Fate/atlantis:衛宮切嗣生存stay night 作:星P/すたーりん
私は階段を駆け上がり、そのまま乱暴に扉を開いた。
次の瞬間、思わず息を呑む。
部屋の中は惨憺たる有様だった。
机はひっくり返り、本棚は倒れ、床には木片や書物が無残に散乱している。
まるで暴風でも吹き荒れたかのような光景。
だが、私の目を奪ったのは、その惨状ではなかった。
瓦礫の中央。
まるで王座にでも腰掛けるかのように、一人の男が座していた。
褐色の肌。
雪のように白い髪。
そして血を思わせる赤い外套。
この時代の人間ではない。
そう直感した。
「なんともまあ、乱暴なマスターに呼ばれたらしい」
男は肩を竦める。
その口調には呆れと皮肉が混じっていた。
だが、そんなことはどうでもよかった。
私は確信する。
――サーヴァントだ。
間違いない。
目の前にいるこの男こそ、私が召喚した英霊。
だが疑問は残る。
なぜ召喚の場に現れず、こんな場所にいるのか。
私はふと部屋の柱時計へ目を向けた。
針は二時を少し回ったところを指している。
二時。
時計。
……時計?
「あっ……」
嫌な予感がした。
そして次の瞬間、記憶が蘇る。
そうだ。
今朝から家の時計は全て一時間進んでいたのだ。
直そうと思いながら、そのまま忘れていた。
つまり、私は魔力効率が最大となる時刻を勘違いしたまま召喚を行ったことになる。
数秒の沈黙の後、私は額を押さえた。
「あちゃー……」
思わず天を仰ぐ。
「私って、こういう肝心な時に限ってミスするのよね……」
誰に言うでもなく呟く。自嘲だった。
すると。
「こほん」
わざとらしい咳払いが聞こえた。
顔を向ける。
男は相変わらず瓦礫の上に腰を下ろしたまま、こちらを見ていた。
「……それで。君が私のマスターかな?」
その問いに、私は一瞬言葉を詰まらせる。
「え、ええ。そうよ。もちろん」
しまった。
声が上ずった。落ち着け、遠坂凛。
こんなところで動揺してどうする。
私は軽く咳払いをして表情を整える。
だが男は眉一つ動かさなかった。
「そうか」
淡々と頷く。
「では、それを何で証明する?」
「……は?」
思考が止まる。予想外の返答だった。
何で証明する?
召喚されたサーヴァントがそんなことを聞くものなのか。
だがすぐに思い当たる。
令呪だ。
私は右手を掲げた。
「これよ」
赤く刻まれた紋様を見せる。
「これが証拠」
男はそれを眺めること数秒。
やがて小さく鼻を鳴らした。
「なるほど」
そして目を細める。
「令呪か。それに、魔術回路との接続も確認できる」
そこで初めて納得したように肩を竦めた。
「どうやら本当に君が私のマスターらしい」
その言い方が妙に癪に障る。だが男は構わず続けた。
「なら話は早い」
立ち上がる。
赤い外套が揺れた。
「これからの戦いは私が全て引き受けよう」
まるで当然のことのように言う。
「君は地下にでも隠れているといい。心配はいらない」
口元に余裕の笑みが浮かぶ。
「聖杯は私が必ず手に入れる」
私は固まった。
一瞬、本気で何を言われたのか理解できなかった。
そして理解した途端。
「――は?」
こめかみに青筋が浮かぶ。
「戦いを任せろですって?」
声が低くなる。
「そうだ」
「私はマスターよ? そんなことを許すわけがないじゃない!」
思わず声が大きくなる。
この男は何を言っているのだ。
召喚されたばかりだというのに、まるで自分が主人であるかのような口ぶりではないか。
だが男は眉一つ動かさない。
「そもそも」
呆れたように肩を竦める。
「このような乱暴な召喚をする時点で、君は未熟なのだろう」
さらりと言う。
「それならば後方で大人しくしているのが賢明だ。少なくとも足手まといにはならずに済む」
