白子とシロコ   作:気弱

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受け継いだ想いと、巡り会う明日

「ユメ……先輩……?」

 

ホシノの視界が、溢れ出る熱い涙と朝日の眩しさで大きく歪んでいく

 

まるで古ぼけたアルバムのページをゆっくりとめくり、あの頃の――眩しくて、暖かくて、賑やかだった思い出の世界に迷い込んだかのような錯覚

 

立ち込める光の中で佇むユメの笑顔は、ホシノの記憶の奥底に大切に飾られていたあの日のまま、一点の曇りもなく、温かく輝いていた

 

ホシノの思考は、あまりにも非現実的で、けれどあまりにも愛おしいこの事態に完全に停止していた

 

つい先ほどまで、対策委員会のみんなが、ヒナちゃんが、そして先生が、傷つきボロボロになって闇へ沈みかけていた自分を必死に繋ぎ止め、立ち直らせようと声をかけてくれていたはずだ

 

それなのに、なぜ今、自分はこうして風の吹き抜ける屋上にいるのか

 

なぜ、眠っているはずのユメ先輩が、こうして自分の目の前で優しく笑っているのか

 

そんなホシノの困惑と疑念をそっと鮮やかに消し去るかのように、ユメは一歩、また一歩と静かに距離を詰めてくる

 

砂を踏みしめる微かな足音が、夢ではない現実の重みを持って屋上に響く

 

「……ねえ、ホシノちゃん。私ね、目が覚めたらホシノちゃんに言いたいことが、ほんっとうに沢山あったんだよ?」

 

「……っ!」

 

「シロコちゃん……えーっと、砂狼シロコちゃんだったよね? その子のことや、風紀委員長のヒナちゃんと喧嘩してしまったこと……。それに、私がいなくなった後、一人で無茶ばかりして、自分の身体も心も全然大切にしてくれなかったこと。……私、本当に、すっぐく怒ってるんだからね?」

 

「……っ……」

 

ユメがホシノの目と鼻の先で足を止める

 

いつもなら太陽のように明るく跳ねるようなトーンで話す彼女が、今はどこか静かで、波立たない平坦な声音で言葉を紡いでいた

 

だが、不思議とホシノの胸に恐怖や嫌悪感は湧いてこなかった

 

むしろ、その静かな声の裏側には、押し隠しようのないほど深い慈愛と哀愁がなみなみと染み出していることを、ホシノは直感的に理解していたのだ

 

この人は、偽物でも幻影でもなく、まぎれもなく本物のユメ先輩なのだと

 

自分を心配し、自分のために心を痛め、その上で本気で怒ってくれている

 

その愚直なまでの愛情の深さに胸を強く突かれ、ホシノはたまらず視線を足元へと落とした

 

幾重にも言葉を探そうとしても喉が強く締め付けられ、ただ唇を噛み締め、強く目を瞑ることしかできない

 

「でもね……ホシノちゃん。本当に……本当によく、頑張ったよね」

 

「……っ!?」

 

次の瞬間、全身がぽかぽかと日だまりのような、柔らかな温もりに包まれた

 

ホシノがハッとして瞼を開くと、そこには自分を包み込むように、優しく、けれど強く抱きしめるユメの姿があった

 

鼻腔をくすぐるのは、昔と変わらない、どこか日干しした布のような懐かしいユメの匂い

 

「私がいない間、ずっと一人で悩んで、傷ついて……それでも……私や、可愛い後輩ちゃんたちのために、ずっと諦めないで戦い続けてくれたんだよね」

 

溢れ出したのは、何年もの間、冷たい仮面の下に固く堰き止めていた本当の気持ちだった。

 

「あ……ぅ……、あ、私……っ、わたし……っ」

 

言いたいことは山ほどあった。謝りたかった。感謝したかった。自分の至らなさを無心で打ち明けたかった

 

けれど、感情の激流に胸が塞がり、掠れた声が途切れ途切れに漏れ出るばかりで、上手く言葉の形を成してくれない

 

溢れ返る想いに喉が酷く痙攣し、ただ唇を震わせることしかできないホシノの惨めなもどかしさを、ユメは責めるどころか愛おしそうに見つめた

 

ユメはそっと腕の力を少し緩めると、温かい手のひらをホシノの頭に乗せた

 

そして、幼子をあやすように、ゆっくりと、優しくその薄桃色の髪を撫で始めた

 

「ゆっくりでいいからね……」

 

指先から伝わる絶対的な温度と愛撫。その温もりを感じた瞬間、ホシノの固く結ばれていた喉の奥が、熱い吐息とともにぽろりと解け落ちる

 

「私……私、頑張ったよ……! でも……っ、でも……っ! みんなに……いっぱい、迷惑かけちゃって……っ! 言うこと聞かないで……余計なことばかり、しちゃって……っ!!」

 

「うん、分かってるよ……頑張ったね、ホシノちゃん。ずっと一人で、……寂しかったよね」

 

「ユメ……先輩……! ううっ……うあぁぁぁ……っ!!!」

 

