わたし、壊れてるらしいです   作:まいまいつむり

58 / 58
陣営

放課後、受付でもらった選挙運動用の紙を机へ広げた。

 

前にミラが清書した候補者掲示用紙は、誰が立ったかを知らせるものだった。

今度のポスターには、候補者が何をするつもりなのかを書く。

 

「白いねえ」

 

ミラが紙の上へ両手を広げた。

 

「白い紙だからね」

 

「そういうことじゃないの。何も決まってないってこと」

 

教室に残っているのは、わたしとミラとルチアだけだった。

机の上には大きな白紙と、生徒会の決まりを書き写した紙がある。

 

昨日の朝に貼られた細長い紙も、学院新聞の余白にあった炭の文字も、もう剥がされている。

それでも廊下では、ナタルとカイの名前や、祭りの夜のことを話す声が聞こえた。

 

選挙運動は予定どおり始まった。

 

「絵を描く?」

 

「何の?」

 

「風の魔法」

 

「紙が切れるよ」

 

「本物を当てないでよ。絵だよ、絵」

 

ミラが手元の紙へ丸い渦を描いた。

風より、丸まって寝ている虫に見える。

 

「今から風になるところだから」

 

「まだなってないんだ」

 

「リーネちゃんと一緒だね」

 

何になる途中なのかは、わたしにもわからない。

 

「絵より先に、伝えることを決めよう」

 

ルチアが決まりの紙を指した。

 

副会長は会長を補佐し、不在のときは代わりを務め、役員会へ議題を出す。

書いてあることは読んだが、自分が何をするかは別だった。

決まりに書かれた仕事をそのままポスターへ移しても、ほかの候補と同じことしか言えない。

わたしが副会長になって初めてすることを、白いところへ置く必要があった。

 

「帰省届を変えます、は?」

 

「もう変わったよ」

 

「じゃあ、教科書を変えます」

 

「わたし一人では変えられないよ。できない約束はしたくない」

 

ミラが頬杖をついた。

 

「できないこと多いね、副会長」

 

「まだ候補だよ」

 

用紙を変えたのはユリウスだ。

わたしがしたのは、帰省先を書く欄で手が止まったことを話しただけだった。

 

あのときは、書く住所がないなら空ければいいと思っていた。

困っていると自分でわかっていたわけでもない。

ユリウスへ話して初めて、用紙のほうに足りないものがあるとわかった。

 

でも用紙の欄にも決まりにも入らず、誰へ話せばいいかわからないことなら、ほかの人にもあるかもしれない。

 

「そういう話を聞くのは、できる」

 

「聞いたあとは?」

 

「選ばれたら、生徒会へ持っていく」

 

ルチアが下書きの紙へ書き、ミラが横から覗き込んだ。

 

「それなら約束できる?」

 

「聞くことと、持っていくことなら。変えられるとは書けないけど」

 

「じゃあ、それも書こうよ」

 

できると書いたことが、できなかったときの重さは知っている。

前線では人数の足りない命令も、間に合わない命令も紙に書かれて届いた。

無理だとわかっていても、受け取った側はそのとおりに動くしかなかった。

 

選挙の紙に、同じことは書きたくない。

 

三人で言葉を選び、ルチアが別の紙へ三行にまとめた。

 

用紙に書く欄がないことや、決まりからこぼれた困りごとを、聞かせてください。

 

選ばれたら、聞いたことを生徒会へ持っていきます。

 

できない約束はしません。

 

「最後、いる?」

 

ミラが聞いた。

 

「いる」

 

「候補らしくないよ」

 

「候補らしい嘘よりいいよ」

 

「それはそう」

 

ミラはすぐに引き、清書用の紙を広げた。

 

「まずリーネちゃんが書いて」

 

「ミラが書くんじゃないの?」

 

「一回、全部入るように書いてみて」

 

上に名前を書き、その下へ三行を続けた。

最初はゆっくり書けたのに、後半になるほど字が小さくなった。

 

「リーネ、字もっと練習しなよ」

 

「練習してるんだけど……軍の報告書の癖が抜けない」

 

ミラはわたしからペンを取った。

 

「報告書なら急いだほうがよかったのかもしれないけど、ポスターは逃げないよ」

 

同じ幅へ三行を清書し、最後の一行だけを大きくする。

 

副会長候補リーネ・カルヴァス。

 

用紙に書く欄がないことや、決まりからこぼれた困りごとを、聞かせてください。

 

選ばれたら、聞いたことを生徒会へ持っていきます。

 

できない約束はしません。

 

「最後だけ大きいね」

 

「そこがリーネちゃんだから」

 

ルチアは乾きかけたポスターを見てから、下書きを重ねた。

 

