シロコが混雑するゲヘナ中央駅のホームを踏みしめ、独特の熱気と異国の気配が渦巻く人混みの中を進んでいた、まさにその頃
アビドス高等学校の本校舎——
連日の猛暑でひび割れたアスファルトを突き抜け、乾いた砂嵐がフェンスをカタカタと不協和音で揺らす屋上で、ホシノはいつものようにゴロリと寝転がり、ぼんやりと天を仰いでいた
「うへぇ……今日も本当に、嫌になるくらい青いねぇ……」
見慣れた碧落の空を見上げながら、ホシノは眩しそうにオッドアイの目を細め、ぽつりと呟いた
今日は朝一番で、シロコが「個人的な用事がある」とだけ言い残してどこかへ出かけていった
残されたアヤネたちに何か手伝おうかと声をかけたものの、「ホシノ先輩は最近いろいろありましたし、今日は絶対にゆっくり休んでいてくださいね!」と、半ば強引にこの風通しの良い屋上へと追いやられてしまったのだ
だから今のホシノには、本当に何もやることがない
後輩たちの過保護なまでの優しさは素直にありがたいのだが、その徹底ぶりにはどこか強引な勢いがあり、なんだか仲間から都合よく追い出されてしまったような、妙な居心地の悪さとそこはかとない寂しさを覚えてしまうのだった
(…………)
ホシノは無言のまま、ゆっくりと右手を高く差し上げ、太陽の光へとかざしてみる。指の隙間からこぼれ落ちる強烈な日差しが、視界を眩い黄金色に染め上げていく
カイザーPMCの手によって冷たく無機質な地下基地に囚われていた、あの日
歪む鉄骨と崩れ去る天井の渦中で、確かに自分は抗うすべもなく、漆黒の深淵へと真っ逆さまに落下していたはずだった
意識が急速に遠のき、世界が暗転していく直前までの記憶は、今でも脳裏に焼痕のように焦げ付いて離れない
しかし——
『……ノ……!! 手を……っ!!』
(どうも、聞き覚えのある声なんだよねー……)
気を失う寸前、崩落する重厚な爆音を鋭く切り裂いて耳に届いた、あの切切とした叫び
思い返すたびに、胸の奥がぎゅっと固く締め付けられるような、言いようのない哀切と愛おしい懐かしさに襲われる
低く澄んだ声。けれど、どこか包み込むように優しく、そして——痛いほど身に染みて、ずっと昔から知っているような声
あの日、あの絶望的な地下基地の最深部まで助けに来てくれた面々の中で、ホシノの記憶にある限り「低い声」の持ち主といえばシロコくらいだ
けれど、何度も何度も記憶の糸をたぐり寄せ、脳内で音声を反復再生してみても、それはシロコの声とは明確に異なる独特の響きを持っていた
「うーん……」
記憶を覆う深い霧を晴らそうと眉間にシワを寄せ、うーうーと猫のように唸り声を漏らしていると
「ホシノ先輩♪」
「わぁ!? の、ノノミちゃん!?」
突然、すぐ頭上から降ってきた弾んだ声に驚き、ホシノは文字通り跳ね起きそうになった
慌てて見上げれば、屋上の手すりから覗き込むようにして、ノノミが柔らかく可憐な笑顔を浮かべて立っていた。あまりにも完璧な不意打ちに、ホシノの胸の奥で心臓がまるで爆竹でも弾けたかのようにドクンと激しく跳ね上がる
「ふふ、難しいお顔をしてうーうーって唸ってましたけど、何か気になることでもありましたか?」
ひんやりとしたグラスの冷たさに気持ちよく目を細めながら、ホシノは「うへぇ……」と苦笑いを浮かべ、あからさまに視線を横の柵へと逸らした
「い、いやぁ……おじさん、そんな変な顔してた〜? ただの顔のストレッチだよ〜」
「ふふっ、誤魔化し方がすごく下手くそですよ?」
ノノミの柔らかいツッコミに、ホシノはへらへらと笑うしかない
あの闇の底で響いた声の主について、そして救出劇の裏側にあった本当の出来事について——ノノミや対策委員会のみんなが何か決定的な秘密を知っているのは、日頃のちょっとした態度や言動の節々から痛いほど伝わっていた
けれど、彼女たちが自分に余計な気遣いをして、重い過去や複雑な事情から守るために隠そうとしてくれている以上、自分から執拗に追及して余計な心配をかけさせるわけにはいかないのだ
隠し事をして下級生を傷つけたのは、他ならぬ自分なのだから
ホシノは胸の奥で小さく息を吐き出すと、いつものようなくたびれた「頼りない先輩」の笑みを完璧に顔に貼り付けた
「あのね、今日の晩御飯、何にしようかなーって真剣に考えてたの。カレーもいいけど、暑いから冷やし中華も捨てがたいでしょ?」
