窓から朝日が入っていた。
生徒会室の東向きの窓は、朝のうちだけよく光が入る。机の上を斜めに横切って、書類の角を白く光らせている。二年、この部屋で同じ時刻に同じ角度の光を見てきた。今朝も同じだった。
いい天気だ。
僕は机に手をついている。両手とも指を開いて、天板を押さえるようにして。部屋に入ってからずっとこうしている。椅子はすぐそこにあるのに、座らない。手を離すと立っていられない気がして、離せずにいる。
昨夜は一睡もしていない。目を閉じると、あの数分が始まる。何度でも始まる。止め方がわからない。
篝火の前で、カルヴァスさんが串を持って笑っていた。ケーニヒさんが何か言って、アルヴェインさんが笑って、三人で屋台の間を歩いていた。僕は壇を降りたところで人に囲まれていて、その姿を人の肩越しに見ていた。よかった、と思った。あの子が笑っている。融和とはこういう夜のことだ、と思った。壇の上で自分が言ったばかりの言葉が、目の前で形になっているように見えた。
花火が上がった。
そこから先は、順番が飛ぶ。悲鳴が聞こえたのが先だったのか、あの子が動いたのが先だったのか、思い出すたびに入れ替わる。気がついたときには上級生が地面に倒れていて、その喉にあの子の腕が乗っていた。膝で腿を押さえていた。押さえ方に迷いがなかった。
顔を見た。壇の階段を駆け下りながら見た。
あの目を、僕は知っているつもりでいた。この部屋のその椅子に座って、紅茶を飲んで、「わたし、入学試験受けてないんですよ」と言ったときの目だ。同じ顔についている、同じ目のはずだった。
何も映っていなかった。
中庭には百人以上いた。教官もいた。友人も三人ともいた。あの目には、誰一人入っていなかった。
今朝、教官の一人から聞いた。
夜のうちに寮で何があったかの伝達だった。処分の手続きに入るという話の途中で、ついでのように付け足された。あの子が朝、部屋で「助けて」と言ったと。
伝えた教官の声は普通だった。特別な声ではなかった。業務の連絡として正しい声だ。
入学してから今日まで、僕があの子から聞いた言葉は、ほとんど「大丈夫ですよ」と「ありがとうございます」の二つだった。廊下で通達の話をしたときも、生徒会室で紅茶を出したときも、そうだった。演習で指揮を褒めたときは、みんなのおかげだと言って、自分を勘定から外した。
どれも、こちらが用意した枠に収まる返事だ。収まらない話は、一度もされていない。
助けて、という言葉が、あの二つと同じ口から出る。
机の上に、先月の歓迎会の原稿が出したままになっている。片付けていない。昨日の朝、次の議事の下敷きにしようと思って出したまま、祭りに行った。
自分の字で書いてある。
「融和政策の精神を体現する存在として、属国出身の新入生を心から歓迎します」
あのとき、あの子は「ありがとうございます」と笑顔を出した。
融和の「精神」というものが、この学院のどこにも実体を持っていないことを、あの子は知っていた。知っていて、笑顔を貼りつけて受け取った。僕はそれを歓迎の成功だと思って、次の議題に移った。
融和とは何なのか。
王国が属国を踏み潰したあとで、踏み潰した側が手を差し伸べる形を作ることか。あの子の笑顔の下に戦場があると知りもせずに、その笑顔を象徴と呼ぶことか。あの子が毎晩、眠る前に窓の下の地面を見ていることを想像もせずに、手を取り合おうと壇上で言うことか。
知らなかった。知ろうとしなかった。
善意だったと思っていた。今もたぶん善意だったのだと思う。だが善意は免罪符にならない。
花火は、学院からの話だった。
教務会議で決まって、生徒会に降りてきた。今年の創立祭には目玉が要る、王都から取り寄せられる、費用はこちらで持つ。生徒会がやったのは、日程に組み込んで、打ち上げの担当を上級生に割り振って、当日の進行に載せることだけだ。
僕が出した案ではない。
そう考えかけて、やめた。
あの光に名前をつけたのは僕だ。壇の上で「新しい仲間たちとの絆を祝う夜です」と言った。学院が体面のために買ってきた見世物に、融和という意味を貼りつけたのは僕の仕事だった。誰にも頼まれていない。自分で足した一行だ。
そしてその数分後に、僕が新しい仲間と呼んだ子が、人を地面に叩きつけた。
誰なら止められたのかを、順番に考える。
まず自分。降りてきた話を、そのまま受けた。何を打ち上げるのか、どんな音がするのかを、誰にも確かめなかった。光がきれいだ、としか考えていなかった。
次に教官たち。ハーシェル教官はあの子の状態を知っていたはずだ。だが、あの人は会場にいた。壇の近くではなく、人の流れの外側に立っていた。祭りを楽しむ立ち方ではなかった。今思えば見ていたのだと思う。見ていて、あの距離でも間に合わなかった。