「貼っただけでは読まない人もいるよね」

 

「いると思う」

 

「じゃあ、話を聞いてもらえるように頼んでみる」

 

「誰に?」

 

「まずは、わたしが話せる人に」

 

 

 

選挙運動用のポスターは、翌朝、候補者掲示用紙とは別の場所に貼られた。

 

候補者が使える廊下の壁に、ほかの主張と並んでいる。

 

一人は、委員会同士の連絡を早くすると書いていた。

一人は、実技場の使用時間を広げると書いていた。

わたしの紙だけ、できない約束はしません、が一番大きい。

 

ミラはそれを見て、やっぱりもう少し小さくてもよかったかもしれないと言った。

貼り直しはしなかった。

 

昼までに、何もしない候補なのかと話す声が聞こえた。

できないことを最初から言うほうが信用できる、と返す声もあった。

どちらも、廊下を通りながらポスターを読んだ人の声だった。

 

放課後、ルチアと一緒に本館の二階へ上がった。

上級生の教室が並ぶ階だ。

窓際に残っていた二年の男子生徒二人へ、ルチアが声をかけた。

 

「少しよろしいですか」

 

「副会長候補のカルヴァスさんです」

 

「知っている」

 

片方が窓のほうへ体を向けたまま答えた。

 

「選挙の演説を、聞いていただきたいんです」

 

「演説なら、候補者全員のものを聞く決まりだろう」

 

「席にいることと、話を聞くことは違います」

 

「話だけでも聞いてほしいと、お願いに来ました」

 

「君は、何をするつもりなんだ」

 

「人の話を聞きます。用紙や決まりに入らなくて、誰にも出せなかった話です」

 

「それで?」

 

「選ばれたら、生徒会へ持っていきます」

 

「持っていけば、変わるのか」

 

「わかりません」

 

「ずいぶん頼りない候補だな」

 

「できると言って、できないよりはいいと思っています」

 

「それで票をもらえると?」

 

「入れるかどうかは、聞いたあとで決めてください」

 

「君も、この候補の運動を?」

 

「はい」

 

「名前を聞いても?」

 

「ルチア・アルヴェインです」

 

「アルヴェイン家の?」

 

「長女です」

 

二人とも、こちらへ向き直った。

 

「失礼しました。ご令嬢とは知らず」

 

「わたしへの失礼はありません」

 

「それより、カルヴァスさんの話を聞いていただけますか」

 

「アルヴェイン家は、この候補を支持しているのですか」

 

「家の話はしていません。わたしがお願いしています」

 

「しかし」

 

「家の名前がなければ、聞くかどうかも答えていただけませんでしたか」

 

「演説は聞きます」

 

「わたしが何を話すかは、アルヴェイン家とは関係ありません」

 

「わかっている」

 

「ありがとうございます」

 

ルチアが頭を下げた。

わたしも続けた。

 

二人から離れ、階段へ向かう。

 

「聞くって言ってくれたね」

 

「うん」

 

「家の名前を出したら」

 

「うん」

 

「ああなるのは、知ってた?」

 

「知っていたつもりだった」

 

「よかった?」

 

「役に立ったのは、よかった」

 

「でも名前で聞かれたのは、喜び切れない」

 

「次も頼む?」

 

「頼む」

 

「聞いてもらうところまでは、できるから」

 

「その先で何を話すかは、リーネが決めて」

 

「うん」

 

上級生の教室からルチアと階段を下り、一階で別れると、演説の順番を確かめるため、生徒会室のある二階へ戻った。

 

 

 

生徒会室の扉を開けると、ユリウスが一人で机に向かっていた。

 

「ちょうどよかった」

 

ユリウスが顔を上げた。

 

「呼ばれてましたか」

 

「呼びに行こうと思っていた」

 

ユリウスの前には、ほかの書類と重ねていない紙が一枚あった。

上の一行はこちらからも読める。

 

副会長候補リーネ・カルヴァスを支持する。

 

字は細く、まっすぐだった。

生徒会の通達で見たユリウスの字だ。

 

「それ、わたしの名前ですか」

 

「そうだ」

 

「何に使うんですか」

 

「僕からの応援文にするつもりだった」

 

「だった?」

 

「まだ決めていない」

 

「君を副会長候補に頼んだのは僕だ。その理由と、君を支持する理由を、生徒会長として明らかにしたほうがいいと考えた」

 

「どこに出すんですか」

 

「掲示するか、演説の日に僕が読む」

 

「会長が、わたしを応援するんですか」

 

「そのつもりで書いた」

 

紙には、見えている一行の下にも文字が続いていた。

 

「自分で書きます」

 

「演説の原稿は、自分で書きます」

 

「君の原稿を書こうとしているわけではない」

 