間違った選択ばかりを繰り返し続けたと思っていた道のり。自分を許すことができず、過去を呪い、一人で苦しむことでしか罪を贖えないと思い込んでいた日々

 

でも今、人生で一番欲しかった温かな肯定の言葉を、世界で一番会いたかった人からかけてもらえたことで、ホシノの心を守っていた頑丈な堤防はついに跡形もなく決壊した

 

ホシノは、まるで幼い子供に戻ったかのようにユメの華奢な背中にすがりつき、自分からも折れんばかりの力で強く抱き締め返す。声を上げてしゃくりあげ、泣きじゃくるその小さな肩は、激しく、痛々しいほどに震えていた

 

「先輩……っ、せんぱいっ……! 私……ずっと……会いたかった……! 」

 

「私もだよ、ホシノちゃん……。ずっと、ホシノちゃんとまたこうしてお話したくてたまらなかった。……でもね、ホシノちゃん」

 

ユメは撫でるのを辞めると、そっと腕の力を緩め、少しだけ身体を離して距離をとった

 

その瞳は、ホシノのすぐ後ろ――朝日に照らされる空間のどこかを、愛おしそうに細められていた

 

「私より『先に』、ホシノちゃんに会いたくて……ずーっとここで待っていた子がいるの。だから……ホシノちゃんを慰める役目は、その子に譲ってあげるね?」

 

「さき、に……っ!?」

 

ユメの言葉の意味を咀嚼する時間すら与えられなかった

 

直後、ホシノのお腹のあたりに、モフモフとした柔らかくも勢いのある物体が、猛スピードで突進して体当たりしてきた

 

その思いがけない衝撃と愛らしい重みにバランスを崩し、ホシノは「あ」と声を漏らしながら、砂の浮いたコンクリートの上に不器用に尻餅を着いた

 

「い、いたた……っ! な、なに……!?」

 

『ワンッ! ワンワンッ!』

 

「……っ!!?」

 

お腹から胸元にかけて感じる、あのたまらなく懐かしく、愛おしい、モフモフとしたぬくもりと毛並みの感触

 

そして――何千回、何万回と夢の中で求め、耳を通り抜けて胸を揺さぶり続けた、あの高らかで誇らしげな、愛くるしい鳴き声

 

ホシノは濡れた目を限界まで見開き、自分のお腹の上で尻尾をちぎれんばかりに振りながら顔を舐め回してくる「それ」を、震える手で優しく、しっかりと抱きしめたのだった

 

「……しろ……こ……?」

 

ホシノの小さな膝の上には、息を弾ませて嬉しそうに真っ赤な舌を出し、千切れそうな勢いで尻尾を振る子犬の姿があった

 

最後にその姿を見た時よりも、心なしか少しだけ体ががっしりと大きくなっている

 

けれど、あの日と何一つ変わらない、朝日に透き通るような綺麗な銀色の毛並みと、吸い込まれそうなほど澄み切った水色の瞳

 

そして――ホシノが昔、自分の貯金箱をひっくり返して初めて買ってあげた、あの少し首元が色あせた革の首輪

 

見間違えるわけがなかった

 

世界で一番、ユメと同じくらい、ずっと、ずっと……会いたかった存在

 

『わふっ! ワンワンッ!』

 

「白子……っ! 白子……白子っ……!!!」

 

ホシノは立ち上がることも忘れ、砂の浮いたコンクリートの上で膝をついたまま、己のお腹に顔を埋めるようにして白子の身体を力一杯抱きしめ

 

「ごめんね……っ! ごめんねぇ……っ! 私のせいで……私のせいで……っ! 痛かったよね……怖かったよね……苦しかったよね……っ!!」

 

『わふ……♪ くぅん……』

 

ホシノの細い腕に力任せに抱きしめられながらも、白子は嫌がる素振りすら見せず、まるで世界で一番安心できる場所に戻ってきたかのように、くすぐったそうに目を細めて顔をすり寄せてくる

 

その二人――一人と一匹の愛おしすぎる再会の光景を、ユメは少しだけ寂しげで、しかしこの上なく穏やかな、慈愛に満ちた笑顔で見守っていた

 

「私は……ずっと、間違いばかりでした……っ」

 

白子の柔らかな銀色の毛並みにぐしゃぐしゃに顔を埋め、その肌から伝わる確かな温もりにしがみつきながら、ホシノは溢れ出る涙とともに途切れ途切れの吐息で呟いた

 

「白子が命を落として……ユメ先輩が目を覚まさなくなって……。それでも、残された私が、二人の代わりにみんなを守らなくっちゃって……、二人が残してくれたあのアビドスという大切な場所を、絶対に死守しないとって……。

 

そう思って生きてきたのに……っ

 

でも、馬鹿な私は、あの時から何一つ変わっていなくて……。シロコちゃんやヒナちゃん……、ノノミちゃんやアヤネちゃん、セリカちゃんにまで……たくさん……たくさん迷惑をかけて……っ」

 

一度口から溢れ出した後悔と自責の言葉は、止まることを知らない滝のようにホシノの唇を破って流れ出していく

 

