白子とシロコ   作:気弱

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最終章
ただいまと初めまして


まるで陽だまりの真っ只中に飛び込んだかのような、どこか柔らかくて圧倒的な温もりに優しく全身を包み込まれている感覚

 

冷たく暗い絶望と孤独の淵から、その暖かな心地よさに手繰り寄せられるようにして、ホシノの意識は深く暗い奈落の底からゆるやかに引き上げられていった

 

「う……っ……」

 

痛む頭を片手で押さえながら、鉛のように重たい瞼をゆっくりと開く

 

かすむ視界に広がったのは、かつてカイザーPMCが圧倒的な威容を誇る凶悪な要塞として君臨していた基地の、無残なまでの跡地だった

 

激しい戦闘によって無造殺に崩壊した黒い鉄骨の残骸、激痛に歪んだような形のひしゃげた重装甲板、そして地平線を鮮やかな赤銅色に染め上げていく夕暮れのアビドス砂漠

 

どこまでもどこまでも広がる茜色の空の下、荒い息を吐きながら重たい目を完全に開けると、すぐ目の前に自分の顔をじっと覗き込む一つの影があった

 

ホシノが再び倒れ込まないよう、その華奢な身体をしっかりと腕の中に引き寄せ、どこか愛おしそうに、けれど二度と離さないという強い意志を込めた力で優しく見つめていたのは——シロコだった

 

「……シロコ……ちゃん……?」

 

掠れた掠れ声で、ホシノはその名を漏らした

 

「ん……」

 

シロコは胸の奥で溜め込んでいた息を短く吐き出すと、まるで割れ物を扱うかのような繊細で柔らかな手つきでホシノの肩を支え、自らの膝の上からそっと砂の上へ座らせてくれた

 

ホシノはまだ混濁した頭のまま、キョロキョロと周囲へ視線を巡らせる

 

基地の上層階が激しい爆発によって崩壊し、自分は床ごと圧倒的な衝撃と共に暗闇へと落ちていったはずだった。死を覚悟したほどのあの極限状態から、どうして自分はこうして生きているのだろうか。思考が全く追いつかない

 

「……ホシノ先輩……! 本当に……本当に良かったです……っ!」

 

「もうっ……どれだけ私達に心配かけたら気が済むんですか……!?」

 

「本当ですよ……! もう二度と、一人で勝手な真似なんてしないでください……!」

 

シロコの背後から、目から溢れ出る大粒の涙を拭おうともせずに駆け寄ってくる少女たちの姿があった

 

綺麗な目を真っ赤に腫らしたアヤネ、怒りと深い安堵が混ざり合った複雑な表情で涙ぐむセリカ、そして胸の前で何度も両手をギュッと握りしめているノノミ。その少し後ろでは、どこか満身創痍の面持ちながらも、父親のような温かい眼差しでホシノを見守る先生が立っていた

 

みんなの制服は砂埃と硝煙で真っ白に汚れ、美しい頬や手足には激戦の壮絶さを物語る痛々しい擦り傷や打撲痕が幾つも残っている

 

自分を奪還するために、どれほど無茶な修羅場を潜り抜けてこの場所に辿り着いたのかが、その全身から痛いほど伝わってきた

 

胸を突き刺すような猛烈な罪悪感に苛まれ、ホシノが言葉を詰まらせていると、先生が一歩前へ踏み出し、どこか宥めるような苦笑いを浮かべながら口を開いた

 

「まあ、僕たちからもホシノに言いたいことは山ほどあるんだけど……ねぇ、ホシノ。まずはシロコに、最初に言うべきことがあるんじゃないかな?」

 

「へ……? シロコちゃんに……?」

 

首を傾げたホシノは、自分を隣で静かに支えてくれているシロコへ視線を戻した

 

すると、先ほどまで安堵の吐息を漏らしていたはずのシロコの表情が一変していた。いつもの無感情さはどこへやら、綺麗な水色の瞳を涙でうるませながら、ぷっくりと頬を膨らませてホシノをじっと見つめ返しているのだ

 

「し、シロコちゃ……っ」

 

「……すごく、心配したんだから……」

 