一瞬、頭の中で何かが切れる音がした。
「わ、私が未熟ですって!?」
「聞こえなかったのか?」
男は平然と答える。
そして追い討ちをかけるように続けた。
「共に戦いたいというのであれば、まずは魔術の前に知識の鍛錬を積むことだな。せめて時計くらいは正確に読めるようになってから――」
ぴくり。
頬が引きつる。
こいつ。
絶対にわざと言っている。
わかっていて私の神経を逆撫でしている。
「まず第一にだな、君は――」
まだ何か言うつもりらしい。だがもう限界だった。
「あああああっ!! もう、頭にきた!!」
私は叫んだ。
男の言葉を力ずくで遮る。
「サーヴァントであるなら、マスターの命令は絶対!」
そして私は右手へ意識を向けた。
甲に刻まれた三画の紋様。
聖杯によって与えられた絶対命令権。
魔力が収束する。
それを察したのか、男の表情が初めて変わった。
「待て――!」
鋭い声が飛ぶ。
先ほどまでの余裕はどこにもない。
「令呪を使う気か!?」
男は一歩踏み出した。
「君はそれの効能を理解しているのか!」
私は鼻を鳴らした。
「うるさい!」
腹の底に溜まっていた怒りが言葉となって溢れ出る。
「そんなこと、とっくに承知してるわよ!」
右手が熱を帯びる。
刻まれた紋様が血のような紅い輝きを放ち始めた。
部屋の空気が震える。
絶対命令権。
一度使えば二度と戻らない切り札。
だが、今の私にはそんなことはどうでもよかった。
この尊大な男に、自分が誰のサーヴァントなのか思い知らせてやりたかった。
「くっ……!」
男が顔をしかめる。
令呪の発動を止められないと悟ったのだろう。だがもう遅い。
魔力は命令へと変換され、世界へ刻み込まれる。
私は右手を掲げた。そして高らかに宣言する。
「令呪をもって命ずる――!」
紅い光が弾けた。
「マスターには絶対服従!!」
その言葉は命令となり、不可逆の契約として世界に刻み込まれた。
「……君は本物の馬鹿なのか?」
「だ、だって仕方ないじゃない!あ、あんたが悪いんだからね!」
ただまあこれは私も早計だった。三度しかない絶対命令権。それをこんなことに使うなんて。
男はしばらく沈黙した後、心底呆れたように言った。
「はあ、令呪というものは、具体的であればあるほど効果を増す。逆に抽象的であればあるほど効果は薄くなる」
男は腕を組みながら言った。
「だから本来であれば君の命令はほとんど意味を成さない」
男は続ける。
「だが、今回のこれは効果がないわけではないらしい」
そう言って、自らの拳を軽く握る。
「現に今、私は君に抗うことを拒否したがっている」
「……ということは、意味はあったってこと?」
「そういうことだ」
男は小さく頷く。
「少なくとも、あの令呪は私に届いた。君の魔術師としての腕は確かなものらしい」
その言葉に、思わず胸を撫で下ろす。
勢いで使ってしまったとはいえ、無駄ではなかったらしい。
すると男は一歩前に出た。そして意外なことに、軽く頭を下げる。
「どうやら君を侮っていたようだ。謝罪しよう」
真っ直ぐな口調だった。
「そして、これからはマスターの言葉に従うと誓おう」
「ふ、ふん!」
私は慌てて腕を組む。
「わかればいいのよ、わかれば」
だが、こうも素直に謝られてしまうと調子が狂う。
なんとなく居心地が悪くなり、私は話題を変えることにした。
「ところで」
改めて男を見る。
「あなたのクラスは何?」
口元がわずかに緩む。
「まあ、聞くまでもないけど。私が召喚したんだから、当然セイバーよね?」
男は一瞬だけ沈黙した。
そして、あっさりと答える。
「アーチャーだ」
――。
私の思考は停止した。
次でプロローグ終わりです!やっと切嗣が書けるよ...