「あはは……、なんだかさ、私にすっごく似てるような気がするね」

 

ユメは少しだけ困ったように、けれどどこか懐かしむような優しい苦笑いを浮かべ、ホシノを愛おしそうに見つめた

 

かつての日々で、何度ユメの突拍子もない思いつきや無謀な計画に振り回され、頭を抱えて苦労させられたことだろう

 

けれど、自分自身が今までやってきてしまった迷走や失態は、大切な後輩たちを深く傷つけ、絶望の淵まで追い詰めるようなことばかりだった

 

だから、自分のような人間が太陽のようなユメと同じだなんて、到底言えるはずもない

 

それでも

 

辿り着いた結果は違っていたとしても、心の奥底に強く存在していた「大切な後輩や友達を何とか救いたい、守りたい」という痛切なまでの強い想いだけは、きっと同じだったのだ

 

その想いが強すぎるあまり空回りしてしまい、不器用にも周囲に余計な苦労や迷惑をかけてしまったという、その切ない動機だけは

 

「……ふふっ……、確かに……。先輩の背中を必死に追いかけていたら……いつのまにか先輩みたいに、とんでもないトラブルメーカーになっちゃいましたね……っ」

 

『くぅん……?』

 

未だに両頬を途切れなく伝い落ちるホシノの涙を、白子が心配そうに首をかしげ、小さな舌で優しく舐め取ってくれる

 

「わっ…く、擽ったいですよ……白子」

 

そのざらりとした温かい質感に触れながら、ホシノはゆっくりと顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも精一杯の笑顔をユメに向けた

 

「よかった。やっと、笑ってくれたね」

 

ユメはホシノの元へ一歩一歩ゆっくりと歩み寄ると、その場にすっとしゃがみ込み、ホシノと同じ目線で優しく微笑みかけた

 

「ホシノちゃんが毎日病室に来てくれてさ、いろんな出来事や悩みを話してくれていた時に、私ね、ずっと声を出して言いたかったんだよ? ちょっと意地悪で、素直じゃなくて……、でもね、ホシノちゃんは、私の世界で一番の自慢の後輩なんだよって。だからね、もっと自分に胸を張って自信を持って欲しいなって、ずっとずっと横で思っていたんだ」

 

「……」

 

ホシノは再び視線を落とし、自分がきつく抱きしめている白子の水色の瞳を見つめた

 

ずっと憧れ続けたユメ先輩から「自慢の後輩」と言ってもらえたことは、何よりも嬉しく、凍てついていた心臓が熱く沸き立つような言葉だった

 

……だけど、本当に今の自分は、ユメ先輩にそんな温かい言葉をかけてもらえるような立派な存在なのだろうか

 

「……私は、全然だめですよ。先輩が命懸けで守ろうとしたアビドスも、ボロボロにしちゃって……何一つうまくできなかった……」

 

「メッ、だよ?」

 

「!」

 

ユメはホシノの丸まった鼻先を、少しだけ強めに人差し指でツンと突いた

 

「そうやってすぐ自分ばかり責めないの。ホシノちゃんはね、いつも一人で全部抱え込んで……、今まで本当によく諦めずに頑張ったんだから。もう、十分すぎるくらいだよ」

 

「でも……私……」

 

『ワンッ!』

 

ホシノがなおも言葉を紡ごうとしたその時、白子がホシノの腕の中からスルリと身を翻して抜け出した

 

そして、砂の上に落ちていたあの色褪せたフリスビーを素早く咥え直すと、トコトコと軽い足取りでホシノの足元まで歩み寄り、コロンと音を立てて落として見せたのだ

 

「……これ、を……投げろって……こと?」

 

『ワンっ!』

 

白子は嬉しそうに千切れそうなほど尻尾を振りながら、言葉のいらない純真な瞳でまっ直ぐにホシノを見つめている

 

「ほらね、白子ちゃんもそう言ってるよ。いつまでも下ばかり向いてないで、前を向いてってさ」

 

ユメに優しく背中を押され、ホシノは意を決してその場に立ち上がった。服についた砂埃を軽く払い、足元に置かれたフリスビーを拾い上げる

 

白子の、あの頃と何一つ変わらない、ただ「大好きなあなたと一緒に遊びたい」という純粋で真っ直ぐな視線が、ホシノの胸の奥を刺す

 

一瞬だけ、一度あの子を死なせてしまった自分が、再びこのフリスビーを投げる資格などあるのだろうかと、過去の罪悪感が冷たく首筋を絞め上げた

 

しかし、白子の瞳に背中を押され、ホシノは小さく深く息を吐き出すと、己のすべてを込めて、思い切りよくフリスビーを茜色と青が混ざり合う大空へと投げ放った

 

「取ってこい! 白子――ッ!」

 

『ワンッ!!』

 

フリスビーは朝の眩しい光を浴びてキラキラと回転しながら輝き、懐かしい砂の匂いを含んだ風を切り裂いて彼方へと飛んでいった

 

