Fate/atlantis:衛宮切嗣生存stay night   作:星P/すたーりん

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本格的に切嗣が関わり始めますよ!!


導入①:英霊『エミヤ』

——衛宮切嗣が、生きている……?

 

衛宮邸の屋根の上。

夜の冷気に身を晒しながら、アーチャーはただひとり、あり得ぬ現実を見下ろしていた。

 

真名を『エミヤ』。

 

衛宮士郎という少年が、理想の果てに辿り着いた成れの果て。

正義の味方を志し、その末路として英霊にまで堕ちた、ひとつの破綻の完成形である。

 

彼もまた、かつては衛宮士郎だった。

誰かを救いたかった。

誰も泣かせたくなかった。

自分が傷つこうと、壊れようと、犠牲になろうと構わない。ただ、自分の手の届くすべてを救いたいと、そう願った。

その願いは、ひどく美しく、ひどく愚かだった。

 

無論だ。

人ひとりの腕で抱え込める幸福の数など、最初から知れている。

ひとつを掬えば、ひとつが零れる。

ひとりを助ければ、その背後で別のひとりが沈む。

理想とは祈りであって、現実を塗り替える奇跡ではない。そんなことは、歩き出した時点でわかっていたはずだった。

 

それでも、彼は進んだ。

見捨てられなかったのだ。

目の前で泣いている誰かを。

救いを求める声を。

自分の無力を知りながら、それでもなお手を伸ばさずにはいられなかった。

 

だからこそ、いずれその時は訪れる。

ある時は力及ばず、助けるべき者を取りこぼした。

ある時は、多くを救うために少数を切り捨てた。

ある時は、罪のない人間を、より多くの罪なき人間のために殺した。

 

正義の味方。

なるほど、結構なことだ。

 

だがその実態は、秤の片側に命を載せ、より重い方を選び続けるだけの処刑装置に過ぎない。

理想は血に濡れた。

濡れ続けた。

 

そうしてある大災害を前に、彼はついに知ることになる。

自分は無力だ、と。

剣では届かない場所がある。

意志では覆せない破滅がある。

 

たったひとりの人間に、世界を救うことなどできはしない。

ゆえに彼は『世界』と契約した。

自らを差し出し、人類を存続させるための安全装置――抑止力となることを選んだ。

 

その時の彼は、まだ信じていたのだろう。

たとえ己の死後であっても、その力はきっと人を救うために振るわれるのだと。

自分の理想は、形を変えてでも報われるのだと。

 

だが、その結末はあまりにも嗤うべきものだった。

彼は生前、一度は死力を尽くして救った人々に恐れられた。

救済の果てに待っていたのは感謝ではなく、理解でもなく、断頭台よりなお無機質な処刑台。

 

首に縄を掛けられ、民衆の恐怖と嫌悪の中で吊るされながら、それでも彼は後悔しなかった。

 

だが死後、彼が与えられた役割は、生前理想としていた希望を根こそぎ踏み潰した。

 

抑止力。

それは世界を守る守護者などという生易しいものではない。

世界が滅びかねない事態が起きた、その時になってようやく呼び出される掃除屋だ。

しかもすべてが手遅れになる寸前、もはや救済も説得も間に合わぬ段階になって現れ、ただ原因を消去する。

その関係者を皆殺しにすることで。

 

人類を滅ぼす要因の大半は、他ならぬ人類自身だ。

人が欲を抱き、人が争い、人が過ちを犯し、その果てに積み上げた滅びの山を、人を殺すことで崩していく。

それが抑止力の役目だった。

 

何度も。

何度でも。

一度や二度では終わらない。

世界が歪むたび、文明が狂うたび、人類が自滅に向かうたび、彼は呼ばれる。

 

そして殺す。

昨日まで守ろうとしたものを、明日のために殺す。

救うために、斬る。

守るために、撃つ。

生かすために、奪う。

そんな矛盾を、永劫に繰り返す。

 

生前の記憶が擦り切れ、祈りの輪郭が摩耗し、自分が何に憧れ、何を信じていたのかすら曖昧になるほどの、気の遠くなるような反復。

それでも残るものがあるとすれば、それは救済の志などではなく、ただ焼け残った炭のような嫌悪だけだった。

 

――大のためにと小を殺す。

――今の俺は、生前の俺と何が違う。

――いや、若い頃の無力な俺と、何が違う。

――俺が歩いてきた道は、最初から間違いだったのではないか。

――俺はただ、キリツグの理想に憧れ、それを借りただけではなかったのか。

――ならば、こんな男は最初から存在しない方がよかったのではないか。

 