「なるほど……! それは確かにとっても難しい重大問題ですね!」
ノノミはホシノの意図をすべて察した上で、それに乗っかるように納得した顔でニコッと微笑んだ。そして、手に持っていた自分の分の麦茶を足元に置くと、スカートの裾を可愛らしく整えて、ホシノの隣へそっと優しく寝転がった
ふわりと、ノノミの髪から漂う甘く清潔なシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる
二人で並んで、どこまでも高い真夏の青空を見上げた
「ノノミちゃんは、何かすること残ってないの? 生徒会の書類とか、雑務とかさ」
ホシノは少しだけ肘を立てて上半身を起こし、隣で目を細めているノノミの綺麗な横顔に視線を向けた
「ふふ、アヤネちゃんと一緒に午前中のうちにひと通り終わらせちゃいましたから。今は特にやることもないですし……ここでホシノ先輩と一緒にお昼寝でもしようかなーと思いまして♪」
「そっかぁ。ノノミちゃんがお仕事頑張ったなら、おじさんも全力でお昼寝にお供しないとねぇ」
ホシノは改めて青畳の上に横になり直すと、ぽかぽかと日差しを浴びて温かいノノミの体温を感じる距離まで、滑り込むように体をすり寄せて寄せた
「もう……ホシノ先輩。急にぐいぐい寄ってきて、どうしたんですか?」
「うへへ……たまには素直に可愛い後輩に甘えてみようかなーって。ほら、おじさん膝枕でもいいよ?」
「え〜? ホシノ先輩が甘える時って、いっつも素直じゃないじゃないですか〜。抱きつき方が完全に猫ちゃんですよ?」
「そうだったかなー? おじさんはいつだって素直で純粋な一匹の仔猫ちゃんだよ〜?」
わざとらしく首をかしげて見当違いなとぼけ方をしてみせるホシノに、ノノミは「くすくす」と心底楽しそうに声を上げて笑った
雲一つない抜けるような青空の下、二人は肩を並べてじっと天を見上げる
アビドスの広大な砂漠から吹き抜ける温かい風が、二人のおそろいのような鮮やかな髪を優しく揺らし、フェンスのカタカタという乾いた音だけが響く
しばらくの間、静かでどこか甘やかな時間が、二人が佇む屋上を優しく包み込んでいた
「……ホシノ先輩、少しお聞きしてもいいですか?」
「ん? どうしたのー? お仕置きの追加なら勘弁してほしいなぁ」
空を見つめたまま、ノノミがふと思い立ったように、けれどどこかすこし真剣な響きを落として口を開いた
「前に……ゲヘナの『風紀委員会』が、私たちのこのアビドス自治区に現れた時のこと……覚えてますか?」
「あー……アコちゃんたちが押し寄せてきた時だっけ。確か便利屋のアルちゃんたちが、柴関ラーメンの屋台を豪快に爆発させちゃった時だよねぇ……。あの時は本当に酷い目に遭ったよ」
「それです! あ、そういえば嬉しいご報告なんですけど、柴関ラーメンの大将、近々また新しい屋台で営業を再開するそうですよ?」
「お、本当!? それは大ニュース! それじゃあ営業再開したら、また対策委員会のみんなで食べに行かないとねぇ。チャーシュー増し増しで、ノノミちゃんのおごりで!」
「ふふ、任せてください♪」
柴関ラーメンのあの濃厚でコクのある豚骨スープと、トロトロのチャーシューの味を思い浮かべ、ホシノの頬がゆるゆるとだらしなく緩む
しかし——ノノミが次に発しようとしている言葉の、わずかな空気の揺らぎを感じ取り、ホシノはすぐに表情を引き締めた
「それで、あの時がどうかしたの?」
ホシノはあえて拍子抜けしたような呑気な声を出し、頭の後ろで両手を組んで寝返りを打った
「……あの時、ホシノ先輩はゲヘナの風紀委員長さんのこと……まるで昔からの知り合いみたいに、すごく自然に話しかけてましたけど……お二人って、本当はどんなご関係なんですか?」
「……」
ノノミのどこまでもまっすぐで、一切の濁りがない問いかけが耳に届いた瞬間、ホシノの口元からふっと言葉が消え失せた
さっきまでの和やかでどこか気怠げだった雰囲気が潮が引くように途切れ、強い陽光の注ぐ屋上に重く静かな沈黙が降り立つ
ホシノはすぐには答えを返せぬまま、ただどこまでもどこまでも広がる澄み切ったアビドスの青空の彼方を、吸い込まれるようなじっとした眼差しで見つめ続けていた
吹き抜ける乾いた砂風が、錆びついたトタン屋根と鉄柵をかそけく揺らし、カタ……カタ……と乾いた音を立てる