感情を必死に押し殺すような、けれど微かに震える声がシロコの薄い唇から零れ落ちる

 

「……私達だけが無事でも……ホシノ先輩が居ないのなら……そんなのアビドスじゃない……私達じゃないんだから……!」

 

「……っ」

 

「それに……どこにも行かないでって……私と交わした約束も……破った」

 

淡々とした語調の中に込められた、あまりにも重く、切ない愛の言葉

 

ホシノはかける言葉を失い、ぎゅっと唇を噛み締めながら視線を地面の冷たい砂へと落とした

 

「えっと……その……本当に……ごめんね……」

 

消え入るような声で、ホシノは素直な謝罪を口にする

 

ホシノの胸にあるのは、嘘偽りのない後輩たちへの深い愛だった。みんなを守りたい、自分ひとりが犠牲になればすべてが丸く収まるはずだという一心で動いた

 

だが、その結果としてカイザーや黒服の卑劣な罠に嵌まり、またしてもみんなに地獄のような辛い思いをさせてしまった

 

感情の整理がつかないまま、ホシノはさらに声を絞り出す

 

「おじさん……みんなのこと守りたくて……でも、結局一人で勝手に決めつけて……みんなを傷つけちゃった。……ごめんね、本当に」

 

そして何より——例えその計画が万に一つ上手くいっていたとしても、「勝手にいなくならないで」という約束を破り、一方的に別れを告げた時点で、みんなの心を深く切り裂いていたのだ

 

囚われの身となっていた基地の暗闇の中で、ホシノはその決定的な過ちを痛感していた

 

自分の独善的な優しさが、どれほど残酷に後輩たちの真心を踏みにじっていたのかを

 

「ん……」

 

「わっ……!?」

 

突然、シロコが勢いよく身体を乗り出し、ホシノの華奢な胴体を正面から力強く抱きしめた

 

驚いて目を丸くしたホシノだったが、自分の首元にぎゅっと押し付けられたシロコの温もりに触れ、ゆっくりと目元を緩めた。そっと手を伸ばし、砂埃のついた鮮やかな銀色の髪を、愛おしむように優しく撫で下ろす

 

「……おかえり……ホシノ先輩」

 

「うん……ただいま、シロコちゃん」

 

その一言が交わされた瞬間、ホシノの胸の奥底に、じんわりと溢れ出すような熱い感情が広がっていった

 

自分はついに帰ってきたのだ

 

あの日失ってしまった温もりを、守るべき大切な居場所を、再びこの手で抱きしめることができたのだと

 

涙が零れそうになるのを必死で堪えていたホシノだったが、感動の余韻に浸る暇もなく、シロコはスッと身体を離した

 

「あ、あれ……? シロコちゃん……?」

 

「ん……私の言いたいことはこれで終わり。あとは……もう一人、本気でカンカンに怒ってる人がいるから、そっちにパスする」

 

「……え?」

 

首を傾げるホシノに対し、シロコは無言のまま親指で後ろを指し示した

 

言われた通りに視線を巡らせると、そこには引きつった苦笑いを浮かべたセリカとアヤネ、そして「健闘を祈るよ」と言いたげに肩をすくめる先生の姿

 

そして——

 

「ホシノ先輩っ♪」

 

「ひっ……!? の、ノノミちゃん……!?」

 

聞こえてきたのは、脳が溶けるほど柔らかく朗らかな、いつもの可愛らしい声色

 

そして、すべてを包み込むような女神のような笑顔

 

しかし、なぜだろうか。その満面の笑みを目にした瞬間、ホシノの背筋に冷や汗が吹き出し、凍りつくような寒気が走った

 

「私とも……確か、お約束しましたよね……?」

 

「あ……あっ……えっと……」

 

「『絶対に無茶しない』って……。もし約束を破ったら、ちゃんとお仕置きしますからね……って♪」

 

「待って待って待って待って!? ノノミちゃん!?」

 

ジリジリと、拳を胸の前で固めながら笑顔で間合いを詰めてくるノノミに、ホシノは本気で顔を青くして後ずさった

 

「た、確かに無茶しないって約束はした記憶あるけど……!? お仕置きなんて話は初耳だよ!? 聞いてないよ!?」

 

