異世界で奴隷になったけどケモノな飼い主が可愛すぎて全然つらくない   作:あああ

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猫のお屋敷は毛だらけ

 ガタゴトと揺れる馬車の窓から、街で暮らすケモノたちの後頭部を眺めていくらかの時間が経過したころ、遠目にも立派な豪邸が見えることに気づいた。

 

「……大きなお屋敷」

「そう?」

「もしかしてあれがキミの家?」

「……うん」

 

 立派な門をくぐると、石畳の両サイドに手入れされた低木が続いていて、その奥にどっしりとした石造りの正面玄関が構えている。

 玄関扉を抜けた先には吹き抜けのホールが広がっていて、正面の幅広の大階段は二階へと続いていた。

 

 しかし、それだけでなく猫獣人のお屋敷というのは、なるほど確かに猫のお屋敷だった。

 

 見上げると壁に沿って細い回廊が張り巡らされていて、曲がり角には棚やら椅子やらの置かれた小空間があって、それは僕のいた世界でいうところのキャットウォークを連想させる。

 また、壁や床の一部、階段の手すりなどがところどころ爪とぎの痕でざらついていて、長年使い込まれた様子が見て取れる。

 

 それは人間の家とは明らかに異なる建築様式だった。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

 

 玄関に出迎えてくれたのは、丸い眼鏡をかけた白髪交じりの三毛猫の年配猫だった。

 

「ネージュの世話係としてニンゲンを買ってきた。言うことは聞くようだから使えるようにしてやってくれ」

 

 猫紳士の言葉にフルールさんは僕を見ると一瞬だけ目を細めたが、すぐに柔らかな表情を取り戻して深々とお辞儀をした。

 

「わたくしはこのドラクロワ家の家政を取り仕切っております、フルールと申します」

「ドラクロワ?」

「私たちの家名だ。ちなみに私の名前はノワールという。君の名前は?」

 

 ここにきて猫紳士の名前が判明。

 それも結構カッコイイ名前だ。

 というか、しばらく一緒いたのに今まで知ろうともしなかった自分って。

 

「ヒナタと申します。ふつつか者ですがよろしくお願いします」

「ふむ、殊勝なことだ。フルール、後は任せる」

 

 そうして、ノワールさんもとい旦那様は階段を上ってどこかに行ってしまった。

 

「では、まずお召し物を替えましょうか」

 

 僕はフルールさんに手を引かれて歩き出す。

 広い屋敷で道もわからないので仕方のないことなのかもしれないが、三毛猫おばあちゃんの手は暖かく、優しさに満ち溢れているので和んでしまう。

 そのまま通されたのは使用人棟の一室で、フルールさんは慣れた手つきで棚から服一式を取り出した。

 

「使用人用に用意してある予備です。サイズが合えばよいのですが」

 

 手渡されたのは映画やドラマでたまに見るタキシード。

 着替えてみると、少し大きいがまあ許容範囲ということにしておこう。

 

「よく似合っています。では、お仕事の説明を」 

 

 フルールさんに連れられて屋敷の中を歩きながら説明を受ける。

 

「まず一番のお仕事はこちらです」

 

 そう言って渡されたのは見慣れた形の道具だった。

 

「これ、コロコロじゃないですか」

「ご存知で?」

「よく知ってます」

 

 カーペットや布団カバーの掃除、服についた毛やホコリ取りに便利な粘着クリーナー、いわゆるコロコロ。

 僕もしょっちゅう使っていたが、まさか異世界でも使うことになるとは。

 

「猫の屋敷ですから、抜け毛が大変なことになりまして。シーツ、タオル、カーテン、衣類、ありとあらゆるものに。それに最近はお嬢様も成長期ですから」

「なるほど」

「朝一番にお嬢様のお部屋から始めて、屋敷を一巡りしていただきます。そのほかお嬢様の身の回りのお世話全般も担当していただきますが、細かいことは追い追い覚えていただければ」

「わかりました」

 

 つまり僕の仕事は一日中コロコロである。

 なかなかに尊い使命だと思った。

 

「初日ですし、今日はまず屋敷に慣れることを優先してください」

 

 それから、フルールさんは少し声を落とした。

 

「……あの、お嬢様のことですが」

「はい」

「お嬢様は、あまり他人と話されない方です。物音や気配に敏感で、知らない方が来るとすぐに部屋に閉じこもってしまわれる。これまでも何人か使用人が替わりましたが、お嬢様が心を開かれたことは一度もなくて」

 

 フルールさんはそこで言葉を切った。

 

「気づいておられますか?」

 

 フルールさんがちらりと僕の後ろを見た。

 振り返ると、廊下の角からネージュがこちらをのぞいていた。

 目が合うと、すっと引っ込む。

 

「……ついてきてますね」

「ええ、ずっと」

 

 屋敷の説明を受けながら歩いている間も、ネージュはずっと後ろをついてきた。

 呼べば逃げる。

 無視すれば近づいてくる。

 なんというか、いかにも猫らしいと思った。

 

「さて、次の場所ですが──」

 

 フルールさんがそう言いかけたところで、廊下の奥からドスドスと重たい足音が近づいてきた。

 現れたのは白いコック帽をかぶった、体格のいいクマの獣人だった。

 

「フルールさん、夕食の件で少しよろしいですか」

「はい、今参ります」

 

 フルールさんは僕の方を振り返って言った。

 

「すぐ戻りますので、少しここでお待ちいただけますか」

「もちろんです」

 

 まさか猫屋敷にクマの獣人までいるとは。

 それにしても、熊の肉球ってどんな触り心地なんだろう。

 結構ガッシリしてそうだしいつか触ってみたいけど、食べられたりはしないよな?

 なんて上の空で考え事していると、背中にふわっと軽い衝撃を感じた。

 

「……ん?」

 

 振り返ると、猫耳のついた白い毛の塊が僕の背中に顔を埋めていた。

 そのままずりずりと頬を押しつけて、首の後ろあたりまでぐりぐりと擦りつけてくる。

 なんとそれはネージュだった。

 

「あの、お嬢さま?」

「……」

「……お嬢様ぁ」

「……ネージュって呼んで」

 

 え、いいのかな?

 多分僕と彼女は対等な関係ではないと思うんだけど。

 まあ本人が呼べって言ってるんだし、悩んでも仕方ないか。

 

「ネージュ、何してるの?」

「マーキング」

 

 特に恥ずかしがるでもなく、それが当然であるかのように彼女は言った。

 

「マーキングしてるんだ」

「そう」

「どうして?」

「……わたしのものってわかるように」

 

 ひょっとしたら猫獣人にとってそれは自分の教科書に名前を書くようなものなのかもしれない。

 二足歩行でそれなり大きいからびっくりしちゃったけど、ネージュはマメな性格で猫獣人にとっては普通のことをしているに過ぎないのだろう。

 そう考えたら、まあ、奴隷だし、所有物だし、マーキングってのもあながち間違いではないのかも?

 

「くすぐったいよ」

「がまんして」

「そっか」

 

 ネージュは答えながらも作業をやめない。

 背中から肩へ、それから首筋へと、猫耳の付いた頭がぐりぐりと動いている。

 

「前もやる?」

「やる」

 

 新品のタキシードが白い毛だらけだ。

 まあ、可愛いからいいんだけどさ。

 

「戻りました……おや?」

 

 用事から帰ってきたフルールさんは眼鏡の奥の目をまん丸して驚いていた。




続きます
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