午後の授業が終わった。
教室がざわついている。椅子を引く音、鞄を閉じる音、放課後の予定を喋り合う声。ミラが「リーネちゃん、食堂行こ」と立ち上がりかけたとき、教壇からグレンの声が落ちてきた。
「カルヴァス、残れ」
短い。余計な言葉がない。いつものグレンだ。
ミラが「え、なに、怒られるの?」とこちらを見た。わたしは「さあ、何かやったかな」と笑った。心当たりがないわけではないけど、具体的に何かと言われると困る。授業中の居眠りか、実技で手加減を忘れかけたことか、どっちだろう。
「先生、何かやりましたか?」
グレンは答えなかった。教壇の上の資料をまとめて、脇に挟んだ。
「執務室に来い」
それだけ言って、先に歩き出した。
ミラが「食堂で待ってるね」と小声で言った。ルチアが少し心配そうな顔をしていたけど、何も言わなかった。わたしは手を振って「すぐ行くよ」と笑った。
教室を出て、グレンの後を追う。
廊下を歩いている。
グレンの背中を見ている。がっしりした体格。肩幅が広くて、背中が厚い。歩き方に揺れがない。足音が均等で、姿勢にブレがない。腕の振りが左右で同じ幅で、歩幅が一定だ。
軍人の歩き方。
前線で見慣れた歩き方だった。隊長がこういう歩き方をしていた。行軍のとき、先頭を歩く背中がこんなふうだった。左右を見ずに前だけを見て、でも周囲の気配を全部拾っている歩き方。
グレンのそれは隊長よりずっと洗練されている。隊長は荒っぽくて、がに股で、肩で風を切るように歩いた。グレンは無駄がない。歩くだけで、この人がどれだけ長く体を使ってきたかがわかる。
教官棟の二階。廊下の突き当たりにグレンの執務室がある。
何度かこの前を通ったことはあるけど、中に入るのは初めてだ。属国出身者には担当教官による月次面談の義務がある。入学して二ヶ月、初めての面談ということになる。
グレンがドアを開けた。
「座れ」
椅子を指す。机の手前に、来客用の木の椅子が一脚。
執務室は整頓されていた。
窓は一つ。東向き。午後の日差しはもう入らない角度で、室内は少し薄暗い。
本棚が壁の一面を占めている。戦術書が並んでいる。背表紙の文字は読めないけど、革装の厚い本が多い。使い込まれて背が反っているものもある。
机の上にはインク壺とペン立て。書類が何枚か、角を揃えて重ねてある。余計なものがない。飾りもない。
壁に剣が一振りかかっていた。
木剣じゃない。
訓練用でもない。
刃がついている。鞘に収まっているけど、柄の巻きが擦り切れている。使い込まれた柄だ。何百回、何千回と握った跡がある。汗と脂で革が黒ずんで、滑り止めの巻きが端から解けかけている。
飾りの剣じゃない。人を斬った剣だ。
わたしはそれを見た。見て、目を戻した。
机の上に茶器が並んでいた。茶葉の入った缶と、陶器の湯呑みが二つ。湯は棚の上の保温壺に入っている。
グレンが保温壺から湯を注いだ。湯呑みを一つ、わたしの前に置いた。湯気が立つ。
もう一つに自分の分を注いで、机の向こうに置いた。
二つの湯呑み。用意していたのか、と思った。湯呑みを二つ並べるということは、わたしを呼び出すことを決めてからこの部屋を整えた、ということだ。
座った。椅子が硬い。背もたれが真っ直ぐで、寄りかかると背骨が当たる。
茶を一口飲んだ。苦味がある。甘くない。軍で出る茶に少し似ている。砂糖なんか入れない、ただ煮出しただけの茶。前線では湯を沸かせるだけでも贅沢だったから、味がどうとか言う余裕はなかった。
温かい。それだけでいい。
グレンが机の向こうに座った。椅子がきしむ。体が大きいから、椅子が小さく見える。
机の上の書類を一枚取って、開いた。
「お前の軍歴は調べた」
グレンの声は平坦だった。報告書を読み上げるみたいな声。
「第七歩兵小隊だな」
「はい」