空へと高々と投げ放たれたフリスビーは、朝の冷たい空気を切り裂きながら、かつて白子と毎日のように泥だらけになって汗を流した特訓用の手作りハードルや、タイヤ障害物の真上を鮮やかに通過していく

 

「――っ!」

 

ホシノの息が思わず喉の奥で止まる

 

そこにいたのは、あの頃の、まだあどけなさと足元の覚束なさが残っていた幼い子犬ではなかった

 

今の白子は、見違えるほどに洗練され、研ぎ澄まされた完璧なスピードで、足元に設置された障害物のすべてをまるで影がすり抜けるように軽やかにかわしながら、一直線に空のフリスビーを追いかけていたのだ

 

凄い――

 

その無駄を極限まで削ぎ落とした走りの軌道を見るだけで、白子がこの誰もいない静寂と虚無の空間で、どれほど長い年月、たった一人で黙々とトレーニングを積み重ね続けていたのかが、痛いほどに、残酷なまでに伝わってきた

 

自分も、ユメ先輩もいない、どこまでも冷たくて寂しいこの場所で

 

白子はホシノがかつて教え込んだスパルタなトレーニングメニューをただ愚直に、一心不乱に守り続け、誰も見ていないこの場所で、目を疑うほどに強靭で美しき獣へと成長を遂げていたのだ

 

『ワゥーン――ッ!!』

 

しなやかに跳躍した白子は、空中で見事にフリスビーを鋭い歯で一閃するようにキャッチすると、そのまましなやかに着地し、黄金色の砂煙を豪快に巻き上げながら、地平線に向かって力強く誇り高き遠吠えを天へと響かせた

 

もはやそこにかつての弱々しい幼さは微塵もない

 

過酷な荒野の果てをたった一匹で生き抜いてきた、誇り高き一頭の獣としての、あまりにも堂々として立派な咆哮だった

 

「……白子ちゃんはね、私がここにやってくるよりもずっと前から……ずっと一人でここに居て、ずっとずっと、特訓を続けていたんだよ」

 

ユメが静かで透き通るような声で、地平線の彼方を見つめるような優しい瞳で言った

 

コンクリートの端を撫でる朝風が、彼女の髪を微かに揺らす

 

「……どうして……そんなこと……」

 

ホシノの胸が、万力で締め付けられるかのように強く痛んだ

 

そもそも、あの過酷な訓練は――幼い白子がこの容赦なく乾いたアビドスの砂漠で、たとえ一人きりになったとしても生きていけるようにと、生き抜くための術を教え込むためにホシノが始めたものだった

 

なのに、結果としてその必死に鍛え上げられた脚力と判断力が、自分を縛るリードを引き千切り、ホシノの身代わりとなってあの冷たく凄惨な爆発の真ん中へと飛び込む引き金になってしまったのだ

 

もう、白子が訓練をする必要なんて、ないはずなのに

 

たとえ、二度と逢えないはずの自分たちの帰りを、この果てしない虚無の中でずっと待ち続けていたのだとしても……なぜ、彼女は自ら進んであんな過酷な特訓を、誰に見られることもなく続けていたのだろう

 

「それはきっとね……ホシノちゃんとの、何よりも大切な思い出だからじゃないかな?」

 

「思い出……?」

 

フリスビーを誇らしげに咥えたまま、白子はトコトコと愛らしい足音を響かせて、嬉しそうにホシノの足元へ戻ってきた

 

ユメはその白子の柔らかい銀色の頭をそっと両手で包み込み、まるで我が子を愛おしむように優しく撫でる

 

白子は喉を「ぐぅ、ぐぅ」と心地よさそうに鳴らし、安心しきったように目を細めた

 

「うん。白子ちゃんにとってね、あの特訓の時間も、ホシノちゃんと一緒に泥だらけになって汗を流した日々も……すべてがかけがえのない、宝物みたいな思い出だからなんだよ」

 

「そんなの……っ! 白子は……私のせいで死んだのに……っ! 私の不甲斐なさのせいで、あんなにも辛くて苦しい目に遭ったのに……! 恨まれても、どんなに汚い言葉で罵られたって当然なのに……なんで、なんでそんな思い出を……大切にしてるなんて……っ!」

 

溢れ出す激しい自己嫌悪と、脳裏にへばりついて離れない罪悪感が、ホシノの喉を固く締め上げ、呼吸を乱す

 

「……恨んでなんてないよ。絶対に」

 

「!」

 

「だって、白子ちゃんは……いつだって、ホシノちゃんのことが世界で一番大好きなんだから」

 

『ワンッ! ワンワンッ!』

 

ユメの揺るぎない言葉に調子を合わせるように、白子は尻尾をピンと立て、力強く真っ直ぐにホシノを見つめて吠えた

 

そうだ。今になって思い出せば、白子は人間の複雑な言葉をすべて心で理解しているかのように、いつもその豊かで愛くるしい表情や耳の動きで、自分に温かな返事をしてくれていたではないか

 

もし、心の底から自分の愚かさを恨んでいたのなら

 

こんな場所で、いつまでも自分たちの帰りを健気に待ちわび、一人黙々とトレーニングを続けたりなんてするはずがないのだ

 

