シロコの目の前で繰り広げられていたのは、もはや現実の銃撃戦という枠組みを完全に超越した、異次元の戦闘だった
「……っ」
それが、ホシノがどこへ行くにも持ち歩いていたはずのあのショットガンから放たれているとは、到底信じがたい光景だった
空間そのものを高熱で歪め、周囲の物質を根底から砕き散らす超広範囲の禍々しい破壊光線。そして、大気を焼き尽くしながら押し寄せる絶望的な弾幕の嵐
しかし、もう一人の自分――クロコは、その常軌を逸した暴走攻撃の数々を、まるで夜空を舞う一枚の羽毛のように軽やかに、何一つ無駄のない最小限の回避軌道で鮮やかに躱し続けていた
そして、交差する数秒のすれ違いざま、ホシノの隙へと容赦なく、寸分の狂いもない正確無比な反撃の弾丸を正確に叩き込んでいく
(すごい……あまりにも、圧倒的すぎる……っ)
シロコはその攻防から、一瞬たりとも目を離すことができなかった
ホシノの放つ一撃一撃が持つ、一撃必殺と言えるほどの凄まじい威力を前にしながらも、クロコの見せる一つ一つの足捌き、銃の構え、弾道の予測は、シロコ自身が頭の中でずっと描き続け、いつか到達したいと切望していた戦闘の完成形そのものを正確になぞっていた
これが、『色彩』という恐怖に触れ、反転したことで得てしまった狂気の力によるものなのか
それとも、クロコが歩んできたあの絶望的な世界で、大切な仲間も、日常も、居場所もすべてを失い……たった一人で血を吐くような戦いを生き抜き、果てしない研鑽を重ね続けた末に辿り着いた悲しい強さなのか
今のシロコには、そのどちらが正しい答えなのかを確かめる術はなかった
ただ、目の前で繰り広げられる硝煙と灼熱、そしてかすかな血の匂いに満ちた残酷なほど美しい舞踏に、目を奪われ、圧倒されることしかできなかった
「――トドメ、だよ」
クロコが冷徹に呟き、一切の迷いなくトリガーを深く絞り込む
放たれたすべての弾丸が、吸い込まれるような美しい弾道を描き、暴走するホシノの急所へと完璧に命中した
これほどの密度の必殺の一撃を直撃させられれば、いくら反転して異形の化身と化したホシノであっても、衝撃でその身体を大きくのけ反らせ、膝をつくはずだ
そうシロコが確信した瞬間――しかし、ホシノの体は倒れるどころか微動だにせず、致命的なダメージに苦しむ素振りすら見せなかった
――防がれた? いや、違う
クロコへと向けられようとしていたホシノの銃口の動きが、急激に精度を失い、先ほどまでとは比べものにならないほど重く、鈍く滞っていく
「……そこまで、だね」
クロコが静かに、宣告するようにそう告げたまさにその瞬間
それまでアビドスの夜空と大気を焼き尽くさんばかりに荒れ狂っていたホシノの全身の暗赤色のオーラが、まるで幻だったかのようにパッと霧散した
と同時に、彼女の身体からすべての駆動力が抜け落ち、その異様な動きが完全に、ピタリと停止したのだった
「……」
クロコは、周囲に漂う重苦しい沈黙や注がれる視線を気にする様子もなく、ただ銃を静かに収めると、背後に控える先生やシロコたちの待つ場所へと、ゆっくりとした足取りで歩み戻ってきた
「クロコ……ホシノは、一体……どうなったの?」
「……その前に……先生。なんで、その呼び方を知っているの?」
歩みを進めていたクロコが急に足を止め、ジトっとした不信感と呆れの混ざった冷ややかな視線を先生へと真っ直ぐに向けた
その鋭すぎる追及と眼光に、先生は「ぐっ」と喉を鳴らして言葉を詰まらせ、図星を突かれた子どものように気まずそうに肩をビクッと跳ね上げさせる
「い、いや……その……あはは、なんとなく、ね……?」