笑顔で答えた。湯呑みを両手で包んでいる。陶器の温度が指に伝わる。
「13歳で徴兵。2年間の前線。生存者2名」
二年間が三つの数字になる。十三、二、二。短いもんだ。
「よくご存じで」
軽く言った。グレンがわたしの軍歴を知っていること自体は驚かない。担当教官だ。属国出身者のファイルくらい渡されているだろう。審問官がまとめた書類が、この人の机の上にある。あの審問官の冷たい目が書き残したものが。
グレンの手元に書類が開いてある。
わたしの名前が見えた。カルヴァス、リーネ。審問官の角張った字だ。硬くて細い字。
その横に何か書かれている。審問官の筆跡で、小さな文字が並んでいる。読めない。角度が悪い。グレンの手と書類の向きで、文字が隠れている。
何が書いてあるんだろう。入学許可証の裏にも何か書いてあった。「心的外傷の兆候あり。経過観察を要す」。あれと同じようなことが書いてあるのか、もっと別のことが書いてあるのか。
まあ、読めないものは仕方ない。
グレンが書類を閉じた。
表紙を伏せて、机の端に置いた。
それから、わたしを見た。
「……その笑い方は、辛くないか」
声が変わっていた。さっきまでの報告書を読み上げる声ではなかった。
「え? 辛い?」
笑った。何を言われたのかわからなかった。笑うのが辛いって、どういうことだろう。
戦場でも笑っていた。笑わないと怒鳴られる。上官の冗談に笑わないと目をつけられる。任務の後に笑っていないと「大丈夫か」と聞かれて、面倒なことになる。笑うのは息をするのと同じだ。意識してやるものじゃなくて、やらないと不都合があるからやる。
学院に来てからも同じだ。笑っていれば人が近づいてくる。笑っていれば距離を取られない。入学初日に「屋根もあるし」と笑ったとき、隣の子が不思議そうな顔をした。何が変だったのかわからなかったけど、でもその子はわたしの方を向いてくれた。笑顔は便利だ。
グレンの目を見た。
何かを堪えている。
眉が動かない。口元が動かない。顔の筋肉がほとんど動いていない。でも目の奥に何かがある。わたしが知らない何かが。
怒っているんじゃない。叱ろうとしているんでもない。
奥歯を噛んでいるみたいな力が、顔の表面に出ないように押さえられている。堪えている。何を堪えているのかはわからない。
わたしは審問官の目を知っている。あの目は値踏みの目だった。道具を選ぶ目。これは使えるか、使えないか。性能はどの程度か。壊れていないか。壊れているなら修理できるか。
審問官と一対一で座ったときも、同じように書類が開いてあった。同じようにわたしの名前が書いてあった。でも目が違った。審問官の目は冷たくて、透明で、何も映していなかった。わたしという人間ではなく、わたしという素材を見ていた。
グレンの目は、それとは違う。
冷たくない。透明でもない。何かが詰まっている。何かが溜まっていて、出口を探して、見つからなくて、奥に押し戻されている。
目が合った。一瞬だけ。グレンの目がわたしの目を捉えて、すぐに外れた。書類の方に戻った。もう閉じてある書類の表紙を見ている。読むものは何もないのに。
何だろう、この目。
痛そうだ。自分のことでもないのに痛そうにしている。他人の傷を見て顔をしかめる人みたいな目。でもわたしは怪我をしていない。火傷の跡はあるけど、あれはもう治っている。痛くない。
わたしのどこを見て痛そうな顔をしているんだろう。
沈黙が少し続いた。
湯呑みの中の茶が揺れている。わたしの手が動いたからだ。両手で包んでいる湯呑みを、無意識に指で挟み直していた。
指が陶器の縁をなぞる。少しざらついている。量産品だろう。装飾がなくて、手のひらに収まる大きさで、両手で包むとちょうどいい。前線では温かいものを手に持てる時間が短かった。煮出した茶を受け取って、三口で飲み干す。ゆっくり飲む暇はなかった。今は急がなくていい。ここにはグレンとわたししかいないし、誰も茶を取り上げない。