答えは出ない。

出るはずもない。

なにしろ問い続けている当人が、すでに答えを欲していなかった。

欲しかったのは断罪だ。

自分という存在が誤りだったと、誰の目にも明らかな形で突きつけてくれる決定的な敗北。

理想を抱いた過去も、そこへ至るまでに流した血も、守ろうとしたものも、すべてまとめて無意味だったと証明してくれる破滅。

 

だから彼は決意した。

自分という過ちを消し去ること。

その先に殺戮する人間を、最初から存在しなかったことにすること。

 

方法は単純だ。

過去の自分を殺す。

衛宮士郎という原型を、理想ごと叩き折る。

 

正義の味方を夢見るその心を踏み躙り、自分の正しさではなく、自分という存在の誤りを認めさせる。

衛宮士郎の心を折り、殺す。

それは同時に、エミヤ自身の存在を消すことに繋がるかもしれない。

ただ、それだけを願って。

 

理想に殉じた男ではない。

理想に裏切られた男ですらない。

理想そのものを呪いながら、それでもなお理想の残骸に縋りついている、どうしようもなく醜悪な自己否定の権化。

それが、英霊エミヤの正体だった。

 

ゆえに――ここで、ひとつのイレギュラーが生じる。

衛宮切嗣の生存。

それはエミヤにとって、看過できぬ綻びだった。

衛宮士郎が衛宮士郎となった原点。

あらゆる憧憬の始点にして、理想という病の感染源。

 

その男が生きているというのなら、この世界の衛宮士郎は、エミヤの知る衛宮士郎とは決定的に違う可能性がある。

 

ならば、あの少年は今なお切嗣の理想に憧れているのか。

あるいは、その憧れを乗り越えたのか。

そもそもこの世界の衛宮士郎は、エミヤのような破綻に辿り着かないのではないか。

 

もしそうであるなら、殺すにはまだ早い。

 

少なくとも、あの少年が何を信じ、何を抱き、どこへ向かうのかその答えを見届けるまでは、アーチャー・エミヤは、まだ弓を引けない。

 

   *

 

場面は対バーサーカー戦へと移る。

アーチャーは戦場から遠く離れた高台に陣取り、狙撃による援護を行っていた。

夜気を切り裂くように放たれた矢は、黒き巨人へと殺到する。

だが。

 

――やはりか。

 

当たっていないわけではない。

狙いが逸れているわけでもない。

矢は確かにバーサーカーへ届き、その身を穿っている。

にもかかわらず、効いていない。

否。

通じていない、と言うべきか。

おそらく、並の一撃では傷を与えることすら意味を成さない。

矢を重ねようが、剣を降らせようが、あの巨躯を止める決定打にはなり得ない。

 

だが、なおもアーチャーは射撃を続ける。

一射ごとに位置を、角度を、間合いを測る。

有効打たり得るか。

奴の動きを一瞬でも縫い止められるか。

その可能性を探りながら、冷徹に戦況を切り分けていく。

だが、結論は変わらない。

 

――ならば、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。これしかあるまい。

 

アーチャーは即座に剣を番える。

矢ではない。

投影した宝具、そのものだ。

 

壊れた幻想――偽りの宝具に過剰な魔力を注ぎ込み、自壊と引き換えに絶大な破壊力へ変える、英霊エミヤの切り札。

本来は宝具として成立した武装を、使い捨ての砲弾に変える暴挙。

それを、バーサーカーへ叩き込む。

 

そう判断した、まさにその時だった。

衛宮士郎が、走り出す。

 

「――ちっ、あの馬鹿が……!」

 

舌打ちは短い。

罵倒もまた、短い。

だがその一瞬で、アーチャーの思考は切り替わっていた。

壊れた幻想では間に合わない。

あれは威力に優れるが、射線も余波も大きすぎる。

士郎が奴の懐へ飛び込んだ以上、下手に撃てばまとめて吹き飛ばす。

 

ならば別の手だ。

 

「I am the bone of my swordーー」

 

士郎が懐へ潜り込む。

バーサーカーの注意がそちらへ向く。

巨腕が振り上げられ、殺意が一点へ集中する。

 

その瞬間を、アーチャーは待っていた。

狙うは、士郎を巻き込まずにバーサーカーだけを撃ち抜ける一線。

紙一重の射線。

一瞬でも見誤れば、味方ごと貫く死線。

 

だが、迷いはない。

その程度の曲芸ができずして、何が守護者か。

弦が鳴る。

放たれた一撃は、もはや矢と呼ぶにはあまりに苛烈だった。

 

「ーー偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 

圧縮された破壊そのものが、夜を裂いて奔る。

一直線の閃光。

獲物へ食らいつく獣のように、あるいは破滅そのものが形を持ったかのように、それは空間を灼きながらバーサーカーへ突き進む。

高台から放たれた必殺の一矢。

その光は、ただ黒き巨人を撃ち抜くためだけに、一直線に夜を貫いた。

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