「……はぁ。大方、ホシノ先輩から私のことについて色々聞いていたんだよね……本当に、この人は……」
「あ、あはは……不意に、ついつい口が滑っちゃってね」
「ん……まぁ、今更名前ひとつでどうこう言うつもりもないけどさ」
呆れたように小さく溜息を吐いたクロコの表情からふっと険しさが抜け、ピリついていた戦場の空気がほんのわずかに緩む
絶望の淵に立たされていたその場所に、束の間の、穏やかで静かな和みがゆっくりと流れていった
(……もしかして……。もう一人の私なら……)
目の前で絶望的な猛威を振るっていたホシノ先輩の圧倒的な強さを完膚なきまでに抑え込んで見せたクロコの姿に、シロコは胸の奥底で一縷の、いや、暗闇を照らす何よりも眩しい希望の光を見出していた
自分たちでは届かなかった領域を熟知し、次元の違う戦いを制したもう一人の自分
彼女なら、この世界の理から完全に外れてしまったホシノを、元の温かい人間に戻す術を知っているのではないか
あの優しかった、大好きな先輩を取り戻す奇跡を起こせるのではないか
淡く、けれどあまりにも切実な祈りに似た期待を胸に、シロコが震える唇をそっと開きかけ、言葉を発しようとした――まさにその瞬間
「……先生。これから私がやる行為について、私自身には微塵の躊躇も後悔もないよ」
「……クロコ? いったい、何を言おうとして……」
「――っ!」
クロコは静かに言葉を紡ぎながら、ゆっくりと長い睫毛を伏せ、両目を閉じた
そして、すべてを背負い引き受ける覚悟を決めた少女の冷徹な面持ちのまま……ゆっくりと愛用の銃を持ち上げると、動きを止めているホシノの身体へと、その銃口を真っ直ぐに向き直らせたのだった
その信じがたい行動に、シロコと、そして少し離れた荒野で傷つき這いつくばるように二人を見守っていたヒナが、同時に息を呑み、驚愕に瞳を極限まで見開いた
「なっ……何を……っ! 」
「……風紀委員長、だっけ。こちらの世界では、あなたは無事に生き延びていたんだね」
「っ……何を言っているのよ、そんなことより……!」
ヒナが血の気が引いた青白い顔で、引き裂かれるような絶叫とともに問いかけると、クロコはほんの一瞬だけ、その視線をこちらへと向けた
その瞳の奥にあったのは、決して冷酷な殺意などではなく、どこか奇妙なまでの深い安堵の色
それはまるで、かつて自分が救い出せなかった世界に対する残された最後の義務を、ようやく果たすことができる……そんな痛々しいほどの安らぎに似ていた
「……いまから、この世界とみんなを救うために……ホシノ先輩のヘイローを、私が完全に破壊する」
「なっ……何を……何を言って……っ!?」
クロコの口から淡々と発せられた、あまりにも残酷すぎる死の宣言
傷だらけの身体で必死に駆け寄ってきた先生すらもが、その言葉の重みにその場で足がすくみ、呼吸を忘れて絶句した
ヘイローを壊す――それは、キヴォトスに生きる生徒にとっての絶対の尊厳と命を奪い、二度と立ち上がることのない完全な消滅を意味する。すなわち、ホシノをこの手で「殺す」ということに他ならなかった
「ま、待ちなさい……! 何か、他に助ける方法はないの……!? あなたなら、何か知っているはずでしょう……! 元に戻す方法を……!」
「……そうだよ。もう一人の私なら、何か方法を知っているはず……」
「ん……鋭い風紀委員長なら……心のどこかで、もう分かっているはずだよね。先輩の暴走を止めて救うには……これ以外に道は残されていないって」
ヒナの錯乱したような、胸をかきむしる叫び声に同調するように、シロコもまた震える声を振り絞って問いかける
しかし、クロコは静かにヒナを見つめ返したままそう淡々と呟いた
