「それじゃあ、気合を入れて掘り始めましょうか」
ホシノは慣れた手つきで重い鉄製のツルハシを肩に担ぎ、目の前に広がる気の遠くなるような砂の斜面を見据えてそう言い放つ
その瞳には、一切の躊躇も疲労の色も見当たらなかった
「ひぃん……ホシノちゃんの体力オバケー……。ここに来るだけでもう何キロ歩いたと思ってるのさー……。お願いだから、あと十分、いや五分だけでも日陰で休んでからにしようよー……」
ユメはその場にへたり込み、容赦なく体力を奪う砂漠の熱気に耐えかねたように、自分の手をパタパタとあおぎながら情けない声を上げた
「ダメです。そんな風にダラダラと油断をしていたら、埋まっているお宝が砂の流動でどこかへ逃げてしまいますよ! ほら、アビドスの未来がかかっているんですから、しゃきっと立ってください!」
「ひぃん! お宝は生き物じゃないんだから逃げたりしないよぅー!」
涙目で泣きごとを言いながらも、ユメは頼りない手つきで自分のツルハシを握り締め、よろよろと立ち上がった
――そもそも、なぜ生徒会の二人が、こんな照りつける太陽の下、砂漠の真ん中で重労働に勤しむ羽目になっているのか
時計の針を前日に巻き戻す
それは、ジリジリと音を立ててアビドス高等学校の広大な校舎を灼き尽くさんばかりの、ある日の昼下がりのことだった
「ホシノちゃん! 見て見て、大変だよ、大変なものを見つけちゃったんだよーーー!」
静まり返った廊下に、ドタバタと品のないけたたましい足音が響き渡る。それに続いて、生徒会室の木製の重い扉が、勢いよく内側へと跳ね上がるようにして乱暴に開け放たれた
肩を大きく上下させて激しく息を荒くしているユメの手には、何やら煤けて薄汚れた、一枚の古い紙切れが固く握られている
「そんなに慌てて、一体どうしたんですか、ユメ先輩。またいつものように、学校の裏に怪しいサボテンの群生を見つけたとか、そういった類のトラブルですか?」
ホシノは机に肘をついたまま、呆れたようにため息をついた
『わんっ!』
「よしよし……本当にいい子だねー、白子は。ちゃんと私のところにボールを持ってこられて、とっても偉いですよー」
ホシノは執務机を少し脇へ退かし、普段より少し広くなった生徒会室の床の上で、白子が小さな口で一生懸命に咥えてきたゴムボールを優しく受け取った。そのまま、銀白色の柔らかな頭を指先でコトコトと、形を確かめるように愛おしげに撫で回す
撫でられている白子は、気持ちよさそうに水色の瞳をさらに細め、完全にホシノの手のひらにその身を委ねていた
「……うーん。ちょっと前から薄々思ってはいたんだけどさ。最近のホシノちゃんって、愛用のショットガンの整備をしたり、書類の整理をしたりする時間よりも、白子ちゃんと遊んでる時間の方が明らかに長くない?」
ユメは腰に両手を当て、微笑ましくもどこか寂しそうな、呆れた苦笑いを浮かべながらその光景を眺めていた
「何言ってるんですか。これはただの息抜きですよ、息抜き。緊迫したアビドスの治安維持を完璧にこなすには、こうして適切な精神の弛緩を挟むことが必要不可欠なんです」
「それならさ、そんなに楽しそうなんだし、お外の広い校庭に連れ出して、思いっきり走り回って遊んであげたらどうかな?」
「却下です。見ての通り、今日の外は日差しが強すぎます。白子のデリケートな肉球があつあつの砂で火傷でもしたらどうするんですか。ですから、今日は室内での安全なボール遊びの一択です」
『わふ……♪』
ホシノは白子を自分の胸元にぎゅっと抱き寄せると、完全に光の消えたオッドアイのジト目でユメを睨みつけた
まるで「こんな酷暑の日にあえて外に出すなんて、ユメ先輩は鬼畜の所業ですか?」とでも言いたげな、強い意志の籠もった視線だ
「そ、そうなんだ……(本当に白子ちゃんには甘いなぁ、ホシノちゃん……)」
ユメは苦笑いを深めながら窓の外に目をやった。そこには、いつもと変わらない、すべてを焼き尽くさんばかりの容赦ない砂漠の晴天が地平線の彼方まで広がっている
(最近、わたしがどれだけちょっかいを出しても冷たくあしらわれるのに、白子ちゃん相手だとあんなに顔をふにゃふにゃにして……)
ユメは、ホシノが自分よりも新入りの白子にばかり構いっきりなことに、ほんの少しだけ子供のような複雑な寂しさを覚えつつも、すぐに気を取り直して表情を爛漫と輝かせると、手に持っていた紙切れをデスクの上にバッと勢いよく広げた
「ふふん! でもね、そんな白子ちゃんラブなホシノちゃんも、これを見たら絶対に驚いて飛び起きちゃうよ! じゃじゃーん! これを見てよ、これ!」
「? なんですか、急に大声を上げて。ただの汚れた古い紙切れにしか見えませんが……」
『わふ?』
ホシノは足元で物足りなそうに跳ねている白子を、手慣れた動作でヒョイと両腕に抱っこすると、しぶしぶといった様子でユメのいるデスクの元へと近づいた
ユメが広げた煤けて黄ばんだその紙は、よく見るとアビドス自治区のかなり古い時代の地図のようだった。経年劣化でボロボロになった地名の記述をなぞっていくと、その中心から少し外れた、現在は完全な不毛の地となっている砂漠のど真ん中に、これ見よがしに不気味な「赤いバツマーク」が大きく、力強い筆跡で書き込まれているのが見て取れる
「ふふふ、ただの紙切れじゃないよ、ホシノちゃん! これね、さっき図書室の奥にある、何年も開けられていなかった古い書庫を大掃除してたの。そしたらね、ボロボロになった昔の文献のページの間に、ひっそりと挟まれているのを発見しちゃったんだよ! ……ズバリ、失われたアビドスの『宝の地図』だよ!」
ユメは両手で大切そうに地図を掲げ、まるで大発見をした考古学者のように胸を張った
「宝の地図……ですか。また先輩のオカルト趣味か、怪しげなお伽話の類じゃないでしょうね。この前も『砂漠のツチノコを探す』とか言って、一日中干からびたトカゲを追い回していたばかりですし」
「ち、違うよぅ! 今回はちゃんと歴史的な裏付けもあるんだから! ほら、ここを見て? わたしが古いアビドスの公文書を引っ張り出して調べたんだけど……まだこの学園自治区に豊かな緑がいっぱいあって、中央に大きな湖があった大昔にね、街全体を挙げた盛大な『砂祭り』が開催された場所なんだって」