「……もし、ここで言わなかったら……」
ホシノが観念して意を決したように口を開きかけ、そのまま言葉を濁した——まさにその時だった
「………♪」
「うへぇ……その笑顔を向けるのだけはやめて……」
ホシノがチラリと横に視線を移すと、同じく空を見上げていたはずのノノミが、いつの間にか身体をこちらにすっかり向け、とびきり眩しいひまわりのような笑みを浮かべてホシノの顔を至近距離から覗き込んでいたのだ
しかし、そのお日様のように暖かな笑顔の奥には、『また、ホシノ先輩はそうやって一人で隠し事をするんですね?』と雄弁に語る、逃げ場のない静かな圧力がしっかりと宿っている
普段から何かと秘密をつくり、何でも一人で抱え込みがちなホシノだったが、あの大規模なカイザーPMCからの救出劇と、背骨を粉砕された(?)お仕置き劇を経て以来、このノノミの「お母さん」のような笑顔の威圧にだけは一切勝てなくなっていた
現在の自分はまさに、隠し事がバレバレなのに必死に嘘をついて誤魔化そうとし、母親に静かに叱られている最中の子供そのものだ
ホシノは観念したように「はぁぁぁ……」と深いため息をつくと、両手を軽くあげて降参のポーズをとった
「……ノノミちゃんには敵わないなー……降参降参。おじさんの負けだよ。……まぁ、ノノミちゃんが察してる通り、昔一回……ううん、何度か直接会ったことがあるんだよ」
「それって……私とシロコちゃんが、ホシノ先輩と出会う前のことですよね?」
「うん。まだユメ先輩が元気で……白子が、まだ生きてた頃のことだよ」
ホシノは改めて腕を頭の後ろに回して組み直し、空を見上げながら、遠い記憶の糸を慈しむように手繰り寄せて語り始めた
絞り出す言葉の端々に、どこか愛おしさと切ない懐かしさが滲み出る
「まだヒナちゃんもゲヘナに入学してそんなに経ってなくてね。今の風紀委員会みたいな全自治区から恐れられるような厳格な部署じゃなくて……確か情報部? みたいな部署にいたんだ」
「今の、あの隙がなくて格好いい風紀委員長さんからは、ちょっと想像もつかないですね……」
ノノミが驚いたように目を丸くすると、ホシノはクスクスと嬉しそうにオッドアイの目を細めた
「おじさんも久しぶりに再会したときはビックリしたよー。見るからに隙のないエリート様って雰囲気になってたからさ。まさか後にあんなキヴォトス中に轟く恐ろしい風紀委員長になるなんてね。それで……おじさんは直接捕獲の現場を見てなかったんだけどさ。アビドスの敷地に隠れて調査に来てたところを、白子に見つかっちゃって。おじさんがドッグフードを買って学校に帰ってきたら、知らない小さな子がユメ先輩とお茶を飲んで笑ってるんだから、そりゃあ目を疑ったよ〜」
「あはは! 確かにそれはビックリしますね♪ 白子ちゃんも、怪しい不審者だと思って捕まえたわけじゃなかったんですね」
「うん、捕まえるどころか、ヒナちゃんの隣で気持ちよさそうに欠伸をしていたくらいだからね……。それでね? 当然おじさんは他校の生徒だし、当時は今よりずっと警戒心が強くて尖ってたからさ、凄く身構えて銃に手をかけたんだけど……ユメ先輩が『この子は砂漠で迷子になってただけだから怪しくないよ〜』なんてのほほんと笑うの。他校の敷地に無断で侵入してる調査員に対してだよ?」
「ふふ、お話しを聞いているだけで、ユメ元生徒会長さんがどれほど優しくて、大らかな方だったのかが伝わってきますね♪」
「優しいと言うより……単なる天然でおバカなだけかもね? まぁ、そんなコントみたいなやり取りを見せられちゃったからさ。おじさんもヒナちゃんも、ピリピリ警戒し合ってるのが急にバカバカしくなっちゃって。戦うどころかそのまま打ち解けちゃったの」
ホシノは空に描くように細い指先をゆっくり動かしながら、あの日の陽だまりのような光景を鮮明に思い出していく
「ユメ先輩が淹れてくれたぬるいお茶を飲みながらさ。ヒナちゃんも同級生……確かマコトって言ったかな? その子とか、自分に面倒な雑務ばかり押し付けてくる上の連中に頭を悩ませてたらしくってね。気づいたらお互いの学校や環境の愚痴の言い合い大会になってたんだよ」
「……風紀委員長さん、昔から苦労されていたんですね……」
苦笑いを浮かべるノノミ
ホシノは本当なら胸の奥深く、誰も触れられない秘密の場所に永久に仕舞い込んでおくはずだった過去のはずなのに