「えー? 私の心の中では、バッチリそう聞こえていましたよ〜?」

 

「絶対にノノミちゃんの中だけの捏造ルールでしょ!? ちょっと、指関節をゴキゴキ鳴らすのやめて!? ノノミちゃんの素のフィジカル、普通におじさんの耐久値超えてるからさぁぁっ!?」

 

「問答無用です!!! はいっ、覚悟してくださいねっ!!」

 

「うへぇぁぁぁぁぁっ!????」

 

次の瞬間、ノノミが弾丸のような勢いで飛びかかり、全力の抱擁(物理的・お仕置き)を叩きつけた

 

メリメリ……と、キヴォトス屈指の頑丈さを誇るホシノの背骨から、鳴ってはいけない嫌な衝撃音が響き渡る

 

「あぐっ……!? 背骨が……おじさんの背骨が折れる……っ!?」

 

「反省してくださいっ! 反省するまで絶対に離しませんからねっ!」

 

「ぎゃぁぁぁっ!? ごめんなさいごめんなさい!! もう絶対一人で抱え込んだりしないからぁぁっ!?」

 

阿鼻叫喚の悲鳴を上げるホシノと、満面の笑顔で容赦なく締め上げるノノミ

 

その不憫で賑やかな光景を、セリカもアヤネも、そして先生も、呆れと深い安堵が混ざり合った笑みを浮かべて見つめていた

 

こうして——ホシノの背骨が甚大な犠牲を払うことにはなったものの——アビドス対策委員会は、無事にかけがえのない存在を取り戻すことができたのだった

 

 

激闘の興奮と狂気が嘘のように冷めやり、沈みきった群青色の夜空に満天の星々が美しく瞬き始める頃

 

ホシノはシロコの背中に力なく背負われ、ゆったりとした規則正しい歩調でアビドスへの寂しい帰り道を歩んでいた

 

背中越しに直に伝わってくる後輩の温かい体温と、出会った頃より少しずつたくましく、広くなっていた肩幅に頼もしさを感じながら、ホシノはふと胸の奥底にずっと引っかかっていた小さな疑問を口にした

 

「そういえばさ……みんなだけであんな巨大で厳重な基地に乗り込んできてくれたの……?」

 

「いえ……流石に私達だけでは無理がありました」

 

一段下りた横を歩くアヤネが、指先で眼鏡の足をつまみ直しながら静かに答える

 

「便利屋68の皆さんや、ヒフミさん……いえ、正確にはトリニティの『正義実行委員会』の方々が演習という名目で、救出作戦の救援に駆けつけてくださったんです」

 

「そうそう! ホシノ先輩がいなくなったあの日も、便利屋の奴らには勝手に貸しを作られちゃってさ……。まったく、今度あいつらにラーメンでも奢ってあげなきゃ格好がつかないわ」

 

セリカが少し照れくさそうに、けれど誇らしげに補足した

 

(うへぇ……おじさんが知らない間に、この学校の交友関係もずいぶんと賑やかになったもんだねぇ……)

 

後輩たちの頼もしい成長と、いつの間にか広がっていた絆の暖かさに、ホシノがしみじみと胸を熱くさせていた——まさにその時だった

 

脳裏に、あの暗闇の激しい崩落現場での記憶が鮮烈にフラッシュバックする

 

瓦礫と共に深い奈落へと落ちていく意識の渦中、確かに聞こえたあの切切とした必死な叫び声

 

『……なし……ノ……!! 手を……っ!!』

 

(あれ……? おかしいな……)

 

ホシノはシロコの背中の上で、首を小さく傾げた

 

記憶をどれだけ手繰り寄せても、あの絶体絶命の土壇場で自分の手を強く握りしめてくれた「手」の感触と声は、シロコたちのものとは明らかに違っていたのだ

 

便利屋のアルたちの声でもなければ、ヒフミたちの声でもない

 

あの叫び声の切迫感、そして手袋越しに伝わってきた小さく繊細な手のひらのサイズ感は、助っ人に来てくれたという誰の文脈にも当てはまらない気がした

 

「……ねぇ、シロコちゃん」

 

「ん、何?」

 