「ふむ。砂祭り、ですか。水や緑が豊かだった時代のアビドスなんて、今の私たちからすれば、想像もつきませんね」
ホシノは冷ややかに言いながらも、ユメが指差す古い地図のバツマークをじっと見つめた
「それでね、そのお祭りの時に、夜空に打ち上げる特別な特大花火の原料として、当時の生徒会が国費を信じられないくらいドカンとはたいて、大量に溜め込んだ希少な鉱石があるの! その名も――『プラズマ鉱石』!」
「……ぷ、ぷらずま……ですか?」
ホシノは聞いたこともない怪しげな単語に、眉をひそめて首を小さく傾げた
「うん! 正式な名称はわたしもよく分からなくて、ちょっと格好いいから私が名付けたんだけど……とにかく、凄まじい熱量とエネルギーを秘めた、ものすごーく希少な鉱石みたいなの! 当時の生徒会はそれを大きな目玉花火に使おうとしたんだけど、結局、当時の技術じゃエネルギーを制御できなくて大失敗しちゃって……。これ以上街に被害が出たら危ないからってことで、まとめて一箇所に深く埋めたのが、まさにこのバツマークの場所らしいの!」
ユメは鼻をフンスと誇らしげに鳴らし、豊かな胸を大きく張って、興奮のあまり荒くなった息を吐き出す
「なるほど、大体の事情は分かりました。――ですが、それが今の私たちにどう関係あるんですか? 過去の先輩たちがやらかした失敗の遺物なんて、危険なだけですし、放っておけばいいでしょう。私たちには今、もっと現実的な問題が山積みのはずです」
『わう?』
相変わらず出どころの怪しい鉱石のことなど一ミリも興味が持てないホシノは、なぜ先輩がここまで顔を紅潮させて熱弁しているのかが理解できず、冷淡な視線のまま首を右側に傾げた。すると、その腕の中で大人しく抱っこされていた白子も、大好きな主人の動きを完璧にトレースするようにして、小さな首を綺麗に同じ方向へと傾げた
「もー! 二人とも息ぴったりに可愛い反応だけど、ちゃんとお話を聞いてよ! このプラズマ鉱石……実はね、当時の古い換算レートを現在の価値に計算し直すと、たったの100グラムで……なんと『一千万円』を超える価値があるの!!」
「い、1000万っ!?」
その破格すぎる具体的な金額、そしてアビドスの天文学的な借金を一気に帳消しにできるかもしれない数字を聞いた瞬間、ホシノのオッズアイの瞳が、驚愕でカッと大きく見開かれた。しかし、すぐにハッと我に返ると、いつもの冷静で気怠げな表情へと無理やり戻し、冷徹に思考のギヤを回し始める
「……先輩。確かにそれは魅力的で、喉から手が出るほど夢のあるお話ですが……。そんな価値のあるものが、過去の生徒会や、その情報を知っている者、あるいはヘルメット団のような不埒な連中に、とっくの昔に採掘されて空っぽになってるんじゃないですか? 世の中そんなに甘くありませんよ」
「ちっちっち……甘いね、ホシノちゃん! 最初に言ったでしょ? このバツマークの場所は、元々は広くて深い『湖』の底だった場所なの。つまり、お祭り当時は冷たい水の中に沈んでいて、誰も手が出せなかったんだよ。それに、今は湖が完全に干からびて、底なしの流砂が渦巻く超危険地帯になっちゃってるの。私達アビドスの住民でも、今のあの砂漠の奥地に行くのは命に関わる大仕事……。つまり、それは何を意味するかというと!」
「……誰も過酷すぎて採掘に行けず、今も手つかずのまま、莫大な富を秘めた鉱石が眠っている……ということですか?」
「うん! その通り! さすがホシノちゃん、察しがいいね! 誰も行けないなら、体力が自慢の私たちが一番乗りで掘り起こしちゃえばいいんだよ!」
「……はぁ。なるほど」
ユメの自信満々で満面の笑みの頷きに対して、ホシノはこれ以上ないほど深くて重いため息を一つ吐き出した
(う、うぐぅ……。や、やっぱり怒られちゃうかな……。『またユメ先輩は夢みたいなことばかり言ってないで、早く溜まった学校の予算仕事――あの真っ赤な数字ばかりの書類――を終わらせてください』ってジト目で詰め寄られちゃうかも……。でもでも! 今日こそは先輩として、ホシノちゃんに格好いいところを見せないと、この前の失敗のせいで、わたし丸一週間もおやつ抜きの刑なんだもん……!)
ユメはホシノに「いい加減に現実を見てください」と冷たく怒られることを半分覚悟しながら、自身の貴重なおやつを死守するため、そして何より大好きな後輩に少しでも肩の荷を下ろして楽をさせてあげたくて、この宝の地図を必死になって探し出してきたのだ
しかし、次にホシノの口から返ってきたのは、ユメの予想を遥かに裏切る、全く思いもよらない前向きな言葉だった
「――そうと決まれば、善は急げです。砂漠への本格的な遠征道具を今すぐ揃えないといけないですね。先輩、突っ立ってないで早く準備しますよ」
ホシノは腕の中から白子をそっと床に下ろすと、いつの間にか部室の棚に買い置きしてあった、白子専用の真新しい水色の首輪と頑丈なリードを手際よく取り出し、カチリと小気味よい音を立てて白子の首元に取り付ける
一瞬にして、完璧なお散歩、あるいは過酷な砂漠探索への同行スタイルへと移行していく
「へ? ……お、怒らないの?」
ユメは完全に拍子抜けしてしまい、パチパチと大きな目を丸くしながらマヌケな声を上げた
てっきり「またユメ先輩はそんな根拠のないオカルトに騙されて!」と、いつものようにジト目でこっぴどくお説教を食らうものだとばかり身構えていたからだ
「怒る? なんで私が怒らないといけないんですか。上手くいけば、アビドスが抱えるあの天文学的な額の借金を一撃で清算できるかもしれないんですよ? こんなに合理的で、素晴らしいお話に乗らない手はありません!」
ホシノはキョトンとした顔のまま、大真面目な表情でユメを見上げた。その瞳には、アビドスの真っ赤な財政状況を何とかしたいという切実な輝きが宿っている
「そ、そうだよね! これで見つかれば、一気に借金返済の目処が立って、アビドスも大安泰だし……。あ、あれ? でも、遠征の道具って、一体何を買うの? 砂を掘るための頑丈なスコップやシャベルなら、前に物置の奥で見つけた、あの使い古しのやつがまだ十分に使えるよね?」
