Fate/atlantis:衛宮切嗣生存stay night 作:星P/すたーりん
「うわっ――!」
衝撃に身体が浮いた。
何が起きたのかもわからない。
視界がぐるりと反転し、地面も空も判別できないまま投げ出される。
「っ、マスター!」
次の瞬間、背中に柔らかな感触があった。
セイバーに受け止められたのだと理解するまで、一拍遅れた。
息が詰まる。
肺が潰れたみたいに苦しいのに、呼吸より先に意識したのは、今の一撃への違和感だった。
なんだ、今のは。
矢なんて生易しいものじゃない。
貫いた、というより、空間そのものを抉り取ったような衝撃だった。
目に見えない何かが一直線に走り、その先にあったものをまとめて削り飛ばした――そんな、理不尽な破壊。
「なっ……!」
セイバーが息を呑む。
その声につられて顔を上げ、俺もまた言葉を失った。
「嘘、だろ……」
バーサーカーの上半身が、消えていた。
胸から上が丸ごとない。
残っているのは、地面を踏み砕くように立つ下半身だけだ。
あれほど巨大な身体の半分が消し飛んでいるのに、なおも倒れずにそこにある。
その異様さが、かえって現実味を奪っていた。
「ふぅん……」
その声には、驚きよりも好奇心の方が強く滲んでいた。
イリヤスフィールは吹き飛んだバーサーカーを見つめたまま、面白いものでも見つけたみたいに目を細めている。
恐れている様子はない。
むしろ、ようやく退屈しのぎになるものが現れた、とでも言いたげな顔だった。
「やった……!」
遠坂が息を弾ませる。
「これで、バーサーカーを倒した……!」
その言葉で、ようやく頭が追いつく。
倒した――?
あれが、アーチャーの一撃だっていうのか。
理解した瞬間、身体から力が抜けた。
腰が抜けたみたいに足が動かない。
自分が助かったのかどうかさえ、まだうまく実感できなかった。
その様子を見て、イリヤの口元がゆっくりと綻ぶ。
ぞくり、とした。
笑った、というだけなのに、なぜかそれがひどく嫌なものに見えた。
「リンって、ほんと可愛い。」
小さく笑う。
「まだ終わってないのに。」
「■■■■■――!!」
咆哮が境内を震わせる。
吹き飛んだ肉塊が脈打つ。
骨が軋み、裂けた筋肉が互いを引き寄せる。
血肉が渦を巻くように繋がり、失われた胴体が瞬く間に形を取り戻した。
まるで最初から傷など存在しなかったかのように、巨人は再び立っていた。
「う、嘘でしょ……そんな、そんなことってあり得るの……?」
遠坂の声が掠れる。
そんな中、イリヤスフィールは感心したように小さく目を見開いていた。
「へえ……」
その視線は、再生したバーサーカーではなく、高台に立つ弓を構えたままのアーチャーへ向けられている。
「バーサーカーを、一度だけでも殺せるなんて。」
無邪気な声。
けれど、その響きにはさっきまでとは違う重みがあった。まるで、ただの遊びの相手だと思っていた相手を、初めて“危険な敵”として見直したような。
「セイバーだけだと思ってたのに、まさかそっちまでそんなのを隠してるなんてね」
イリヤはふっと息を吐き、肩をすくめる。
その仕草は子供っぽく愛らしいのに、どこかぞっとするほど冷静だった。
「……うん。今日はもういいや。」
「な……?」
遠坂が息を呑む。
俺も、思わずイリヤを見た。
「バーサーカー」
主の呼びかけに応じ、今にも飛びかかりそうに唸っていた巨人がぴたりと動きを止める。
なおも殺気を撒き散らし、俺たちを見据えたままだが、イリヤの命令には逆らわない。
「今日はここで十分」
くるり、とイリヤは踵を返す。
夜の散歩に飽きたとでも言いたげな、あまりにあっさりした仕草だった。
白い髪が、月明かりの下でふわりと揺れる。
「セイバーより、あなたのアーチャーの方に興味が湧いたわ」
すると、イリヤは肩越しにこちらを振り返った。
その微笑みは無垢で、けれど底が見えないほど冷たい。
「今度は、ちゃんと殺してあげる」
「っ……」
喉がひくつく。
ただ指を差されただけなのに、全身の血が冷えるような感覚が走った。
「それじゃ、おやすみなさい」
ひらりと手を振る。
それを合図に、バーサーカーが低く唸りながらイリヤの後を追った。巨体が石段を軋ませ、やがて二人の姿は山門の向こうへ消えていく。
後に残ったのは、ひどく重い静寂だけだった。
「……助かった、のか」
自分でも情けないくらい弱い声が漏れる。
けれど、誰もすぐには答えなかった。
セイバーは剣を構えたまま、イリヤたちが消えた先を睨んでいる。
遠坂もまた、悔しげに唇を噛んでいた。
戦いは終わった。
そう理解しても、身体はまだ震えていた。
あの少女は笑っていた。
人を殺すと言いながら、まるで明日の約束でもするみたいに。
――今度はちゃんと殺してあげる
あの少女の声音だけが、いつまでも耳の奥に残っていた。