「助けに来てくれたのって……便利屋のみんなと、ヒフミちゃん率いるトリニティの勢力だけ……だよね?」

 

「うん」

 

「……他に、誰も来てなかった……?」

 

ホシノが探るように優しく尋ねた瞬間——ピタリと、シロコの足が止まった

 

「……? シロコちゃん?」

 

「……誰も、来てないよ?」

 

(……うへぇ……分かりやすすぎるよ、シロコちゃん……)

 

背中越しでもはっきりと分かるほど、シロコにあからさまに視線を横へ逸らされ、額からスッと冷や汗が流れるのを感じた。隣を歩くセリカとアヤネも、気まずそうに顔を見合わせると、固く口をへの字に結んでいる

 

明らかに、誰もが知っていて「誰か」の存在を必死に隠している

 

(まあ……助けてくれた誰かさんにも、色々と外聞やら事情があるのかな……)

 

隠し事だらけだった自分が、いまさら後輩たちの隠し事を野暮に追及する権利など最初から無いのだろう

 

ホシノは苦笑いを浮かべながら、それ以上深く突っ込むのをやめた。頭の上に浮かんだ小さな疑問符はそのままに、頬を撫でる夜風の冷たさを心地よく感じ取る

 

その夜、ホシノは半ば強制的にシロコの家へと連行された

 

ノノミの全力ハグによって徹底的に撃砕された背中を湿布で介抱されながら、ホシノはシロコに抱きしめられるようにして、久々の温かな布団の中で静かに深い眠りへと落ちていくのだった

 

そして数日後——

 

ノノミの全力ハグによって激しく撃砕されたホシノの背中も無事に完治し、すっかりいつもの日常を取り戻したアビドス対策委員会の面々は、アビドス管区内にある大きな総合病院の静かな廊下を歩いていた

 

事の発端は、ホシノが校舎を去る際に下級生たちへ遺していった、あの一通の置き手紙である

 

 

「……ホシノ先輩」

 

「んー? どうしたの、シロコちゃ……って、ちょっと待って!? なんでまだそれ持ってるのーっ!?」

 

それは、対策委員会の教室で特にやることもなく、みんなで机を囲んでダラダラと午後の心地よい時間を過ごしていた時のことだった

 

突然、シロコが制服のポケットから小さく折りたたまれた一枚の紙を取り出し、ホシノの目の前でバッと広げてみせたのだ。ホシノは頬を林檎のように真っ赤に染め上げながら、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった

 

「ん、私だけじゃないよ。みんなちゃんと綺麗にコピーして、生徒手帳に挟んで持ち歩いてる。二度とホシノ先輩が一人で勝手な真似をしないようにって、私が提案した」

 

「初耳なんだけど!? え、セリカちゃん、アヤネちゃん、ノノミちゃん……ほ、本当なの……!?」

 

恐る恐る、近くに座っていたメンバーへ助けを求めるように視線を送るホシノ

 

しかし、ノノミはあの日を彷彿とさせる満面の笑顔(ただし目が一切笑っていない)を浮かべ、セリカとアヤネは苦笑いを浮かべながら、それぞれのカバンやポケットからしっかりとラミネート加工まで施された手紙のコピーを取り出してみせた

 

「わーっ!? お願いだから捨ててぇーッ! 本当におじさんが悪かったから! 黒歴史として一生引きずるから!!」

 

「大丈夫ですよー? 先生の分も、私がちゃんと保管用に一枚お渡ししておきましたから♪」

 

「全然フォローになってないよノノミちゃん!! とりあえず没収だよ!!」

 

「わっ!? ちょっ、ホシノ先輩、なんで私達の分から奪おうとするのよ! 破るなら言い出したシロコ先輩か、ノノミ先輩のやつから行きなさいよ!」

 

「だって2人とも怖いんだもん!!」

 

「だ、ダメですよホシノ先輩! 確かに思い出すのも嫌な思い出ですけど、これが一番の抑止力になるんですから!」

 

なぜか元凶であるシロコやトドメを刺したノノミからではなく、圧倒的に奪いやすい1年生二人から力ずくで手紙を奪い取ろうとするホシノ

 

教室の中は一瞬にしてドタバタ劇へと変貌した

 