一度口を開いてしまうと、ノノミの溢れんばかりの温かな雰囲気に背中を押されるように、どんどん言葉が溢れ出て止まらなくなっていた
「うんうん……あの頃からヒナちゃん、目に薄っすらと疲れ切った隈があったからねー……。しかもさ、うちの白子にめちゃくちゃ懐かれちゃって。人一倍人見知りが激しかった白子が、ヒナちゃんの膝の上からまるでのけてくれないもんだから、その後はみんなで校舎の外に出てたくさん遊んだんだ。白子に日頃の特訓の成果を見せてあげたり、砂嵐の中でフリスビーを投げて砂だらけ、毛だらけになるまでみんなで走り回ったりね。ヒナちゃんも途中でゲヘナの学校に戻るのが本気でバカらしくなったらしくてさ、結局そのまま丸一日サボることになっちゃって」
「まあ♪ あの風紀委員長さんがサボりだなんて、今のゲヘナの生徒さんが聞いたら仰天してひっくり返っちゃいそうです〜」
ノノミが両手で可愛らしく口元を覆いながら、クスクスと嬉しそうに声を弾ませて笑う
ホシノもまた、過ぎ去りし眩しい日々を愛おしむように、目を細めて優しく目を細めた
「うへへ、風紀委員会の皆には絶対秘密だよ? でね、全身砂まみれの汗だくになっちゃったからさ、みんなでアビドス校舎の古びた大浴場に入ったんだ。そこでヒナちゃんと改めて『友達』になったんだけど……その時さ、私とヒナちゃんの体型がどこもかしこもまったく一緒だねーって、ユメ先輩にニヤニヤしながら馬鹿にされてさ。思わずカチンときて、先輩に綺麗な角度のバックドロップをかましちゃったよ」
「ふふっ……それは生徒会長さんが自業自得と言いますか、ちょっとデリカシーが無いので仕方ない……って言いたいところですけど、確かにホシノ先輩と風紀委員長さんって、どこか雰囲気が似ているところがありますよね?」
ノノミのそのふとした言葉に、ホシノは首を少し傾げて見せた
「そう? おじさん、昔からこんな感じでヘラヘラ適当だけどさ、ヒナちゃんは昔から真面目でピシッとしてたから、全然似てなかったと思うけどなぁ?」
「んー……私と初めて出会った時、ホシノ先輩に『ネフティスのご令嬢が、うちの荒れ果てた学校に何の用だ』って、冷たい目で見下ろされた時は……今の風紀委員長さんと同じくらい恐ろしかったですよー?」
「そ、それはもう掘り返さなくてもいいよね!? おじさんの若気の至りというか、超大物黒歴史なんだからさ〜!」
「あはは、ごめんなさい♪」
頭を両手で抱えて顔を真っ赤にするホシノ
ノノミと初めて出会ったあの時期——それは、白子やユメを相次いで失い、残されたアビドスと幼いシロコを守るためだけに自らの心を苛烈にすり減らし、過剰なまでに刺々しい敵意と警戒心を剥き出しにしていた時期だ
今のノノミにふにゃふにゃと甘えるホシノからは想像もつかないほど、孤独と絶望の中で尖りきっていた頃の苦い思い出である
「……コホン。という訳でね、それからちょくちょくモモトークで他愛ない日常のやり取りをしたり、白子の写真を送ったりするくらいには、仲良くなったの。……おじさんにとって、初めて出来た同じ苦労を分かち合える友達だったからさ。すっごく嬉しかったんだなぁ……」
「なるほど……。とっても温かくて、素敵な思い出ですね。……でも、それなら……」
ノノミは少しだけ表情を曇らせると、優しく、けれど物語の核心に触れる質問を静かに投げかけた
「風紀委員長さんとはそれほどのお友達になったのに、何故……この前アビドスでお会いした時は、あんなに距離があって、どこかギスギスしていたんですか?」
「……うへぇ……あまり話しても、誰も幸せにならない事なんだけどさぁ」
ホシノは一瞬だけきゅっと固く目を瞑り、喉の奥で何か重い泥のような塊を飲み込むような仕草をした。そして覚悟を決めた、どこか切ない哀愁を帯びた大人びた顔つきで静かに言葉を繋ぐ
「ノノミちゃんも、知ってると思うけど……白子が亡くなったのは、ユメ先輩を狙って襲ってきた敵の自爆攻撃に巻き込まれたからなんだよね」
「はい……前に、伺いました」
「……実はね、ユメ先輩を助けに向かう直前、ヒナちゃんから緊急の電話があったの。『ゲヘナの情報部で嫌な噂を掴んだ。危険だから絶対に向かうな』って」
「……!」