白子は、最後の最後まで、そしてこの光に包まれた瞬間も変わらず、ホシノのことを心から愛し、心配してくれていたのだから

 

「……たい……っ」

 

「ホシノちゃん……?」

 

「もっと……白子と……ユメ先輩と……ずっと、ずっと一緒に……居たいよ……っ!」

 

ホシノはもう耐えきれず、その場に膝から崩れ落ちた。砂粒が制服を汚すのも構わず、手をついてむせび泣く

 

ずっと心の奥底で探し求め、渇望していた答えが、こんなにもあっさりと目の前に差し出されてしまった

 

だからこそ、痛いほどに解かってしまうのだ

 

こんなにも都合がよくて、ぬくもりに満ちた奇跡のような時間が、いつまでも永遠に続くわけがないという残酷な世界のルールを

 

自分は、もうすぐこのぬくもりの領域から、冷たく厳しい現実の世界へ戻らなければならない

 

白子と、そしてユメと、ここで今度こそ本当の別れを告げなければならないのだということを

 

「私も……ずっと、ずっとここに留まっていたい……っ」

 

ユメ先輩とこれからも他愛のないくだらない話をしていたい

 

白子と一日中この砂漠で走り回って遊びたい

 

そう口に出して二人にすがろうとした、その瞬間

 

「――ダメだよ、ホシノちゃん」

 

「!」

 

ユメは優しく、けれど決して揺らぐことのない強い拒絶の意思を込めて言葉を紡いだ

 

「ホシノちゃんには……まだ、あっちの世界で果たすべき大切な事があるんだから」

 

「果たすべき事……なんて、今の私には……もう何もないよ……」

 

「ううん、あるよ。あっちで待っている……あなたの可愛い後輩ちゃんたちを。そして、あなたのことを心の底から信じて無事を祈っている友達や先生を……今度はホシノちゃんが、ちゃんとその手で守ってあげなくちゃ、ね?」

 

ユメが優しくそう語りかけた瞬間、ホシノの制服のポケットの中から、ふわりと温かなピンク色と緑色の光が溢れ出した

 

ハッとして慌ててポケットに細い手を差し入れ、固い感触を取り出す

 

そこにあったのは――かつてまだ何も失っておらず、世界が輝いていた頃、砂漠へ3人で宝探しの大冒険に出かけたときに見つけたものだった

 

結局その時は目指していた財宝は見つからなかったけれど、その帰り道、幼い白子が砂の中から誇らしげに咥えてきた、緑色とピンク色の不思議で綺麗なふたつの小石

 

「っ……」

 

ホシノの息が止まる

 

あの時、見つけた石を「お守りにしよう」とユメが提案し、約束通り不器用ながらも一生懸命に可愛らしい犬の刺繍を施して作ってくれた、世界に一つだけの手作りのお守り

 

それは、彼女たち三人が確かに共に歩んだ青春の証であり、どんな絶望であっても決して断ち切ることのできない絆の形だった

 

お守りから溢れ出した温かな光が、まるで静かな春の陽だまりのようにホシノの全身を優しく、そして力強く包み込んでいく

 

それは別れの訪れを告げる光の束であるかのように、ホシノの足元からアビドスの屋上の景色がゆっくりと光の粒へと溶け、実体を失って消え去っていく

 

「い、いやだ……ッ! まだ……帰りたくない……!! まだ、何も返せてないのに……!!」

 

ホシノは堰を切ったようにボロボロと涙を流しながら、必死に正面へ手を伸ばす

 

あと数センチで届くはずのユメの温もりに、二人の存在に縋り付こうと、伸ばした指先を震わせ続ける

 

そんなホシノの足元で、白子がふと顔を上げた。じっと、濡れた水色の瞳でホシノの顔を見つめている

 

『……クゥン……』

 

悲しげで、しかしどこか凪いだ海のように静かな鳴き声

 

だけど、その悲しみは、ホシノと再び離れ離れになることへの嘆きではないのだと、ホシノにはすぐに理解できた

 

ホシノがいつまでも自分を責め、泣き顔で、苦しそうな表情をしていること――その姿を見ることこそが、白子にとっては何よりも胸を痛めることなのだ

 

言葉を持たないはずの白子の、その健気で澄み切った瞳から、「泣かないで」という温かな想いが痛いほどに心へと流れ込んでくる

 

(……私は、また白子に……こんな悲しい思いをさせて終わるの……?)