「はぁ……はぁ……。それで……? おじさんの恥ずかしい黒歴史を引っ張り出してきて、一体なにするつもりなのさ……」

 

必死に手紙を守り切ったセリカとアヤネから奪い取るのを諦めたホシノは、肩を大きく上下させながらシロコをジト目で見つめた

 

「ん……。この手紙に『ユメ先輩が帰ってくる場所』って書いてあった。ユメ先輩って、元アビドス生徒会長だよね?」

 

「……うん。そうだよ……」

 

「いま、ユメ先輩は何をしてるの?」

 

シロコのまっすぐで純粋な疑問に、1年生の二人も「そういえば」と興味津々に反応を示す

 

「あ、そうですよ! ホシノ先輩、昔のこととかユメ先輩のことって全然話してくれないから、ずっと気になってたんです」

 

「そうね。アビドスに来てから一度も顔を見たことがないし……アビドスどころか、キヴォトスのどこにもいないんじゃないかって思ってたもの」

 

「え……えーと……3人とも、そのお話は……ここまでにしませんか……?」

 

困惑する雰囲気を察したノノミが、そっと間に割って入るように制止の声をかけた

 

だが、その急な引き止め方に、シロコたちは怪しむように首を傾げる

 

「どうしてですか、ノノミ先輩?」

 

「そ、それはー……そのー……えーっと……」

 

「ん……ノノミ、怪しい。もしかして、何か事情を知ってるの?」

 

「そういえばノノミ先輩、ホシノ先輩が昔副生徒会長だったことも最初から知ってたし……もしかして私達の知らないこと、色々知ってるんじゃないの?」

 

「うっ……」

 

あからさまに視線を泳がせ、口元をごまかすノノミ。

 

その態度を見たシロコ、セリカ、アヤネの三人は、無言で顔を見合わせると、小さく頷き合った

 

「ホシノ先輩から聞き出そうとしても、絶対に煙に巻かれそうだし……」

 

「そうね……なら、ターゲット変更よ」

 

「では……行きますか?」

 

「えっ……えっと……さ、3人とも……? お顔がすっごく怖いですよー……?」

 

「隠し事、ダメ。突撃」

 

「ひ、ひゃぁぁぁっ!?」

 

一瞬の隙を突いて、三人同時にノノミへ飛びかかった

 

素早い連携でシロコとセリカがノノミの両腕をがっちりと固定し、フリーになったアヤネが容赦なくノノミのみぞおちや脇腹を目がけて指先を滑らせる

 

「あははははっ!? やっ……やめ……やめてくださぁいっ!?」

 

「白状しないと、絶対にやめませんよー?」

 

「うわぁ……アヤネちゃん、めちゃくちゃ目が生き生きしてる……。もしかして、日頃のストレス溜まってるの……?」

 

繰り広げられる地獄絵図(?)を、ホシノは引きつった苦笑いを浮かべながら見守っていた

 

「誰のせいだと思ってるんですか! 毎日毎日、書類の山と予算繰りの雑務……! 私だって、たまには思いっきりストレス発散したいんです!」

 

「うへぇ……本当にごめんねぇ、アヤネちゃん……」

 

「あはははっ!? あ、謝るならアヤネちゃんに擽られてる私に謝ってくださ……いひひひっ!?」

 

涙目で助けを求めてくるノノミ

 

ホシノは小さく息を吐き出すと、頭を掻きながら声を張った

 

「えーと……3人とも。おじさん、ちゃんと昔のこと話すから……一旦ノノミちゃんを解放してあげてくれないかな?」

 

ホシノの言葉を聞いた瞬間、アヤネの手がピタッと止まり、セリカとシロコも拘束を解いてそっと離れた

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……っ」

 

床にへたり込み、乱れた制服の胸元を押さえながら荒い息を吐き出すノノミ。その何とも言えない姿に、ホシノは思わず目を逸らした

 

「……と、とりあえず、ノノミちゃんが落ち着くまで待とうか」

 

それから冷たいお茶を飲み、ようやく息を整えたノノミを交えて、みんなで椅子に座り直した

 

話を始める前、ノノミはどこか申し訳なさそうで心配そうな視線をホシノへ向けていた

 