「応援文も出さないでください」

 

「会長の言葉で応援されたら、会長の贔屓だって言われる。わたしの言葉で立たないと意味がない」

 

掲示板の前で、レーゲンハルト会長が頼んだのではないかという声を聞いた。

 

「会長の意見で票が入ったら、わたしに入った票ですか」

 

「選挙では、誰かの支持を受けることもある」

 

「それでも、会長の言葉は大きすぎます」

 

「僕は君に立候補を頼んだ」

 

「立たせた以上、当選してほしい。僕が持っている影響を使えば届く相手がいるなら、使いたいと思っている」

 

「うん」

 

「今も、その考えは変わらない」

 

ユリウスは応援文を持ち上げた。

破らずに二度折り、文字を内側へ入れて書類挟みへしまった。

 

「これは出さない」

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言われることではない。書いたのは僕の都合だ」

 

「演説の原稿は」

 

「まだ白いです」

 

「そうか」

 

ユリウスは、候補者全員へ渡している演説時間と順番の紙を一枚取った。

わたしは最後から二番目だった。

 

紙を受け取る。

 

 

 

生徒会室から一年A組へ向かう途中、本館二階の廊下でグレン先生と会った。

先生は教官棟から戻り、本館側の渡り廊下口を出たところだった。

 

「演説の原稿、見てもらえますか」

 

「見ん」

 

「教官は候補者を選ばん」

 

「自分で書け」

 

「はい」

 

一年A組へ戻ると、最後の鐘から時間が経った教室に誰もいなかった。

 

窓の外から、実技場で木剣のぶつかる音が間を置いて届いていた。

廊下を通る足音も、もう少ない。

黒板には最後の授業で書かれた術式が半分残っていた。

 

自分の席へ座り、ポスターを作ったときの下書きを机に置いた。

その隣へ、演説用の白紙を並べる。

 

何を話すかはまだ決まっていない。

それでも最初の一行だけは、自分の字で書けた。

 

「わたしは、リーネ・カルヴァスです」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

未実装・闇落ちキャラに救いはあるのか(作者:ねこ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

(救いは)ないです。▼前世でプレイしていたソシャゲに転生したものの、未実装・闇落ちキャラ「比良坂クオン」になってしまった。▼何とか闇落ちしても「もとはいい人だったから」と同情を買って助けてもらいたいと努力するが、そういう足掻きは人の心をかえってくちゃくちゃにしたり、疵を残したりするものですよ?▼


総合評価:2659/評価:8.23/連載:12話/更新日時:2026年08月02日(日) 19:32 小説情報

TS転生した俺が決闘で弟子に口説かれるまで(作者:東風)(オリジナルファンタジー/恋愛)

TS転生した無口無表情銀髪娘が、紆余曲折の果てに純粋純情年下ヒロインに口説き落とされて情緒を破壊されちゃうお話。▼※W主人公のTS百合。2500〜4000字の50話くらいで終わります。


総合評価:4306/評価:8.86/連載:15話/更新日時:2026年08月06日(木) 18:00 小説情報

壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい(作者:あまぐりムリーパー)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

聖女ちゃんが、心を閉ざして動かなくなっちゃった、どうしよう!?▼せや、適当にそこら辺の魂突っ込んどけばええやろ!▼それで、俺が選ばれたってわけ▼んで、死なない体で化け物退治とかさせられてたんだけど、なんか聖女も狂信者も神官くんも、様子がおかしくない?▼※不定期更新▼カクヨム、小説家になろうにもマルチで投稿始めました


総合評価:3688/評価:8.15/完結:94話/更新日時:2026年08月11日(火) 20:15 小説情報

ニチアサ系世界に転生したTS魔法少女は悪の幹部をやりたくない(作者:なはた)(オリジナル現代/冒険・バトル)

▼フィジカルよわよわなTS銀髪魔法少女がクール系敵幹部を必死に装いながら魔法少女達と戦うお話。


総合評価:3449/評価:8.51/連載:14話/更新日時:2026年07月24日(金) 12:38 小説情報

TSして魔法少女になったら頭が可笑しい奴しかいないんだが(作者:つる植物)(オリジナル現代/戦記)

 TS転生した先は魔法少女が異形の魔物と戦う世界だった。▼ 孤児だった俺に魔法少女の適正があったので魔法少女になった。▼ しかもなんか魔物を適当に斬っていたらSクラスの1位になっちゃった。▼ 同期の2位は俺を殺しに掛かってくるし、他のSランク頭の可笑しい奴らばかり。▼ 一般人の俺は今日も魔物をたたっ斬るのであった。▼ 


総合評価:4843/評価:8.32/連載:20話/更新日時:2026年07月14日(火) 15:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>