 

ここでの永遠のような一瞬が終わり、現世へと還っていく

 

それなのに、最後に二人の記憶に残る自分が、また「泣きじゃくる情けないホシノ」だなんて

 

そんなのは、あまりにも二人の愛に対して失礼ではないか

 

「ホシノちゃん」

 

ユメの、春のひだまりを思わせる柔らかな声が屋上に響き渡る

 

ホシノが震える顔を上げると、そこにはユメが、目元にわずかな光る涙を浮かべながらも、世界で一番眩しく、一番優しい笑顔を湛えて立っていた

 

「私、ずっとここで白子ちゃんと一緒に……ホシノちゃんがいつか、たくさんの思い出を抱えてここに帰ってくるその日まで、ずっと空から見守っているから……。だから……ね?」

 

『ワンッ!……ワンッ!!』

 

ユメの言葉を追認するように、白子が尻尾を振って力強く吠えた

 

そうだ

 

ユメだって、本当は誰よりもホシノと離れたくないはずなのだ。それなのに、彼女は自分の淋しさを押し殺してまで、ホシノが前を向けるように背中を押し、送り出そうとしてくれている

 

「……分かりました……ユメ先輩……白子」

 

ホシノは袖で乱暴に涙を拭い、ぐっと両足に力を込めて踏ん張ると、ユメと白子の目の前まで力強く歩みを進めた

 

足の先はすでに眩しい光に溶けて見えなくなっているのに、不思議と心は羽が生えたように軽かった

 

ホシノは両腕を広げ、白子とユメ、その愛おしい二人を同時に強く抱きしめた

 

つむじから漂う、懐かしい花の香りとアビドスの砂漠の風の匂い

 

「……3人で過ごしたあの幸せな時間も……一人になってから苦しくてたまらなかった時間も……二人が繋いでくれたこの命と想いを、私はこれからずっと、大切に抱きしめて生きていきます」

 

二人が残してくれた優しさ、そして対策委員会や仲間たちへと広がっていった温かな輪

 

それはもう、どんな絶望であっても壊すことのできない、ホシノ自身の心と一体になった不可侵の領域なのだ

 

「私はもう……立ち止まったりしません」

 

忘れてしまいたいと呪った辛く苦しい思い出も、永遠に消えないでほしいと祈った楽しかった思い出も、そのすべてが今の「小鳥遊ホシノ」を形作る、かけがえのない宝物なのだから

 

「だから……私は、迷わず前へ進んでいきます」

 

過去ばかりを振り返って、大好きな二人にこれ以上心配をかけるのは、もう今日で終わりだ

 

思い出を捨て去るのではない。そのすべてを愛おしく胸に抱いたまま、その重みさえも歩む力に変えて前へ進む

 

自分が今日という日を笑って生きていくことこそが、二人がかつてこの世界を精一杯に駆け抜けた、何よりの証明なのだから

 

「ありがとうございます……本当に、大好きでした」

 

溢れ出す絶対の光が、屋上の風景のすべてを純白へと染め上げていく

 

悔いの残らないよう、ホシノは偽りのない心の底からの言葉を叫ぶ

 

「……行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい、ホシノちゃん!」

 

『ワゥーン――ッ!!』

 

ホシノは、二人の確かな温もりと笑顔を胸の深淵に深く、深く刻み込んで、最後にもう一度だけ、一点の曇りもない太陽のような笑みを浮かべたのだった

 

♢

 

(お願い……元に戻って……! お願いだから……私たちの、ホシノ先輩に戻って……!)

 

夢と現実の曖昧な狭間――果てしない精神の深層から引き戻されるように現実へと意識を帰還させたシロコは、絶望的な祈りを胸に抱き続けていた

 

その目の前では、なおも禍々しく重苦しい黒いオーラを全身からゆらめかせたまま、ぴくりとも動かないホシノが立っている

 

冷たく固く強ばったその身体の胸元――そこに押し当てられたタブレット端末の上に、シロコは縋るような思いで両手を固く重ね合わせていた

 

精神の世界から元の現実へ戻ってきたノノミ、そしてシロコ

 

次々と生還を果たした対策委員会の仲間たちが、誰一人として言葉を発することなく、ただ心から大切な仲間を救い出したい一心で、祈るようにその手をホシノの身体へと伸ばし続けていた

 

指先から伝わるのは、かつてのぬくもりを失ったかのような冷酷な感触だけだ

 

「っ……、はぁっ……っ!」

 

最後に先生が、荒い息を吐き出しながら現実の世界へと戻ってくる。しかし、先生がどれほど必死に声を張り上げ、その名前を呼びかけても、ホシノの様子は何一つ変わらなかった

 

彼女の瞳は光を拒むように虚ろな闇に閉ざされたままで、指先ひとつ動く気配すらない

 

「……みんな、まずい。もう……時間切れのようだ」

 

先生が苦悶に満ちた表情で唇を固く噛み締め、ゆっくりと見上げた荒涼たる空の向こう

 

そこには、先ほどまでテラー化したホシノ一人の圧倒的な猛攻によって機能停止して沈黙していたはずの巨神――「セトの憤怒」が、再び気味の悪い重低音とうねりを上げて静かに再起動を始めていたのだ

 

冷徹な鉄の巨神の周囲を取り巻く大気が、圧縮された高エネルギーによって激しく揺らぎ始め、恐ろしいほどの電圧を秘めた青白く太い電光がバチバチとけたたましくスパークし始める

 

「や、やばいわよ……! あんなの、直撃したらひとたまりもないわ……! 」

 

セリカの絞り出されるような焦燥と恐怖の交じった声が、乾いた砂漠に空白を生む

 