グレンの湯呑みは、ほとんど減っていなかった。口をつけた形跡がない。
グレンが口を開いた。
「眠れているか」
「はい。まあまあ」
嘘ではない。眠れている夜もある。壁際に寄って、ミラの寝息を聞きながら、目を閉じて、いつの間にか朝になっている夜がある。毎晩ではないけど。
「授業中の居眠りは」
「あ、それはすみません」
グレンの授業で何度か落ちた。別に退屈だから寝ているわけじゃない。体が勝手に落ちる。座学の教室は温かくて、グレンの声が低くて一定で、窓から午後の日が入って、気づいたら意識が飛んでいる。
「怒ってるわけじゃない。聞いているだけだ」
グレンの声が少し柔らかくなった気がした。気のせいかもしれない。
「他に変わったことは。体調が悪いとか、困っていることがあるとか」
「特にないです。学院は快適ですよ。ご飯もおいしいし、お風呂もあるし」
笑った。グレンは笑わなかった。
「友人は」
「います。ミラと、ルチアと。あと、まだ仲良くなりきれてない人もいますけど、まあ、ぼちぼち」
「ハーゲンか」
ヴィクトルのことだ。
「名前出してないのに」
少し笑った。グレンが「お前とハーゲンの件は報告が上がっている」と言った。模擬戦のことか、教室での嫌味のことか、あるいは両方か。
「あれは大丈夫です。気にしてないので」
「気にしていないのは知っている。お前が気にしないことが問題だとは思わないか」
首を傾げた。意味がわからなかった。
気にしないのは、いいことじゃないのか。前線では気にしている暇がなかった。嫌なことを言われても、嫌な目で見られても、任務に支障がなければ放っておく。放っておけば、たいていのことは通り過ぎる。
「前線では、気にしてたら仕事にならなかったので」
「ここは前線じゃない」
短い。
グレンの声は短い。余計な言葉がない。でもこの一言には、さっきの「辛くないか」と同じ何かが混じっている。
「……はい」
何と答えていいかわからなかったから、頷いた。
ここは前線じゃない。それはわかっている。わかっているのに、体が前線のやり方で動く。気にしない。笑う。流す。それしか知らない。
グレンが湯呑みに手を伸ばした。初めて口をつけた。一口だけ飲んで、湯呑みを戻した。
「実技のことだ」
グレンの声が変わった。面談の声から、教官の声に戻った。少し固くなった。
「模擬戦でのお前の動き。あれ以来、どうだ」
第九話の模擬戦のことだ。ヴィクトルを三十秒で制圧して、倒れた相手にとどめの構えを取りかけた。
「気をつけてます。手加減の練習もしてます」
「している、というのは」
「力を六割くらいに落として、振りの速度を抑えるようにしてます。防具のない場所を狙わないように意識もしてます」
嘘じゃない。実際にやっている。体が全力で振りたがるのを腕の力で抑えて、目が勝手に拾う急所から視線を引き剥がして、模擬戦のルールの中で動くようにしている。
「うまくいっているか」
少し考えた。
「……半分くらいは」
グレンが何も言わなかった。わたしの答えを待っている。
「体がまだ覚えてるんです。前のやり方を。止めようとしてるのは頭で、体の方がまだついてこない。でも少しずつましにはなってると思います」
「急がなくていい」
短い。でも命令口調ではなかった。
わたしは「はい」と答えた。
グレンが机の上のペンを手に取って、何かを書き留めた。面談の記録だろう。角張った字が紙の上に並んでいくのが見えた。几帳面な字だ。報告書を書き慣れた字。軍の報告書も、こういう字を書く人が清書していた。わたしの字はぐちゃぐちゃだったけど。
ペンを置いた。
「もういい。戻れ」
面談が終わった。