間に合ってからのことも、見た。うしろから抱え込んで、それで止まった。止まったというより、動けなくされた。腕ごと抱え込まれてなお、あの子は前へ出ようとしていた。爪先が地面を掻いていた。抱えている側の腕が張っていた。あれは、押さえ込むのに力の要る相手だという意味だ。
あの人が人の流れの外側に立っていなかったら、あの手はどこまで行ったのか。
そこで思考が止まる。考えたくないのではない。答えが出るのがわかっているから、手前で止まる。
本人。あとで知ったことだが、あの子は花火が音を出すことを知らなかったらしい。夜空に上がるもので知っているのは、照明弾と着弾の火柱だけだったと。本人が知らないものを、僕がどうやって予測できたのか。
そもそも花火は今年が初めてで、この学院の誰も見たことがなかった。前例がない。前例のないものは、危険の一覧に載らない。
棚の書類挟みから、納品のときの書付を探し出した。
王都の商会の刷り物だ。据え方が書いてある。筒は垂直に立てること。土に埋めて固定すること。あとは間合いと風と、燃えるものを近づけるなという注意が続く。
火のことしか書いていない。
音のことは、一行もない。
書いた人間にとって、音は危険ではないからだ。音は商品の一部だ。花が開くときに鳴るのは当たり前で、当たり前のことは書付に載らない。
危ないと思われているものは、全部書いてある。誰も危ないと思っていないものは、どこにも書いていない。
僕が商会に問い合わせたところで、返ってきた答えは「光が咲きます」だっただろう。売る側は光を売っている。
つまり、誰も悪くない。
そう考えたところで、喉の奥がせり上がった。机の縁を掴んで、しばらく息をしていた。
誰も悪くないなら、これは明日もう一度起きる。止める手がどこにもない。
だから規則を見た。
生徒会長は学院の規程集を閲覧できる。棚から出して、属国出身在学者の受け入れ条件の項を開いた。
武器の私的所持を禁ずる。担当教官による月次面談を義務とする。問題が発生した場合は速やかに報告すること。
三つある。三つとも、あの子を管理するための条項だった。
守るための条項は、一つもない。
何が苦手か、何を避けるべきか、配慮すべき事情があるか。そういう欄がどこにもない。書く場所がないのだから、誰も書かない。誰も書かないから、誰も知らない。祭りの進行を組んだ上級生も、屋台の割り振りをした僕も、あの子について「ヴェルダ出身」以上のことを一行も渡されていなかった。
なら、欄を作ればいい。次の議題に出せばいい。
そこまで考えて、手が止まった。
欄を作って、そこに何を書くのだ。
規程集を棚に戻して、事務室へ行った。
棚に共通用紙が積んである。帰省届の用紙だ。一枚取って、記入欄を見た。帰省先住所。五文字。その下に、住所を書くのにちょうどいい長さの空白が引いてある。
あの子は、この五文字の前で手が止まったと言った。この部屋で、紅茶を飲みながら。事務の人に聞いたら困った顔をされた、とも。
そのとき僕は「毎学期出しているよ」と答えた。当然のことのように答えた。帰る家がある人間の答え方だった。
この用紙を作った人間は、意地悪で作ったのではない。全員に帰る家があると思って作った。それだけだ。だから、書く場所のない生徒のための行が一行もない。
学院に残る、を選べるようにすればいい。残る生徒の食事と部屋の手続きを、はじめから用紙の中に入れておけばいい。それだけで、あの空白の前で止まる生徒がいなくなる。
用紙を一枚、書類挟みに挟んだ。
規程の欄には、入れる言葉がない。この用紙の行には、入れる言葉がある。同じ書式の話なのに、片方だけが動く。
何が違うのかが、その場ではわからなかった。
その足で、図書室へ行った。
授業の始まる前で、誰もいない。天井が高くて、足音がよく響く。木と古い紙の匂いがする。この匂いを、僕は二年間、勉強のための匂いとして吸ってきた。
治癒の棚を端から見た。
傷の縫い方。骨の継ぎ方。火傷の等級。毒の見分け方と処置。治癒魔法の術式と、魔力の配分の表。戦場での止血。搬送の姿勢。体のことなら、いくらでもある。棚が二段埋まっている。
体以外のことを書いた本を探した。
一冊もなかった。
背表紙を二度、端から端まで見た。それから隣の棚も見た。軍事の棚に軍医の手引きが一冊あって、目次に「兵の消耗について」という項があった。
開いた。三頁で終わっていた。
長く前線にいた兵は判断が鈍り、命令への反応が遅れる。休養と規律の再徹底により回復する。繰り返す者は後方任務に回すこと。
そう書いてあった。
音で戦場に戻る、とは書いていない。何がそれを起こすのかも書いていない。それが傷なのかどうかも書いていない。書いた人間は、それを弱さの一種として扱っている。休めば治る、治らないなら使えない、という並びで扱っている。
