わたし、壊れてるらしいです   作:まいまいつむり

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好意

午後の魔法実習。

 

ヘルミーネ先生が訓練場の前に立って、生徒たちを見回した。

 

「今日は印の精度を上げる練習をしましょう。二人一組で、お互いの印の形を確認し合ってください。教科書の図と見比べて、指の位置がずれていたら直す。自分では気づけない癖を、相手に見てもらうこと」

 

印の教え合い。

自分の手は毎日見ているけど、自分の癖には気づけない。確かに、わたしの印は自己流で、ヘルミーネ先生に何度も直されている。親指の位置が外に出る癖と、薬指を曲げすぎる癖。直してもらったつもりでも、気を抜くと戻る。

 

ペアを組む。

ミラが「リーネちゃん、組もう」と言いかけたとき、ルチアが先にわたしの隣に来ていた。

 

「リーネ、一緒にやらない?」

 

ミラが「あ」と声を上げて、周囲を見回した。近くにいた女の子と目が合って、手を振って駆けていった。切り替えが早い。

 

「いいよ。ルチアは水だよね」

 

「うん。五語目から違うけど、印の基本形は同じだから」

 

属性は五語目から分岐する。でも最初の四語と、印の基本の組み方は全属性共通だ。指の位置が合っているかを見るだけなら、属性が違っても問題ない。

 

「じゃあ、わたしから見てもらう? どうせ全部ずれてるだろうし」

 

「リーネのは全部じゃないよ。親指と薬指」

 

ルチアがわたしの前に立った。

 

「印、組んでみて」

 

右手の人差し指と中指を立てて、左手の掌で包む。教科書通りの基本形。のつもり。

 

ルチアがわたしの手を覗き込んだ。

それから、手を伸ばした。

 

わたしの左手に触れた。

 

指先が触れた瞬間、手が硬くなった。

反射だ。わたしの意志じゃない。体が勝手にやっている。触れられるとこうなる。相手が誰かは関係ない。体のどこかにある仕組みが、接触を検知すると一瞬だけ硬直する。

 

でもルチアの指は温かかった。

力が柔らかい。掴んでいない。押してもいない。わたしの指に添えているだけだ。

 

硬直が解けた。

いつもより早かった気がする。

 

「ここ。親指が外に出てる」

 

ルチアがわたしの左手の親指を、そっと内側に押した。

指の腹が触れている。ルチアの指は細くて、滑らかで、爪が丸い。わたしの手とは全然違う。

 

「あと薬指。曲げすぎ」

 

「それ毎回言われる」

 

「毎回ずれてるからだよ」

 

ルチアが薬指を伸ばした。わたしの指の関節が硬くて、まっすぐにならない。剣を握りすぎて変形した関節だ。

 

「硬いね、ここ」

 

「タコだらけだから。どこもかしこも」

 

ルチアの手が、わたしの手の上にある。

ルチアの手には傷がない。白くて、柔らかくて、爪がきれいに整っている。

 

「ルチアの手、あったかいね」

 

口から出た。思ったことがそのまま出た。

 

「リーネの手、硬いね。タコだらけ」

 

「まあ、いろいろ握ってたから」

 

「剣?」

 

「うん。あと、シャベルとか、担架とか」

 

ルチアの手が止まった。

一瞬だけ。指がわたしの手の上で動きを止めて、すぐに戻った。何も言わなかった。

 

でもその一瞬の間に、ルチアの目が変わった。笑顔のまま、目の奥が少し揺れた。何を考えているかは読めない。読めないけど、さっきまでとは違う目だ。

 

「あはは、地味でしょ」

 

笑って流した。シャベルで塹壕を掘った話も、担架で負傷者を運んだ話も、ルチアにする話じゃない。地味でしょ、で閉じておく方がいい。

 

ルチアは何も聞き返さなかった。

代わりに、印の確認を続けた。わたしの薬指を伸ばして、人差し指の角度を直して。一本ずつ丁寧に触れている。爪の形がきれいだな、と思った。

 