ユメが不思議そうに小首を傾げると、ホシノはまるで信じられない世間知らずを見るような、呆れ果てた強烈なジト目を先輩に向けた
「ユメ先輩、何をおめでたいことを言ってるんですか! 確かに私たちが砂を掘り起こしたり、最低限の身を守ったりするための装備は、現状でも物置のもので十分に揃っています。――ですが! 問題はそこじゃありません!」
ホシノは手元のリードをグッと優しく引き寄せ、足元で「どこに行くの?」と嬉しそうに尻尾をブンブンと振っている子犬を指差した
「私たちの移動や装備は二の次です。この燃えるように熱い日中の砂漠の砂の上を、白子のこんなに小さくて柔らかい、無防備な肉球で直接歩かせる訳にはいかないでしょう! もし火傷でもしたらどうするんですか! ですから、白子専用の特注の防熱ミニブーツ、それから直射日光から可愛いお耳を守るためのお帽子、熱中症対策の犬用スポーツドリンク! 買うべきものは山ほどありますよ! さぁ、商店街へ急ぎます!」
「そ、そっちの道具の心配だったのぉーーーっ!?」
どこまでも白子ファーストな後輩の絶対にブレない溺愛ぶりに、ユメの楽しげな悲鳴が生徒会室の天井に響き渡るのだった
◇
そして、現在――
容赦なく照りつける太陽が空気中のすべての水分を限界まで干からびさせ、激しい蜃気楼がゆらゆらと地平線をグニャグニャに歪ませる、アビドス大砂漠のど真ん中。
ホシノたちは、商店街でなけなしの生徒会予算(というかおやつ代)を叩いて購入した「白子専用・砂漠極地対応フル装備」を引っ提げ、古い地図が指し示していた『赤いバツマーク』の地点へと辿り着いていた
現在、乾燥した砂埃を盛大に巻き上げながら、気の遠くなるような硬い乾いた大地に、思いツルハシを力任せに振り下ろす鈍い音が響いている
キン、ザクッ。キン、ザクッ……
「………ね、ねぇ……ホシノちゃん……あのね……ちょっと、すっごく言いにくいんだけどさ……」
広大で何もない砂平線の真ん中で、手持ちのシャベルを杖代わりに砂へ突き立てたユメが、申し訳なさそうに視線をあちこちへと泳がせながら、恐る恐る声をかけてきた。その額からは滝のような汗が流れ落ちている
「……それ以上は何も言わないでください、ユメ先輩……! 私も、薄々は……いえ、かなり前の段階から、とうに気づいているんですから!」
ザクッ、とこれまでの苦労をぶつけるような抗議を込めて、ホシノはひと際激しく砂を穿った。乾燥した土煙が舞い上がり、二人の視界を茶色く染める
「うう……本当にごめんね……。これだけ深く、二人がかりでちょっとしたクレーターができるくらい沢山掘ったのに……。何も、なーんにもそれらしい輝く鉱石が出てこないって事は……やっぱり、あの地図は昔の誰かの悪質なイタズラの偽物……もしくは、何十年も前に、既に他の抜け目のない誰かに掘り尽くされちゃった後ってことなんだよね……」
「だから言わないでって言ったのに……! あーもう! 無理です! 完全にエネルギー切れです、疲れました!」
ホシノはついに肉体の限界を迎え、両手で固く握りしめていたツルハシを砂の上に放り捨てた
乾いた砂の上に、バタンと大きな大の字になって倒れ込みたくなるのを辛うじて理性が止め、その場に力なくがっくりと膝をついてへたり込む
「うぅ、本当にごめんね。わたしの安易な思いつきのせいで、ホシノちゃんにこんなに酷い目に遭わせちゃって……。でも、でもね? 反省はすっごくしてるんだけど……一つだけ、さっきからどうしても気になって仕方のないことを言わせてくれない?」
「はぁ……はぁ……なんですか、改まって……。今ならどんな過酷なお説教でも小言でも、右の耳から左の耳へ音速で受け流す自信がありますよ……」
額の汗を拭う気力すら残っておらず、疲労困憊で両膝に手を置いて肩を上下させているホシノ
しかし、そんな満身創痍な彼女の「頭の上」には、なぜかこの世の終わりのような過酷な灼熱の砂漠にいるとは思えないほど、神聖なまでの静寂と快適さを纏って、気持ちよさそうにちょこんと丸くなって伸びている白子の姿があった
その小さな四肢の先には、前日に商店街のペットショップでホシノが目を血眼にして購入した、特注の鮮やかな青色の犬用防熱ミニブーツが四つともしっかりと履かされている
「どうして……白子ちゃんを頭に乗せたまま、そんなに重いツルハシを全力で振り回して作業してたの……?」
ユメは、あまりにもシュールでアンバランスすぎるその光景に、困惑と愛おしさが限界まで混ざったような、何とも言えない複雑な表情で問いかけた
「どうしてって言われても……私だって好きでこんな重いヘッドパーツを装備して作業してる訳じゃないですよ……。今日、学校の昇降口を出る前から、この子は頑なに地面に降りようとせず、何故か自分で一歩も歩かないで、私の体をハシゴみたいにして頭の上にスルスルと登って、そのまま自分の定位置みたいに居座ってるんですから……」
「せ、せめて、穴を掘る激しい作業中くらいは、危ないし重いんだから、一回下に降ろしてあげたら良かったんじゃ……?」
「……。さ、砂漠の熱風に直接やられて、この子が万が一にでも熱中症にでもなったら寝覚めが悪いので、嫌です。ここに置いとくのが、高低差的にも一番地面の熱から遠くて安全なんです」
(いやいや、絶対にそこの日よけパラソルの下の方が涼しくていいと思うんだけどな……)
ユメに至極真っ当な正論を突きつけられると、ホシノは気まずそうにしばらく無言になり、視線をぷいっと完全に逸らしながら、絞り出すようにそう頑なな言い訳を並べ立てた
実はここ最近、白子はホシノの頭の上に乗ることが完全に癖になっていた
アビドスの校庭で元気いっぱいにゴムボールを追いかけ回したり、大好きなご飯を夢中で食べたりといった、自分からアクティブに動き回りたい時以外は、ホシノの頭上に少しでも隙を見つけると、まるで猫のような身軽さと正確さでフワリと飛び乗るようになっていたのだ