けれど——過去に命を落とした白子に関する話題とは違い、ユメの話題であれば、いつかこうしてみんなにバレる日が来ることをホシノ自身も覚悟していたため、そこまで心は重くなかった

 

もちろん、白子の存在を察せられないよう、核心に触れる部分はうまく伏せつつ、ユメとの思い出を語り始める

 

「——というわけでね。おじさんが生徒会に入った次の日、あの人、ローソクの代わりに爆竹をケーキに刺して祝おうとしてさ。案の定、爆破して生徒会室中をクリームだらけにしたんだよ」

 

「ん……流石ホシノ先輩の先輩。やることが破天荒すぎる」

 

「それ、シロコちゃんが言えることかなぁ……? ちゃんと破天荒なアビドス魂、受け継いじゃってるよ?」

 

突拍子もないユメとの思い出話に、セリカたちもツッコミを入れながら、どこか楽しそうに耳を傾けていた

 

「そういえば……そのユメ先輩は、今はどこで何をされているんですか?」

 

アヤネがひとしきり笑い終えた後、ふと思い出したように尋ねた

 

一瞬だけ、ホシノの動きが止まる

 

だが、すぐにいつものような困ったような笑みを浮かべて口を開いた

 

「あはは……実はね? 色々とあって……今、ユメ先輩は入院してるんだ」

 

「そうなの? なんだ、それなら病院に行けばいつでも話せるじゃない」

 

「ううん。会うことはできるけど……お話することはできないよ」

 

「……?」

 

首を傾げるセリカに、ホシノは静かに事実を告げた

 

「ユメ先輩はね……事故で頭を強く打って、それからずっと目を覚まさないんだ。……いわゆる、植物状態になっていてね」

 

「……」

 

その一言が出た瞬間、さっきまで和やかだった教室の空気が氷のように冷え切り、セリカたちの表情が一気に曇り切った

 

その急変ぶりに、ホシノは慌てて手を振る

 

「で、でもね!? ちゃんと生きているから! 心臓も動いてるし、みんなが考えてるほど悲劇的な感じじゃないよ!」

 

「……そ、それでも……辛いことには変わりないですよね……」

 

「ん……だから今まで、話してくれなかったんだ……」

 

「ごめんなさい、ホシノ先輩……軽率に聞いちゃって……」

 

目に見えて落ち込んでいく下級生たちに、ホシノがオロオロと動揺していると——

 

「で、ですがっ! ホシノ先輩の仰る通り、ユメ先輩は生きておられます! 私達がそんな辛そうな顔をしていたら、それこそホシノ先輩にとって一番悲しいことだと思いますよ!」

 

ノノミがパーンと手を叩き、明るい声を張り上げて助け舟を出した

 

しかし——

 

「……ねぇ、ノノミ」

 

シロコが半目で、ジト〜ッとした鋭い視線をノノミへ向ける

 

その目には、アビドス対策委員会結成当時の出来事も含めて、ノノミだけが前から色々と事情を知っていたことに対する、かすかな不満と恨めしさが込められていた

 

ノノミは「ギクッ」と肩を跳ね上がらせた

 

「……ノノミ、やっぱりそこまで事情を知ってたんだ」

 

「あ……ええと、これはですね……その……」

 

「アヤネ、セリカ。……今度は二人でノノミを抑えて。私がくすぐる」

 

「えっ!? し、シロコちゃん!? 冗談ですよね……!? ちょっと二人とも、なんで無言で私の両腕を掴むんですか……ひ、ひゃぁぁぁぁっ!?」

 

「あはは……ここに先生がいなくて本当に良かったねぇ。とてもじゃないけど見せられない事案だよ」

 

静かな放課後の校舎に、ノノミの悶絶するような笑い声が再び響き渡ったのだった

 

 

そして今——

 

ノノミへの愛ある(?)お仕置きで存分に(?)満足したシロコたちの強い提案により、アビドス対策委員会のメンバーは、アビドス管区内にある大きな総合病院を訪れていた

 

ひんやりとした無機質な空気が漂う静まり返った病棟の廊下を、少女たちは靴音を殺し、足音を忍ばせるようにして静かに進んでいく。そして、突き当たり近くにある落ち着いた佇まいの個室の前で立ち止まった