まだ完全なフル充填の段階には至っていないというのに、その漏れ出す余波の衝撃波だけで、今ここに立っているボロボロの生徒たちや先生を軽々と灰燼に帰すには十分すぎるほどの、圧倒的な破壊力を孕んでいることが感覚で理解できた

 

「ホシノ先輩……! お願いです、戻ってきてください……! 私たちを、置いていかないで……!」

 

「ホシノ……! 目を覚まして……! 届いて……お願いだから!」

 

ノノミの悲痛な哀切の叫びと、ヒナの鬼気迫る渾身の声が、荒涼としたアビドスの砂漠に悲しく響き渡る

 

あまりにも切迫した、致命的な危機的状況。一刻も早くこの射程圏内から退避しなければ全員が全滅する

 

しかし、その場にいる誰一人として、動かないホシノの傍らから一歩たりとも離れようとする者は 誰一人としていなかった

 

ここで彼女を置いて逃げてしまえば、あるいは自分たちが彼女の身体から手を離してしまえば、二度と本当の意味での「小鳥遊ホシノ」とは会えなくなってしまう――そんな、取り返しのつかない永遠の喪失に対する本能的な恐怖が、全員の足を深く砂に釘付けにしていたのだ

 

セトの憤怒の巨大な胎内から発せられていた重低音が、一瞬、嘘のようにピタリと止まる

 

世界からすべての風の音も、息遣いさえも消え去ったかのような、凄惨で恐ろしいほどの静寂

 

――チャージが、完了した

 

その絶望的な真実を全員が悟った次の瞬間、視界と網膜を根底から焼き切るような眩い白銀の閃光が周囲のすべてを覆い尽くし、絶対の死を伴う超高エネルギーの光線が放たれた

 

もはや、退避する時間など一秒どころか、瞬きする隙すら残されてはいない

 

「っ……ホシノ先輩――ッ!!」

 

シロコが胸の破れるような絶叫を上げるが、その声はセトの憤怒が解き放った世界を砕く凄まじい大轟音によって、瞬く間に掻き消されていった

 

もう、終わりだ

 

誰もが死を覚悟し、視界が白く染まる中でそれぞれの脳裏に大切な思い出や最期の光景が通り過ぎようとしたその瞬間――世界を引き裂くような、まったく別の重厚な金属打撃音が地表を激しく揺らせた

 

ドォォォォン―――ッッ!!!!

 

 

「っ………!?」

 

シロコはぎゅっと固く目を閉じ、全身を粉砕するはずの凄まじい衝撃と高熱に備えて身を固く縮めていた

 

しかし、どれほど待っても、秒数が経過しても、身体を引き裂かれるような激痛も、焼き尽くされる熱さも、何も訪れない

 

即死したのだろうか――いや、それにしては自分自身の思考はやけにはっきりと冴え渡っているし、砂の匂いも、皮膚を撫でる風の温度も妙にクリアだ……?

 

恐る恐る、シロコが震える瞼をゆっくりと開ける

 

チカチカと光の残像が乱反射する視界の向こう、まだもうもうと立ち込める真っ白な砂煙と激しい熱気の揺らぎのなかに、見間違えるはずもない、見慣れた小さな背中が力強く立っていた

 

「みんな……っ! 大丈夫?!」

 

衝撃で麻痺していた聴力にようやく戻り始めた音の中に飛び込んできたのは、紛れもなく、かつて自分たちが何よりも聞き慣れた、世界で一番温かいあの懐かしい声だった

 

砂煙が風に流され、視界が鮮明さを取り戻していく

 

そこに映っていたのは――黒いオーラなど微塵もなく、小さくなったかつての姿のまま、盾を正面に力強く突き立て、仲間たちを背後から完全に守り抜くようにして立ち塞がるホシノの勇姿だった

 

あの恐ろしい巨神の全力の一撃を正面から完全に防ぎきった彼女の頭上では、漆黒から元に戻った美しいピンク色の髪が、激しい衝撃の名残の風に優しく、誇らしげに揺れていた

 

「あ……あ……」

 

その信じられない、けれど紛れもない奇跡の光景を目の当たりにして、胸の奥で堰き止められていた感情の堤防が決壊したシロコは、溢れる涙も拭わずに声を張り上げた

 

「ホシノ先輩……!!」

 

それに続くように、重圧から解放された感情が爆発する

 

「先輩……っ! ホシノ先輩……っ!!」

 

「ホシノ先輩っ……! よかった……よかったぁ……っ!」

 

ノノミもセリカも、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔に泣き笑いのような表情を浮かべ、喉が潰れんばかりの声で叫び声を上げる

 

その仲間たちの感動の輪の少し横で、アヤネは胸の前に両手を合わせ、ぽろぽろと溢れ出る大粒の涙を拭うことすら完全に忘れ、ただ小さく、途切れ途切れの震える声で呟くのがやっとだった

 

「……先輩……っ」

 

そして、少し離れた場所に立つクロコもまた、その光景をただじっと見つめていた

 