初めて頭頂部に乗られた時こそ、ホシノも「わわっ!? ちょっと白子、そこはクッションじゃないですよ! 降りてください!」と目を丸くして驚き、怒ってみせていた。だが、なぜか隣にいるユメの頭には一切乗ろうとしないことや、あまりにも高頻度で隙あらばスルスルと登ってくるため、今ではもう半分諦めて日常の光景として受け入れていた
……もっとも、普段の気怠げな態度とは裏腹に、大好きな白子に小さな体温と信頼を預けられているその瞬間のホシノは、誰が見ても「満ざらでもなさそう」な優しい表情をしているのが丸分かりだったりするのだが
つまり白子は今、砂漠の熱から肉球を守るための頑丈な青いミニブーツを四肢にしっかり履かせてもらっているにもかかわらず、「今日は自分で歩きたくない。ホシノの頭の上でのんびり揺られながら、贅沢に休みたい」と、無言のまま極上の甘えを決め込んでいるのだった
「……ハァ。何はともあれ、とにかく一旦少し休憩にしましょう。このまま意地になって財宝探しを続けたら、お宝を手に入れる前に、私たちの方が熱中症で倒れて砂漠の砂に還ってしまいます」
「う、うん。そうだね……。これ以上この炎天下でツルハシを振り回したら、アビドス生徒会が二人とも干からびてミイラになっちゃうよ……」
ホシノは、砂漠の熱い地表に無理やり突き刺して固定していた、日除け用の大きなパラソルの下へとヨロヨロとした足取りで移動した
そして、砂漠の熱気でカラカラに渇ききった自分の喉を潤すことよりも真っ先に、頭の上から白子を優しく両手で抱き降ろした
それから、冷たいクーラーボックスから犬用のスポーツドリンクを取り出し、持参した小さな器へとトトト、と丁寧に注ぎ込んでいく
「はい、お待たせしました。白子の分ですよ」
『わふ!』
白子は待ってましたと言わんばかりに、鮮やかな青い靴を履いた小さな前足をパタパタと小刻みに動かせながら、嬉しそうにそれをペロペロと勢いよく舐め始めた
「……はい、これはユメ先輩の分です。まだ十分に冷たいうちにどうぞ」
「わぁ、ありがとうホシノちゃん! 砂漠で貰う冷たい飲み物は、まさに命の水だぁー!」
ユメ先輩にしっかりと冷えたスポーツドリンクのボトルを手渡したのを確認して、ホシノはそこでようやく、自分のボトルのキャップを開けると、ゴクゴク、プハァ、と勢いよく喉を鳴らして飲み始める
渇ききった身体の細胞一つ一つに冷たい水分が染み渡り、文字通り生き返るような極上の心地がした
頭上の愛らしい重みから解放されたホシノの薄ピンク色の髪が、砂漠を吹き抜ける乾いた風にしなやかに揺れていた
目的のプラズマ鉱石は見つからなかったけれど、パラソルが作る小さな陰の下で、冷たい飲み物を分け合う三人(二人と一匹)の周りには、先ほどまでの過酷な労働が嘘のように、どこか穏やかで温かい時間が流れていた
「それにしても……。一千万円のプラズマ鉱石があるかもって、あんなに期待したのに、本当に何も無かったのは流石にちょっとショックですよね」
冷たいスポーツドリンクを喉に流し込み、息を整えてようやく一息ついたホシノは、遠くの地平線を見つめながらぽつりと言った。目の前に広がるのは、自分たちが必死に掘り返して作った、無骨で巨大な砂のクレーターだけだ。黄金や緑に輝く希少な鉱石の気配など、微塵もありはしない
「うん……そうだね……。あんなに自信満々でお宝の地図だって大見得切っちゃったのに、ごめんね、ホシノちゃん……」
ユメは手にしたスポーツドリンクのボトルを両腕で大事そうに抱え込み、砂の上に体育座りをして、目に見えてしょんぼりと肩を落とした
その頼りない先輩の姿を、ホシノはジト目でしばらく無言で見つめていた。だが、ふと何かに気づいたように自分の身体を見下ろし、それから再びユメへと視線を戻した
その瞬間、ホシノの額に青筋がピキリと明確に浮かび上がる
「……ところで、ユメ先輩。冷たいものを飲んで少し頭が冷えてきたところで、そろそろ本質的なツッコミを入れてもいいですか? 」
「ふぇ? どうしたの、ホシノちゃん。そんなに全身をふるふると震えちゃって……もしかしてドリンクが冷たすぎて寒くなっちゃった?」
突然、静かな怒りで肩を震わせ始めたホシノの様子に、ユメはキョトンとした顔で首を傾げた
その悪気の全くない天然な様子がさらに火に油を注いだのか、ホシノはついに堪り兼ねたように、砂漠の真ん中で声を大にして叫んだ
「――なんで私たち、こんなすべてを焼き尽くすような灼熱の太陽の下で、よりによって『スクール水着』一丁でツルハシを振り回して穴掘り作業をしてるんですかッ!? 客観的に見て頭おかしいでしょうが!」
『わん! わんわんっ!』
ホシノの突然の怒号に、パラソルの日陰で涼んでいた白子が驚いて跳び起きた。だが、主人のただならぬハイテンションを「なんだか楽しそうな新しいゲームが始まったぞ!」と勘違いしたのか、澄んだ水色の瞳をキラキラと輝かせ、青いブーツを履いた前足をパタパタとさせながら嬉しそうに吠え立てる
「ひぃん! ホシノちゃんも白子ちゃんも、そんなに息ぴったりにダブルで怒らないでよぅーーー!」
ユメは耳を塞ぐようにして、砂の上で小さく丸くなった
しかし、ホシノがここまで本気で憤るのも、客観的に見れば至極当然のことであった。現在、アビドス大砂漠の狂ったような炎天下の中、二人はいつもの制服ではなく、紺色のノスタルジックなスクール水着を身に纏い、剥き出しの肌に容赦ない直射日光を受けながら、今まで黙々と過酷な穴掘り作業を続けていたのだ
「だって! だってね、ホシノちゃん! この場所は、大昔は広くて深い、綺麗な水がなみなみと注がれていた『湖』だったって、さっき生徒会室で言ったじゃない! だからね、わたし思ったの! 私たちがお宝の鉱石をザクッとツルハシで掘り当てたその瞬間にさ……!」
ユメは勢いよく立ち上がると、映画の劇的なワンシーンを再現するかのように、両手を大きく広げて身振り手振りを交えながら熱弁を振るい始めた
水着姿なせいで、そのダイナミックな動きに合わせて豊かな肢体が健康的に揺れる