 

ホシノは一度、深く静かな呼吸を挟むと、長年通い慣れた愛おしい場所へ入るかのように、静かにドアノブへ手をかけた。滑らせるようにゆっくりと引き戸を開ける

 

鼻腔をかすかにくすぐる清潔な消毒液と生花の匂い、そして静寂を切り裂くように規則的に刻まれる機械の電子音

 

窓にかかった白いレースのカーテンの隙間からは、傾きかけた午後の柔らかく温かな茜色の陽光が差し込み、静けさに満ちた病室内をどこか優しく、幻想的な光の粒子で照らし出している

 

部屋の中央、白で統一された清潔で大きなベッドの上には、まるで静かな午睡を楽しんでいるかのような、清らかで心安らかな顔立ちをした少女——アビドス生徒会会長、梔子ユメが穏やかに横たわっていた

 

華奢な胸元がゆるやかに上下し、生体モニターが「ピッ……ピッ……」と一定のリズムで命の音を奏でていることだけが、彼女が今も確かにこの場所で生きていることを静かに証明している

 

「この人が……生徒会長、梔子ユメ先輩……」

 

靴音を抑えながら病室へそっと一歩足を踏み入れたセリカが、息を呑むようにしてぽつりと呟いた。その琥珀色の視線は、ベッドの上で静かに眠る少女の美しい顔立ちから離れそうにない

 

「……すごく綺麗で、おしとやかな顔立ちをされていますね……。とても先ほどホシノ先輩からお聞きした、バースデーケーキにロウソク代わりに爆竹を突き刺して盛大に爆発させるようなお人には……とても見えません」

 

「アヤネ、褒めてるのか貶してるのか分からない。それ、地味にすごく失礼だと思う」

 

アヤネのあまりに無自覚で素直すぎる感想に対し、シロコがジト目で横顔を見つめながら、淡々と冷静なツッコミを入れた

 

「あはは! まぁまぁ、そう言いたくなる気持ちも分かるよ〜。でもね、もし起きて元気に走り回ってるユメ先輩を見たら、おじさんなんて比べものにならないくらいアヤネちゃんは毎日頭を抱えて胃薬を飲むことになってたと思うなぁ」

 

ホシノは楽しそうに目を細めてくすくすと笑うと、慣れた手つきでベッド脇のサイドテーブルに置かれた花瓶を取り出した。そして、来る途中でみんなで買い求めてきたばかりのみずみずしい季節の花へと、手際よく生け替えていく

 

鮮やかな花弁が弾く小さな水滴を指先で優しく整え終えると、ホシノは「ここが私の定位置」と言わんばかりに、長年使い古された木製の丸椅子を引き寄せてちょこんと腰掛けた

 

そして、変わらぬ穏やかな表情で眠り続けるユメの横顔に向かって、まるで隣で話しかけるかのように柔らかく、温かな声をかける

 

「ユメ先輩、見て見て。今日はおじさんの自慢の、とっても可愛い後輩ちゃんたちを連れてきたんだよ」

 

ホシノは愛おしそうに頬を緩めながら、一人ずつ指をさして紹介を始めた

 

「まず、この子がセリカちゃん。ツンツンしてるけど本当はすっごく素直で、怪しいバイトや怪しい商売にすぐ騙されちゃう、放っておけないくらい可愛い子なんだ〜」

 

「ちょっとホシノ先輩!? もうちょっとマシな紹介の仕方があるでしょう!? 誰が騙されやすいチョロい子よ!」

 

「チョロいとまでは言ってないんだけどね〜」

 

「せ、セリカちゃん……! ここは病室なんですから、大きな声を出したらダメですよ……っ!」

 

耳まで真っ赤にして抗議の地団駄を踏むセリカと、それを焦りながら苦笑いで宥めるアヤネ。重苦しくなりがちだった病室の静寂が、一気に賑やかで温かな空気で満たされていく

 

「ふふ、そしてこっちがアヤネちゃん。すごく真面目でしっかり者の委員長タイプなんだけど……実は怒らせるとおじさんたちの誰よりも怖いんだよ〜?」

 