その言葉に込められた残酷な真実を悟ったヒナは、言葉を詰まらせ、唇を噛み締めながら悔しそうに顔を伏せることしかできない
「うっ……頭が……」
「いたたた……体が、重い……っ」
その時、先ほどの凄まじい衝撃波と焼き尽くす熱風の余波で吹き飛ばされ、気絶していたノノミやアヤネ、そしてセリカたちが、痛みに呻き声を上げながらようやく意識を取り戻し、フラフラと泥と砂にまみれた身体を起こし始めた。
「……ちょうどいいタイミングで、ノノミ達も目を覚ましてくれたから……もう一度、はっきりと言っておくね。……一度『反転』してしまった存在は、二度と元の姿や人間には戻らない。……さっき、先生ももうみんなに伝えたはずだよ」
「で、でも……っ! あなた程の力を持っているなら、何かあるはずでしょ……! ホシノを……元に戻す手段があるはずよ……!」
突きつけられた現実の過酷さをどうしても受け入れることができず、ヒナは縋りつくようにクロコに向かって叫び続けた
「私はまだ……あの時、ホシノに自分の気持ちをちゃんと伝えきれていないの。ちゃんと許して貰ってすら、いないのよ……! だから……お願い、そんなこと言わないで……!」
ヒナは誇りも自尊心もすべて投げ打つように、その場に崩れ落ちてクロコの足元へと深く頭を下げ、泥と砂にまみれた震える両手を地面についた
「私も……っ! ホシノ先輩の口から、先輩がずっと一人で背負い込んで抱えてきた過去の本当の苦しみを聞けていない。だから……!」
シロコもまた、自らのプライドを捨てて必死にクロコの目の前へと歩み寄り、膝をついて深く頭を下げた
二人の少女から絞り出されるような必死の懇願を真っ向から浴びせられたクロコは、一瞬だけ、その冷徹に澄ましていた仮面の下で心が激しく揺らぐような、深い迷いを映し出す複雑な視線を宙に漂わせた
だが、その逡巡もほんの一瞬のことであり、彼女はすぐに決然と視線を外し、再び静かに活動を停止しているままのホシノへと、冷たく冷え切った目を戻したのだった
「な、一体なにがどうなってるんですか……!? 目が覚めたら、ホシノ先輩がピタッと止まってて……」
「……って言うか、なんで私たちの目の前に、もう一人のシロコ先輩みたいな人がいるのよ……!?」
「……シロコちゃん……っ! 大丈夫ですか、怪我は……!?」
ようやく朦朧とする意識をハッキリと覚まし、目の前の異常事態が全く理解できず混乱するセリカやノノミ、アヤネが、血相を変えながら息を切らして小走りでシロコたちの元へと駆け寄ってきた
「……そ、そうだ……っ!」
シロコはまるで暗闇の底で一条の救いの光を見出したかのように、ハッと勢いよく顔を上げ、縋るような叫び声を上げた
「ユメ生徒会長なら……っ! ユメ先輩なら、ホシノ先輩を元に戻す……奇跡のきっかけを作れるかもしれない……!」
かつてホシノの世界のすべてであり、今なお彼女の胸を焦がす深い傷痕の中心にあり続ける「アビドス前生徒会長」の名前
その名前を出せば、ホシノ先輩の閉じられた心が反応し、何かが変わるのではないか。そう信じたい一心から絞り出された、痛々しいほどの言葉だった
しかし、そのシロコの微かな希望的観測を、クロコは静かに首を横に振ることで容赦なく打ち砕いた
「……無理。ユメ生徒会長は……私たちがこうして戦っている間に……亡くなってしまうから」
「――――ッ!!!!」
その一言がアビドスの空に響いた瞬間、ほんの一瞬だけ見出した希望の光は、音を立てて跡形もなく完全に崩壊した
事情の細かい背景までは理解できていないセリカやノノミたちでさえも、「ユメ生徒会長が亡くなる」というそのあまりにも残酷な事実の重みだけは痛いほどに理解でき、シロコと同じように顔から血の気を引かせ、絶望に染まった表情のままその場に立ち尽くすことしかできなかった