「だけど……当時のおじさんは若くて、自分一人で何でも解決できるって過信してたからさ。ヒナちゃんの必死の忠告を聞かずに跳び出して……結果として、白子を死なせてしまった」
ホシノの握りしめた小さな拳に、ぎゅっと指先が白くなるほどの力が入る
「白子を失って自責の念に駆られていた私を、なんとか元気づけようとして……ユメ先輩は無茶をして、事故にあって……あの姿になった。ここの所は、知ってるよね?」
「はい……確か、ホシノ先輩にお守りを作ってあげようとして、必要な材料を買いに遠くトリニティの管区まで行き、その帰りに遭難されたと……」
「うん……。意識の戻らないユメ先輩をトリニティの大きな総合病院に担ぎ込んで、暗く冷たい集中治療室の前で一人で座ってた時……重なる絶望と恐怖に耐えきれなくなってさ。おじさん、気づいたらヒナちゃんに電話をかけてたんだ。……そしたら彼女、他校の領域なのに、すぐに来てくれたの」
「ええ!? と、トリニティの病院にですか……!?」
ノノミは思わず目を見開き、驚きの声を上げた
ゲヘナとトリニティが、歴史的にも政治的にもどれほど根深い犬猿の仲であるかは、キヴォトスに暮らす者なら誰もが知っている常識だ
ましてやノノミたち対策委員会は、先日の「エデン条約調印式」における惨劇と血で血を洗うような激戦を間近で目撃し、両校の間に横たわる断絶の深さを身をもって理解していた
そんな危険極まりない敵地の核心部に、ホシノからの電話一本で、ゲヘナの重要人物という立場すら投げうって駆けつけたというヒナ
それほどの強い絆がありながら、なぜ今のヒナはホシノに対して冷淡な仮面を被り、ホシノもまた距離を置こうとするのか
「うん……おじさんもビックリしたよ。他校の政治や複雑な情勢なんてさっぱり疎いおじさんでも、ゲヘナの学生がトリニティの自治領に許可なく入り込むのがどれだけ無謀で危険なことかくらいは、頭の隅で分かってたからさ。……正直な話、今の少しだけ大人になって落ち着いたおじさんなら、あの時のヒナちゃんの命がけの行動には、涙が枯れるくらい感謝できたと思う」
「今なら……ですか?」
「……あの時の私には、自分の愚かさのせいで大切なものを立て続けに失ったショックで、視野が極限まで狭くなっててね……誰かの不器用な優しさを受け止めたり、気遣いに応えたりする心の余裕なんて、残ってなかったんだ……。そんなボロボロで絶望しきった私を見て、ヒナちゃんは……普段の冷静な彼女からは想像もつかないような、今にも泣き出しそうな、怒りと悲しみに震えた声で叫んだんだ」
「……なんと、言われたのですか……?」
屋上には、どこか寂しげな砂嵐の音がカタ……カタ……と響いている
ホシノは遠く、雲一つない青空の彼方を見つめながら、乾いた唇を開いて静かにその言葉を紡いだ
「……『どうして私を頼ってくれなかったんだ』ってね」
その悲痛な叫びを聞いたノノミは、ヒナが当時どれほどの絶望と底知れぬ無力感を抱えていたのかを瞬時に、そして痛いほどに理解した
つい先日のカイザーPMCや陰湿な理事による一連の悪質な襲撃事件の際、ノノミ自身も心臓を素手で掴まれるような、胸が引きちぎれるほどの痛みを伴って経験したあの感情だ。「もう二度と無茶はしない」「私たちを置いていかない」と指切りまでして約束したはずなのに、ホシノは土壇場でまたしても一人で全てを背負い込もうとし、結局は大人たちの狡猾な奸計に嵌まって深い地下へと囚われてしまった
あの時は、シロコを筆頭に対策委員会の全員が一丸となり、先生や協力者たちの手をがむしゃらに取り合って、本当に手遅れになる一歩手前でホシノを取り戻すことができた
けれど——当時のヒナは違ったのだ
一番の友人だと思っていた相手に頼ってもらえず、危険から一方的に遠ざけられたまま事態が最悪の結末を迎え、白子が命を落とし、ユメが意識不明の重体という「何もかも完全に手遅れ」になった絶望的な状態になって初めて、ホシノからすがるような電話が来たのだ
あのどこまでも合理的で冷静で、常に激しい感情を押し殺している風紀委員長が、激昂して子供のように叫んだのも当然だった
「……それで……それが決定的なきっかけになって、風紀委員長さんから縁を切られてしまったんですか……?」
静かに、ひそやかな声で尋ねるノノミに対し、ホシノは両膝を抱え込むようにして小さく丸まり、砂粒の混じる無機質な床へ視線を落としながら、酷く自嘲気味に呟いた