短い。全部で十五分くらいだろうか。もっと短かったかもしれない。
立ち上がった。椅子が床を擦る音がした。
湯呑みがまだ半分残っている。飲み干そうかと思ったけど、グレンが「戻れ」と言ったなら、ここで長居するのも変だ。
「お茶、ごちそうさまでした」
笑った。グレンは「ああ」とだけ言った。
ドアに手をかけたとき、グレンの声が聞こえた。
「カルヴァス」
振り返った。
グレンが机の向こうに座ったまま、わたしを見ていた。
「何かあったら来い。茶くらいは出す」
声がかすれていた。ほんの少しだけ。
「はい。失礼します」
笑って、ドアを開けた。
廊下に出た。
教官棟の廊下は静かだ。生徒が来る場所ではないから、人の気配が薄い。石の壁に午後の残り光が差していて、埃が光の中で漂っている。
靴の底が石を踏む音がする。昨日の夜、ルチアに「足音しないね」と言われたことを思い出した。今は足音が出ている。昼間は意識しなくても足音が出る。夜になると消える。暗くなると体が前線のモードに切り替わるらしい。
歩きながら、考えていた。
あの人の目は何だったんだろう。
軍歴を読み上げているときは普通だった。教官の声で、教官の顔で、書類の内容を確認していた。
「辛くないか」と言ったとき、変わった。声が遅くなって、目の奥に何かが溜まった。
怒っていたんじゃない。叱ろうとしていたんでもない。
呆れていたのでもない。ヴィクトルの父親みたいに見下していたのでもない。ドルフ先生みたいに「融和政策の成果」として値踏みしていたのでもない。
グレンの目は、わたしを見ていた。通り抜けなかった。
わたしの顔を見て、わたしの笑顔を見て、「辛くないか」と言った。
あの一言を言うとき、目が少しだけ細くなった。光が減ったのかと思った。でも窓の外は変わっていなかった。グレンの目の中で何かが動いただけだ。
あの目が頭に残っている。面談中は処理しきれなかった。声の調子や書類の角度を追いかけることで手一杯だった。今、廊下を歩きながら、やっと考える余裕が出てきた。
でも考えたところで、名前がつかない。あの目に当てはまる言葉を、わたしは持っていない。
前線で見た目のどれとも違う。上官の目は命令の目だった。仲間の目は疲労の目だった。敵の目は殺意か恐怖か、そのどちらかだった。審問官の目は道具を選ぶ目だった。
グレンの目は、そのどれでもなかった。あんな目をする大人に、前線では会わなかった。
「何かあったら来い」と最後に言った。茶くらいは出す、と。
審問官はそんなことを言わなかった。書類を閉じて、「以上だ」と言っただけだった。
考えてもわからない。
わからないことが多すぎて、一つずつ追いかけると終わらない。前線では、わからないことは放っておいた。考えても答えが出ないことに時間を使うのは生き延びる上で非効率だ。今はわからないことに時間を使っても死なないけど、癖は抜けない。
廊下の突き当たりを曲がった。生徒棟に近づくにつれて、人の声が増えてくる。食堂に向かう生徒たちの足音と話し声が廊下に反射している。
壁にかかっていた剣のことを思い出した。
刃がついていた。実戦用だった。柄が使い込まれていた。何百回も握った手の跡が残っていた。
あの剣は、グレンのものだろうか。教官の執務室に飾ってある実戦用の剣。訓練用の木剣ではなく、人を斬る剣。
グレンの体つきは軍人だ。歩き方も軍人だ。教壇での指示の出し方も、短くて明瞭で、戦場の命令に似ている。あの人がどこかの戦場で剣を振っていたとしても、何も不思議じゃない。
でもそれ以上のことは知らない。
グレンがいつ、どこで、誰と戦ったのか。あの剣で何をしたのか。
知る必要もない。教官は教官だ。過去がどうであれ、今はわたしに剣と戦術を教えている人だ。
食堂の入り口が見えた。