「……私の世界では、先輩のヘイローを自らの手で破壊することでしか、この果てしない悲劇を終わらせることができなかった。
あの時は私たちも文字通り全身傷だらけの満身創痍で、一歩足を踏み出すのすらやっとの状態だったけれど……それでも、『ホシノ先輩が生前あんなにも大切に想い、守ろうとしていたユメ生徒会長が、いつか必ず目を覚ますはずだ。だからそれまで、私たちが先輩の代わりにアビドスを引っ張っていこう』って……そうみんなで約束して、溢れる涙を必死にこらえながら話していたんだ」
クロコの声は、どこか遠い過去の惨劇を見つめるように掠れていたが、その瞳の奥底には拭い去れない冷徹な決意の炎が重く燃え盛っていた。
「……だけど、私たちが祈るような思いで扉を押し開けて辿り着いた時には、ユメ生徒会長はすでに静かに息を引き取っていた。アビドスの空が突如として血の色に染まる直前、まるで何かに引き込まれるように、彼女の心臓の鼓動は永遠に止まってしまったらしいの」
「そんな……あまりにも、救いがないじゃないか……」
先生が乾いた声でそう呟くと、シロコは足の力が完全に抜けてしまったかのようにその場に崩れ落ち、灼熱の熱を帯びた砂の地面へと両膝を深く突いた
「……たとえ万が一、奇跡が起きてホシノ先輩が正気を取り戻したとしても……もう二度と帰らないユメ先輩の死を突きつけられたとき、先輩の心が受ける絶望と痛みを想像してみて。それは救いなんかじゃない……たださらに深い地獄を長引かせるだけ。だからこそ……」
シロコたちは、たまらずその場からもう一度、遠くに佇むホシノの方へと一斉に視線を向けた
先ほどまで完全に機能を停止し、まるで彫刻のようにピタリと固まっていたはずのホシノの肉体が、微かに、しかし確実に、まるで不気味な悪夢にうなされるような痙攣を起こして震え始め、再び破壊の一歩を踏み出そうと動き始めていたのだ
「……だからこそ、こちらの世界でも私は、ホシノ先輩が残してくれた最後の頼みを果たす。これ以上、あの人が狂気と悲しみだけに囚われて苦しみ続ける姿を見たくないから……っ!」
クロコが静かに愛用の銃の引き金に指をかけ、その冷徹な殺意と慈悲を込めた切っ先を再びホシノへと向けた――その、まさに引き金を深く絞ろうとした瞬間
なぜか、クロコの指の動きがピタリと凍りついたように止まった
「……クロコ……?」
一歩前へと踏み出そうとした先生が、不審そうにその背中に低い声をかける
「……待って。……ホシノ先輩の胸にある、あのマーク……あれ、一体なんなの……?」
クロコが息を呑み、信じられないものを見るように目を極限まで細めた
その一言に導かれるように、その場にいた全員が一斉にホシノの胸元を凝視する
そこには、いまや暴走の象徴となった禍々しい暗赤色のオーラを纏うホシノの胸の真ん中――まるで彼女の心臓と魂を直接縛り付けるかのように、悍ましい「首輪」のような禍々しい黒い烙印のマークが、皮膚を焼き尽くすように深く刻み込まれていた
「あれは……首輪……なの……?」
セリカが息を潜め、信じられないというように戦慄しながら呟く
「でも、なんであんなものが、ホシノ先輩の胸に……?」
「……私の居た世界では……あんなマーク、ホシノ先輩の胸には絶対に無かった……」
クロコはこれまでにないほどに両目を限界まで見開き、激しい動揺と驚愕の色をその顔に滲ませる
(別の世界のホシノ先輩には存在しなかったはずの、あの奇妙な首輪のマーク……。あれに……何か、この地獄を破滅させずに解き明かす解決策があるんじゃ……!?)