「……ううん。そこまでだったら……多分、ヒナちゃんはめちゃくちゃに怒りながらも私を許してくれたと思う。普段の冷静な仮面をかなぐり捨てて、思いっきり怒鳴られて、こってりお説教されて……最後は二人でわあわあ泣いて、それで終わりだったと思うよ」
「……え?」
『そこまでだったら』——その言葉のあまりにも不穏で暗い響きに、ノノミの口から思わず小さく、情けない困惑の声が漏れた
しかし、ホシノという人物の底知れない不器用さや、自分自身を守り正当化するために、時には一番大切なものすら冷酷な言葉で遠ざけてしまう痛々しい自己防衛の悪癖を、シロコの次に(あるいはシロコすら知らない深く暗い過去の秘密を知っている分、時にはシロコ以上に)深く理解しているノノミの脳裏に、一つの最悪な憶測が急速に駆け巡る
「……その後さ、おじさん……絶対にいっちゃいけない一線を、完全に踏み越えるような残酷なこと言っちゃったんだよね」
「……まさか」
「……『これはアビドスの問題だよ。無関係なヒナちゃんには関係ない』って」
過去の過ちを切り出す言葉がホシノの口から零れ落ちた瞬間、屋上を絶え間なく吹き抜けていた乾いた砂風の音すらも、ピタリと途絶えた
耳鳴りがするほどの重い静寂の中、ホシノは恐る恐る隣へ視線を向ける
そこにいたのは——お日様のような可憐な微笑みを浮かべたまま、その双眸から綺麗に光だけが消え去っているノノミだった
「……ノ、ノノミちゃん……?」
「ホシノ先輩? 本当に……何度痛い目を見たら覚えるんですか? そんな酷いことを言われたら、どれだけ優しい人だって絶望して当然ですよね……?」
「う、うへぇ……そ、それはおじさんも反省してるというか、若気の至りというか……」
冷や汗をダラダラと流すホシノに対し、ノノミは威圧感を一切感じさせないあまりにも滑らかな動きで膝立ちになると、横たわるホシノの華奢な身体を正面から包み込むように抱き寄せた
そして、文字通り逃げ場を完全に奪うような強力な力加減で、ぎゅ〜っと全力で抱きしめる
「ひぃっ!? の、ノノミちゃん待って! ストップストップ! 苦しい! おじさんのみぞおちと肋骨が物理的に潰れちゃうからぁぁっ!?」
「反省の色が見えるまで、このまま抱っこしておきますからね!」
「うへぇぇ……! ノノミちゃんの手加減が全く効いてないよ〜! 助けてシロコちゃ〜ん……!」
「ダメです。今日はシロコちゃんもいませんから逃げられませんよ……!」
「ぐ、ぐえぇっ……! 降参! おじさんの完全敗北! 本当にゴメンナサイッ!」
降参を意味するバタバタとした必死の足掻きを経て、ようやく解放されたホシノは、ピンク色の髪をボサボサに乱したまま「うう……」と情けなくお腹を押さえ、自嘲気味に体を丸めたのだった
「はぁ……。お声と全身の態度から反省の色だけは窺えましたので、今日のところはこれで勘弁してあげます」
「うう……ノノミちゃんのお仕置き、年々威力が上がってない……? またシロコちゃんに冷たい目で見られながらお世話してもらうハメになるかと思ったよ……」
「ふふ、それも反省を促すには良かったかもしれませんね。この際ですから、帰ってきたシロコちゃんにもみっちりとお説教してもらいましょうか♪」
「うへぇ……鬼畜なノノミちゃん……」
苦しそうにお腹を押さえながら、情けない声を出すホシノ
その小さく丸まった弱々しい背中を見下ろし、ノノミは深く、けれどどこか愛おしそうな溜め息を一つ吐き出したのだった
「それで……いつまでそうやって、逃げているつもりですか? 仲直り、しないんですか?」
「うっ……」
ノノミの核心を突くまっすぐな追及に、ホシノは気まずそうに顔を逸らし、視線を砂だらけの屋上の床へと落とした。抱え込んだ膝に顎を乗せ、小さく丸くなる
「……だってさぁ、ノノミちゃん。今更おじさんが謝ったって、もう全部手遅れだよ……」
「どうして謝る前から、そうやって決めつけて逃げるんですか?」
「……あの時さ、去り際に病院の廊下で、ヒナちゃんにはっきりと言われたんだ。『もう二度と、私達は小鳥遊ホシノの居るアビドスには干渉しない』って……。完璧に拒絶されちゃったからさ……。まぁ、全部おじさんの自業自得なんだから、恨む筋合いなんてないんだけどね…」
ホシノは力なく自嘲気味に笑い、砂粒を指先で弄んだ
(……?)