「その掘り当てた衝撃で、地下に眠っていたかつての湖の湧き水が、どぱーーーっと勢いよく、クジラの潮吹きみたいに頭上高く溢れ出てくると思ったんだもん! そしたら、せっかくの学校の制服がびしょ濡れになっちゃうでしょ? だから、最初から水着を着ていれば、濡れてもすぐにそのまま泳げて一石二鳥だなぁって思ったの!」
「そんな都合のいいエンタメの冒険映画みたいな展開、現実にある訳ないですよ!? 百歩譲って、お宝が埋まっているという話までは信じましょう。……けど、失われた水源は遥か何百メートルも砂の下ですかね!? ツルハシ一本で石油王にでもなるつもりですか、ユメ先輩は!?」
「ううー……そうやって今は怒るけどさ、ホシノちゃん。出発する前、生徒会室でわたしが『水着持っていこう!』って提案した時、最初のうちはホシノちゃんもかなりノリノリで水着を選んでたよね……?」
「うっ……!」
ユメに過去のノリノリだった言動を突っ込まれ、ホシノはぐうの音も出ずに言葉を詰まらせた。左右での瞳が気まずそうに左右に泳ぐ
「そ、それは……それはそれ、これはこれです……! 実際に砂漠に来てやってみたら、お宝は出ないし、水も一滴も湧かないじゃないですか! おかげで、遮るもののない直射日光のせいで、肩とか背中がジリジリと日焼けして、肌が擦れて痛いですよ……」
ホシノは水着の肩紐を少しだけ指先で引っ張り、赤く火照ってしまった自分の白い肌を見て、恨めしそうにため息をついた。砂漠の凶悪な太陽は、防備の薄い少女の肌を容赦なく灼いていた
「あはは、そっかぁ。可哀想に……。ふふーん、でもね! わたしは出発前にちゃーんと全身に日焼け止めをたっぷり隅々まで塗ってきたから、ちっとも痛くないんだよー♪ ほら、お肌も白くてツルツルのままだよ!」
ユメは自慢げに胸を張り、自分の白く滑らかなデコルテや、紺色の水着に包まれた豊かなお胸をこれ見よがしに強調するように、手のひらでパタパタと風を送りながらアピールしてみせた
「…………」
ホシノの瞳から、すっと全ての光が消えた
日焼けの痛みに耐えながら必死にツルハシを振るった自分と、夢見がちな提案をしておきながら、自分だけはちゃっかり万全の対策をして快適に過ごしている先輩
その圧倒的な理不尽さと、目の前でやたらと強調されているユメの豊かな肉体に対して、ホシノの胸の中に、言葉にできないドス黒い嫉妬と怒りの感情がムクムクと湧き上がってきた
「痛いっ!? なんで今、無言でわたしのお胸をパァンッて容赦なく叩いたの!?」
静寂の砂漠に、肉と肉が激しくぶつかり合う、とてもいい音が響き渡った
ユメは涙目で自分の豊満な胸を両手で抑え、信じられないといった様子で後輩を見つめる
「……手が滑りました。あと、そこだけ日焼け止めが塗り足りていないような気がしたので、私の親切心による叩き込みです。セルフ浸透というやつですよ」
ホシノは完全に光の消えたジト目でそう言い放ち、そっぽを向いた。そんな二人の間で、白子だけが相変わらず水色の瞳を輝かせながら、楽しそうに尻尾をプロペラのように振り続けているのだった
「ひぃん! 絶対に違うよぅ、今のどう見ても日頃の八つ当たりだったもんー!」
ユメは涙目で自分の胸を押さえながら、理不尽な痛みに抗議の声を上げた。しかし、ホシノは完全に光の消えたジト目を崩さないまま、冷淡に言い放つ
「はいはい。そんな風にいつまでも泣きごとを言って無駄な体力を使う前に、さっさと片付けて帰る準備をしますよ。ほら、先輩も手を動かしてください」
「うう……ホシノちゃんが冷たい……」
グスグスと鼻を鳴らすユメを完全にスルーしながら、ホシノは手際よくクーラーボックスに飲み終えたスポーツドリンクのボトルを詰め込み始めた
「……あれ? 白子?」
ふと、荷物をまとめていたホシノの手がピタリと止まる
つい先程まで、日焼けの痛みに悶える自分の周りを「遊んで、遊んで!」と言わんばかりに嬉しそうに走り回り、尻尾をプロペラのように振りながらはしゃぎ回っていたはずの白い毛玉が、どこにも見当たらない。ほんの少し、散らかった道具の片付けのために目を離した、本当に一瞬の隙だった。遮るもののない大砂漠の風景の中に、その姿が周囲の砂の色に紛れて消えてしまっていた
「ちょっと、ユメ先輩。白子を見ませんでしたか? さっきまで私の足元でサンダルを甘噛みしてたんですけど……」
「え? 白子ちゃん? うーん、さっきまでホシノちゃんの影に入って涼んでたと思ったけど……あ、見てホシノちゃん! あそこにいるよ!」
ユメが長い指でパッと砂丘の斜面を指差す
そこは、ホシノたちが先程まで死に物狂いでツルハシを振り下ろし、無駄な大穴をあけていた巨大なクレーターからは、数十メートルほど離れた場所だった。風によってなだらかな曲線を描く、まだ誰も足を踏み入れていない手つかずの緩やかな砂地だ
見れば、白子は熱心に鼻先を地面に擦り付け、ピンと立った耳を小刻みに震わせている。夢中になりすぎるあまり、完全にこちらに背を向け、きゅっと上がった小さなお尻と、フリフリと忙しなく動く短い尻尾だけが、砂の上にぽつんと突き出していた
「もー……本当に目が離せない子ですね。砂漠は危険が多いから勝手に行動しないでって、出発前にあれほど言ったのに、全然聞いてないんだから」
「あはは、好奇心旺盛なのは良いことだけど、ちょっと心配になっちゃうよね。白子ちゃーん! 砂漠には怖いサソリとか、一度ハマったら抜け出せない流砂とかもあるんだからねー? そっちに行っちゃダメだよー!」
二人は紺色のスクール水着姿のまま、熱い砂をサンダルでバタバタと蹴立てて、急いで白子の元へと駆け寄った
『わんっ!』
「わっぷぅ!? げほっ、ごほっ……! ちょっと白子ぉ!!」
二人がようやくその背後にたどり着いたその瞬間、白子は待ってましたとばかりに、小さな四肢を激しく動かして猛烈に砂を掘り返し始めた
青いミニブーツが火花のような勢いで砂を後ろへと跳ね飛ばし、その直撃をモロに食らったホシノの顔面に、大量の熱い砂粒が文字通り叩きつけられる
「ぺっ、ぺっ……うへぇ……口の中にまで砂が入ってザラザラする……。全く、お利口さんにしてると思ったら何をするんですか白子は……」