「ホシノ先輩……? 私は至って平和主義ですよ?」

 

アヤネが眼鏡の位置を指先で少し直しながら、レンズの奥の瞳をすっと細めて微笑むのを見て、ホシノは「うへぇ」と楽しそうに身を縮めた

 

「そして、その隣にいるのがノノミちゃん。普段はお淑やかで優しいお姉さんに見えて、この対策委員会の中で文句なしに一番……本気で怒らせたらお仕置きが怖すぎる猛者なんだ」

 

「……ホシノ先輩っ♪ ユメ先輩の前なんですから、もっと真面目で素敵な紹介をしましょうね……?」

 

後ろからゆっくりと近づいてきたノノミが、ホシノの華奢な肩へポン……と優しく手を置いた

 

笑顔の裏に隠されたその瞬間の圧倒的な圧力と威圧感に、ホシノの肩が「ヒクッ」と可愛らしく跳ね上がる

 

「ん……ホシノ先輩、実は重度のドMで、私達からのお仕置きや仕返しを心のどこかで期待して待ってたりするの?」

 

「ち、違うよー!? おじさんは後輩を愛する余り変なふうに言っただけだよシロコちゃん!?」

 

至極真面目な顔で冷静に分析してくるシロコの言葉に、ホシノは全力で首と手を横に振った

 

そんなホシノの珍しい姿と狼狽ぶりを見て小さな溜息をついたシロコは、ゆっくりと一歩踏み出し、ユメのベッドのすぐ脇へと佇んだ

 

その美しい水色の瞳には、かつて大好きな先輩が命懸けで守ろうとした「居場所」の元・主催者へ向けた、まっすぐな敬意と感謝が宿っていた

 

「ん。初めまして、ユメ先輩。私はシロコ。……ホシノ先輩の身の回りの世話をするお世話係。それから……昔、ホシノ先輩の手料理を食べさせられて途中で死にかけた被害者第一号の後輩」

 

「ちょっと!? シロコちゃん! ユメ先輩に変な誤解を与えるようなこと言わないでよ!? それに今はお世話はもうされてないでしょ!」

 

「冗談。ふふっ」

 

表情ひとつ変えずに言い切ったシロコは、ホシノに向かって可愛らしく「べー」と小さくピンク色の舌を出してみせた

 

 

そんな賑やかで温かな時間を過ごしているうちに、病室の窓の外はゆっくりと茜色から深い濃紺へとその表情を変えていた

 

夕陽が砂漠の地平線の彼方へ沈み、街の遠くの方でぽつぽつと街灯や建物の灯りが温かくともり始める

 

「……さてと。それじゃあみんな、そろそろ帰ろっか」

 

ホシノの柔らかい声かけに促され、セリカ、アヤネ、ノノミ、そしてシロコが、眠るユメに向かって深く一礼しながら、一人、また一人と静かに病室を後にしていく

 

最後に残ったホシノは、後輩たちがドアの向こうの廊下で静かに待っているのを確認すると、去り際に一度だけそっと振り返り、ベッドの上で静かに息を吐くユメを見つめた

 

「ユメ先輩。……また、みんなで来ますね」

 

胸の中にあるすべての感謝と愛おしさを込めて、そっとそう呟いた——まさにその瞬間だった

 

「っ……!」

 

少しずつ暗くなりかけていた病室の中、静かに横たわるユメの薄い口元が、ほんのわずかに……まるでホシノの温かな言葉に応えるかのように、優しく、慈しむように微笑んだように見えたのだ

 

ほんの一瞬の、夕闇と光の加減による見間違いかもしれないほどの、あまりにもささやかな変化

 

けれど、ホシノの瞳が驚きに大きく丸くなり、次の瞬間には溢れんばかりの温かな光と愛おしさを宿した

 

「……うへへ。聞こえてるのかな……。もし本当に聞こえてたら……すごく、嬉しいな」

 

ホシノは胸の奥がじんわりと温かく満たされていくのを感じながら、心からの柔らかな笑みを浮かべ、静かに病室の扉を閉めたのだった




まだ復旧してませんがなんとかクーラーがある場所に行けましたので投稿します!
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