そのホシノの完全に心を閉ざした、自暴自棄な言葉を聞いて、ノノミは密かに首を傾げた
以前、柴関ラーメンの屋台が爆破された際に見かけた時、言葉を交わす二人からは確かに尋常ではない険悪な空気と、決定的な隔たりがあるようにノノミの目にも映っていた
だが、ノノミはしっかりと覚えている
もし、ヒナが本心からホシノとの縁を切るつもりなら、なぜあの時、本来行く理由の無いはずのアビドスの辺境の砂漠まで、ゲヘナの風紀委員長という多忙な身でありながら自ら足を運び、政治的リスクを犯してまでノノミたちを救い出したのだろうか
それどころか、今回のカイザーPMCによる一連の襲撃事態でも、ゲヘナの風紀委員会は本来なら他校の領地問題など静観すべき立場であるにも関わらず、真っ先にアビドスからの救援要請に応じてくれたのだ
第三者であるノノミの視点から見れば、ヒナの一連の行動は「意地を張りつつも、どうにかしてホシノを助けたい、昔のような関係を取り戻したい」と心の中で必死に叫んでいるようにしか見えない
だが、一度突き放すような冷たい言葉を投げかけてしまった手前、今更どんな顔をして向き合えばいいのか、仲直りの具体的な方法が分からず、ホシノの目の前ではあえて頑なで冷徹な態度を取ってしまうのだろう
そしてホシノも同じく、不器用なくせにヒナの表面上の言葉だけを鵜呑みにして「仲直りはもう絶対に無理だ」と勝手に結論をつけ、自分から過去と向き合う恐怖から逃げ続けている
(まったく……二人とも、驚くほどそっくりなんですから)
似た者同士で、お互いに酷く不器用で、これ以上傷つくのを恐れて顽なに「強がり」という名の冷たい仮面を被り続けている
ノノミは心の中で、小さな呆れと、溢れんばかりの愛おしさを込めて、そっと静かに溜め息を漏らしたのだった
「……分かりました。これはお二人だけの大切な過去のお話ですので、私からはもう野暮なことは何も言いませんよ」
「うん……そうして貰えると、おじさんはありがたいかな」
ノノミのどこかわきまえたような、けれど全てを包み込むように温かい言葉に、ホシノは両膝を抱え込みながら、力なくふにゃりと微笑んだ
昔の記憶を無理に掘り返したせいか、そのオッドアイの瞳には、どこか遠くの過ぎ去った日々を見つめるような寂しげな色が宿っている。ノノミはそんな先輩の愛おしい横顔を見つめ、優しく微笑みを返した
その時だった
ぽかぽかとした陽気の中で、ノノミのスカートのポケットの中で、バイブレーションの滑らかな振動とともに電子音が鳴り響いた
「あら?」
ポケットから手持ちの端末を取り出し、液晶画面に目を通す。そこに表示されていたのは、見慣れた『シロコちゃん』の文字だった
「あ、シロコちゃんから電話が来ちゃいました。ちょっと外して出てきますね」
「うん、いってらっしゃーい。おじさんはもう少しだけ、ここで日向ぼっこしながらゆっくりしておくよー」
ノノミが「失礼しますね」と丁寧に一礼して急ぎ足で屋上の出口へ向かうと、ホシノは再び青畳の上に仰向けに寝転がり直し、頭上でひらひらと脱力した様子で手を振ってみせた
その小さな、どこか寂しげな背中に、ノノミは温かくも切ない眼差しをひとしずく落とし、そっと鉄製の扉を閉める
重い鉄扉を開けて屋上を出たノノミは、ひんやりとした影が落ちる階段の踊り場を少し通り過ぎ、壁際まで移動してから通話ボタンをタップした
端末のスピーカーからは、遠く離れたゲヘナ中央駅の喧騒——列車の激しい走行音や構内アナウンス、交錯する大勢の生徒たちの話し声が、ガサガサとした雑音混じりで聞こえてくる
「シロコちゃん、遅くなってしまってすみません。お電話、今大丈夫ですか?」
静まり返った階段の踊り場で、ノノミは声を一段落とし、スマートフォンをそっと耳に当てた
『ん、大丈夫。ホシノ先輩が近くにいたんでしょ?』
「あはは……はい。先ほどまで、屋上で二人でずっとお話ししてました。そちらの、ゲヘナでの様子はどうですか?」
ノノミの問いかけに、電話の向こうでわずかな静寂が流れた
続いて聞こえてきたのは、ホームを通過する特急列車の風切り音と、シロコのどこか苦々しい吐息だった
『……ダメそう。あの風紀委員長、意地でも仲直りするつもりはないみたい。「私は小鳥遊ホシノを嫌っている」って、一切の迷いもなくはっきり言われた。ノノミの方は?』
「こちらもダメそうですね……。完全に諦めちゃっていて、『もう全部手遅れなんだ』って、すっかり自分の中に塞ぎ込んじゃってます」
『ん……本当に、面倒で不器用な先輩たちを持ったものだね』
「あはは……まったくです……」
スピーカー越しに、シロコの呆れ果てたような、けれどどこか愛おしそうに心の底から心配する深いため息がはっきりと聞こえてきた
実は今回、シロコが単身でゲヘナ本校へと足を進め、ノノミが屋上でホシノに付き添っていたのは、決して偶然の巡り合わせなどではない