胸の奥底から込み上げてくる本物の嬉しさと、「本当に取り戻せたのだ」という信じがたい奇跡に対する圧倒的な驚きに、言葉を失ったまま静かに微笑みを浮かべていたのだった

 

「みんな……本当に、たくさん迷惑をかけちゃったね」

 

仲間たちが口々に己の名を呼ぶ、震えた歓喜の喧騒の中

 

ホシノは無数に削れた痕が残る盾を、カシャンと重く甲高い音を立てて砂地に下ろした。そして、気恥ずかしさを隠すように頭を掻きながら、いつものようにどこか困ったような、しかし心の深層から溢れ出る愛おしさを隠しきれない、あたたかな笑顔を浮かべて振り返った

 

本当に、本当に帰ってきたのだ

 

あの深く重い真っ暗な闇の底から、自分たちの誇りであり、かけがえのない大切な先輩が、元通りの姿で戻ってきたのだ

 

「……ホシノ」

 

ザッ、と一歩、砂を踏みしめてヒナが前へ出る。過酷な戦闘を潜り抜け、疲弊したその表情には、友の生還に対する深い安堵と、そして再び戦場に立つ卓越した実力者としての厳格な覚悟が静かに同居していた

 

「……ヒナちゃんも、本当にお疲れ様。……ありがとね」

 

「……どういたしまして。でも……お互いにお礼や昔話をするのは、後よ」

 

「あはは、そうだね。まずは……あれを綺麗に片付けないと」

 

ガシャン、と乾いた心地よい金属音が荒涼とした砂漠に響き渡る

 

ヒナの長大な愛銃が冷徹に、そして完璧な精度で戦況へと適合していく

 

ホシノもまた、手元にしっかりと握りしめたショットガンを、長年体に染み付いた鮮やかな手つきで素早くスライドさせた。カチリと薬室に重厚な銃弾が装填され、二人揃って無言のまま、ゆっくりと視線を天へと向ける

 

遠き天穹の上

 

巨神『セトの憤怒』は、早くも次なる破滅の光線――容赦のない「2発目」を解き放つため、再びその恐るべき巨体に禍々しい高圧エネルギーの充電を開始していた

 

次は確実にこの距離から全滅させるつもりなのだろう

 

鉄の巨躯は重冷な金属音を軋ませながら、少しずつ地表へと降下し、冷酷な破壊の意志を漲らせている

 

「みんな、これが……本当に最後の戦いだよ」

 

先生が手元のタブレットを壊れんばかりの力で握りしめ、荒廃した戦場全体を見渡しながら、熱い声で告げた

 

その瞳には、傷つきながらも立ち上がり続ける生徒たちを心から信じる、揺るぎない覚悟と信頼が宿っていた

 

「あれは……テラー化したホシノの歪んだ存在に引き寄せられ、呼び出された概念。……ホシノが元の自分を取り戻した今、あの巨神を完全に撃破することができれば、アビドスを脅かすあの大いなる脅威も、完全に消滅するはずだ」

 

先生の放った力強い言葉に、誰一人として異論を唱える者はいない。全員が固く唇を引き結び、愛用の銃を握りしめる指先に、これまでの限界を超えた命の力がこもる

 

アヤネとセリカが静かに視線を交わし、力強く頷き合った。その瞳には、かつて入学したての頃にあった幼い不安や怯えは微塵も存在しない

 

「これ以上……アビドスで、誰一人として死なせたりしない!」

 

ノノミが胸の前で大きく深呼吸をし、溢れ出る涙を拭って心に熱い誇りの炎を灯す

 

その頼もしい背後には、シロコとクロコが、まるで背中を互いに預け合う双子のように凛として並び立った

 

「これ以上……アビドスで、誰一人として悲しませたりしない」

 

ホシノとヒナが、言葉を交わすことなく重厚な破壊の矛先を、『セトの憤怒』へと同時に定める。その瞳は、もはや一切の迷いや陰りなど存在しない、鋼のごとき意志に満ち満ちていた

 

「行こう、みんな――ッ!」

 

「「「はいっ!!!!」」」

 

先生の魂を揺さぶる号令と共に、少女たちは一斉に乾いた荒野を力強く蹴り出した

 

黄金の砂塵を激しく巻き上げ、それぞれが胸に抱く絶対の「守りたいもの」を背負い、巨神の放つ青白い閃光と圧迫の中へと、果敢に飛び込んでいく

 

(絶対に勝つ……! 私たちの手で、この未来を掴み取る……!)

 

前を見据えて走り出したシロコの視線は、先陣を切って風を切るホシノの、小さくも誰よりも頼もしい背中をしっかりと捉えていた

 

ようやく帰ってきたんだ。あの、いつもと変わらない、私たちの世界で一番自慢の先輩が

 

その温かな帰還を、こんな無機質で冷酷な化け物になど、これ以上一瞬たりとも邪魔させてたまるものか

 

シロコは手に持ったアサルトライフルの銃口を、力強く天へ向けた

 

重ねてきた思い出と、アビドスの明日を守り抜くために

 

そして、二度と誰一人として失わない、光に満ちた未来を自分たちの手で切り拓くため

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