シロコは絶望に止まりかけていた思考をフル回転させ、目の前の不可解な現象を解き明かそうと必死に頭を働かせる
なぜ、あんな場所に首輪のような不気味なマークが存在するのか。そして、あの異質な首輪は、ホシノの暴走と反転においていったいどのような意味を持っているというのか
シロコが歯痒さと焦燥に顔を歪ませながら必死に考え込んでいると、そのすぐ傍らで、地についた手から血を滲ませていたヒナが、息を呑むような微かな声でポツリと何かを呟いた
「……あれは、もし私の見間違いじゃなければ……白子の首輪としてつけていたものと、まったく同じ形状だわ……」
「――っ!!」
「それ、本当かい、ヒナ……!?」
先生が驚愕の色を隠せないまま必死に詰め寄ると、ヒナは痛みに顔を歪めつつも、青ざめた表情で力強く深く頷いてみせた
「ええ、間違いないわ……忘れるわけもない……あれは2年前、ホシノが白子に付けてあげていた、あの思い出の首輪よ」
「そっか……! 誰よりも1年生の時のホシノ先輩の過去や行いを知っているのは、他でもないこの風紀委員長だものね……!」
セリカが暗闇の中で糸口を掴んだかのように、状況を理解して納得したように強く頷いた
「……それなら、もしかしたら……元のホシノ先輩に戻せるかもしれない」
「クロコ……それ、本当なの……!?」
クロコは構えていた愛用の銃の切っ先をスッと下ろし、先生の元へと足早に駆け寄ると、何かを密かに伝えるように耳元でコソコソと早口で話し始めた。
少し距離があったため、シロコたちにはその詳細な会話の内容までは聞こえなかったが、先生はその信じがたい提案の内容を聞き、最初は目を限界まで見開いて絶句したものの、すぐに何かを確信したように力強く深く頷いて見せた
「みんな、私の言うことを聞いてくれ! 今からホシノはもう一度完全に動き出す。何があっても、みんなの力を合わせてあの動きを一時的でもいいから抑え込んで止めてくれ……! そして、このタブレットを、あのホシノの胸にあるマークに直接押し付けてほしいんだ!」
「せん、せい……? いったい何を言っているの……!? そんな無茶で危険な真似をして、いったい何になるっていうのよ……!」
ヒナはその作戦の意図がどうしても理解できず、縋るような叫び声で問い返す
すると、クロコがその場で一歩前に踏み出し、冷徹でありながらも確固たる確信に満ちた口調で補足を始めた
「……いま、ホシノ先輩の『反転』は、完全に完成しているわけじゃない。どこか中途半端で、歪な状態なの。動きも先ほどからどこか機械的で単調だし……なによりあの胸の首輪のマークこそが、先輩の心が完全に死に絶えていない何よりの証拠……」
「先生の持っているその大人のシチュエーションルームのタブレットがあれば……先輩の深く閉じ込められた心に、直接私たちの声を届けることができる……。うまくいけば、きっと元の人格と優しさを取り戻せるはず」
「――っ!!」
「……これは、大人の私ではだめだ。……でも、心を通わせ、ホシノが命をかけて守ろうとした君たちの言葉なら……きっと届くはずだよ」
「……分かったわ。私も、対策委員会がホシノにたどり着けるよう、死力でサポートする」
ヒナは激痛の走る身体に鞭打つようにしっかりと立ち上がり、再び愛用の拳銃を力強く構え直した
「……だめ」
「え……?」
シロコはヒナの肩をしっかりと掴み、静かに首を横に振った
「ど、どうしてよ……! 私の体なら、これでももう大丈夫よ。あなたたちを後ろから必死にサポートできるくらいには回復したわ……!」
「違う。私達アビドスの人間だけじゃ足りない。もう一人の私の力だけでも……きっと不十分。だから、風紀委員長の力も合わせないとだめ」