ホシノは顔についた砂を水着の袖や腕で乱暴に拭いながら、盛大に顔を顰めた。しかし、隣で同じようにしゃがみ込み、目を丸くして白子の様子を見ていたユメは、その水色の瞳をきらきらと輝かせ、どこか興奮した様子でホシノの二の腕を強く揺すった
「ねぇねぇ、怒る前にこれ見てよホシノちゃん! なんだか白子ちゃん、ただ遊んでるんじゃなくて、ここに『何かがあるから早く掘って!』って、一生懸命にわたし達に教えてくれてる気がしない!?」
「そう……ですか? 砂漠の熱で頭がのぼせて、ただの犬の、気まぐれな穴掘り習性が爆発しただけな気がしますけど……」
『わんっ!』
二人がそんな問答を交わしている間にも、白子はさらに深く頭を砂の穴へと突っ込み、お尻を高く突き上げた姿勢のまま、ゴソゴソと何かを物色し始めた。そして次の瞬間、満足げに顔を思い切り跳ね上げると、何かを小さな口でしっかりと咥えた状態で、トコトコと嬉しそうにホシノたちの足元へと帰ってきた
『わんっ!』
白子がホシノの足元にポトリと落としたのは、一見するとただの泥に汚れた小さな石ころだった
「ほら、やっぱりただの石じゃないですか。白子、お宝っていうのはもっとこう、キラキラして……って、いえ、違いますね……これ……」
「わっ……すごい! 綺麗……! なんだか、すっごく綺麗に光ってるよ、ホシノちゃん!」
ユメが思わず泥だらけの手を伸ばしてそれを拾い上げ、沈みかけた太陽の光に透かすようにして見つめる
白子が砂の底から見つけ出してきたのは、わずか一センチメートルほどの、歪な形をした小さな小石だった。しかし、その表面についた砂をユメが指先で払うと、夕暮れ時の光を浴びて、まるで中から発光しているかのように、深みのある神秘的なエメラルドグリーンに美しく輝き始めたのだ
「確かに……。ただの石にしては、不思議な光の反射をする綺麗な石ですね。……でも、これがさっき先輩の言っていた、一千万円の価値があるという『プラズマ鉱石』……ではなさそうですね」
「うーん、確かにプラズマ鉱石じゃ無さそうだね。生徒会室の古い本には、本物は不純物のない真っ白な結晶って書いてあったし……。でもね、ホシノちゃん。白子ちゃんはきっと、わたし達がさっきまで一生懸命にお宝を探してクタクタになってるのを見て、『これならあるよ!』って代わりに探してきてくれたんだよ、絶対に!」
『ワンッ!』
ユメの優しい解釈を肯定するように、白子は澄んだ水色の瞳をいっぱいに輝かせ、いつものようにホシノの足元にぴったりと身体を寄せた。そして、これ以上ないほど首を長く伸ばし、『早く褒めて! 頑張ったでしょ!』と言わんばかりに、期待に満ち溢れた真っ直ぐな視線をホシノへと向けてくる
その健気で愛らしい姿を目にした瞬間、先程までの凄まじい労働の疲れも、肌を焦がす日焼けの痛みも、ホシノの胸から一瞬で消え去ってしまった。ホシノの固く結ばれていた口元に、フッと柔らかく、温かい笑みが自然と浮かび上がる
「はは……。よーし、偉いぞ白子。お前は本当にいい子で、賢い子ですね……。こうして目に見える成果をちゃんと持って帰ってくるあたり、夢ばっかり見てるどこかの生徒会長よりよっぽど優秀です」
「むぅー! ホシノちゃん、どさくさに紛れてわたしをディスるの酷いよ!」
『くぅーん…♪』
ホシノは砂の上に膝をついてしゃがみ込み、白子の銀白色の頭を、今度は自分の手に残った砂粒がつかないよう細心の注意を払いながら、優しく優しく、愛おしそうに撫でてあげた
白子は気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らすようにしてホシノの手に頭を擦り付ける
「でも……。せっかくお利口さんでお手柄なのに、お顔の周りにも砂がたっぷり付いちゃってるのは、ちょっといただけないかな?」
「あはは! 本当だ! なんだか白子ちゃん、お口の周りだけ黄色いお砂がくっついて、立派なおヒゲが生えちゃったみたいになってるよー! 面白い顔ー!」
『わう?』
ユメに無邪気に指を差されて笑われ、白子は口の周りに黄色い砂粒をたくさんくっつけたまま、澄んだ水色の瞳をパチクリとさせて、不思議そうに小さな首を傾げるのだった
「さてと、そろそろ太陽も完全に沈みかけて、砂漠の風が急に冷たくなってきましたね。水着のままだと普通に風邪をひきます。これ以上暗くなると帰り道が本当に見えなくなって危険ですし、今度こそ荷物をまとめて撤退しましょうか」
ホシノは首を小さく振って、髪の隙間に入り込んだ砂をパタパタと払い落とすと、大きく息を吐きながら、散らかったパラソルやツルハシをまとめて片付け始めた
「うん、そうだね! 今日はもうお家へ帰ろう!……あ、ところでホシノちゃん。その白子ちゃんが見つけてくれた綺麗なエメラルドの石、どうするの?」
ユメは自分の水着の裾をパタパタと叩いて砂を払いながら、ホシノの手元を興味深そうに覗き込んだ。ホシノの手のひらの上には、先ほど白子が掘り起こしてきた小さな小石が乗っている
夕日の残光を浴びて、それはどこか怪しく、そして息をのむほど美しく輝いていた
「そう……ですね。結局、先輩が息巻いていた一千万円のプラズマ鉱石は見つかりませんでしたし、かといってこの石も、綺麗ですが骨董品店に持っていったところで高く売れるとは思いません。ですが……」
ホシノは、自分の足元で満足そうにピンク色の小さな舌をチロチロと出しながら、熱烈な信頼の眼差しで見上げてくる白子を愛おしそうに見つめた。その水色の瞳には、大好きな主人に褒められ、役に立てたことへの喜びがこれ以上ないほど満ち溢れている
「せっかく白子が、私のために小さなおててを砂まみれにして、一生懸命探してきてくれた初めてのプレゼントですからね。……紐でも通して、失くさないように大切にお守りにします」
ホシノの口元が、今までにないほど優しい形に緩む。それを見たユメは、羨ましそうに両手を頬に当てて身をよじらせた
「わー! いいなー、いいなー! 白子ちゃんからの初めてのプレゼントでお守りなんて、すっごく素敵! ズルいよホシノちゃん、わたしもそれ欲しいなぁー!」
「ダメです! これは白子が、この私に! 狙い澄まして手渡してくれたものなんですから、たとえ先輩が相手でも絶対に譲りません!」
