異世界で奴隷になったけどケモノな飼い主が可愛すぎて全然つらくない 作:あああ
「ネージュ、フルールさんが帰ってきたよ」
「んー」
フルールさんが驚いたまま固まっているので、僕はネージュの頭をそっと押し戻した。
「ネージュ、今はお仕事を教わってる途中だから」
「……今じゃだめなの?」
「うん、ごめんね。また後で会いに行くから」
ネージュは不満そうに耳を伏せたが、僕の胸から頭を離すと二、三歩後ろに下がった。
フルールさんはしばらくの間ネージュと僕の顔を交互に見比べていたが、やがてほうっと小さく息をついていつもの柔らかな表情に戻った。
「よく懐いておられますね」
「そうなの、かわいいでしょう?」
「僕もそう思います」
フルールさんはどちらに言ったのかをあえて明確にせず、曖昧にうなずくのであった。
「では、次にあなたの私室を案内しましょう」
「部屋まで用意してくれるんですか?」
「はい、働いていただく以上は相応の環境を整えるのが当然です」
フルールさんはそう言って僕を連れて再び歩き出す。
廊下を曲がるところで振り返ると、ネージュと目が合った。
彼女は僕をぼんやりと見つめたままその場に立ち尽くしていて、その姿が少しさみしそうで、僕はつい手を振ってしまう。
離れがたいのは僕だってそうだ。
ネージュは何も言わなかったが、その代わりに尻尾がひゅんひゅんと左右に揺れた。
連れてこられたのは使用人棟の一番奥にある部屋で、フルールさんが扉を開けると、かび臭いような埃っぽいような空気がふわりと漂ってくる。
「少々手狭ですが」
見たところ部屋というより、部屋と屋根裏の中間みたいな場所で、天井の一部が斜めになっていて小さな丸窓から外が見える。
「本来使う予定だった一室は改装中で部屋の空きがなく、物置を転用したものとなっていますがよろしいでしょうか」
「檻よりはずっとマシですから」
「それはよかった」
室内を見渡すと、ベッドと小さなテーブルと椅子が一つずつあって、壁際には古びた棚がある。
いつまでここにいるのかはわからないが、しばらく暮らしていくには問題はないと思う。
「では、最後に外を見ておきましょうか。ミミ」
「はーい」
フルールさんとは別の女の子の声がした方を向くと、ひょこひょこと誰かが部屋に入ってきた。
その子の頭からは長い耳がぴんと伸びていて、全身がクリーム色の体毛に覆われていて、背丈は大きな耳を除けば僕のお腹あたりまでしかない。
よれたシャツと丈夫そうなズボンの上に、体に対して一回り大きなエプロンをつけている。
彼女はウサギの獣人だった。
「ミミっていうのー、庭師なんだー。よろしくねー!」
両手を後ろに組んで、ニコニコ顔でこちらを見上げている。
その姿があまりにも愛らしくて思わず手が伸びそうになるのを必死に抑えて、僕は挨拶を返した。
「ヒナタです。今日からよろしく、ミミちゃん」
するとミミちゃんはじろじろと僕を観察してから言った。
「ニンゲンって初めて見たー。耳が横についてるんだねー」
「そうだよ。尻尾もないし」
「ほんとだー、なんでー?」
「なんでだろうね。僕もキミみたいなふわふわの尻尾が欲しかったよ」
「不思議ー」
なんというか、一緒に喋ってるとすごく癒される子だ。
いつまでも話していてほしいし、僕はそれをいつまでも横で聞いていたい。
しかし、あくまでもこの子は仕事仲間なのだ。
「ミミ、彼に中庭の案内をしてあげて」
フルールさんがそう言うと、ミミちゃんの耳がぴんと立った。
「わかったー。ついてきてー」
そう言うなりさっさと歩き出してしまうので、僕はあわてて後を追う。
ふりふりと揺れるクリーム色のしっぽを目指して。
廊下を抜けて外に出ると、土と草のにおいがした。
中庭に足を踏み入れると、石畳の周りに手入れされた低木が並んでいて、その奥に芝生が広がっている。
その芝生のあちこちの日当たりのいい場所に木製のベンチがぽつりぽつりと置いてあった。
「なんかベンチがたくさんあるね」
「猫のお屋敷だからねー。お昼になると旦那様たちが日向ぼっこしにくるんだよー」
それはぜひとも見てみたい。
地域猫の集会じゃないが、想像するだけでほのぼのとしてくる光景だ。
そして、ベンチのそばに立つ柱が目に入った。
高さが僕の二倍はある太い柱で、表面がぼこぼことして毛羽立っている。
よく見ると縦に何本もの傷が走っていて、長年使い込まれた様子が一目でわかった。
「あれって爪とぎ用の柱?」
「そうそうー。何本かあるよー」
庭を見渡すと、確かにあちこちに同じような柱が立っている。
喫煙所、みたいな感じかな?
