されるべきものだ。そして聖杯戦争もまた魔術師たちの儀式である。ゆえに、その存在を世間から隠し、秩序を保つ。それが監督役の役目だ」
一拍置き、言峰は続ける。
「戦争中、私はいずれの陣営にも与しない。中立を貫く。それが私に課せられた義務だ」
なるほど、と頷く。
「他には?」
「殺し合いって言ってたけど……絶対にマスターを殺さなきゃいけないのか? サーヴァントを倒せば終わるんじゃないのか?」
「ふむ」
言峰はわずかに目を細めた。
「君はサーヴァントを倒せると思うか?」
その言葉に、セイバーの剣撃が脳裏によみがえる。
そして槍兵。
人間離れしたあの動き。
……無理だ。
どう考えても勝てる相手じゃない。
「ならば答えは一つだ」
言峰は何の感情も込めずに告げた。
「マスターを殺す。それが最も合理的な手段だ」
その一言に胸が詰まる。
人を殺す。
そんなことはできない。
爺さんから教えられたことは、人を救うことだ。
そしてそのために生きてきた。
それを、自分の手で踏みにじるなんてできるはずがない。
「……だったら俺は降りる」
気づけば口が動いていた。
「殺し合いなんてごめんだ。それに俺には聖杯へ願うことなんてない」
「ちょ、衛宮君!?」
遠坂が目を見開く。
言峰は驚く様子もなく、小さく頷いた。
「そうか。それも一つの選択だ」
静かな声音だった。
「降りるのであれば、君の身の安全は私が保証しよう。以後、他のマスターが君へ危害を加えることは許されない」
少しだけ間を置く。
「ただし、その代償として君が聖杯戦争へ一切関与することを許さない」
その視線が俺を射抜く。
「たとえ――十年前のような惨劇が再び起ころうとも」
「……っ!」
十年前。
忘れるはずがない。
街を焼き尽くした大火災。
爺さんに助けられた、あの日。
「あれが……聖杯戦争の結果だっていうのか?」
「その通りだ」
言峰はわずかに笑みを浮かべる。
その笑みは人間らしい温かさとは程遠く、どこか底知れないものだった。
「あるマスターが聖杯へ破壊を望んだ。その結果が、あの災害だ」
静かな声が礼拝堂に響く。
「さて、衛宮士郎」
その名を呼ぶ声だけが、やけに重く聞こえた。
「もし次も同じことが起こるとしたら、君は傍観するのか?」
息が詰まる。
頭の中に炎が広がる。
泣き叫ぶ人々。
焼け落ちた街。
瓦礫の中で伸ばされた無数の手。
あんな光景を、もう一度見ろというのか。
……嫌だ。
絶対に嫌だ。
短い沈黙の末、答えは決まった。
「……わかった」
拳を握る。
「俺はマスターとして戦う。あんな災害を二度と起こさせない」
「そうか」
言峰は静かに頷く。
「ならば、この場をもって正式に君をマスターと認めよう」
その声には祝福も期待もない。
ただ、事実を告げるだけだった。
「話は以上だ。帰って構わない」
「……衛宮君」
遠坂が心配そうにこちらを見る。
「遠坂」
俺は振り返らずに言った。
「あとで、詳しく教えてくれ」
「……ええ」
教会を後にする。
重い扉が閉まる音が、静かな夜へ響いた。
その瞬間だった。
背後から、低い声が聞こえる。
「――喜べ、衛宮士郎」
「君の願いは、ようやく叶う」
*
「マスター! どうでしたか?」
教会の外で待っていたセイバーが駆け寄ってくる。
「ああ」
自然と拳に力が入る。
もう後戻りはできない。
けれど、不思議と迷いはなかった。
十年前のような悲劇を、二度と繰り返させない。
そのためなら――。
「セイバー」
真っすぐ彼女を見つめる。
「俺は戦う。お前のマスターとして」
セイバーは静かに頷いた。
その返事だけで十分だった。
覚悟は、互いに伝わっている。
「そういえば、まだちゃんと名乗ってなかったな」
俺は右手を差し出す。
「俺は衛宮士郎。これからよろしくな」
差し出した手を見つめ、セイバーはわずかに目を見開いた。
「……セイバー?」
「……いえ」
小さく首を振る。
「少々戸惑っただけです」
そして、ゆっくりと俺の手を握り返した。
その手は驚くほど細く、それでいて剣を握る者らしい確かな力強さがあった。
「改めまして」
凛とした声が夜風に溶ける。
「サーヴァント・セイバー。我が身はマスターの剣となり、盾となりましょう」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
俺も強く握り返す。
「ああ、よろしく、セイバー」
「ええ」
ほんの少しだけ表情を和らげると、セイバーは続けた。
「では、これからはシロウ、と」
その微笑みに、不意に胸が高鳴る。
……まずい。
いくらサーヴァントとはいえ、セイバーは年頃の少女そのものだ。
あんな風に柔らかく笑われたら、意識しないほうが無理だった。
「……ふーん」
横から呆れたような声が聞こえる。
振り向くと、遠坂が腕を組み、面白そうにこちらを眺めていた。
「な、なんだよ」
「別に?」
遠坂は口元をにやりと緩める。
「初々しい主従関係だなって思っただけ」
「なっ……!」
思わず言葉に詰まる俺を見て、遠坂はくすりと笑った。