「次、わたしの番ね」

 

ルチアが印を組んだ。

わたしの前で、教科書通りの形を作る。右手の人差し指と中指を立てて、左手の掌で包む。ルチアの印は整っていた。教科書の図とほとんど同じだ。

 

「きれいだね。ずれてないよ」

 

「本当? 薬指が気になってて」

 

わたしがルチアの手を取った。

取ったとき、ルチアの指が少しだけ跳ねた。跳ねたのが見えた。わたしの手が硬くて冷たかったからだろう。ルチアの手に比べたら、わたしの手はざらざらして節くれだっていて、温度が低い。

 

薬指の位置を見た。教科書の図と見比べた。少し内側に入っているけど、許容範囲だ。

 

「ほとんど合ってる。ちょっとだけ内側だけど、これなら出力は安定すると思う」

 

「ありがとう」

 

ルチアが笑った。

わたしがルチアの手を離すとき、指がほんの少しだけ引っかかった。タコが引っかかったのだ。ルチアの滑らかな指に、わたしの荒れた指のタコが引っかかって、離れるのに一瞬余計な力が要った。

 

「ごめん、引っかかった」

 

「大丈夫」

 

ルチアの声が穏やかだった。

 

 

 

実習の残りの時間、ペアで印を組み直しながら詠唱の練習をした。

ルチアは十語を通して唱えられる。水属性の詠唱は、五語目から風とは違う音が入る。わたしの風の詠唱より、なめらかに聞こえた。

 

「ルチア、発音きれいだね」

 

「リーネは速いよね。二語で撃つ癖があるから、十語唱えるとき、後半が駆け足になってない?」

 

「あ、言われてみれば」

 

確かにそうだ。八語目あたりから走り出す。体が「早く撃て」と言っている。前線では詠唱が長いと死ぬ。体がその記憶で急かしてくる。

 

「ゆっくりでいいんだよ。ここでは」

 

ルチアの声が、ヘルミーネ先生と同じことを言った。

先生に言われたときも、そうだった。ここでは急がなくていい。ここでは全力で撃たなくていい。何度言われても、体がすぐには信じない。でも耳で聞くたびに、少しずつ染みていく気がする。

 

隣でミラが「七語目! 七語目が出てこない!」と叫んでいた。ペアの子が教科書を開いて一緒に覗き込んでいる。

 

終了の合図が鳴って、ヘルミーネ先生が前に戻った。

 

「よくできました。印の精度は一人では確認しにくいので、今後も互いに見合ってくださいね」

 

片付けをしながら、ルチアが言った。

 

「リーネの印、だいぶ良くなったと思う」

 

「ルチアに直してもらったからね。親指」

 

「すぐ戻るから、また見るよ」

 

「お願いします」

 

軽い会話。でもルチアが「また見る」と言ったとき、声が少しだけ弾んでいた。

 

 

 

放課後。

 

ミラが「筆記の復習しよう。来週テストでしょ」と言って、図書室に向かった。

わたしとルチアもついていった。

 

図書室の奥の閲覧席に三人で座った。わたしは壁際の席を取った。壁が背中にあると落ち着く。ルチアが隣に、ミラが向かいに座って、教科書を広げた。

 

年号の復習。ルチアが覚え方を教えてくれて、わたしが声に出して繰り返す。ルチアは語呂合わせを作るのが上手くて、わたしが思いつくのは全部ひどかった。

 

「リーネ、語呂合わせの才能ないね」

 

「ないね」

 

二人で声を殺して笑った。しょうもない。

 

ミラが先に音を上げた。

 

「無理。脳みそがパンクする」

 

机に突っ伏して、三十秒で寝息を立て始めた。この子の寝つきは才能だと思う。

 

ルチアと二人で続けた。声を小さくして、ミラを起こさないように。

ルチアの声は授業中より柔らかかった。わたしにだけ聞こえる声量で、ゆっくり話している。

 