よっぽど健康的だけど。
「すごい家だね」
「ニンゲンの家はちがうのー?」
「全然ちがう」
「ふーん」
奥の方まで歩いていくと、厨房の勝手口があって、ゴミを燃やす焼却炉もあった。
そのままぐるっと屋敷を一周して使用人が使う裏口なんてのも教えてもらった。
「はい、これでおしまーい。わからないことがあったらいつでも聞いてねー」
「今日はいろいろ教えてくれてありがとう」
「どういたしましてー」
ミミちゃんはそう言って、誇らしげにニッコリ笑うのだった。
うん、連れて帰りたくなる可愛さだな。
「それでこれから僕はどうしたらいいのかな? フルールさんはなんか言ってた?」
「これが終わったら一旦休憩していいってー」
「そっか、それは助かるね」
実際それはかなりありがたいことだった。
獣人なんて未知と触れ合って、商館から猫屋敷に連れてこられたと思ったら、屋敷の中を歩き回って、まさに非日常のオンパレード。
いくら僕が動物好きとはいえ疲れていないと言ったら噓になる。
「でねー、草むしりを手伝ってほしいんだー」
「ん? どういうこと?」
「あのねー、今日天気が良かったのねー。だからベンチでお昼寝してたら全然草むしりが終わってないのー」
「昼寝? でもそれってミミちゃんの仕事なんじゃないの?」
「そうだよー」
「?????」
さっきまでの無垢なニコニコ笑顔のままこんなことを平気で言ってのけるのだから僕は少し混乱していた。
「えへへー」
可愛い。
可愛いんだけど。
なにかおかしいような。
「今ちょっと疲れてて、後でお嬢様の部屋に行かないといけないから少し休ませてほしいんだ」
「そっかー」
「ごめんね」
うう、ちょっと胸が痛い。
べつに草むしりくらいやってもいいような気がするけど、昼寝してサボった仕事を押し付けようとしてくることには少し違和感を覚える。
どうしたものか、とミミちゃんの上目遣いと目を合わせていると不意に変化が起きた。
それはわずかな変化であり、じっと見つめていないと気づけないような些細なものであったが、たしかな変化だった。
何のことかというと、ミミちゃんの無垢なニコニコ顔がなにか良からぬことを考えているニヤニヤ顔へと変わっていたのである。
「ヒナタくんってー、さっきからミミのしっぽを見てるけどー」
「ぎくっ」
いきなり何を言ってくるんだこの子は。
驚いて変な声を出してしまったじゃないか。
「もしかして興味あるのー?」
危険な問いだと思った。
獣人とのコミュニケーションはまだ不明なことが多くて、それが良いことなのか悪いことなのかもわからない。
もしかしたらセクハラ的な何かに抵触してしまったのかもしれないし、なによりミミちゃんのニヤケ面が不穏だった。
しかし、自分の心には嘘はつけない。
僕はたしかに先ほどから、ミミちゃんが僕に背中を向けるたび、そのフリフリと揺れるしっぽをガン見していたのである。
それはきっと興味なんて言葉では到底表現できないほどの欲望だった。
「……チョットダケ」
「えー、うそだー、目が血走ってるよー」
「ハイ嘘です。あなたのお尻にすごい興味があります」
「きゃー、こわーい」
「それでなんですか、僕があなたのしっぽに興味があったらなんだっていうんです!」