ホシノはまるで宝物を泥棒から隠すように、ギュッと小さな拳を握りしめて胸元に抱え込み、ユメから完全に身体を背けた
「ええーっ!? そんなの分かんないじゃん! 白子ちゃんはただ、たまたま目の前にいたホシノちゃんの足元に置いただけかもしれないでしょ? 本当は、いつもおやつをあげてるわたしへのプレゼントだったかもしれないよ!?」
「いいえ、100%あり得ませんね! ユメ先輩はいつも白子に対して、変なダンスを教えようとしたり、お腹を壊しそうな怪しい手作りおやつを与えようとしたりするんですから。日頃の行いと信頼関係から考えても、白子からの好感度は間違いなく私の方が圧倒的に、天と地ほどの差で上なんです!」
「ひ、酷い偏見だよぅー! わたしだってちゃんと愛を注いでるもん! それを言うなら、ホシノちゃんだってこの間、お仕事に夢中で白子ちゃんにおやつをあげ忘れて、すごく悲しそうな目で見つめられながら袖を引っ張られて催促されてたじゃないー!」
「うっ……! そ、それは、あの時は生徒会の書類仕事が忙しくて、つい、うっかり忘れていただけで……!」
『わんっ! ワンワンッ!』
二人が砂漠の真ん中、スクール水着姿で年相応に子供っぽくムキになって言い争いをしていると、足元からそれを遮るような、ひときわ鋭い鳴き声が響き渡った
ふと我に返った二人が同時に視線を下に落とすと、そこにはいつの間にか、さっきよりもさらに全力で穴を掘り進めていたらしい白子が佇んでいた
口の周りどころか、今度は鼻の頭からおでこにかけてまで黄色い砂粒をびっしりと付着させ、顔全体を真っ黄色にした白子が、これ以上ないほどの「ドヤ顔」で胸を張って座っていたのだった
「あ、あれ……? なんだかホシノちゃん、さっきより白子ちゃんのお顔の汚れが増えてない……?」
「そう……ですね。なんだか泥棒ヒゲの範囲が、おでこの方まで広がっているような……?」
「もしかして私達が喧嘩してたからまた穴掘りしてきたのかな?」
「あ、見てください、ユメ先輩。白子の足元……」
ホシノが、白子の小さな前足のすぐ近くを指差す
そこには、ホシノが今持っている緑色の石と全く同じ大きさ、同じ透明感を持った、しかし今度は夕日の赤を吸い込んだかのように妖艶に煌めく、サクラピンクの綺麗な小石がぽつんと置かれていた
「これ、もしかして……。私たちがくだらないことで言い争いをしている間に、白子ちゃんが気を利かせて、もう一個奥から探してきてくれた……とか?」
ユメが声を震わせながらそのピンクの石をそっと拾い上げると、白子は『わふんっ!』と鼻を鳴らし、これ以上ないほど誇らしげに胸を張った
「……し、白子ちゃーーーんっ! なんて健気で、お利口さんで、優しい子なのーーーっ!」
感情が爆発したユメは、砂がつくのも構わずに白子を両腕で勢いよく抱きしめ、自分の頬を白子の柔らかな白い毛並みにすり寄せた。白子も嫌がる風でもなく、嬉しそうに水色の瞳を細めて『わふぅ……♪』と喉を鳴らしている
「ふむ……。私の持っている緑の石とは明らかに色が違いますが、光の透過率や中の結晶構造を見る限り、似た物質の鉱石でしょうね」
ホシノはその様子を眺めながら、自分の分の緑の石をしっかりとリュックに収めた
「じゃあ、こっちのピンクの石は、わたしが貰っちゃっていいよね! ホシノちゃん!」
ユメは白子を抱っこしたまま、瞳をこれでもかとキラキラと輝かせてホシノに詰め寄った
その純粋で嬉そうな表情を見て、ホシノは先ほどまで独占欲に駆られて、子供のようなくだらない喧嘩を仕掛けてしまった自分自身を、急激に恥ずかしく思った
「……すみません、ユメ先輩。さっきは私、少し大人げなかったです。せっかく白子が私たちのために一生懸命に見つけてきてくれた、最高のプレゼントだったのに、ケチなことで怒鳴ったりして」
ホシノは少しきまずそうに視線を落とし、頭を掻いた。すると、ユメは抱きしめていた白子をそっと地面に降ろし、優しく微笑みながら首を振った
「ううん、気にしないで、ホシノちゃん。わたしの方こそ、いつもホシノちゃんが白子ちゃんと仲良くしてるのが少しだけ羨ましくて、初めてムキになっちゃったから。お互い様だよ」
「うへ……。確かに、いつもおっとりしてるユメが、あんなに必死に言い返すのって本当に珍しいですよね。ちょっと新鮮でした」
「えへへ、やっぱりお宝を前にすると、人間ちょっとだけ欲張りになっちゃうのかもねぇ」
ユメは照れくさそうに頭の後ろで手を組み、無邪気に笑った
「あ、そうだ! ねぇホシノちゃん、その緑の石、ちょっとわたしに預けてくれない?」
「え? 嫌ですよ。さっきお互い様って言ったのに、やっぱり独り占めする気ですか?」
ホシノは警戒するように、すかさずリュックの上から手でパッと押さえた。ユメは慌てて両手をブンブンと振る
「違う違う! 独り占めなんかしないよー! さっきホシノちゃん、紐を通して大切にお守りにするって言ってたでしょ? だから、学校に戻ったらわたしが、その二つの石に綺麗に紐を通せるように加工してあげようと思って!」
「ユメ先輩が、ですか?」
ホシノは怪訝そうな顔で、ユメをジト目でじーっと見つめた。日頃の彼女のドジっぷりを思い返せば、大切な宝物にヒビを入れられるか、最悪の場合は粉々に粉砕される未来しか見えない
「……本当にそういう器用なこと出来るんですか? 勢い余って叩き割ったり、床の隙間に落として失くしたりするのがオチな気がしますけど」
「ちょっとー! 酷いなぁ、わたしをなんだと思ってるの! これでも生徒会長だよ? 細かい作業だって、集中すればちゃんとできるもん!」
ユメはぷくーっと頬を膨らませて抗議する
「うーん……。まぁ、確かにこれをそのままリュックに入れたままだと、いつの間にか砂漠の砂に紛れて落としちゃいそうですしね」
ホシノは少し躊躇ったものの、ユメのまっすぐな瞳に押し負け、リュックから渋々と緑の石を取り出した。手のひらの上で転がるエメラルドグリーンの小石を、名残惜しそうに見つめてから、そっとユメの差し出された手に渡す