先のカイザーPMCや理事との死闘、そして決死の救援劇の裏で見え隠れしていた、ヒナとホシノの異様な空気感
二人の間に過去の浅からぬ因縁と深い傷痕があることを察した二人は、どうにかして真相を聞き出し、あわよくば二人を仲直りさせるきっかけを作ろうと、秘密裏に密密な連携を取って動いていたのだ
アヤネやセリカもまた、二人の間に漂うギスギスした冷たい距離感を陰ながら心配していたらしく、ノノミたちの提案を聞いた際は快く協力してくれたのだった
……まあ、今朝二人が少し強硬に「ホシノ先輩は最近いろいろありましたし、今日は絶対にゆっくり休んでいてくださいね!」と強引に屋上へ追い出そうとした時は、あまりの焦りと余裕のなさにノノミも陰で冷や汗をかいていたのだが
ノノミはひんやりとした静かな階段をゆっくりと一段ずつ降りながら、先ほどホシノの口から絞り出された切なくも愛おしい過去の真相を深く噛みしめ、シロコとの情報交換を始めた
ヒナは口では「あの人が嫌い」「もう関係ない」と冷たく突き放しておきながらも、シロコから「ホシノ先輩が心配していた」と聞かされた瞬間に、あの冷徹な紫色の瞳を大きく丸くして動揺を隠せなかったこと
対するホシノは、本当はヒナと昔みたいに仲直りしたいと心から望みながらも「もう全て手遅れだ」と思い込み、すべては自分の若さと愚かさのせいだと自分を責めて、ヒナとまっすぐに向き合う恐怖から逃げ続けていること
そして——ホシノにとってヒナという存在は、重い過去の暗闇の中で生きてきて初めてできた、同じ立場、同じ重責、そして同じ孤独を分かち合えるかけがえのない「友達」だったということ。
『ん……やっぱりホシノ先輩は、思ってた以上に馬鹿なのかもしれない』
「シロコちゃん……ちょっと辛辣ですね……。まあ、言いたいことはまったくその通りなのですが……」
『それで、これからどうするの? 私としては……やっぱり、二人にはちゃんと仲直りしてほしい。あんな風にお互いを引きずったままなのは、見ていて嫌だから』
受話器の向こうで、シロコがまっすぐで素直な、一切の飾りのない願いを口にする
ノノミは階段の途中でふと足を止め、踊り場の大きな窓から差し込む夕暮れ間近の橙色の斜陽を見つめながら、少しだけ深く考えを巡らせた
「……私は、もう私たちから無理に突っつかなくても大丈夫だと思います」
『どうして? このままだと、二人とも一生すれ違ったままかもしれないよ』
「確かに、ホシノ先輩も風紀委員長さんも、びっくりするくらい不器用で、意地っ張りです。でも……」
ノノミは踊り場の窓辺に寄り添い、窓枠越しに広がるどこまでも広く、どこまでも青いアビドスの空を見上げた
「きっと……いつか絶対に、仲直りできるって思うんです」
『……? どうしてそう言えるの?』
不思議そうに首をかしげるシロコの気配が伝わってきて、ノノミは柔らかく、けれど揺るぎない確信を込めて微笑んだ
——かつてアビドスに存在した「白子」の存在や、その最期について
それはホシノが今でも胸の奥底の聖域に大切に隠している、自分だけの傷痕であり、宝物だ。だから、何も知らない今のシロコにその事実を明かすわけにはいかない
けれど、ノノミは心の底から確信していた
(白子ちゃんという小さな存在によって、紡がれたかけがえのない絆。例え今はどれほど遠くすれ違っていたとしても、あの温かな思い出や重ねた時間のぬくもりまで、消えてなくなったわけじゃない……)
アビドスという荒涼とした、けれど優しい土地で育まれ、交わされた絆は、決して浅く脆いものではない
それは例え通う学園や背負う立場が違っていても
どれほど長い時間、互いの道が遠く離れてしまっていたとしても
そして——たとえ形ある肉体がこの世から失われ、姿を変えてしまっていたとしても
かつて、ネフティスというアビドスを結果として陥れた敵側の立場にありながら、白子やユメ、そして傷つきながら闘うホシノの姿に救われ、居場所を見つけ、こうして温かく守られる後輩へと繋がれた自分自身が、誰よりもその絆の強さと不可思議さを知っているのだから
「ふふ、ただの直感ですよ、シロコちゃん。気を付けて帰ってきてくださいね?」
『ん……わかった。すぐ帰る』
シロコはそれ以上深く追及することなく通話を終え、静かになった画面を伏せる。ノノミは胸いっぱいにアビドスの乾いた空気を吸い込むと、もう一度だけホシノの待つ屋上へと続く階段を見上げた
「……今日も、空は綺麗ですね……♪」
きっといつか、意地っ張りで強がりな二人が本当の笑顔で「ごめんね」と「ありがとう」を言い合える日がやってくる。その時が訪れるまで、自分たち対策委員会はしっかりとホシノの隣に立ち、その華奢な背中を温かく支え続けよう——そう心に強く誓いながら、ノノミは茜色に染まり始めた校舎の廊下を、穏やかで確かな足取りで歩み始めた