僕は知らず声を荒げていた。
予感があったのだ。
それはまるで、大人のお姉さんにちょっかいをかけられたような。
相手はウサギだし、小さいけど。
「……しっぽ、触っていいよー?」
「いいんですか!」
「ここに生えてる雑草を全部抜いてくれたらねー」
「草むしりでも、足舐めでもなんでもします!」
「きもー」
そうと決まれば善は急げ。
僕は服が汚れることも厭わずに芝生に飛び込んで、雑草を引き抜いて回った。
「必死すぎじゃなーい?」
「キミのしっぽのためなら草原の全てを抜いてみせるよ」
「それってプロポーズ? ださー」
そんなこんなで僕は中庭の草むしりを一人で終わらせたのだった。
ミミちゃんは手伝ってほしいとか言っておきながら結局自分では何にもしなかったしね。
でもいいんだ。
そんなことは。
「じゃあがんばったごほうびー」
そう言ってミミちゃんはベンチに手を置くと僕にウサケツを向けた。
彼女の履いているズボンには、人間でいうところの尾てい骨のある箇所に穴が開いており、そこからクリーム色のしっぽが飛び出ていて、フリフリと揺れている。
「くそっ、誘ってんのか?」
「さわんないのー?」
「触ります!」
僕は恐る恐るミミちゃんのしっぽに手を伸ばし、その輪郭を撫でるように触れる。
そうして、少しずつしっぽの毛を押すように手を沈めていく。
「これは……すごい!」
「なにがー?」
「フワフワなんだけど、奥の方は意外としっかりしてて思ったより硬い」
僕はその硬さの正体であるしっぽの骨をコリコリと指で圧したり、なぞったりする。
「なんか、さわりかたえっちじゃなーい?」
「そんなことないよ」
しっぽを優しく引っ張って伸ばしてみると、丸い見た目に反して意外と長いことが判明。
ついでに持ち上げてみると裏側には真っ白で柔らかい毛が生えている。
「くすぐったーい」
なんて素晴らしいさわり心地だろう。
そして、僕はさわさわとしっぽの付け根へと手を伸ばす。
「んっ♡」
なんかエロい。
冷静に考えると、なんかすごいことしてないか僕。
相手はウサギだけど、人型でしかも女の子だ。
いいのかな、これ。
そう思いながらも最後まで僕の手は止まらなかった。
「はい、しゅーりょー」
「そんなぁ、もうおしまい?」
「おしまーい」
ミミちゃんはベンチから立ち上がると僕の方を向き直ってしまった。
そしてさっきのニヤニヤとした表情で僕を見上げている。
「ヒナタくんはこれで満足したー?」
「ぜんぜん、もっと触りたい。本当は耳とか手とか足とかも触りたかったし、どんな匂いがするのかも知りたいし、本音を言うとどんな味がするのかも知りたい」
「きゃー、どへんたーい」
うっ、そんなに直接的に言われると傷つく。
言われても仕方ないことだけど。
「でもー、それはまたこんどー」
「今度? 今度ってどういうこと? 今度があるの?」
「またこんど仕事ができたら呼んであげるー、それまでお預けー、わかったー?」
くそっ、僕はこんなメスガキウサギの手のひらで踊らされていいのか?
「わ、わかりました」
いいに決まっている。
だって、可愛さは何にも優先されるのだから。
結局僕は道具の片づけまでさせられて、それから屋敷に戻ったのだった。