ハーシェル教官は、あの子の状態に名前を持っていた。心の傷、と呼んでいるらしい。
その名前を裏づける本が、この学院に一冊もない。
名前のないものは、規則に書けない。書けないものは、避けようがない。誰も悪くないのは、そのせいだ。
事務室で手が止まった理由が、ここでわかった。
帰省届に足りないのは、行が一本だ。名前はいらない。帰る場所がない生徒がいる、という事実だけで足りる。
規程に足りないのは、行ではない。言葉のほうだ。誰もまだ書いていない言葉が要る。それは僕が一晩考えて作れるものではない。
三頁の項を閉じて、棚に戻した。指に埃がついた。この棚は、長く誰も開いていない。
学院には、二種類の空白があるのだと思う。誰かが判断して消した空白と、まだ誰も書いていない空白だ。教科書に僕たちが習っている戦争と、あの子が覚えている戦争がずれているなら、前の方がどこかにあるはずだった。だが今の僕に手が届くのは、後ろの方だけだ。
生徒会室に戻った。
光の帯が机の上を進んで、原稿の端まで届いていた。「融和政策の精神を体現する存在として」の一行が、白く光っている。
書類が悪い、と言うつもりはない。規程集を作ったのも、それで足りると思ってきたのも、こちら側の人間だ。僕はその書類の続きを二年間書いてきた。
足りないと気づくのに、あの子が壊れる必要があった。
原稿を裏返した。手が震えている。裏返すだけの動作で、紙の端が机を叩いた。
素晴らしい世界を作りたいと、本気で思っていた。今も思っている。折れてはいない。
だが、素晴らしい世界の中身が入れ替わった。
きれいな言葉で飾った演説の中に、あの子はいなかった。属国出身の新入生という枠はあった。融和の象徴という役もあった。カルヴァスさんはいなかった。
壊れたまま、それでも助けてと言えるようになった人間が、笑っていられる世界。そちらのほうが、ずっと難しくて、ずっと本当の融和に近い。
新しい紙を一枚、引き出しから出した。
まだ何も書けない。書ける言葉を、僕は持っていない。
紙を机の真ん中に置いて、その日はそれで終わりにした。
数日が過ぎた。
僕は学院の文書庫にいる。
本館の一階、階段の下の奥まったところにある部屋だ。窓がなくて、灯りを持ち込まないと何も見えない。生徒会長は教科書の検定記録を閲覧できる。二年やってきて、一度も開いたことがなかった。開く理由がなかったからだ。
ヴェルダ戦争の章を出した。
検定記録には、改訂のたびに何が削られ、何が残されたかが綴じてある。最初の草稿から順に、線と書き込みが重なっていく。
最初の草稿には、あった。
焼かれた村の名前が並んでいた。十いくつある。読んだことのない地名だった。民間人の死者の数もあった。掃討作戦という言葉の、中身の説明があった。何をどうすることを掃討と呼んだのか、そこには書いてあった。
検定の段階で、赤い線が引かれていた。
欄外に、短く。教育上不適切。対外配慮。
手違いではなかった。誰かが読んで、判断して、消した。線の引き方が丁寧だった。文の途中で切らず、一段落まるごとを囲んで、角をきちんと合わせてある。
あの子が教室で表紙を握りしめていた教科書の「正解」は、こうして作られていた。
記録を閉じた。手は、もう震えていない。
融和の精神を演説していた僕は、消された村の名前を一つも知らなかった。歓迎の言葉を書いたとき、その紙の下にこの記録があった。あったのに、目を向けなかった。
知ってしまった。知らなかった頃には、もう戻れない。
教科書一冊は、すぐには変わらない。検定を通すには何年もかかる。僕の任期はあと半年しかなくて、そのあいだに一頁も直らないだろう。
だが、議題にはできる。記録には残せる。次の会長が引き継げる形にはできる。小さくて、地味で、ゼロではない。
生徒会室に戻って、灯りをつけた。
机の真ん中に、あの朝の白い紙がそのまま置いてある。何も書かないまま、数日そこにあった。
椅子を引いて、座った。今日は座れた。
書類挟みから、あの日の用紙を出して、白い紙の隣に並べた。
一行ずつ書いた。
「帰省先住所の欄に、学院に残る、の一項を加えることについて」
「ヴェルダ戦争の記述改訂について」
きれいな言葉ではない。演説でもない。
上のほうは、書式の変更願一枚で足りる。生徒会の議題に載せるほどの大きさもない。判が三つで済む。
下のほうは、検定に何年かかるのかもわからない。
紙が、二枚になった。
二年やって、二枚だ。演説なら二十は書いた。人は集まったし、拍手もあった。あれで動いたものは、一つもなかった。
この二枚は、遅い。地味だ。下のほうは、僕がいなくなってから動くかどうかの話だ。
でも、これなら書ける。