瞼が重くなってきた。

午後の日差しが温かい。図書室の木の匂い。古い紙と、木の棚と、それからルチアのシャンプーの匂い。花の匂い。

 

安全だ、と体が言っている。

壁が背中にある。出口は右側に一つ。窓は東向き。脅威はない。

隣に人がいる。敵じゃない。

 

目を閉じた。

閉じたことに、気づかなかった。

 

 

 

目が覚めた。

 

最初にわかったのは、姿勢がおかしいことだった。

椅子に座ったまま、上半身が左に傾いている。頭が何かに触れている。柔らかい。温かい。布の感触。

 

ルチアの肩だった。

 

ルチアの肩に頭を預けて、眠っていた。

 

跳ね起きた。

 

「あ、ごめん、寝てた」

 

ルチアがこちらを見ている。教科書を左手で持っている。右手はテーブルの上に置いてあった。動かないようにしていたのだろうか。わたしが寝ている間、ページをめくるのも片手でやっていたのだろうか。

 

「起こさないでいようと思って」

 

「え、いつから寝てた?」

 

「三十分くらい」

 

三十分。

三十分も、ルチアの肩で寝ていた。

 

信じられない。ベッドですら二時間おきに目が覚めるのに。壁際に背中をつけて、窓を確認して、それでも体が許可を出さなくて眠れない夜があるのに。椅子に座って、横の人間の肩の上で、三十分も止まっていた。

 

「よく寝てたよ」

 

ルチアの声が柔らかかった。

笑っている。からかっているのではなく、何か別のものが混じった笑い方だった。

 

向かいを見ると、ミラもまだ寝ていた。教科書の上に突っ伏したまま、すうすう息をしている。ミラが起きていなくてよかった。起きていたら「リーネちゃん、ルチアの肩で寝てたよ」と大声で言うに違いない。

 

「ごめんね、重かったでしょ」

 

「軽かったよ」

 

嘘だろう。わたしの頭はそこそこ重い。でもルチアはそう言った。

 

手に違和感があった。

見ると、左手がルチアの制服の袖を掴んでいた。

 

親指と人差し指で、袖の布を軽くつまんでいる。力は入っていない。爪を立てているわけでもない。布の端を、指先でそっと挟んでいるだけだ。

 

寝ながらやっていた。

眠りながら、隣の人間の服を掴んでいた。無意識に。

 

前線でもあった。隣で寝ている仲間の袖を掴む癖。相手がまだそこにいるか確認するための動作だ。朝起きたら隣がいなくなっていたことがあった。死んでいたこともあった。だから眠りながら確認する。掴んでいる手に抵抗がある間は、隣にまだ人がいる。

 

今はそういう理由じゃない。

理由はわからない。ルチアが隣にいることを、寝ている間も確認したかったのだろうか。体が勝手にやった。

 

慌てて手を離した。

 

「ごめん、掴んでた」

 

「うん。気づいてた」

 

ルチアが、離れた袖のあたりに目を落とした。布に皺は残っていなかった。力が入っていなかったから。

 

「嫌じゃなかった?」

 

「全然。ちょっと、びっくりしたけど」

 

ルチアがわたしの目を見た。

灰青色の目。午後の傾いた日差しの中で、目の色が少し薄く見えた。睫毛の影が頬に落ちている。

 

何か言いたそうな顔をしていた。

でも何も言わなかった。口が動きかけて、閉じた。代わりに、教科書に視線を戻した。

 

「続き、やる? 四六七年の語呂合わせ、まだ決まってないよ」

 

「あ、うん。やろう」

 

何事もなかったように戻った。

戻ったけど、さっきの三十分が頭の中に残っている。ルチアの肩が温かかった。硬すぎず、柔らかすぎず、頭を預けるのにちょうどいい高さだった。

 