中からミラの声が聞こえる。「リーネちゃん遅い」と言っているのが壁越しに伝わってきた。ルチアもいるだろう。壁際の、出口に近い席を取ってくれているはずだ。
立ち止まった。
食堂の入り口の前で、少しだけ。
あの茶は、授業の前に淹れてあった。
わたしを呼び出すことを決めて、椅子を用意して、茶を二つ淹れて、それから教壇に立った。面談の義務だから当然だと言えばそうだけど、義務で茶を出す人と、出さない人がいる。審問官は茶を出さなかった。机の上には書類とペンしかなくて、部屋は冷たかった。
グレンの執務室は冷たくなかった。
茶が温かくて、本棚の革の匂いがして、壁の剣が静かにかかっていた。
「お茶はおいしかったな」
独り言を言って、食堂に入った。
「リーネちゃん、おそーい」
ミラが頬を膨らませていた。食堂の壁際の席。出口に近い方。ルチアが向かいに座っている。
「ごめんごめん。グレン先生に捕まった」
「怒られたの?」
「ううん。面談。属国出身者は月に一回、担当の先生と話をしなきゃいけないんだって」
「面談って何するの?」
「元気ですかって聞かれて、元気ですって答える」
ミラが「それだけ?」と笑った。
「あとはお茶を飲んだ。苦い茶。砂糖が入ってない」
「リーネちゃん、甘いの好きなのに」
「好きだけど、あの茶はあれで良かった」
なんでだろう。甘くない茶が良かったのは本当だ。あの部屋に甘い茶は合わない。グレンの声と、整頓された机と、壁の剣に合うのは、苦い茶だ。
ルチアが「何を話したの?」と聞いた。声が少し低い。心配しているのかもしれない。
「軍歴の確認と、学院での生活のこと。困ってないかとか、体調がどうかとか」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
嘘じゃない。それだけだ。
「辛くないか」と言われたことは、別に話すようなことじゃない。あの一言にどういう意味があったのか、わたし自身がわかっていないのだから。
ルチアの目がわたしの顔を見ていた。何かを探している目。バルコニーで「辛くなかった?」と聞いたときと同じ種類の目。
わたしの顔に何か書いてあるんだろうか。自分では見えない。
「ルチア、何?」
「ううん。何でもない」
ルチアが小さく首を振った。ルチアの「何でもない」は、昨日のバルコニーのときと同じ温度だ。何か思っていて、でも言葉にしない。
「ご飯食べよう。お腹すいた」
ミラが「もう取ってきてあるよ」と盆を押してくれた。パンとスープと、付け合わせの野菜。いつもの食事だ。
パンをちぎった。口に入れた。
おいしい。前線の石みたいなパンよりずっとおいしい。柔らかくて、塩気があって、噛むたびに味が出る。
噛む回数がいつもより多い気がした。前線では三口で飲み込んでいたパンを、今は噛んでいる。
「リーネちゃん、今日食べるの遅いね」
ミラが言った。
「え? あ、ほんとだ」
いつもなら五分で食べ終わるのに、まだ半分残っている。
「ゆっくり食べるの、いいことだよ」
ルチアが言った。
「そうだね」
ミラが「デザートのプリンあるよ。取ってくる?」と立ち上がった。
わたしは「お願い」と笑った。
ルチアがわたしの隣で、スープの残りを静かに飲んでいる。
審問官はわたしを見て「使える」と判断した。ヴィクトルはわたしを見て「敵国の兵士」と言った。ドルフ先生はわたしを見て「融和政策の成果」と言った。ミラはわたしを見て「甘いもの好き?」と聞いた。ルチアはわたしを見て、何かを探す目をした。
グレンはわたしを見て、痛そうな顔をした。
どの目も覚えている。でもグレンの目だけ、まだ名前がつかない。
もう考えなくていい。あの目の意味は、今のわたしにはわからない。
あの茶は、温かかった。
審問官の部屋は冷たかった。グレンの部屋は、温かかった。
半分残してきてしまった。次は全部飲もう。