「……これは、あなたたちアビドス自身の問題よ。他学園の、しかもあの日彼女と完全に絶縁した私の声なんて……今の彼女にとってはただの邪魔なノイズでしかないわよ」
「いいえ、そんなことありません」
それまで静かに話を聞いていたノノミが、そっとヒナの横に歩み寄り、優しく微笑みながら静かに首を振った
「ホシノ先輩は、本当は……あの日のあともずっと、風紀委員さんとちゃんと仲直りがしたかったんです。ずっと、あの時に吐き捨ててしまった不器用な言葉を後悔されていました……」
「……っ」
「……私達だけの声や想いだけでは、きっとまだ足りないんです……だから……どうか、私達と一緒に、ホシノ先輩を救うための力を貸してください……!」
ノノミの紡いだ切実な言葉を聞いた瞬間、ヒナはわずかに瞳の焦点を揺らし、スッと視線を足元の荒れ果てた砂漠の地面へと落とした
脳裏に過るのは、かつて何度も交わしたすれ違いや、あの日の苦い拒絶の記憶
これは本来、アビドスという一つの学園が背負うべき内輪の問題であり、ホシノの心に直接響かせるべきなのは、他でもない彼女の愛する後輩であるシロコたち、そして同じ運命の傷痕を持つもう一人のシロコの役目なのだと、彼女の理性は告げていた
自分がしゃしゃり出たところで、かつて絶縁した者の言葉など、今のホシノにとってはただの雑音にしか聞こえないのではないかという恐れすらあった
(――でも……)
だからといって、ここでただ指をくわえて見ていることなど、ヒナにはどうしてもできなかった
彼女もまた、アビドスの対策委員会の面々に決して引けを取らないほど、誰よりも深くホシノという存在のことを気にかけていたのだ
先程の戦闘の最中に交わした言葉の返事も、まだきちんと確かめられていない
ヒナは一度だけ両目を固く閉じ、波立つ自分の胸の内に静かに問いかけた
今ここで恐怖から逃げ出すのではなく、真正面からホシノの抱える痛みや歪んだ感情と向き合うべきではないのか――と
「……分かったわ」
数秒の息の詰まるような沈黙の後、ヒナはスッとその重たい目を開いた。そこにはもう、迷いや揺らぎは一切残されていなかった
「それじゃあ……みんな、覚悟はいいかい?」
先生が固い決意の色を浮かべた表情で、青白く発光するタブレットをしっかりと片手に握りしめ、再び不気味に動き出したホシノの姿を真っ直ぐに見据えた
先ほどまでどこか人形のようにぎこちなかった動きは嘘のように消え去り、いまやホシノは完全にその冷酷な殺気を研ぎ澄ませながら、虚ろな瞳で先生やシロコたちをじっと見据えている
「みんな」
その凄まじい威圧感が爆発する直前、不意にクロコが静かに口を開き、シロコたちへ向けて問いかけた
「……ホシノ先輩は……もし目を覚ましたら、ユメ生徒会長が死んでしまっている事実を知って、耐えがたい絶望に激しく苦しんでしまうかもしれない。……本当に、それでも止めるの?」
大切な先輩を失い、その孤独と残酷な結末を誰よりも知っているからこその、重く切実な問いかけ
だが、シロコはその言葉を正面から受け止め、一切の迷いもない力強い眼差しでクロコを真っ直ぐに見つめ返し、即座に答えた
「当たり前。……このままホシノ先輩を一人にして放置する方が、ユメ生徒会長が一番悲しむから」
「……ん。そうだね。変なこと聞いてごめん」
シロコの躊躇のない返答を聞いたクロコは、胸のつかえが下りたように、どこか吹っ切れたような穏やかな微笑みを微かに浮かべた
「どんな手を使ってでもいい……! ホシノを絶対に、私たちの手で連れ戻すよ!!」
先生の腹の底から絞り出された力強い号令が、血に染まったアビドスの荒野の空気を激しく震わせる
その叫びに呼応するかのように、ホシノは感情の消えた眼差しで、容赦なくその恐るべき銃口をまっすぐこちらへと向け、一斉に解き放った――