ちょうどいい高さって何だ。肩に高さの良し悪しなんてあるのか。

答えが出ないまま、教科書に目を戻した。

 

「四六七、死なないで辺境戦争。どう?」

 

「縁起悪すぎるよ」

 

ルチアが少し笑った。

 

ミラがむくりと起き上がった。髪がぼさぼさで、教科書のページの跡が頬についている。

 

「あれ、わたし寝てた? 今何時?」

 

「もうすぐ夕食の時間だよ」

 

「うそ、そんなに寝てた!? ごめんリーネちゃん、ルチア」

 

ルチアが「ミラちゃん、頬に字がついてるよ」と言った。

 

ミラが頬を擦った。教科書の印字がうっすら転写されている。三人で笑った。

 

教科書を閉じて、図書室を出た。

 

 

 

食堂に向かう廊下を三人で歩いた。

 

ミラが先頭を歩いて、今日の夕食の予想をしている。「今日はパンが二種類あるといいな。昨日は一種類しかなかったし」

 

わたしとルチアが並んで後ろを歩いている。

 

ルチアが、歩きながら小さな声で言った。

 

「リーネ」

 

「ん?」

 

「寝てるとき、起きてるときと全然違う顔してた」

 

「え。変な顔してた?」

 

「ううん。力が抜けてた」

 

力が抜けている顔。

起きているときのわたしの顔には、何かしらの力が入っているということだ。笑顔もそうだ。笑顔は力を入れて作っている。口角を上げて、目を細めて、声の高さを調整する。全部意識してやっている。意識しなくてもできるくらい体に入っているけど、それでも何かの力で動かしている。

 

寝ているときは、それが外れる。

外れた顔を、ルチアは三十分間見ていたのか。

 

「見ないでよ、寝顔なんて」

 

「ごめん。でも、ちょっと安心した」

 

安心した。

昨日、演習で膝を擦りむいた男の子にも言われた言葉だ。

 

「リーネも普通に寝るんだなって」

 

普通に寝る。

普通には寝ていない。普通は壁際に張りついて、窓を確認してからでないと目を閉じられない。毎晩手が白くなるまで枕を握る。ルチアの肩の上で三十分も眠れたのは、普通じゃない。普通じゃないくらい、珍しいことだ。

 

でもルチアは知らない。わたしの夜を知らない。

 

「うん、まあ、寝るよ。人間だし」

 

笑ってみせた。

 

食堂の入口が見えてきた。夕食の準備の匂いが廊下に漏れている。パンが焼ける匂いと、スープの湯気の匂い。

 

ルチアが歩きながら、自分の右手を見ていた。

わたしが袖を掴んでいた方の腕だ。袖のあたりに目を落として、指で軽く布に触れていた。

 

ミラが振り返った。

 

「二人とも、何してるの。早くしないとパン売り切れるよ」

 

「行く行く」

 

三人で食堂に入った。

 

 

 

壁際の席に座った。出口に近い場所。いつもの席だ。

 

食事をしながら、ミラが話している。年号テストの対策と、明日の実技と、最近食堂のスープの味が変わった気がすること。ルチアが相槌を打って、わたしがパンを食べている。

今日は少しゆっくり食べた。いつもの二分半ではなく、四分くらいかけた。急ぐ理由がない。取られない。ミラとルチアが向かいと隣にいて、食堂は明るくて、窓の外はまだ薄明るい。

 

ルチアが食事の合間に、鞄から封筒を出した。

白い封筒。封蝋が押してある。家紋だろう。

 

「家から?」

 

「うん」

 

ルチアが封を切って、便箋を広げた。見ないようにした。

 

ルチアが読んでいる。

最初は穏やかな顔だった。でも途中から、目の動きが止まった。同じ行を二度読んでいる。唇が少しだけ引き結ばれた。

 

便箋を畳んで、封筒に戻して、鞄にしまった。手が少しだけ急いでいた。

 

「何か、あった?」

 