「いいですか、先輩。白子がくれた初めてのプレゼントなんですからね。もし傷一つでもつけたら、明日からのノルマを三倍にしますから」
「うわぁ、目がマジだよホシノちゃん……。うん、責任重大だね! 任せて、二人のために最高のペアのお守りを作ってみせるから!」
ユメはピンクの石と緑の石を両手に一つずつ持ち、嬉しそうに並べて掲げた。夕暮れの光の中で、二つの異なる色彩が並んで美しく煌めく
「それじゃあ、今度こそ本当に冷えてきましたし、学校に帰りましょうか」
「そうだね! 帰ったら、まずは二人で白子ちゃんのお顔を綺麗に拭いてあげなきゃ!」
ホシノが荷物を背負い直して歩き出そうとした、その時だった
『わんっ!』
「わっ!? ちょっと、白子!?」
ホシノが声を上げた瞬間、白子は地面を力強く蹴り上げると、ユメを器用に踏み台にするようにして跳躍し、驚くほどの軽快さで、ホシノの頭の上へと寸分の狂いなく着地したのだ。ピンク色の癖毛の中に、すっぽりと小さな身体を収める
『わぅううーーんっ♪』
「ちょっと! なんでそこで、私の頭を足場にして勝ち誇ったように遠吠えをしてるんですか! 砂が……! 白子が掘った砂が、私の髪の毛の中にパラパラと落ちて……うへぇ……」
ホシノは頭上の重みと、容赦なく髪の毛に侵入してくる砂粒に顔をしかめながら、手を伸ばして白子を下ろそうとした。しかし、白子はしっかりとホシノの髪の毛に小さな肉球を絡ませて、そこから一歩も動こうとしない
「まぁまぁ、いいじゃない。そこはもう、白子ちゃんの不動の特等席なんだから♪」
ユメはそれを見て、楽しそうにクスクスと笑いながら、ホシノの代わりに重いツルハシやパラソルなどの荷物を率先して両手に抱え込んだ
「うぐぐ……。自分が乗られないからって、随分と気楽な物言いですね、先輩……。この頭上の絶妙な重さと、地味に頭皮を刺激する肉球の感触が、どれほど集中力を削ぐか……」
ホシノは恨めしそうにユメをジト目で見つめたが、ユメはただ楽しげに微笑むだけだった。重い荷物を持つユメ、頭の上に砂まみれの子犬を乗せた水着姿のホシノ、指示を出すようにその頂点で満足そうに尾を振る白子。なんとも奇妙で、しかしどこか温かい二人と一匹の影が、長く伸びる夕暮れの砂漠に描かれながら、ゆっくりと帰路についた
帰りの道中、砂漠の夜の冷気が周囲を包み込む頃。先ほどまでの大仕事で完全に体力を使い果たしたのか、白子はホシノの頭の上で、すっかり緊張感を無くして「くぅ……くぅ……」と小さな寝息を立てて丸くなっていた
「もー……本当に気楽な子犬ですね。散々私を足蹴にして砂まみれにした挙句、人の頭を完全にベッド代わりにして熟睡するなんて、大物になる素質がありすぎます」
ホシノは呆れたような、でもどこか声音を低くして寝息を邪魔しないような、優しい声を絞り出した
「ふふ、そう言いながらも、ホシノちゃんのお顔、すっごく満ざらでもなさそうにフニャフニャだよー?」
前を歩いていたユメが、いたずらっぽく後ろを振り向いて、ニヤニヤと笑いながらホシノの顔を覗き込んできた
「……乗られたことがない人には分からないかもですがね。こうして歩いていると、頭の上から白子の体温がじんわりと伝わってきて、普段は結構……その、温かくて心地良いんですよ」
「ひぃん……! からかうつもりで言ったのに、思いのほかストレートで破壊力の強いデレが返ってきちゃったよぅ! わたしにもその温もり、分けてほしいー!」
「ふふん、白子関連で私を弄ろうとするからですよ、先輩。自業自得です」
ホシノは勝ち誇ったように瞳を細め、頭の上の小さな重みを愛おしむように、歩幅を一定に保って慎重に歩いた
「……なんだか、そうして並んで歩いてる二人の姿を見てるとさ。本当の『姉妹』みたいだね」
ユメが、オレンジ色から深い紫へと移り変わる夜空を見上げながら、ポツリと、どこか感慨深そうに呟いた
「そう……ですか? 私と白子が、姉妹?」
「うん! ホシノちゃんがちょっとお小言の多い、でも面倒見のいいお姉ちゃんで、白子ちゃんがそのお姉ちゃんの後を一生懸命追いかける、やんちゃな妹! 今日みたいに、ホシノちゃんに褒められたくて、嬉しそうに砂の中から宝物を発見して持ってくるところなんて、本当に年の離れた小さい子供みたいだったよね」
ユメの言葉を聞いて、ホシノは少しだけ考え込むように視線を彷徨わせた後、尋ねた
「……ユメ先輩には、実際に人間の兄弟や姉妹がいるんですか?」
「んー? わたし? 居ない居ない、ひとりっ子だよ! だから、これはただのわたしの勘だね♪」
「なんですか……それ……。居ないのに、よくそんな具体的な役割分担まで妄想できますね……」
ホシノは呆れたように苦笑いを浮かべた。しかし、頭の上ですやすやと眠る、愛おしい白い毛玉の温もりを感じながら、彼女は小さく言葉を付け足した
「……ですが、不思議と、そう言われるのも悪くはないですね。私に妹、ですか。……ふふ」
「ふふ、でしょ? ――あ、それじゃあさ! 流れ的に、わたしは二人の『お母さん』ってポジションになるのかな!?」
ユメは名案を思いついたとばかりに胸を張り、期待に満ちた目でホシノを見た。しかし、ホシノの返しは一瞬の慈悲もないほど冷酷だった
「却下です。こんなにドジで、すぐに変なお宝に騙されて流砂に飛び込もうとする、見ていてハラハラするような頼りないお母さんは、私は絶対に嫌ですね」
「ひぃん! 即答で全否定された上に、ドジって言われたー!」
「ほら、暗くなって本当に冷え込んできましたから、そんなところで泣きごとを言ってないで、早く歩いてください。白子が風邪をひく前に学校の飼育部屋に送り届けて、私たちも温かいお風呂に入って砂を洗い流しますよ」
「はーい……。お母さんじゃなくて、せめてお姉ちゃんって呼んでほしかったなぁ……」
ユメが肩を落としてトボトボと歩き出し、ホシノはその背中を追いながら、頭の上の小さな命をそっと手で支えた
こうして、アビドス生徒会の二人の、文字通り砂にまみれたドタバタな「宝探し」は、一千万の価値には遠く及ばないけれど、何よりも価値のある、緑とピンクの二つの綺麗な石、そして、かけがえのない絆を見つけて、静かに幕を閉じたのだった