「ううん。家のことがちょっと」

 

笑顔が出た。でも笑顔の出が少し遅かった。感情を確認してから顔に乗せる、あの間。わたしの笑顔が遅れるのと似ている。

聞かない方がいい顔だった。ルチアが話したいときに話す。わたしにも話したくないことはある。

 

 

 

夕食を終えて、食器を返却口に運んだ。

 

廊下に出ると、窓の外が暗くなりかけていた。

 

ミラが先に寮に向かった。「部屋でもうちょっと復習する。先行ってるね」

 

わたしとルチアが少し遅れて歩いている。

 

「今日、ありがとう」

 

ルチアが言った。

 

「何が?」

 

「印、見てくれて。あと、語呂合わせ」

 

「わたしの語呂合わせは全部却下されたけど」

 

「死なないで辺境戦争は、さすがに使えないよ」

 

笑った。

 

ルチアの部屋の前に着いた。わたしの部屋の三つ隣だ。同じ廊下。

バルコニーの夜にも、ここで別れた。足音の練習をした夜。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

「おやすみ、リーネ」

 

ルチアがドアに手をかけた。

開けかけて、振り返った。

 

「リーネ」

 

「ん?」

 

「また一緒に勉強しよう」

 

「うん。いつでも」

 

いつでも。

バルコニーの夜に虫を払ったときは、いくらでも守れる、と言った。今日はいつでも勉強しよう。どちらも、ルチアに向けて言った。

 

ルチアが部屋に入って、ドアが閉まった。

廊下がまた静かになった。

 

 

 

自分の部屋に戻った。

ミラがベッドの上で教科書を広げていた。

 

「あ、おかえりリーネちゃん。ルチアの語呂合わせ、天才じゃない?」

 

「わたしのはダメだったけどね」

 

「ダメだったね」

 

着替えながら、今日のことを考えた。

印の練習で、硬直が解けるのが早かった。ルチアの手だったからか、偶然か。わからない。

 

ルチアの隣にいると、落ち着く。

落ち着く。それが一番近い言葉だ。他の言葉が見つからない。

ミラの隣も楽しい。ミラは明るくて、笑えて、何も気にしなくていい。グレン先生の授業は不思議と緊張しない。訓練場の空気も慣れた。

 

でもルチアの隣は、少し違う。楽しいとも違う。安全とも違う。もっと静かなもの。胸の奥の、名前がつかない場所が、少しだけ緩む感じ。力を入れなくていいという信号が、体のどこかから出ている。

 

好き嫌いの話じゃない。

好き嫌いは、この二年であまり使わなかった感覚だ。食事に好き嫌いを言う余裕はなかった。人に好き嫌いを言う余裕もなかった。配属された場所で、配属された人間と、生き残ることだけを考えていた。

同じ手で剣を振って、人を殺して、シャベルで穴を掘って、担架を運んだ。その手で今日、ルチアの印を直して、袖を掴んだ。

 

ルチアのことが好きか嫌いかと聞かれたら、好きだと思う。ミラも好きだ。ヘルミーネ先生も好きだ。グレン先生は怖くはない。好きの中にも種類があるらしいけど、その仕分けがうまくできない。全部「悪くない」の延長線上にある。

 

「落ち着く」は「好き」の一種なんだろうか。

わからない。でもわからないことが、嫌ではない。

 

ベッドに入った。壁際に寄る。窓を確認した。二階。飛び降りられる。木立。逃走経路。

いつもの確認を済ませて、目を閉じた。

 

ミラの寝息が聞こえ始めた。消灯の鐘の前に寝落ちしたらしい。教科書が開いたまま胸の上に乗っている。

 

今夜は暗闇の断片が来るだろうか。

来るとしたら、ルチアの肩の温度と、どちらが先に来るだろう。

 

壁際で目を閉じた。

枕を握った。手が白くなる前に、少しだけ力を緩めた。

今日は、緩められた。

 

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